日本と世界

世界の中の日本

韓国、「5カ年計画」市民運動家に顔向けた「大衆迎合政治」

2017-07-26 17:24:34 | 日記
勝又壽良の経済時評

日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。


2017-07-26 05:00:00

韓国、「5カ年計画」市民運動家に顔向けた「大衆迎合政治」

バラマキ政策で人気取り

市場と戦争すれば負ける

率直に言って、文在寅(ムン・ジェイン)氏は大統領の「器」だろうか、という疑問が湧く。

そうかと言って、前大統領の朴槿恵(パク・クンヘ)氏が立派だったとも言えない。

文氏は、一国の大統領として余りにも軽率に物事を決めているのだ。

原発建設中止の議論は内閣で20分で済ませてしまったほどだ。

THAAD(超高高度ミサイル網)の環境影響評価では、市民運動家の影響調査拒否で取りやめるという事態である。

原発建設中止やTHAADの影響調査は、いずれも市民運動家の主張通りにしている。警察が妨害行動を排除する訳でもなく、ただひたすら市民運動家のご機嫌取りに終始している感じだ。

文大統領が、このように市民運動家の動きを重視するには理由がある。

それは、朴前大統領を弾劾に追い込んだ原動力が、「100万人デモ」(別称:ロウソク・デモ)であると認識しているからだ。

朴氏があのような退陣の仕方をしなければ、後継大統領は保守系から出たに違いない。

そういう政治状況を考えると、文氏はロウソク・デモを組織した市民運動家へ最大の感謝をする立場になっている。

これまでの保守党系大統領は経済界と密着してきた。

文大統領は、それと同様に市民運動家の利害と密接に絡む政権運営をすることが明らかだ。

民意の尊重は政治の原点である。だが、大局的な問題まで矮小化されて、国家の将来に関わる問題に影響を与える事態になれば、「大衆迎合政治」として批判されるに違いない。

韓国官憲は、デモ隊の実力によるTHAADの環境影響評価作業を阻止するのを見て見ぬ振りする始末だ。

韓国政府からそういう指令が出ている結果であろう。

『ハンギョレ』(7月19日付)は、「文在寅政府、5カ年国政計画発表、国民の暮らしを変える実践が始まった」と題して、次のように報じた。

『ハンギョレ』は、革新派政党の利害を代弁するメディアである。

それだけに、文政権の本音を読み取るには格好の媒体だ。


1)「文在寅大統領は、『政策コンサート』の挨拶で『国政運営5カ年計画は新しい大韓民国に向かう設計図となり、羅針盤となるだろう』とし、『新しい政府はろうそく革命の精神を継いでいく。

国民が主人としてもてなされる国、すべての特権・反則・不公正を一掃し、差別と格差を解消する正義の大韓民国を作る』と話した。

文大統領は、『既に変化は始まった』とし、『あなたのための行進曲』斉唱、大統領主宰の『反腐敗関係機関協議会』の再稼動に言及し、『国民の暮らしを変える具体的実践も始まった』とし、

