勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2017-07-20 05:00:00
韓国、「現代自」スト権確立で経済の「屋台骨」揺るがす事態へ
現代自労組6年連続のスト権
R&Dを食い込む大幅賃上げ
韓国経済「二枚看板」の一つ、現代自動車労組がスト権を確立した。
韓国新政権が労組寄り姿勢であるから、例年よりもさらに強力なストライキを構え賃金闘争に臨む姿勢だ。韓国経済にマイナス作用を及ぼす懸念が強まっている。
現代自 労組は今年の賃金団体交渉で、
①賃金15万4883ウォン(約1万5400円、号俸昇級分除く)引き上げ、
②純利益30%(自社株含む)の成果給支給などを要求した。しかし合意にいたらず、労組は7月6日、賃金団体交渉の決裂を宣言した。
この労組要求内容を見て仰天するのは、「純利益30%(自社株含む)の成果給支給」要求である。
労組側は、「純利益」の概念を知っているのだろうか。
会計上は、経常利益に特別損益を加えたものだ。
この純利益は、株主配当金や準備金として内部留保に回すなど経営側の判断に基づく。
この純利益の30%を労組へ配分するとなると、労組は株主同様のリスクを引き受けるという意思表示のはずだ。
賃上げは目一杯やって、純利益の30%を組合に配分せよ、では筋が通らないのだ。
賃上げを控えるから純利益の30%の分配を要求するのか。その立場を明らかにする必要がある。
もう一点、株主配当金の総額と労組要求の純利益分配金のバランス問題が発生する。
株主と同様にリスクを負う覚悟があれば、賃上げを廃止することだ。
「あれもこれも全て」という欲深な要求であれば、受け入れられるはずがない。もし、会社側が受け入れる状況になれば、現代自は遠からず倒産の憂き目に遭うだろう。まさに、「第2のGM」になる。
現代自がストライキに入れば、今年で連続6年となる。
現代自のほかに現代自系列の起亜自動車、また韓国GMもストライキへ突入する姿勢だ。
韓国車の市場シェアは、米国や中国という世界三大自動車市場で低下している。
こういう中でのストライキ突入が、どのようなマイナスを及ぼすか、今から懸念されるのだ。
もちろん、ストは会社側に損害を与えることで譲歩を勝ち取る正統な手段である。
労働権として法律で保護されているが、それは企業経営を傾けさせるほど過激であれば、労組もいずれはその影響を受けて「共倒れ」の共同リスクを負う。
ただ、韓国文在寅政権が労組寄りであることから、仮に会社側がストで経営が傾いても救済してくれるだろう、という甘えがあるのは事実だ。何しろ、韓国与党「共に民主党」における労組の立場は強いものがある。
現代自労組は6年連続のスト権
『韓国経済新聞』(7月10日付)は、社説で「自動車産業危機を深める労組の選択」と題して、次のように論じた。
韓国自動車産業は、競争力が減退している。
中国市場での凋落は目を覆うほどだが、これまでは、韓国政府が「THAAD」(超高高度ミサイル網)設置を決めたことへの中国政府の報復説が強かった。
この見方は最近、変わりつつある。
現代自の製品自体の魅力低下との説が浮上している。
中国の国内自動車が競争力を付けており、現代自の顧客に食い込んでいる、というもの。
一方、日系車は品質の良さが買われて、ドイツ系、米系を上回る販売増加率を見せており、「一人勝ち」と言える状況だ。
この日本車と韓国車を比べて分かることは、それぞれの労組の姿勢である。
現代自の賃金レベルは、すでにトヨタを上回っている。このしわ寄せはどこへ行くのか。
研究開発費の違いとなっている。
かつて世界一の座にあった米国GMが、なぜ倒産に追い込まれたのか。
余りに強すぎる労組による大幅賃上げが、GMの収益力を低下させ、研究開発費まで食い込んだ結果である。
現代自も米国GMの二の舞にならぬ保障はない。
現代自労組は、自らの職場を守るという意識に立って、賃上げも生産性に見合った範囲に収める大人の対応が求められている。
だが、文在寅政権の成立は、労組を一段と強気にさせた。不幸な巡り合わせである。
