よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

ビートルズを聴きながら-長崎県長崎市:「珈琲家」

2023年01月17日 | 長崎
“Kafue”, Nagasaki City, Nagasaki Pref.

さてさて、長崎市にやって来て平和公園を訪れたのですが、平和公園は少し小高い丘の上にあるんです。
公園の見晴らしがいい場所に行って、東の方を見るとこのような光景が見られるんですよ


立派な教会が見えますが、これが浦上天主堂です。ではでは、そちらに向かうとしましょうか


浦上天主堂ですが、正式な名前はカトリック浦上教会というんです。浦上はキリシタンの多い土地で、厳しい迫害が繰り返されました。
1873年、キリシタン弾圧の禁制をとかれ自由を得た浦上の信徒達によって建設が計画されました。
20年余りの時を経た1895年にようやくフレノ神父の設計による教会の建設が開始され、
1914年に東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂として献堂式があげられたそうです


1945年、原爆により建物は破壊されました。現在の建物は1959年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、
1980年にレンガタイルで改装し、当時の姿に似せて復元されましたんです。
美しい姿の教会は、現在では長崎の観光名所の一つになっています


この時、時刻は12時30分。朝食はホテルでしっかり食べていたとはいえ、ちょっと軽く昼食を食べたくなりました。
車を停めていた駐車場の方に向かいながら、どこかカフェでもあればいいなぁと思いつつ歩いておりました


なんとも趣があるというか、レトロというか、古色騒然としたお店がありました。
「珈琲家」とかいて「カフェ」と読むようです。ワタクシ達はこのお店に入ることにしました


狭い店内で、内装も昭和を感じさせます。中に入ると1970年代の懐かしい洋楽が流れていました。
カウンターの上に小さなビートルズのフィギュアが置いてあるのが見えるでしょうか。
このフィギュア以外に、壁にはビートルズのレコードジャケットやポスターが貼られ、様々なビートルズグッズが置かれていました


メニューを持ってきた奥様に「ご主人はビートルズが好きなんですねえ」と言うと、「主人もですが私も大好きなんですよ」とのこと。
「私もビートルズが大好きで、今もずっと聴いてますわ」と私が言うと、「そうなんですか。嬉しいです」と言葉が返ってきました


少しすると店内に流れる音楽がビートルズであったり、ビートルズを他の人がカバーした曲であったりしました。
きっとワタクシのために、曲を変えてくれたのでしょうね


素敵な老夫婦が営む昔ながらのカフェ。コーヒーも挽きたての美味しいコーヒーでした。
古くからのお店が生き残ってるということは、魅力があるからなんですね。なお、店内はお客さんがいっぱいでした

「珈琲家」…長崎県長崎市平和町4-15

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


ちょっと前まで、駅前などには必ず昔ながらの喫茶店がありました。でも、最近はそういうお店が次々に閉店しています。
その反面、幹線道路沿いに「コメダ珈琲店」「星乃珈琲店」のようなチェーン店のカフェが増えました。
これも時代の流れなんでしょうが、今回の「珈琲家」のようなお店が、私は落ち着くんですよね。



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平和への願い-長崎県長崎市:平和公園

2023年01月16日 | 長崎
Peace Park, Nagasaki City, Nagasaki Pref.

さてさて、雲仙を後にしたワタクシ達はこの日の目的地であった長崎市へ向かい、お昼前に到着しました。
まずは原爆資料館を訪れたのですが、12月29日からは年末年始の休館日となっていました。
こういうのは事前にちゃんと調べておかないといけませんな


次にワタクシ達は爆心地公園に向かいました。1945年8月9日午前11時2分、この原爆落下中心碑の上空約500メートルで
プルトニュウム原子爆弾(ファットマン)が爆発しました。 中心碑の下には、原爆で亡くなられた約12万人の方々の名前を納めた
原爆殉難者名奉安があります。この日は素晴らし晴天でしたが、原爆が投下された日も見事な青空だったと聞きました


これは原爆で倒壊した浦上天主堂の、西に面した南側壁の一部を移設したものです


8月6日、8月9日、そして8月15日。この3つの日付は、ワタクシ達日本人は未来永劫、心に刻んでおかねばならないのではないでしょうか。
去年の終戦記念日、ニュース番組で道行く若者に「今日は何の日か知ってますか?」と質問すると、
「わからない」「知らない」と答える若者が多く、ワタクシは愕然としましたわ


