さてさて、沖島の散策と撮影を終えたワタクシ達は近江八幡市内へと足を運び
水郷の風情漂う八幡堀に向かいました。
秀吉が八幡城を築城した際に、城の防御と琵琶湖の水運利用のために作られたのが八幡堀です。
風情あるこの界隈は、時代劇のロケなどにもよく使われるそうです。
そんな八幡堀なのですが、昭和40年頃は川底にヘドロが堆積し、堀からはすごい汚臭がしたそうです。
地元から市に対して、堀を埋めて公園と駐車場にする要望が出され、市もそれを了承しました。
しかし、地元の若者達が「堀を近江八幡の誇りとして蘇らせよう」と声をあげ、
堀の掃除から始まった地道な運動は市民運動に広がりました。
もしその運動が無かったら、この堀は埋め立てられてしまったでしょう。
近江八幡は風情のない一地方都市になってしまったでしょう。
その時に運動をした若者達に、心から敬意を表します。
今となっては、この八幡堀は近江八幡のシンボルであり
地元の人のみならず、多くの人にとって安らぎの場です。
ワタクシは橋の上から眺めるこの光景が一番好きです。
石垣、白壁、板塀…なんて素敵な眺めなんでしょう。
沖島ではまだ満開だった桜も、八幡堀ではもう散っていました。
島と陸地では気温が違うんでしょうね。
でも、春の青空は沖島もここも同じです
八幡堀の端に面白いお店を見つけました。
昔懐かしい『ポン菓子』のお店です。
目の前で、機械を使って作ってくれたポン菓子をお土産に買って帰りました。
大切なものは失ってしまってからその価値に気づくことがあります。
この八幡堀もそうだったのでしょうね。
船による水運が廃れ、汚臭が漂うだけの堀は無用の長物だったのでしょう。
でも、それを住民達が価値あるものに戻したことは本当に意義深いと思います。
そんなことを知ってしまうと、ますますこの風景が愛おしく思えます。
ではでは、次は古い町並みにも足を運んでみましょう。
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水郷の風情漂う八幡堀に向かいました。
秀吉が八幡城を築城した際に、城の防御と琵琶湖の水運利用のために作られたのが八幡堀です。
風情あるこの界隈は、時代劇のロケなどにもよく使われるそうです。
そんな八幡堀なのですが、昭和40年頃は川底にヘドロが堆積し、堀からはすごい汚臭がしたそうです。
地元から市に対して、堀を埋めて公園と駐車場にする要望が出され、市もそれを了承しました。
しかし、地元の若者達が「堀を近江八幡の誇りとして蘇らせよう」と声をあげ、
堀の掃除から始まった地道な運動は市民運動に広がりました。
もしその運動が無かったら、この堀は埋め立てられてしまったでしょう。
近江八幡は風情のない一地方都市になってしまったでしょう。
その時に運動をした若者達に、心から敬意を表します。
今となっては、この八幡堀は近江八幡のシンボルであり
地元の人のみならず、多くの人にとって安らぎの場です。
ワタクシは橋の上から眺めるこの光景が一番好きです。
石垣、白壁、板塀…なんて素敵な眺めなんでしょう。
沖島ではまだ満開だった桜も、八幡堀ではもう散っていました。
島と陸地では気温が違うんでしょうね。
でも、春の青空は沖島もここも同じです
八幡堀の端に面白いお店を見つけました。
昔懐かしい『ポン菓子』のお店です。
目の前で、機械を使って作ってくれたポン菓子をお土産に買って帰りました。
大切なものは失ってしまってからその価値に気づくことがあります。
この八幡堀もそうだったのでしょうね。
船による水運が廃れ、汚臭が漂うだけの堀は無用の長物だったのでしょう。
でも、それを住民達が価値あるものに戻したことは本当に意義深いと思います。
そんなことを知ってしまうと、ますますこの風景が愛おしく思えます。
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読んじゃった(笑)(^。^)
そろそろ寝ます~おやすみなさ~~い☆
八幡堀とその周辺は大好きなところです~。
でもポン菓子のお店、これははじめて見ました。
子供の頃は軽トラでたまに売りにきてたんですけど
懐かしいなぁ~。
お店の建物ともよく合っています。
その時代には、多少川が汚れていても、そんなものだと見向きもしなかった時代も確かにありましたね
時代と共に、人の考え方も変わってゆくんですね
今この時代、このような美しい光景に出会えて、幸せなのかもしれません
市民が守った甲斐があり、綺麗な水になりましたね。
一枚目の写り込み、鏡のごとくで、素晴らしいです。
舟が情緒を感じさせ、日本の美を感じます。
素敵な写真をみさせて頂きました。
ポンガシ懐かしいですね。お祭りで買ったような?
ちょっと違いますが、昔近所にアイスキャンディ屋さんがあり,一本5円で買った記憶があります(笑)
ありがとうございました。
「ポン!!」という大きな音を聞きました。
懐かしかった…
今思えば、その代償は大きすぎるように感じます。
失ったものは戻ってきませんからね…
それが素晴らしいと思うんですよね。
行政にはそういう感覚はほとんど無いでしょうから。
もしこの堀が埋められていたら…
その損失は計り知れないですよねぇ。
そういえば、昔の大阪では
「アイスクリーム」ではなく
「アイスクリン」という名前で
アイスクリームを売っているお店が
多かったですよ(^^)