(1)「韓国自動車産業の危機を心配する声があちこちから出ている。国内生産が数年間減少している中、今年に入って中国・米国など海外での販売が明確に減っていることに対する警告だ。
この渦中にも現代・起亜自動車、韓国GMの正規職員労組は無理な賃上げなどを要求しながらストライキの動きを見せている。
落ちる生産性を引き上げ、より多くの仕事を確保しようという考えはどの労組にも見られない」
韓国の労働組織率は10%強である。その中で、自動車労組は重要な位置を占めている。
単なる経済闘争を超えた政治闘争の役割をも担っているのだ。
これが、現代自や起亜自にとっては負担である。
自らの体力を超えた賃金引き上げ闘争を挑まされているのだ。
日本で言えば。自動車労連が、連合の賃金相場を左右することもなく自然体で臨んでいる。これが、本当の姿であろう。
韓国では、「先鋭労組」としての役割が期待されている。
(2)「今年上半期の国内自動車生産台数は216万2548台と、2010年上半期以来の最低水準となった。
韓国の新車生産は昨年インドに抜かれて世界6位に落ちたのに続き、今年はメキシコにも追い越されるという危機感が強まっている。
現代・起亜車は中国の『THAAD報復』で3月以降、現地販売が50%以上も急減し、非常事態を迎えた。日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)妥結も大きな負担だ」
韓国自動車産業を巡る輸出環境は厳しくなっている。
世界三大市場の欧州では、19年から日欧EPAが発効の見込みとなった。
完成車の関税は8年後に撤廃されるが、自動車部品は即時である。
現地での生産比率の高い日本車にとっては、自動車部品関税の即時撤廃効果は大きい。
日本車の現地販売価格が下がれば、韓国車は不利になる。韓国車にとって有利な条件は消えるのだ。
(3) 「自動車労組は会社の危機にもかかわらず自分たちの取り分の確保に没頭している。
7月7日にストライキを可決した韓国GM労組をはじめ、起亜車と現代車の労組もストライキの手続きを踏んでいる(注:7月14日スト権確立)。
しかも韓国GMはこの3年間、損失を出している。累積損失は2兆ウォン(約2000億円)にのぼり、『韓国撤収説』まで出ている。
現代車労組も純利益30%成果給支給、総雇用保証合意書締結などの無理な要求が受け入れられなかったことで交渉決裂を宣言した。
同社の労組は約2000台のバスの注文を抱えているが、会社の増産要求を受け入れていない」
韓国GMが、現代自・起亜車と並んでスト権を確立したことは「自殺行為」に映る。
それは、親会社の米国GMが経営戦略を大きく変える動きを見せているのだ。この動きは、次の報道が明らかにしている。
「GMは今年に入り欧州やインドからの撤退を次々に決断。
トヨタ自動車や独フォルクスワーゲン(VW)などと『1000万台クラブ』を形成するGMがあえて規模縮小の道を進む。
GMの世界販売台数は中国と米国が4分の3を占める。
いびつな構造にもかかわらず、バーラCEOはさらに地域を絞る戦略を進める。
インドだけではない。GMは3月には独オペルなどを売却し欧州から撤退すると発表した。
オペルは赤字続きとはいえ、16年の販売台数は約100万台。
このほか、インドネシアやロシア、南アフリカなどからも撤退する一方で、利益が期待できる中国やブラジルなどへの投資は拡大する。
バーラCEOは『地域ごとの事業の最適化をこれからも続ける』と宣言する」(『日本経済新聞』7月15日付)情勢だ。
米国GMは、欧州・インド・インドネシア・ロシア・南アフリカからの撤退を表明した。
この伝で言えば、3年連続で赤字を続ける韓国GMを保有する意味がなくなっている。
となれば、いつ韓国からの撤退を表明されるか分からないのだ。その微妙な時期に、あえて強力な賃金闘争宣言である。撤退論に火を付ける可能性が強い、と見えるのだ。
(4)「破産直前になった過去の双龍車の事例を取り上げるまでもない。
販売が減り仕事がなく危機を迎えた会社から労組がストライキで得るものはない。
仕事の減少に危機を感じることができなければ会社と労組が共に滅びる道しかない。
