勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2017-11-02 05:00:00
中国、習近平独裁の裏に「国際収支危機?」競争力低下が顕著
対GDP比の経常黒字1%台低下
このままだと国際収支リスク接近
先の19回党大会で、習近平氏は大演説を打った。今世紀半ばには米国へ経済的・軍事的に対抗できる中国を建設すると高らかに宣言した。
これと引き替えに、毛沢東に次いで存命中に「習近平思想」が認められた。
順風満帆、向かうところ敵なしの感じだが、中国経済の底では、確実に過剰債務がもたらした腐食現象が進んでいる。
この危機を隠すために、あえて毛沢東並みの称号を習氏に与えたと読むべきだろう。私は一貫して、この見方に立っている。
中国共産党、中央政治局常務委員7人による集団指導体制は事実上、習氏による独裁体制に切り替わった。
年齢的に次期トップになるべき人物は、新常務委員メンバーに見当たらないのだ。
5年後も習氏が続投する構えである。
これまでの党総書記2期10年のルールは、あっけなく破られる見込みが強くなっている。
この裏には、中国経済が過剰設備・過剰債務・過剰人員という「3つの過剰」によって建国以来の危機に立たされている結果と見るほかない。
いくら習氏が、強心臓・厚顔といえどもここまで全権を掌握できたのは、経済危機が深刻な局面にある証拠と見られる。
対GDP比の経常黒字は1%台低下
中国の経済危機の予兆は、すでに国際収支の経常収支面に現れている。
対GDPの経常収支黒字比率が、「世界の工場」と言われるにしては余りにも低水準に落ち込んでいる。
どう見ても、「世界の工場」は過去の話であることに世界は気づくべきであろう。
外貨準備高は約3兆1000億ドル(9月末)へと回復してきたが、厳重な資本規制を行なっている結果にすぎない。
経常収支の黒字拡大と中国対内投資が増えない限り、現在の外貨準備高維持は困難である。
もはや、無理は利かない「高齢化体質」になっている現実を認識して、対外的に見栄を張り続けることの無益を悟るべきだ。
中国は、3兆ドル台の外貨準備高を「餌」にして、発展途上国を威嚇しながら自らの勢力圏に取り込んでいる。
「一帯一路」には、そういう狙いが込められている。
これを足場に、米国と張り合うことがいかほどの利益になるだろうか。
中国国民と企業は、その犠牲にされているのだ。
海外での資産運用禁止やM&A抑制は、中国共産党の見栄を実現するための踏み台である。
こういう矛盾した行動を止めて、自由変動相場制に移行し、外貨準備高を外交政策の「囮」(おとり)に使う愚を止めることである。
好むと好まざるとに関わらず、現在の管理変動相場制は限界に突き当たる。
対GDPの経常収支黒字比率は、次のデータに示すように2009年以降、低水準で苦吟している。
日本とドイツを参考に掲げたので、比較しやすいであろう。
対GDPの経常収支黒字比率(%)
中国 日本 ドイツ
2000年 1.68 2.67 -1.75
01年 1.30 2.00 -0.36
02年 2.40 2.65 1.89
03年 2.58 3.14 1.41
04年 3.51 3.78 4.46
05年 5.73 3.58 4.60
06年 8.36 3.85 5.68
07年 9.89 4.70 6.75
08年 9.13 2.83 5.60
09年 4.75 2.78 5.74
10年 3.92 3.88 5.62
11年 1.81 2.11 6.11
12年 2.51 0.96 7.02
13年 1.54 0.89 6.71
14年 2.24 0.76 7.44
15年 2.71 3.06 8.54
16年 1.75 3.81 8.35
17年 1.36 3.58 8.11(IMF予測)
上掲のデータによると、中国は06~08年まで高い経常収支黒字率を保ったが、リーマンショック後は下り坂に入っており、回復する兆候が見えない。
その点で、日独とは大きな違いである。
中国の「新興国」と日独の「成熟国」が、際立った対照を見せている。
この原因はどこにあるのか。そこで、経常収支を構成している項目を見ておきたい。これによって、中国はどこに問題があるかが分かる。