最低賃金の引き上げ▽保育・教育・環境・安全分野の国家責任強化

▽雇用委員会の設置など民生対策の実践を紹介した。文大統領は『毎年末、大統領の国政課題報告会を開き、一つ一つ点検し、国民に報告したい』と国政課題の実践を約束した」

この記事を読んで正直、アジ演説に聞こえるのだ。この演説で明かな点は、「ロウソク・デモ」を引き継いでいることである。

文大統領は、密かに恐れていることがある。

朴前大統領とサムスンとの間で取り交わされた、とされる「贈賄」の決定的な証拠が出ていないことだ。

大統領府は、この点でかなり焦っている。

そのため、朴氏がいかに「悪人」であったかを印象づける動きが目立つ。

既知の事実についてまで、新発見のように装ってテレビの生中継まで行ない、「朴大統領悪人説」を強調している。

朴氏の大統領府で使っていたベッドの価格と写真まで公表する始末で、常軌を逸している。

私は、この事件が持ち上がって以来、サムスン・崔被告・朴前大統領を結ぶ贈賄事件は、立証が極めて困難とされる見解に同調している。

同種の事件では、最高裁まだ争われて無罪になっているのだ。

サムスンから40億円もの資金が朴氏に渡ったとすれば、その資金がどこかに存在するはずである。

朴氏の質素な生活から見て、そのような巨額な資金を懐に入れる動機が乏しい。動機がなければ犯罪は成立しないであろう。

文大統領は、自らの政権の正統性を市民運動家の支持でつなぎ止めようとしているのでないか。

一審で、朴氏の賄賂事件が無罪になれば文政権への打撃は極めて大きい。

その際は再び、「ロウソク・デモ」を組織させ、裁判の不当性を訴えて裁判所に圧力を掛ける意図が隠されているとみられる。

そうでなければ、ここまで市民活動家の意向を汲んだ政策を打ち出すはずがない。

もう少し、専門家の意見を入れて政策を決定しているであろう。

バラマキ政策で人気取り

『朝鮮日報』(7月20日付)は、「丼勘定のバラマキ政策を国政課題にした文在寅政権」と題する社説を掲載した。

文氏の政治目的は、保守党の積弊一掃を掲げていることから分かるように、保守党大統領の出現を阻むことにある。

だから、必要以上に「大衆迎合政治」を強化しようと狙っている。

それには、「バラマキ政策」によって人気を上げることだ。

前政権の増税路線によって5年間で6兆円の財源が文政権に転がり込んでくる。

それを使ってバラマキの「善政」を敷こうという戦略に違いない。

文氏後の大統領候補は3代にわたって用意されていると報じられた。

「第一走者」の文氏の責任は重大な訳である。

(2)「韓国政府は7月19日、大統領と政権の任期となる今後5年間に解決すべき国政上の100の課題を発表し、それを実行するために178兆ウォン(約18兆円)を投入すると発表した。

大統領選挙当時の公約と比べれば一部修正はされているものの、巨額の予算を要する目玉政策はほぼそのままだ。

ただしこれらの費用は完全な丼勘定で、本当に178兆ウォンで可能なのか気になるところだ」

文大統領は、「大きい政府」を目指すと明言している。

つまり、大型財政によって、政府が経済をけん引するという意思表示である。

この考えは、一昔前の経済政策である。

現代では、経済の活性化=グローバル化によって経済成長を実現する方向へ変わっている。

この点からも、文氏は古いタイプの政治家と言える。

(3)「例えば公務員17万4000人の増員計画もそうだ。大統領選挙公約が発表された時点では、7級7号棒を基準に計算した場合、今後5年で16兆7000億ウォン(約1兆7000億円)が必要とされていた。

ところが昨日の発表ではこれが何の説明もなしに8兆2000億ウォン(約8200億円)に減っていた。

一方で国会予算政策処によると、公務員の増員に伴うさまざまな手当や法律で定められた負担金を合わせると、今後5年で28兆5499億ウォン(約2兆8000億円)が必要だという」

文氏の公務員増員計画は、雇用政策の一環であることが問題になっている。

世界の潮流は、官の縮小・民の拡大である。

政府が雇用拡大の受け皿になることは、将来の財政硬直化の要因として各国ともに慎重である。

ところが、文氏はそういうことには無頓着で、自分の政権時代に失業者を減らせばそれでよし。

後の財政硬直化など知ったことでない、という無責任な態度である。

民の活動を活発化させるにはどうするか、だ。規制を撤廃して自由に仕事をさせることにつきる。

だが、文政権は市民運動家という「反企業グループ」依存である。

企業に自由な活動させたら利益を搾取すると思い込んでいる。

だから、規制を厳しくしても緩和させることは思いもよらないであろう。

これでは、企業の利益は伸び悩むから雇用も低調で、税収も増えないという最悪事態に落ち込む懸念が大きい。

ともかく、市場経済の原則に反することが主義主張の政権であるから、その結果が読めるのだ。

(4)「基礎年金や障害者年金は10万ウォン(約1万円)引き上げられるが、その費用は23兆1000億ウォン(約2兆3000億円)が見込まれている。

まず来年から基礎年金が今よりも5万ウォン(約5000円)高い25万ウォン(約2万5000円)に引き上げられ、2021年には30万ウォン(約3万円)となる予定だ。

この基礎年金の支給にかかる費用も見通しが甘い。

現在65歳以上人口はおよそ700万人だが、20年には813万人、33年には1400万人へと一気に増加する。

支給額が月10万ウォン増えるだけで、基礎年金の支給に必要な予算は21年の段階で18兆-20兆ウォン(約1兆8000億-2兆円)、30年には80兆ウォン(約8兆円)が必要になる」

韓国の基礎年金は、2021年からようやく月額3万円になるという。

日本の基礎年金は月額6万5000円(満額)である。

韓国の基礎年金は日本の半額以下である。

今後は、日本並みの高齢化率で進行するから、バラマキ財政で国民の人気を得たいといったゆとりはなくなるはずだ。

バラマキ型財政でなく、民間経済の活性化による雇用拡大こそ選択すべき道であろう。

(5)「これらの費用はどれも一度引き上げると下げることはできないため、今の次の政権、さらにはその次の政権や将来の世代に大きな負担を強いる結果となってしまう。

現政権は得意顔でばらまこうとしているが、政権の任期が終われば全て解決するような問題ではない。

朴槿恵(パク・クンヘ)前政権が非課税の縮小など事実上の増税を行った結果、現政権は今後5年で60兆ウォン(約6兆円)の追加税収が見込まれるという。

つまり裏返せば国民の負担が60兆ウォン以上増えるということだ。


これだけでも多くの国民が苦痛を甘受しただろうが、政府はこれによってバラマキを行おうとしている。国民の税金を『湯水のように使う』という言葉も決して大げさには聞こえない」