労組は韓国自動車産業の未来に対する心配を決して軽視してはいけない。
仕事がなくなれば雇用もなくなるというのは平凡な真理だ。このような状況で上級労組の『政治ストライキ』に熱心なら、労組が自動車産業の危機を招くという批判に何と話すのか」
文在寅大統領は、大統領選挙中に「積弊を一掃する」と称して、保守勢力を根絶やしにする宣言をした。
労働組合はこれを真に受けて、進歩派政権が永続すると誤解していないだろうか。
無理な賃上げをして会社経営が傾いても、政府が支えてくれると見ているならば大間違いである。
自分で自分の首を絞める結果になろう。革新派政権は、この5年間で終わりという事態もありうるのだ。
R&Dを食い込む大幅賃上げ
『朝鮮日報』(7月15日付)は、「販売不振にストの予兆、韓国自動車業界の不透明感」と題して、次のように報じた。
この記事は、韓国自動車産業の抱える問題点を余すところなく指摘した好個のものだ。
韓国経済に占める自動車産業のウエイトから見て、韓国経済の今後は容易ならざるものを感じるはずだ。
韓国自動産業は、三菱自動車の技術を基盤に発展したものだ。既存技術で発展しただけに、新技術の面では遅れている。
日本の乗用車ではトヨタ・ホンダ・日産・マツダ・富士重工・スズキ・ダイハツなどがひしめき合っている。
とりわけ、上位3社による技術面での競争が、日本車全体のレベルアップを促進している。
韓国では、「現代自・起亜車グループ」が1強であり、ライバル同士での競い合うという刺激がないのだ。
(5)「7月10日、『現代自動車役員能力向上プログラム』が開講された。
講演を行った証券会社のアナリストは、
下落曲線を描く国内の自動車販売台数、輸出台数などの指標を示しながら、『変わらなければ、現代自グループも一瞬で崩壊しかねない』と警告し、役員らは厳しい表情を浮かべた。
韓国自動車業界は輸出・内需の低迷に加え、強硬な労組による夏の闘争も重なり、まさに『三重苦』に陥った。今年上半期の自動車輸出は過去8年で最低となり、生産台数も7年ぶりの低水準にとどまっている」
現代自の営業利益率は5%台にまで低下している。
このラインを割り込めば、研究開発費もままならなくなるとされている。
その意味では「レッドライン」と言える。現代自はここまで追い込まれている。
今年もストが予想される。それが、販売面に与える影響は大きく、また大幅賃上げは、さらに営業利益率を引き下げるに違いない。
現代自は、危機の瀬戸際に立たされた。
(6)「韓国自動車産業協会がまとめた今年上半期の国産車輸出台数は132万4710台で、2010年以降では最低だった。
特に現代・起亜自は中国市場で40%を超える販売減となった。
韓国自動車業界の今年上半期の国内販売台数は前年同期比4%減の78万5297台だった。
2014年以降の伸びが止まり、減少に転じた。
輸出と内需が不振になると、自然と生産量も減少した。
今年上半期の国内での自動車生産台数は216万2548台で、上半期としては11年以降で最も少なかった」
韓国では、自動車の内外需が不振である。
現代自の「殿様スト」への反感が大きく、昨年は大手メディア(朝鮮日報や中央日報)が、揃って現代自の「不買運動」を煽る記事まで登場した。
それほど、高額賃上げへの感情的な批判が強いのだ。「労働貴族」と揶揄される理由はここにある。
(7)「自動車産業が危機を迎えたのは、現代・起亜自を中心とする韓国の自動車産業の競争力が劣るためだとの分析が聞かれる。
これまで量的成長に執着するあまり、質的競争力を高めることをおろそかにしたとの指摘だ。
産業研究院のイ・ハング上級研究委員は『現代自に代表される韓国の自動車産業は、世界的な金融危機による直撃を受けた米国車、欧州車、大規模なリコール(回収・無償修理)問題で危機を迎えたトヨタなどの日本車がいずれも低迷していた2010~14年に急成長した』と指摘した上で、
『韓国が量的成長に集中する間、世界の自動車メーカーは構造調整後に生産性を高め、韓国は押され始めた』と分析した」
韓国の自動車産業が飛躍した時期は、2010~14年とされる。