経常収支とは、①貿易収支、②サービス収支、③第一次所得収支、④第二次所得収支の合計である。
① 貿易収支は、財貨(物)の輸出入の収支を示す。
② サービス収支は、輸送・旅行・知的財産権使用料
③ 第一次所得収支は、直接投資収益・証券投資収益・その他投資収益
④ 第二次所得収支は、官民の無償資金協力、寄付、贈与の受払等
貿易収支の差額は、「純輸出」として算出される。これが、GDPに占める比率は、次のようになっている。
2001年 2.1%
02年 2.5%
03年 2.1%
04年 2.6%
05年 5.4%
06年 7.6%
07年 8.4%
08年 7.6%
09年 4.3%
10年 3.7%
11年 2.4%
12年 2.7%
13年 2.4%
14年 2.5%
15年 3.4%
16年 2.2%
15年の純輸出比率がそれまでの2%台から3%台へ上がったのは、この年に人民元相場が急落したことの反映である。
その後は、人民元相場が投機売りの対象にならないように、中国政府が人民元高へとテコ入れした結果、輸出の減少となり純輸出比率は2%台へ戻っている。
人民元相場が、国際投機筋の目標回避を狙った戦略で元高シフトし、輸出減となって跳ね返ったものである。
この2%台の純輸出比率は、2001~04年のレベルと同じである。
米国政府が、人民元を「監視通貨」から外している理由は、この純輸出比率の水準から見れば頷ける。
この事実は、「世界の工場」と言われた中国が、もはや輸出面で大きな影響力を失っていることの証明であろう。
ただ、鉄鋼やアルミなどでダンピング攻勢をかけ世界市場を攪乱しているのは、苦し紛れの脱法ビジネスを示している。
サービス収支は、2009年以降に赤字に転化し、その赤字幅が拡大している。
輸送収支と旅行収支の赤字幅が拡大した結果だ。
輸送収支は、国際貨物や旅客運賃の収支だが、輸出入貨物の増加で外国籍の船舶を使用すれば、その収支が悪化して当然である。
実は、「一帯一路」で、中国はヨーロッパへの鉄道路線を開拓した。
中国の貨物が鉄道でヨーロッパへ運ばれているので、輸送収支の赤字改善に寄与しているのであろう。
「一帯一路」は、中国の窮状を救う役割も課せられている。中国人の海外旅行急増も輸送収支には負担となっている。
旅行収支は、海外旅行者の宿泊費、飲食費等の受取・支払いの差額である。
中国では海外からの旅行者よりも、自国民の海外旅行が圧倒的に増えた。
中国国内は、大気汚染・水質汚染・土壌汚染など生命に関わる事態が起こっている。
こういう環境悪化の国へ好んで旅行する人も限られるだろう。
中国人の「爆買い」によって、旅行収支は大幅赤字になっている。
第一次所得収支は、次のような内容だ。
直接投資収益:親会社と子会社との間の配当金・利子等の受取・支払
証券投資収益:株式配当金及び債券利子の受取・支払
その他投資収益:貸付・借入、預金等に係る利子の受取・支払
第一次所得収支は、2007年にいったん黒字化したが、2009年に赤字へ転落した。
その後、赤字幅は拡大している。主因は、直接投資収益の赤字幅拡大である。
中国のM&A(買収・合併)は、大雑把な収益見通しで踏み切るケースが多いとされる。
要するに、「アバウト」なのだ。
もともと、合理的な経済計算という資本主義の原点から外れた、国有企業をありがたがっている国家である。
国有企業は、共産党幹部によって経営されるが、経営センスよりも政治的思惑が優先する「計画経済」(正しくは、社会主義市場経済)育ちである。
資本主義経済の本場の欧米で、上手く経営できないのは当たり前だ。
このままだと国際収支リスク接近
以上、経常収支を構成する項目について、個別的に中味を追ってきた。
結論は、経常収支黒字率の改善は望みがたいことである。ここで、重要なレポートを紹介したい。
大和総研は10月25日、「高まり続けている中国の国際収支リスク」と題したレポートを発表した。
そのなかで、「増加傾向に転じない経常収支黒字と減少傾向の続く対内直接投資の状況が続けば、いずれ対外直接投資に対する規制強化、本格的な緊縮的マクロ経済政策の発動など中国発の経済ショックにつながりかねない」と注意を促している。