文政権は現在、朴政権批判が主な仕事になっている。

だが、前政権の残してくれた財源によって、5年間で6兆円(年間1兆2000億円)のゆとりを貰った計算である。

その貴重な財源を有効に使うべきで、バラマキに用いると自らの首を絞める結果になろう。


(6)「想定外の支出もさまざまな方面から出始めている。

『今後3年で最低賃金を1万ウォン(約1000円)に引き上げる』との方針決定を受け、国民の税金から来年だけで3兆ウォン(約3000億円)以上が新たに支出される。

最低賃金が突然16.4%も引き上げられ、それに必要な費用が国民の税金で賄われるからだ。

このような形で最低賃金の引き上げ分が埋め合わせられると、2020年には国民の税金から16兆ウォン(約1兆6000億円)支出せねばならない。

これも財源をどうするか全く説明がない。

今の政府はおそらく今後も同じようなバラマキを続け、それを国民の税金で埋め合わせるパターンを繰り返していくのだろう」

文政権は、韓国経済の潜在成長率と生産年齢人口比率が、これから低下するという認識がゼロである。

次のデータを見て頂きたい。7月12日の私のブログに掲載したものだ。

韓銀推計の成長率      生産年齢人口比率(韓国統計庁)

2000~15年 3.9%  2015年 73.0%

16~25年 1.9%    20年 71.1% 

26~35年 0.4%    30年 63.1%  

36~45年    0%    40年 56.5%

46~55年-0.1%    50年 52.7% 

韓国経済の潜在成長率が低下する一方、生産年齢人口比率の低下は社会保障費の増大を示唆している。

つまり、歳出は増加するが歳入は低下するという構造になっている。

これを乗り切るにはどうするかが問われているのだ。バラマキ型財政では破綻を招くであろう。

市場と戦争すれば負ける

『韓国経済新聞』(7月20日付)は、社説で「文在寅政権の100大国政課題、市場との戦争は控えるべき」と題して次のように伝えた。

文政権は、雇用改善を大きな柱にしている。

だが、解雇規制を厳しくして失業者を出さないというのでは、何らの発展もない。

労働規制を緩和するなかで、「労働市場」という市場メカニズムを利用しながら雇用を増やす発想法に転換しなければダメである。

だが、この発想を受け入れる頭の柔軟性がない。

ゆえに、文政権は労働問題で行き詰まるに違いない。

今時、これほど後ろ向きの政策を行なう政権は珍しい存在だ。これも労働組合と市民運動家に支えられた政権ゆえの限界であろう。

(7)「文在寅(ムン・ジェイン)政権が今後5年間に推進する「国政運営5カ年計画」を昨日発表した。

「国民の国、正義の大韓民国」という国家ビジョンのもと、

5大国政目標および20大戦略、100大国政課題、4大複合・革新課題などで構成された国民主権、経済民主主義、福祉国家、均衡発展、韓半島(朝鮮半島)平和繁栄など5つの分野に分け、具体的な課題を盛り込んだ。

公約である積弊清算、公職者不正捜査処の新設、軍兵力50万人維持などから脱原発、雇用拡充、財閥改革などまですべて網羅した。

100大課題のうち法律の制定・改正が必要なものが91件(実践課題では279件)にのぼる。

少数与党の国会で補正予算案の通過も難しい中、事案ごとに論争が予想される法案が順調に通過するかも疑問だ。

財源178兆ウォン(約17兆8000億円)確保計画があまりにも安易だという指摘もある」

野党を閣僚に取り込まない文政権は、法律の制定・改正の必要な政策を91件も掲げているものの実現は不可能であろう。

文大統領は、野党に配分すべき閣僚ポストを市民運動家や大学教授に与えてしまった。

惜しいことをしたものだ。せっかくの「協治」の機会をみすみす捨ててしまった。

朴氏の賄賂無罪のリスクに備えた動きがもたらしたものだろう。

(8)「 いくら良い政策であっても市場の原理に逆行する場合は必然的に副作用を招く。

今でも厳しい解雇要件をさらに強化すれば、経済活力のための構造改革と青年の新規雇用はさらに遠ざかる。

最近の脱原発論争で見られるように、政府が合理的な批判にも背を向けて市場と戦うような姿勢で一貫すれば、100大国政課題は光より影の部分が増える。

『雇用政府』として成功するには、『市場との戦争』を控えなければいけない。世界でも市場に勝った政府はない」フォームの終わり

市場に勝った政府はないと指摘している。名言である。

あの独裁政権の中国が結局、市場原理には勝てず、過剰債務の処理に本腰を入れざるを得なくなった。

「デレバレッジ」処理を市場原理で行なえないほどの規模に膨張したので、担当者の責任を生涯、追求するというおぞましい決定になった。

市場原理に従った調整を怠ると、こういう結果になる良い見本である。

韓国も、解雇規制を強化するという間違いは避けて、労働需給に見合った雇用調整が不可欠である。

雇用調整は労働市場で小刻みに行なっておかないと、「第二の中国」に陥るであろう。


(2017年7月26日)