ちょうどこの時期は、欧米の大手自動車が08年のリーマンショックによる需要減退。
それに、日本ではトヨタが大量の世界的なリコール問題に巻き込まれて二進も三進も動けぬ状態にあった。
韓国自動車は、この日米欧自動車の停滞という間隙を縫って急成長遂げた事情がある。
この「天佑」で韓国車は飛躍できたのだ。ただ、この間に日米欧は体制を整えて従来のポジションに返り咲きを図っていると言えよう。
(8)「現代・起亜自は最近、中国市場での不振をTHAAD問題による影響と説明してきたが、産業研究院は最近のリポートで、
『単純なTHAAD問題というよりも、競争力の低下が原因だ』とし、『中国の消費者による冷遇は、ブランドイメージで日本車に押されたことに加え、中国の国産車の品質と安全性が急速に向上したためだ』と分析した」
世界の3大自動車市場(中国・米国・欧州)で、日本車のシェアップが目を引いている。
この背景には品質の向上による「費用対効果」の向上がプラスしている。
燃費のよさ、故障の少なさ、中古価格の高値維持など、好条件がいくつか指摘されている。
私はこの問題に産業論として多大の興味を持っている。
残念ながら、私には自動車免許がない。若いときに、免許を取る機会を回避した結果である。
ハンドルを握ったことがないだけに、自動車への関心が高いのかも知れない。
(9)「研究開発(R&D)も積極的とは言えない。昨年の日本の自動車メーカー7社による研究開発投資は約29兆ウォン(約2兆8700億円)に達したが、現代・起亜自は4兆ウォンにすぎない。
大林大のキム・ピルス教授は『韓国の自動車メーカーは市場を開拓したり、トレンドをつくり出したりする研究開発には集中投資せず、SUV(スポーツ多目的車)に再編される市場の流れも読み損ねた』と分析した。
ある専門家は、『現代自がソウル市三成洞の韓国電力公社の土地を10兆ウォンという高価で購入する代わりに研究開発や新車開発に取り組んでいれば、今よりも競争力が向上していたはずだ』と指摘した」
昨年、日本の自動車7社による研究開発投資は、約2兆8700億円(円・ウォン換算しなければ実額2兆6600億円)に達した。
韓国は現代・起亜自で約4040億円である。
トヨタ1社の研究開発費は、昨年で1兆400億円弱(為替換算しない実額)であるから、トヨタは現代自・起亜に比べて2.6倍になっている。
こうした積み重ねがトヨタをはじめとする日本車の競争力を培っているのだ。
現代自は、異業種だがサムスンと張り合っており、新本社ビル建設用地購入で約1兆円も投下した。
2010~14年の韓国車絶頂期の話である。
韓国では当時、この話題で持ちきりであった。土地買収資金が研究開発費へ回っていたら、競争力は現在と違った形になっていただろう。
(10)「問題は電気自動車、自動走行車などへと向かう未来の自動車市場でも韓国車の競争力が低い点だ。
カトリック大のキム・ギチャン教授は
『今後自動車産業は、自動化されたモジュール化による生産性向上、IT業界と自動車業界の水平的な協力関係に代表される。自動車メーカーは全て自社でやるという考えを捨て、オープンな協力姿勢を取るべきだ』と呼びかけた」
前のパラグラフで指摘したが、サムスンと現代自はライバル意識が強すぎる。
競合分野はなく、今後の全自動運転や電気自動車では協力関係になるべきだが、メンツの張り合いで、別々の道を歩いている。
サムスンは有り余る資金を使って、海外メーカーを買収しており、現代自に歩み寄るインセンティブがないのだろう。
結局、最後は民族性の問題に帰着して、無駄な競争で体力を消耗するのだ。
異業種が、協力する雰囲気はなさそうだ。「俺が、俺が」のスタイルで、お山の大将で満足している姿は滑稽である。
グローバル経済の現在、韓国経済は自動車産業を筆頭にして、大きな試練にさらされている。
労組の頭には、グローバル経済という認識はゼロの「物盗り集団」と化している。
その延長線上に文在寅政権が存在する。
どう見ても今後、韓国経済が発展できそうな雰囲気を持っていると言い難い。ますます、凋落の度合いを深めるであろう。
(2017年7月20日)