この指摘は重要である。
大和総研は、長いこと中国経済については楽観的な見方であり、私とは方向が異なっていた。
それ故、大和総研レポートを紹介することもなかったが、今回は完全に私見と同一線上にある。
前記レポートでは、中国の生産性(全要素生産性)が、リーマンショック後に回復せず年2%以下に落ち込んでいる事実を指摘している。
これは、前掲の純輸出の対GDP比が停滞している事実と符合している。
中国では、国内企業と外資系企業が混在しているが、2014年時点でも輸出入それぞれの4割強を外資系企業が占めている。
貿易収支を貿易主体別にみると、中国の貿易黒字の相当部分は、外資系企業が稼ぎ出す状態が続いている。
世界有数の貿易黒字国となった中国だが、依然として外資系企業の寄与によるところが大きい。
要するに、「他人の褌で相撲を取る」国に変わりないのだ。
その意味で、「大言壮語」するの習氏の姿は、みっともない恥ずべき行為である。
中国の全要素生産性が停滞していることは、外資系企業にとって中国での生産が、すでにメリットを生まなくなっていることを意味する。
中国からそれぞれの母国へ引き揚げている理由が、まさにここにある。
中国で、差別されながら生産するよりも、母国へ帰還して、AI(人工知能)や、ロボットを多用して生産する方が採算向上をもたらしているのだ。
こうなると、外資系企業は新たに中国での生産を増やす理由がなくなる。
つまり、中国への対内直接投資は減ることはあっても、増える可能性が小さい。
現に、2016年の対内直接投資(実行ベース)は前年比0.2%減の1260億ドルとなった。
中国にとっては、この対内直接投資がドル資金の流入になる点では、大きな意味を持っている。
大和総研レポートは、次のような結論を出している。
「このまま対内直接投資の減少傾向が続くと、対外直接投資に対する規制の執行を強化しても、直接投資収支が流入超にならなくなる可能性がある。
また、経常収支の対GDP比は、外的要因等によって赤字になる可能性がないとは言えない水準と考えられる。
経常収支と対内対外の直接投資の金融収支が、比較的安定した外貨準備高の増減要因であると考えられる。
従って、両者が資金流出超になると、本格的な緊縮的マクロ経済政策をとらざるを得なくなったり、変動相場制に移行せざるを得なくなったりして、中国の経済社会が混乱する危険性が高まる。
中国政府が、投資中心の経済成長促進策を修正する等により、そのような国際収支リスクを低下させられるか否かを注視する必要がある」
最近の中国の対内直接投資(実行ベース)は、次のような推移をたどっている。対内直接投資とは、海外企業が中国へ投資するもの。
2012年 1117億ドル
13年 1176億ドル
14年 1196億ドル
15年 1262億ドル
16年 1260億ドル
ここ数年の動きは、小浮動と言うにふさわしい変化だが、今年の1~6月は前年同期比で9.1%減の95億9700万ドルに落ちてきた。
この背景には、年初から資本移動に厳しい規制がかかっていることが嫌気されたことだ。
配当金の本国送金もままならぬ状態では、外資系企業にとって機動的な経営が困難になる。
また、中国の全要素生産性の停滞が、海外企業の採算を圧迫しているという事情も考えられる。
従来、中国が「世界の工場」ともてはやされて、対内直接投資が自然に増加する状況にあった。
だが、そういう恵まれた時代は過ぎている。
資本規制を続けている結果、これを嫌気して対内直接投資が減少に向かうので、国際収支における「金融収支」(直接投資や証券投資など)黒字幅が減少するはずである。
こうなると、国際収支上で安閑としていられないのだ。
すでに見てきたように、「経常収支」黒字幅は、最盛期を過ぎている。
これに加えて、「金融収支」が落ち込むと、外貨準備高3兆ドル台維持が困難になろう。
それは、人民元相場の大規模投機を誘い込見かねない危険因子になる。
中国の外貨準備高は、3兆ドル台という途方もない金額になっているが、経常収支と金融収支の「双子の黒字」がもたらした歪みである。
こんな異常な状態が、いつまでも続くはずがない。必ず破綻する時期が来る。中国は頭を冷やすことである。
(2017年11月2日)