韓国の雇用問題、文在寅政権での改善は限定的
2022年4月28日
韓国では、雇用問題が久しく社会問題になっている。その現状と原因について、特に若年層に焦点を当ててみていく。
次いで、雇用問題の解消を公約として掲げてきた文在寅(ムン・ジェイン)政権が任期満了を前に、公約をどの程度達成したのか、みていきたい。
失業率は低いものの、深刻な雇用問題
韓国では雇用問題が深刻だ。
新型コロナウイルス感染症拡大による一時的なものではなく、長期にわたる構造的な問題だ。
2022年3月に行われた大統領選挙でも、経済政策では不動産価格の高騰に次ぎ、雇用問題が争点となった。
ところで、一国の雇用情勢を示す最も代表的な指標は失業率であろう。
失業率は「失業者数/労働力人口」と定義される。
「労働力人口」とは、就業者数と失業者数の合計をいう。韓国の場合、この失業率は決して高くない。
OECDによると、2020年の韓国の失業率は3.9%で、OECD加盟38カ国中6番目に低かった(ちなみに、日本は2.8%で、2番目に低い)。
2021年の失業率は3.7%で、やはり低水準だ。
それにもかかわらず、韓国で雇用問題が深刻なのはなぜだろうか。
その主な理由として、
(1)非労働力人口(就業も求職活動もしていない人)の多さ、
(2)若年層の失業率の高さ、
(3)収入が少ない自営業者と非正規雇用の多さが指摘できよう。
(1)をめぐっては、定義上は「失業者」に計上されない「非労働力人口(現在、就業も求職活動もしていない人口)」の中に、かつて求職活動をしてみたものの、良い就職先が見つからずに求職活動を断念した人々が含まれている。
彼らは「隠れ失業者」ともいえる事実上の失業者だ。
ちなみに、統計庁では、就業が可能だが就職先を探していない人のうち、過去1年間に求職活動の経験のある「求職断念者」が2021年に62万8,000人に達したと発表している。
つまり、この点だけを考慮に入れても、事実上の失業率は、統計上の失業率よりもはるかに高くなるといえよう。
(2)の若年層の相対的な失業率の高さは韓国に限った話ではない。しかし、失業者全体の31%が15~29歳の若年層によって占められていることと相まって、韓国では大きな社会問題となっている。若年層の雇用問題については次項以降で述べることとする。
(3)の非賃金労働者(自営業者と、賃金を支給されずに働く家族従事者)や非正規雇用労働者の多さも問題含みだ。彼らは就業しているため「失業者」には計上されないものの、低収入に悩まされることが珍しくないためだ。
韓国では、定年前に退職を余儀なくされ、収入を得るためにやむを得ず自営業を営むケースも少なくないが、特にサービス産業の自営業の場合、過当競争に陥り、十分な収入を獲得できないことも多い。
ちなみに、OECD統計に基づいて、2020年または最新年のOECD加盟国(当該統計のある34カ国)の就業者全体に占める自営業の比率をみると、韓国は24.6%と、自営業比率が6番目に高い国となっている(ちなみに、日本は10.0%で、下から9番目)。
また、非正規雇用の場合、正規職に比べて時給が低いだけでなく、自身はさらに長時間働きたいにもかかわらず、企業側の事情により短時間しか就業できない場合もあり、やはり低収入に陥りがちだ。
労働力需給のミスマッチが若年層の雇用問題の原因に
韓国の雇用問題は、年齢階層別には若年層と高年層、ジェンダー別には女性で特に深刻だが、それらのうち本稿では、若年層について言及したい。
若年層の失業率が相対的に高いのは前述のとおりだが、雇用問題が深刻なことを示す指標はそれにとどまらない。
大学生の場合、よりよい職場に就職するために大学を休学したり、卒業後も求職活動を続けたりする場合も多い。
また、正規職への就職がかなわず、条件の悪い非正規職での就職になることも少なくない。
それぞれについて、統計庁が毎年5月に実施する「経済活動人口調査青年層付加調査」の直近(2021年)の調査結果に基づいてみると、次のとおりだ(調査対象は20~34歳)。
韓国は、後述のように大学進学率が高いが、4年間で大学を卒業するのは少数派だ。