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2017-07-20 05:00:00
韓国、「現代自」スト権確立で経済の「屋台骨」揺るがす事態へ
現代自労組6年連続のスト権
R&Dを食い込む大幅賃上げ
韓国経済「二枚看板」の一つ、現代自動車労組がスト権を確立した。
韓国新政権が労組寄り姿勢であるから、例年よりもさらに強力なストライキを構え賃金闘争に臨む姿勢だ。韓国経済にマイナス作用を及ぼす懸念が強まっている。
現代自 労組は今年の賃金団体交渉で、
①賃金15万4883ウォン(約1万5400円、号俸昇級分除く)引き上げ、
②純利益30%(自社株含む)の成果給支給などを要求した。しかし合意にいたらず、労組は7月6日、賃金団体交渉の決裂を宣言した。
この労組要求内容を見て仰天するのは、「純利益30%(自社株含む)の成果給支給」要求である。
労組側は、「純利益」の概念を知っているのだろうか。
会計上は、経常利益に特別損益を加えたものだ。
この純利益は、株主配当金や準備金として内部留保に回すなど経営側の判断に基づく。
この純利益の30%を労組へ配分するとなると、労組は株主同様のリスクを引き受けるという意思表示のはずだ。
賃上げは目一杯やって、純利益の30%を組合に配分せよ、では筋が通らないのだ。
賃上げを控えるから純利益の30%の分配を要求するのか。その立場を明らかにする必要がある。
もう一点、株主配当金の総額と労組要求の純利益分配金のバランス問題が発生する。
株主と同様にリスクを負う覚悟があれば、賃上げを廃止することだ。
「あれもこれも全て」という欲深な要求であれば、受け入れられるはずがない。もし、会社側が受け入れる状況になれば、現代自は遠からず倒産の憂き目に遭うだろう。まさに、「第2のGM」になる。
現代自がストライキに入れば、今年で連続6年となる。
現代自のほかに現代自系列の起亜自動車、また韓国GMもストライキへ突入する姿勢だ。
韓国車の市場シェアは、米国や中国という世界三大自動車市場で低下している。
こういう中でのストライキ突入が、どのようなマイナスを及ぼすか、今から懸念されるのだ。
もちろん、ストは会社側に損害を与えることで譲歩を勝ち取る正統な手段である。
労働権として法律で保護されているが、それは企業経営を傾けさせるほど過激であれば、労組もいずれはその影響を受けて「共倒れ」の共同リスクを負う。
ただ、韓国文在寅政権が労組寄りであることから、仮に会社側がストで経営が傾いても救済してくれるだろう、という甘えがあるのは事実だ。何しろ、韓国与党「共に民主党」における労組の立場は強いものがある。
現代自労組は6年連続のスト権
『韓国経済新聞』(7月10日付)は、社説で「自動車産業危機を深める労組の選択」と題して、次のように論じた。
韓国自動車産業は、競争力が減退している。
中国市場での凋落は目を覆うほどだが、これまでは、韓国政府が「THAAD」(超高高度ミサイル網)設置を決めたことへの中国政府の報復説が強かった。
この見方は最近、変わりつつある。
現代自の製品自体の魅力低下との説が浮上している。
中国の国内自動車が競争力を付けており、現代自の顧客に食い込んでいる、というもの。
一方、日系車は品質の良さが買われて、ドイツ系、米系を上回る販売増加率を見せており、「一人勝ち」と言える状況だ。
この日本車と韓国車を比べて分かることは、それぞれの労組の姿勢である。
現代自の賃金レベルは、すでにトヨタを上回っている。このしわ寄せはどこへ行くのか。
研究開発費の違いとなっている。
かつて世界一の座にあった米国GMが、なぜ倒産に追い込まれたのか。
余りに強すぎる労組による大幅賃上げが、GMの収益力を低下させ、研究開発費まで食い込んだ結果である。
現代自も米国GMの二の舞にならぬ保障はない。
現代自労組は、自らの職場を守るという意識に立って、賃上げも生産性に見合った範囲に収める大人の対応が求められている。
だが、文在寅政権の成立は、労組を一段と強気にさせた。不幸な巡り合わせである。