続いて平和公園に足を運びました。体内まで焼けただれた被爆者たちは「水を、水を」とうめき叫びながら死んでいったそうです。
その痛ましい霊に水を捧げて冥福を祈り、世界恒久平和と核兵器廃絶の願いが込めて造られたのが、この「平和の泉」です。
被爆し水を求めてさまよった少女の手記を刻んだ石碑が胸を打ちます


この長崎の鐘ですが、被爆地には魚雷や戦車などを生産する多くの軍需工場があり、動員学徒、女性挺身隊と呼ばれた中学生や女学生をはじめ、
多くの人々が働いていました。長崎の鐘は、33回忌にあたる1977年にここで亡くなった方々の冥福を祈るためにつくられたものです


これは平和祈念像ですが、長崎出身の彫刻家・北村西望氏の作で、昭和30年に完成。
像の高さ約9.7メートル、重さ約30トンの青銅製で、「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」と
作者の言葉が台座の裏に刻まれていました。ワタクシが前に見た時は、こんなに鮮やかな青色じゃなかったけどなぁと思ったのですが、
被爆75周年を前に、経年劣化している平和祈念像の修復(塗り直し)を、平成31年に行なったとのことでした


平和…それは当然のようにあるもの、ワタクシはそう思い込んでいました。しかし、平和というのは砂上の楼閣のように、
不確かで脆いものだということを、この一年間思い知らされています


独裁者、権力者にとっては人の命がなんら重いものではないことを、宗教というものが醜い争いを止める力を何一つ持たないことを、
国連という組織が何の役にも立たないことを、そして、自分がこのような状況の中で何も出来ないことを痛感した一年でした。
広島、長崎に加えて新たな被爆地が生まれてしまうのでしょうか。ワタクシは不安でなりません

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


平和というものが理想論だけでは成立しないことは事実ですし、我が国も現実的な対応が必要になっていくことでしょう。
憲法改正という声も、今後は強まっていくかもしれません。職場で若い連中と話をしていても、
「日本は軍隊持たないから舐められてるんちゃいますか」「専守防衛だけじゃなく、攻撃出来る兵力が必要でしょ」なんて言葉が、
彼らから返ってくるんですよ。言っていることは十分に理解できるのですが、私は心の中で「俺みたいな爺さんは戦場に行くことはないけど、
そうなったらお前らは行く可能性があるんやで」と思わずにはいられないんですよ。



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まさに地獄-長崎県島原市:雲仙温泉・雲仙地獄

2023年01月15日 | 長崎
Unzen Hot Spa,Shimabara City, Nagasaki Pref.

さてさて、雲仙温泉に宿泊したワタクシ達は、朝食を終えるとホテルに荷物を預けて、ホテルから程近い場所へ歩いて行きました


硫黄の香りが立ち込め、地の底から吹き出す蒸気と熱気が辺り一面を覆い尽くすこの場所は雲仙地獄と呼ばれています。
日本には「地獄」という名前がつく地名がたくさんあります。
火山・温泉地などで、絶えず煙や熱湯がふき出している所に「地獄」という名前が付けられることがよくあるんですよ。
有名なのは地獄めぐりの「血の池地獄」や「海地獄」がある別府、猿が温泉に浸かる姿が有名な信州の地獄谷温泉などですね


ただ、この雲仙地獄は見た目も地獄を連想させるのですが、実際に地獄のような光景が繰り広げられた過去があるんです


島原半島はキリシタン大名・有馬氏の治下でキリスト教が栄えましたが、禁教時代になると、迫害の地へと変貌します。
雲仙地獄では、1627年〜1631年の間、キリシタンに信仰を棄てさせるための拷問と処刑が行なわれたという記録が残されています。
島原藩主・松倉重政は、幕府への忠誠を示すために、農民からの過酷な取り立て、そしてキリシタン弾圧を行なったのです


