更新日:2023.03.06 公開日:2023.03.06
徴用工問題、韓国政府が解決策を発表 最大野党代表のブレーン「世論の反発は相当」
日本と韓国の間で最大の懸案になっていた徴用工問題について、韓国政府が3月6日、解決策を発表した。
日本企業に元徴用工らへの損害賠償を命じた2018年秋の韓国大法院(最高裁判所)判決以降、冷却していた日韓関係は改善に向かうことになる。
前回大統領選で現職の尹錫悦氏と争った李在明(「共に民主党」代表)陣営でブレーンを務めた魏聖洛元駐ロシア大使は、合意を評価する一方、韓国内でさらに政治対立が深まると懸念する。(牧野愛博)
――徴用工問題を巡る韓国政府の発表をどう評価しますか。
長い間、日韓関係の障害になっていた問題が解決の方向に向かうことは、歓迎すべき話だ。
ただ、結論に至る過程で韓国と日本双方にいくつか、物足りない点があった。
まず、韓国側だが、これは歴史を巡る相当政治的な問題であり、国民世論と密接に関係していた。
国民の理解を得るための政治的な努力が不足していた。
野党や反対陣営との意思疎通の努力を怠り、政府だけで独自に解決策を作った。
政府は、「民官協議会」を作ったほか、原告とも接触していたが、政府が出した結論を一方的に説明したに過ぎない。
それでは、政治的なプロセスを経たとは言えず、国民世論の反発は相当なものになるだろう。
また、今回の政府解決策で、日本企業が自主的に寄付した金は、原告に対する救済ではなく、別の教育や医療などに使われるとも聞いている。
請求権協定を厳格に解釈すれば、日本側はそのように主張したのかもしれない。
しかし、韓国市民が「日本企業の出した金は、原告には1円も行かないそうだ」と聞けば、世論が快く受け取らないかもしれない。
次に、日本について、私が不満を言う立場にはないが、(日韓請求権協定が破壊されるため、判決は受け入れられないという)法律的な主張に終始し、未来志向の政治的な配慮が不足していた。
今回は、韓国の大法院判決が問題の発端だったから、韓国が柔軟な姿勢を示すしかなかったのは間違いない。
当然、柔軟な姿勢には(韓国で)反対が多い。
起こらざるを得ない反対世論を説得するプロセスが不足していたことが残念だ。
徴用工問題とは
戦時中、日本の統治下にあった朝鮮半島から日本の工場や炭鉱などに労働力として動員された「徴用工」だった人たちが、自身を雇用していた日本の企業などに賠償を求める訴えを韓国で起こした。
韓国の大法院(最高裁)は2018年、新日鉄住金(現在の日本製鉄)と三菱重工業に対し、元徴用工に賠償するよう命じる判決を相次いで出した。
これに対し、2社は支払いを拒否し、日本政府も、元徴用工への補償問題は韓国と国交正常化した際に結んだ「日韓請求権協定」(1965年)で「解決済み」として、判決は無効だと主張した。
日韓とも譲らず、両国関係は「戦後最悪」と言われるまでに悪化していた。
――なぜ、韓国では政治的な努力が不足したのでしょうか。
文在寅政権では「判決の通りに進めれば良い」と考え、その枠内で解決策を考える人が多かった。
それに比べ、尹錫悦政権は現実を受け止め、よくやったと評価できる。
しかし、国内世論に反発がある以上、市民を説得して国内の共感を得る基礎を作ることが最初に必要だった。
日本との交渉はその次の問題だ。
私は昨年5月に尹政権が発足した直後から、「超党派で賢人会議をつくって意見を収斂すべきだ」と提案し続けてきたが、実現しなかった。
「合理的な解決策を目指せば、何の問題もない」と考え、反対陣営との政治的な意思疎通を望まない雰囲気があった。
韓国では今、保守と進歩(革新)との対立が、非常に深刻な状況に陥っている。
検察当局による文在寅政権当時の人々に対する取り調べも進んでいる。
このため、政府・与党は野党との意思疎通を図らなかった。
でも、野党議員ではなくても、韓国内に進歩陣営を代表する人物は大勢いる。
こうした人々に声をかけるべきだったが、それすらしなかった。
尹錫悦政権は、この解決策を推進する途中で、反対派の抵抗が強いことに気づき、日本政府に「もう少し誠意を見せて欲しい」と言い出した。
それが、日本による謝罪や、被告企業による寄付などの要求につながった。
しかし、韓国の国内で政治合意を得ていれば、日本にそのような要求をしないで済んだはずだ。
日本に要請しても構わないが、日本が受けないなら、韓国は独自の道を進むことができたはずだ。
現在の交渉結果を見るにつけ、私がもし交渉の担当者だったら、「プランB」を考えていただろう。
むしろ、日韓請求権協定に基づく第三国を含めた仲裁委員会での決着を考慮しただろう。
そうすれば、韓国が最初に人気のない譲歩をし、強硬な日本に譲歩を請うことをしなくても済んだはずだ。
――尹政権を李在明氏は「売国奴外交」と非難しています。
李氏の姿勢には問題がありませんか。
私が李在明陣営にいたから弁護するわけではないが、順序をみてほしい。李在明氏がこうした非難を始めたのは、今年1月に韓国政府の解決策を巡る公開討論会が行われた時期からだ。李在明氏は昨年7月に党代表に選ばれてから、しばらくは日韓関係について沈黙していた。もし、韓国政府が先に李氏に歩み寄って対話していれば、別の結果になったと思う。私も民間の財団に所属し、与野党に賢人会議を作ることを提案したが、力が足りなかった。
――日韓関係の改善に問題が生まれますか?
2015年の日韓慰安婦合意と比べれば、次の政権になったからといって、今回の解決策をひっくり返す状況になる可能性は低いだろう。慰安婦問題と異なり、徴用工問題は日韓請求権協定で扱っているし、その後も何度か補償を受けているからだ。
ただ、政府の解決策に対して法的措置が取られる可能性がある。原告団の一部が政府の解決策を受け入れず、代位弁済に異議を唱え、大法院判決通りに日本企業資産の現金化と賠償を求める訴訟を起こすかもしれない。
尹錫悦政権は、国内の議論を収斂せず、解決策を発表した。車のドアを閉めず、安全ベルトもつけずに出発したようなものだ。
韓国内でも「日韓関係を改善すべきだ」という意見が強いが、今回の韓国政府が発表した解決策には反対が相当数ある。
尹錫悦大統領は3月に訪日し、5月の広島サミットでも訪日しようと考えているようだが、世論の支持が不足するなかで、姿勢が前のめりになりすぎると、政治的な逆風を招きかねない。
その政治的な負担は、尹政権に向かうことになる。尹政権が望んでいる日韓関係の改善や日米韓協力にも足かせになるだろう。非常に残念だ。
牧野愛博朝日新聞記者、広島大学客員教授
メールがないテレックスの時代、外航海運の会社で働いていました。記者になってからも、世界をのぞく仕事ができて幸せです。