(1)「韓国自動車産業の危機を心配する声があちこちから出ている。国内生産が数年間減少している中、今年に入って中国・米国など海外での販売が明確に減っていることに対する警告だ。
この渦中にも現代・起亜自動車、韓国GMの正規職員労組は無理な賃上げなどを要求しながらストライキの動きを見せている。
落ちる生産性を引き上げ、より多くの仕事を確保しようという考えはどの労組にも見られない」
韓国の労働組織率は10%強である。その中で、自動車労組は重要な位置を占めている。
単なる経済闘争を超えた政治闘争の役割をも担っているのだ。
これが、現代自や起亜自にとっては負担である。
自らの体力を超えた賃金引き上げ闘争を挑まされているのだ。
日本で言えば。自動車労連が、連合の賃金相場を左右することもなく自然体で臨んでいる。これが、本当の姿であろう。
韓国では、「先鋭労組」としての役割が期待されている。
(2)「今年上半期の国内自動車生産台数は216万2548台と、2010年上半期以来の最低水準となった。
韓国の新車生産は昨年インドに抜かれて世界6位に落ちたのに続き、今年はメキシコにも追い越されるという危機感が強まっている。
現代・起亜車は中国の『THAAD報復』で3月以降、現地販売が50%以上も急減し、非常事態を迎えた。日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)妥結も大きな負担だ」
韓国自動車産業を巡る輸出環境は厳しくなっている。
世界三大市場の欧州では、19年から日欧EPAが発効の見込みとなった。
完成車の関税は8年後に撤廃されるが、自動車部品は即時である。
現地での生産比率の高い日本車にとっては、自動車部品関税の即時撤廃効果は大きい。
日本車の現地販売価格が下がれば、韓国車は不利になる。韓国車にとって有利な条件は消えるのだ。
(3) 「自動車労組は会社の危機にもかかわらず自分たちの取り分の確保に没頭している。
7月7日にストライキを可決した韓国GM労組をはじめ、起亜車と現代車の労組もストライキの手続きを踏んでいる(注:7月14日スト権確立)。
しかも韓国GMはこの3年間、損失を出している。累積損失は2兆ウォン(約2000億円)にのぼり、『韓国撤収説』まで出ている。
現代車労組も純利益30%成果給支給、総雇用保証合意書締結などの無理な要求が受け入れられなかったことで交渉決裂を宣言した。
同社の労組は約2000台のバスの注文を抱えているが、会社の増産要求を受け入れていない」
韓国GMが、現代自・起亜車と並んでスト権を確立したことは「自殺行為」に映る。
それは、親会社の米国GMが経営戦略を大きく変える動きを見せているのだ。この動きは、次の報道が明らかにしている。
「GMは今年に入り欧州やインドからの撤退を次々に決断。
トヨタ自動車や独フォルクスワーゲン(VW)などと『1000万台クラブ』を形成するGMがあえて規模縮小の道を進む。
GMの世界販売台数は中国と米国が4分の3を占める。
いびつな構造にもかかわらず、バーラCEOはさらに地域を絞る戦略を進める。
インドだけではない。GMは3月には独オペルなどを売却し欧州から撤退すると発表した。
オペルは赤字続きとはいえ、16年の販売台数は約100万台。
このほか、インドネシアやロシア、南アフリカなどからも撤退する一方で、利益が期待できる中国やブラジルなどへの投資は拡大する。
バーラCEOは『地域ごとの事業の最適化をこれからも続ける』と宣言する」(『日本経済新聞』7月15日付)情勢だ。
米国GMは、欧州・インド・インドネシア・ロシア・南アフリカからの撤退を表明した。
この伝で言えば、3年連続で赤字を続ける韓国GMを保有する意味がなくなっている。
となれば、いつ韓国からの撤退を表明されるか分からないのだ。その微妙な時期に、あえて強力な賃金闘争宣言である。撤退論に火を付ける可能性が強い、と見えるのだ。
(4)「破産直前になった過去の双龍車の事例を取り上げるまでもない。
販売が減り仕事がなく危機を迎えた会社から労組がストライキで得るものはない。
仕事の減少に危機を感じることができなければ会社と労組が共に滅びる道しかない。