有名な話では、キリシタン大名の有馬晴信の家臣であったパウロ内堀作右衛門という人物がいたのですが、
彼は3人の息子が海に沈められて殉教してもなお、棄教しなかったため、両手の親指と小指を残し3本ずつの指を切り落とされる拷問を受け、
額に切支丹の3文字の焼き印を刻まれるという過酷な拷問が行なわれ、ついに他の潜伏キリシタン15名とともに雲仙地獄へと送られます。
彼らは両足に縄を掛けて逆さ吊りにされると、湯壺に浸けては引き出す拷問や、熱湯を掛けるという責め苦を繰り返され、
最後は絶命するまで湯を掛け続けて、遺体は湯壺の中に沈められたのです


その光景は想像するだに地獄です。もちろん、ポルトガルやスペインの領土的な野心や貿易商人達の極悪非道な人身売買など、
キリシタン弾圧には信仰とはまた別な様々な背景があることはわかります。
しかし、例えそうだとしても人は悪魔にも、鬼にもなることが出来るのかと思うと、恐怖すら感じます。


噴煙の彼方に太陽の光が見えました。拷問を受けながら、死を覚悟し意識が遠のいていく中、
キリシタンの目にあの光は天使が降臨してきたかのように見えたのじゃないだろうか…そんなことを思いました


雲仙地獄にはそんな歴史を知る由もない猫たちがたくさんいました。猫ちゃん達にとってここは、暖かくて気持ちいいのでしょうね


ワタクシ達は雲仙地獄の散策を終えるとホテルに戻りチェックアウトを済ませ、長崎市へと向かったのでした

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


キリシタン弾圧の時代における、神と信仰の意義を命題に描いた遠藤周作氏の『沈黙』という小説があり、私は高校生の時に読みました。
そして、数年前にマーティン・スコセッシ監督によって映画化されました(窪塚洋介、浅野忠信らが日本からは出演していました)。
残念ながら日本ではあまり話題にならなかったのですが、今回の長崎行きを経て、もう一度この映画を見てみようと思っています。
今はそういう時に、NETFLIXやU-NEXTで見ることが出来るのは便利ですよねぇ。



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朝からしっかり食べました-長崎県島原市:雲仙温泉・「ゆやど 雲仙新湯」

2023年01月14日 | 長崎
Hotel“Yuyado Shinyu”, Shimabara City, Nagasaki Pref.

さてさて、12月29日は雲仙温泉の「ゆやど 雲仙新湯」を朝を迎えました。
朝はいつものように6時前にはシャキッと目覚め、まずは朝風呂に行って朝から温泉を堪能しました。
そして、7時30分から朝食を食べに朝食場所へと向かったのでした


ワタクシはバイキングとかブッフェと呼ばれる食事が苦手です。ゾロゾロとと並んで料理を取りに行くのが嫌なのと、
これはワタクシの卑しい人間性なのですが、ついつい食事の量を多く摂ってしまい、後から後悔するんですよねぇ。
ここの朝食はブッフェスタイルではなく、一人一人に料理が運ばれてくるスタイルです


朝食からお品書きがありました。こういう配慮は嬉しいですね


量は少なくてもいいので、いろんな種類の料理を食べることが出来るのが嬉しいです


普段は朝食なんて10分ほどで食べてしまいますが、この日はゆっくりと料理をいただきました。
そして、朝食を食べながら家人とこの日の行程を話し合います。この日は雲仙から長崎市内へ移動するんですよ


長崎に着いたらどこに行こうか、ホテルに何時頃にチェックインしようか…そんなことを話し合いました


前日は結構な量の夕食を食べ、かなりの量のお酒を飲みました。しかし、朝からしっかりと食べました。
「これは旅行から帰ったら太ってるやろなぁ」と思ったのですが、旅行から帰って体重を測ったら旅行前と同じでした。
毎日しっかり歩いていたのが、カロリー消費につながったんですかねぇ


最後のデザートまでいただきました。満足、満足の朝食でした


そして、朝食を終えたワタクシ達はホテルの前に出て、白い噴煙が立ち昇っている方へ歩いて行ったのでした

「ゆやど 雲仙新湯」…長崎県雲仙市小浜町雲仙320

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


個人旅行の最大の楽しさは、自分達で行程を考えることが出来ることだと思います。
自分達が興味、関心ある場所を選択し、天候などの条件によって臨機応変に行程も変更出来ます。
特に私の場合は、一般の人があまり興味を持たないような場所に興味、関心を示すことが多いので、団体旅行に行くのは絶対に無理なんです。
でも、団体旅行には団体旅行の良さがあることは十分に理解していますよ。



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大満足の夕食でした-長崎県島原市:雲仙温泉・「ゆやど 雲仙新湯」

2023年01月13日 | 長崎
Hotel“Yuyado Shinyu”, Shimabara City, Nagasaki Pref.

