先日、薔薇について色々述べましたが、
こちらのサイトにそうび(薔薇)の歌2首が載っていた事を知りました。
山野遊歩
http://www.sol.dti.ne.jp/~tmorioka/wasure-hana/bara.html (記事後半部分)
推定では、1070年に後三条帝の頃、西国のさる受領の所で歌合せが庚申の日に行われ、そうび(薔薇)で2首詠まれたとの事。
この歌合わせは、小さい規模の歌合わせだったようですが
そうびの実例が載っていて興味を引きました。
不思議な事に、その後さうび(薔薇)が和歌などで表記される事は少なく、
私のいう源氏物語の薔薇コウシンバラはどうなったのか?
重ね色目にもちゃんと残っている薔薇が、室町時代にあってもよさそうなのに、
何故か和歌にも詠まれず注目されなかったという事は疑問です。
もっとも、今の現代バラのような美しい姿ではなかったにしろ、
白系のノイバラでなく赤系ですから目にとまっても不思議ではないと思うのですが。
ノイバラの実は<営実>として漢方薬に利用されていたようなので、
何も価値のないそうび(薔薇)はすたれてしまったのでしょうか?
それとも単に貴重なので種類が少なく、普段はあまり見る事ができなかった?
その後江戸時代になって、万葉集同様ノイバラは俳句などにも出てくるようになり、
明治以降にやっと現代バラが文学に登場するようです。
画像はノイバラの実(富士山の植物http://www.mfi.or.jp/isoda/fuji1.htmlより)