労組は韓国自動車産業の未来に対する心配を決して軽視してはいけない。
仕事がなくなれば雇用もなくなるというのは平凡な真理だ。このような状況で上級労組の『政治ストライキ』に熱心なら、労組が自動車産業の危機を招くという批判に何と話すのか」
文在寅大統領は、大統領選挙中に「積弊を一掃する」と称して、保守勢力を根絶やしにする宣言をした。
労働組合はこれを真に受けて、進歩派政権が永続すると誤解していないだろうか。
無理な賃上げをして会社経営が傾いても、政府が支えてくれると見ているならば大間違いである。
自分で自分の首を絞める結果になろう。革新派政権は、この5年間で終わりという事態もありうるのだ。
R&Dを食い込む大幅賃上げ
『朝鮮日報』(7月15日付)は、「販売不振にストの予兆、韓国自動車業界の不透明感」と題して、次のように報じた。
この記事は、韓国自動車産業の抱える問題点を余すところなく指摘した好個のものだ。
韓国経済に占める自動車産業のウエイトから見て、韓国経済の今後は容易ならざるものを感じるはずだ。
韓国自動産業は、三菱自動車の技術を基盤に発展したものだ。既存技術で発展しただけに、新技術の面では遅れている。
日本の乗用車ではトヨタ・ホンダ・日産・マツダ・富士重工・スズキ・ダイハツなどがひしめき合っている。
とりわけ、上位3社による技術面での競争が、日本車全体のレベルアップを促進している。
韓国では、「現代自・起亜車グループ」が1強であり、ライバル同士での競い合うという刺激がないのだ。
(5)「7月10日、『現代自動車役員能力向上プログラム』が開講された。
講演を行った証券会社のアナリストは、
下落曲線を描く国内の自動車販売台数、輸出台数などの指標を示しながら、『変わらなければ、現代自グループも一瞬で崩壊しかねない』と警告し、役員らは厳しい表情を浮かべた。
韓国自動車業界は輸出・内需の低迷に加え、強硬な労組による夏の闘争も重なり、まさに『三重苦』に陥った。今年上半期の自動車輸出は過去8年で最低となり、生産台数も7年ぶりの低水準にとどまっている」
現代自の営業利益率は5%台にまで低下している。
このラインを割り込めば、研究開発費もままならなくなるとされている。
その意味では「レッドライン」と言える。現代自はここまで追い込まれている。
今年もストが予想される。それが、販売面に与える影響は大きく、また大幅賃上げは、さらに営業利益率を引き下げるに違いない。
現代自は、危機の瀬戸際に立たされた。
(6)「韓国自動車産業協会がまとめた今年上半期の国産車輸出台数は132万4710台で、2010年以降では最低だった。
特に現代・起亜自は中国市場で40%を超える販売減となった。
韓国自動車業界の今年上半期の国内販売台数は前年同期比4%減の78万5297台だった。
2014年以降の伸びが止まり、減少に転じた。
輸出と内需が不振になると、自然と生産量も減少した。
今年上半期の国内での自動車生産台数は216万2548台で、上半期としては11年以降で最も少なかった」
韓国では、自動車の内外需が不振である。
現代自の「殿様スト」への反感が大きく、昨年は大手メディア(朝鮮日報や中央日報)が、揃って現代自の「不買運動」を煽る記事まで登場した。
それほど、高額賃上げへの感情的な批判が強いのだ。「労働貴族」と揶揄される理由はここにある。
(7)「自動車産業が危機を迎えたのは、現代・起亜自を中心とする韓国の自動車産業の競争力が劣るためだとの分析が聞かれる。
これまで量的成長に執着するあまり、質的競争力を高めることをおろそかにしたとの指摘だ。
産業研究院のイ・ハング上級研究委員は『現代自に代表される韓国の自動車産業は、世界的な金融危機による直撃を受けた米国車、欧州車、大規模なリコール(回収・無償修理)問題で危機を迎えたトヨタなどの日本車がいずれも低迷していた2010~14年に急成長した』と指摘した上で、
『韓国が量的成長に集中する間、世界の自動車メーカーは構造調整後に生産性を高め、韓国は押され始めた』と分析した」
韓国の自動車産業が飛躍した時期は、2010~14年とされる。