さてさて、「ゆやど 雲仙新湯」に到着して、雲仙温泉の素晴らしいお湯を堪能したワタクシ達は、
続いて楽しみな夕食の時間を迎えました。ワタクシ達はウハウハと食事場所へと向かいました


ここのお宿は食材を全て、地元の島原半島で獲れるものにこだわっておられます。地産地消…これが一番ですよね


お品書きが置かれてありました。これを見るだけで気分が高揚してきますわ。
宿泊の一週間前にホテルから電話があり、「食べられない食材とかはありませんか?」と確認がありました。
「ありません、ありません。何でも食べられるので大丈夫です」と答えたのですが、こういう心遣いが嬉しいですね


どーですか。先付は「雲仙卓袱」と名付けられていました。もちろん長崎の卓袱料理をイメージしたものですね


どーですか。椀物は「クリーンポークと蟹肉のすまし汁」でした。雲仙クリーンポークというブランド豚があるそうです


どーですか。お造りは「有明海、橘湾の海の恵み」と名づけられていました。どれも美味しかったのですが、
ワタクシも家人もヒラマサが一番美味いと意見が一致しました


どーですか。酢の物として「ヒラマサのカルパッチョ」が出てきました。アイデア料理なのでしょうが、
ワタクシとしてはヒラマサはカルパッチョにしなくてもいいかなぁと思いました


どーですか。これは「鯛のしゃぶしゃぶ」なんですよ。長崎県って鯛の水揚げ量が全国一位なんですね


サッと出汁に入れて、ミディアムレアの状態でいただきます。この鯛、美味かったなぁ


どーですか。「長崎和牛の陶板焼き」が出てきました。肉を見るとテンションが上がります。ウハウハ度が高まります


どーですか。ウハウハしてきたワタクシは、せっかくなので長崎の地ビールもいただきました。
このビール、壱岐で作られている「ISLAND BREWERY」というビールでした。
もちろん、それまでに生ビールを3杯飲んでおります


「美味いなぁ」「美味しいねぇ」という言葉が何度も出てきます。何でも食べられるのは幸せですなぁ


どーですか。これは「甘鯛の蕪蒸し」なんですが、これは絶品でした。いくらでも箸が進みますわ


どーですか。九州は焼酎が美味い土地です。これは「壱岐スーパーゴールド」という壱岐産の麦焼酎です。
飲みやすい焼酎で、ロックで2杯飲んでしまいました


どーですか。ご飯は「鯛ご飯」なんですよ。鯛の身をほぐしていただきます


ご飯は鯛の出汁が効いて実に美味かったんです。かなり満腹だったのですが、ペロリと平らげてしまいました


どーですか。デザートは「湯けむりカステラ」です。長崎といえばカステラですねぇ。デザートも手作りにこだわっておられました。
ワタクシ達は食事に大満足。この後、もう一度風呂に入ってビールを飲みながらテレビを見ていたら、いつの間にか寝てました

PS.昨日のブログに数人の方から「ここのお宿は紋クンは泊まれたんですか?」「紋ちゃんは一緒だったんですか」という質問がありました。
長崎に行っている間、紋クンは家人の実家にいたんですよ。家人が義姉さんにメールをして紋クンの様子を訊いたところ、
紋クンは少しも寂しがる素振りもなく、実家の人たちの飼い犬のように過ごし、食事もしっかり食べ、ぐっすり眠っていたとのこと。
人たらしの紋クン、ここにありですな。


「ゆやど 雲仙新湯」…長崎県雲仙市小浜町雲仙320

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


私も家人も食べ物に関して好き嫌いがほとんど無く、旅先などで「これは食べられない」ということがまずありません。
特に私は食べ物への好奇心が強く、海外旅行などでも屋台や小汚い店でいろんな料理を食べてきました。
今まで食事のせいで体調が悪くなったり、嘔吐や下痢になったことが一度も無いのもありがたいことです。
ただ、飲み過ぎて翌日の体調がイマイチだったことはありますよ。



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