源氏物語と共に

源氏物語関連

2008-01-16 10:36:47 | 

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梅はバラ科サクラ属の落葉樹。
2~3月の葉が出る前に白または紅色の薫り高い五弁花を開く。
中国原産で、奈良時代に日本に移入されたという。
ただし、紅梅はやや遅れて平安時代にやってきたと考えられている。


おそらく最初は梅は観賞用としてではなく、
漢方の食用・薬用として中国から入ってきたものとされる。
烏梅(うばい)といわれる実を干したものが薬用に使用されている。


平安時代には<梅干し>の語もあり、
調味料として不可欠の<塩梅(あんばい)>があった。


万葉集では<うめ>の表記だが、平安時代では<むめ>の表記が多い。
中国語で「梅」はメーと発音するのを、
うめ→むめと日本式音に表記した事にもとづく。


梅は古事記、日本書紀には見えない。
ところが万葉集では梅を詠んだ歌が第1位で120余首もある。2位は桜の40余例。
 
わが宿のに盛りに咲ける梅の花
  散るべくなりぬ見む人もがも     (万葉集 大伴旅人)
 
御苑生(みそのふ)の百木の梅の散る花の
   雨に飛び上がり雪と降りけむ    (万葉集 大伴家持)


「花」といえば万葉集では梅をさす事が多かったが、
平安時代には次第に桜にとって変わっていった。


平安時代には梅の歌は、
万葉集の花の視覚的な色・感覚よりも次第に香り・嗅覚としての歌が多くなる。


また紅梅は香りがやや少ないとされるが、色が桜に似ている事から珍重されたようだ。


梅は鶯の巣くう木とされ、鶯と取り合わされる事も多い。


松・竹・梅は中国では厳寒の3友とされたが日本では池坊専応口伝によると
祝儀生け花にいけた事もあり、後世には祝儀物とされる。
もともとは平安貴族が前庭に植えて心を慰めた事による。「古典文学植物誌知っ得」より



『春の夜の 闇はあやなし梅の花
      色こそ見えね 香やは隠るる (古今集・凡河内躬恒)』


また、菅原道真が愛した事でも有名である。


『東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花

あるじなしとて 春な忘れそ ( 拾遺和歌集 ・菅原道真 )』


源氏物語では、
若菜下の女楽は梅の盛りの頃の春に行われている。


<紅梅>という巻名や、かさね色の名にも見え、
紫の上が桜とともに愛し、匂宮に紅梅の世話を託す場面(御法)などが有名。



余談ながら、私は2月の終わりに京都北野天満宮で雪の梅を見た。
白い雪で花は見えなくても、香りが大変素晴らしくて感激した。


最近では、蝋梅(ろうばい)という黄色の花が香り高く咲く梅も知り、
以来、その香りも気に入っている。



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