ちょうどこの時期は、欧米の大手自動車が08年のリーマンショックによる需要減退。
それに、日本ではトヨタが大量の世界的なリコール問題に巻き込まれて二進も三進も動けぬ状態にあった。
韓国自動車は、この日米欧自動車の停滞という間隙を縫って急成長遂げた事情がある。
この「天佑」で韓国車は飛躍できたのだ。ただ、この間に日米欧は体制を整えて従来のポジションに返り咲きを図っていると言えよう。
(8)「現代・起亜自は最近、中国市場での不振をTHAAD問題による影響と説明してきたが、産業研究院は最近のリポートで、
『単純なTHAAD問題というよりも、競争力の低下が原因だ』とし、『中国の消費者による冷遇は、ブランドイメージで日本車に押されたことに加え、中国の国産車の品質と安全性が急速に向上したためだ』と分析した」
世界の3大自動車市場(中国・米国・欧州)で、日本車のシェアップが目を引いている。
この背景には品質の向上による「費用対効果」の向上がプラスしている。
燃費のよさ、故障の少なさ、中古価格の高値維持など、好条件がいくつか指摘されている。
私はこの問題に産業論として多大の興味を持っている。
残念ながら、私には自動車免許がない。若いときに、免許を取る機会を回避した結果である。
ハンドルを握ったことがないだけに、自動車への関心が高いのかも知れない。
(9)「研究開発(R&D)も積極的とは言えない。昨年の日本の自動車メーカー7社による研究開発投資は約29兆ウォン(約2兆8700億円)に達したが、現代・起亜自は4兆ウォンにすぎない。
大林大のキム・ピルス教授は『韓国の自動車メーカーは市場を開拓したり、トレンドをつくり出したりする研究開発には集中投資せず、SUV(スポーツ多目的車)に再編される市場の流れも読み損ねた』と分析した。
ある専門家は、『現代自がソウル市三成洞の韓国電力公社の土地を10兆ウォンという高価で購入する代わりに研究開発や新車開発に取り組んでいれば、今よりも競争力が向上していたはずだ』と指摘した」
昨年、日本の自動車7社による研究開発投資は、約2兆8700億円(円・ウォン換算しなければ実額2兆6600億円)に達した。
韓国は現代・起亜自で約4040億円である。
トヨタ1社の研究開発費は、昨年で1兆400億円弱(為替換算しない実額)であるから、トヨタは現代自・起亜に比べて2.6倍になっている。
こうした積み重ねがトヨタをはじめとする日本車の競争力を培っているのだ。
現代自は、異業種だがサムスンと張り合っており、新本社ビル建設用地購入で約1兆円も投下した。
2010~14年の韓国車絶頂期の話である。
韓国では当時、この話題で持ちきりであった。土地買収資金が研究開発費へ回っていたら、競争力は現在と違った形になっていただろう。
(10)「問題は電気自動車、自動走行車などへと向かう未来の自動車市場でも韓国車の競争力が低い点だ。
カトリック大のキム・ギチャン教授は
『今後自動車産業は、自動化されたモジュール化による生産性向上、IT業界と自動車業界の水平的な協力関係に代表される。自動車メーカーは全て自社でやるという考えを捨て、オープンな協力姿勢を取るべきだ』と呼びかけた」
前のパラグラフで指摘したが、サムスンと現代自はライバル意識が強すぎる。
競合分野はなく、今後の全自動運転や電気自動車では協力関係になるべきだが、メンツの張り合いで、別々の道を歩いている。
サムスンは有り余る資金を使って、海外メーカーを買収しており、現代自に歩み寄るインセンティブがないのだろう。
結局、最後は民族性の問題に帰着して、無駄な競争で体力を消耗するのだ。
異業種が、協力する雰囲気はなさそうだ。「俺が、俺が」のスタイルで、お山の大将で満足している姿は滑稽である。
グローバル経済の現在、韓国経済は自動車産業を筆頭にして、大きな試練にさらされている。
労組の頭には、グローバル経済という認識はゼロの「物盗り集団」と化している。
その延長線上に文在寅政権が存在する。
どう見ても今後、韓国経済が発展できそうな雰囲気を持っていると言い難い。ますます、凋落の度合いを深めるであろう。
(2017年7月20日)