同調査によると、4年制大学の入学から卒業までの平均所要期間は男性が6年4カ月、女性が4年7カ月と、4年間を大幅に超えている。
それだけ休学などが一般的ということだ。
休学の理由をみると、男性は「兵役」が最多だが、次いで「就職準備、資格試験準備」が多く、女性は「就職準備、資格試験準備」が最も多い。
つまり、休学してまで就職の準備に専念する学生が多いわけだ。
卒業から就職までに要した期間をみると、卒業後3カ月以内に就職した割合は47.6%と過半に満たない半面で、1年以上掛かった割合が30.2%、このうち3年以上の割合が11.7%にも達している。
さらに、最終学校卒業後に初めて就職した職場での就業形態は、自営業などを除く賃金労働者全体のうち、正規職(同調査では「契約期間がなく、継続勤務が可能な勤務形態」と規定)に就けた割合は58.8%(男性59.0%、女性58.7%で、ジェンダー格差はみられない)にとどまっている。
つまり、若年層にとって正規職としての就職は決して容易ではない。
それでは、なぜ、若年層の就職が難しいのだろうか。
その大きな理由は、求人する企業側と求職する学生側のニーズにギャップが生じる「雇用のミスマッチ」だ。
韓国では、大企業や公的機関のホワイトカラーに求人需要を上回る求職希望者が殺到する半面、中小・零細企業や「3K」職種は求職希望者が集まらず、慢性的な人手不足になっている。
大企業や公的機関のホワイトカラーに若年層が集中する理由としては、韓国の高い大学進学率と、大学生の強い大企業志向がある。
韓国の大学進学率は高止まりの傾向にあり、2021年は71.5%に達している。
ちなみに、OECD統計で25~34歳における大卒以上の学位取得者の割合(2020年)をみると、韓国は70%で、OECD加盟38カ国の中で最も高い。
大学進学率が高い理由はいろいろあるが、その1つは大卒者と高卒者の間の大きな賃金格差だ。
雇用労働部の「雇用形態別勤労実態調査」によると、2020年の正規職の平均月間賃金総額は、高卒者が299万ウォン(約29万9,000円、1ウォン=約0.1円)、大卒者(大学院修了を含まず)が421万ウォンで、高卒者の賃金水準は大卒者の7割にとどまっている。
ここからも、高校生が大学進学を志向するのは当然であろう。
また、大学生は大企業への就職を強く志向している。
ちなみに、有力経済団体の韓国経営者総協会が従業員数100人以上の企業を対象に2022年2月に実施したアンケート調査(回答企業数508社)でも、若年層の雇用問題の原因として、回答企業の41.7%(択一回答)が「賃金格差などによる大企業・公的部門への求職の集中」を挙げ、「若年層の雇用政策の実効性不足」(17.3%)、「学歴過剰、産業界の需要と乖離した教育システム」(13.8%)といったその他の項目を大きく引き離した。
賃金だけをみても、大学生が大企業を志向するのは当然だろう。
韓国では初任給の時点から大企業と中小企業との間で大きな賃金格差がある。
統計庁が実施した調査を利用して韓国経営者総協会が2021年10月に発表した分析結果によると、2020年の大卒正規職の平均初任給(月間、超過勤務手当を含む)は、従業員数300人以上の企業が5,084万ウォンだったのに対し、300人未満の企業は2,983万ウォンと、300人以上の企業の6割にも満たなかった。
このような大きな賃金格差がその後も継続することになる。
その上、中小企業に一度就職すると、大企業への転職は容易でない。
このような事情により、大学生は必死になって大企業への就職を目指すわけだ。
若年層の人口の多さも雇用問題に拍車
「雇用のミスマッチ」に次いで、若年層の人口の多さもまた、就職難の原因として挙げられる。
前述の事情により、韓国では大学生の卒業年齢が高めで、大卒者の入社年齢は20代半ばから後半が多い。
韓国では出生率の低下が続いているものの、かつては出生率が現在ほど下がっておらず、また、親世代の人口が多かったため、2022年の25~29歳人口は362万人にも達している(図2参照)。
25~29歳人口が本格的に減少するのは2020年代後半で、2030年には2022年より93万人も減少する見通しだ(その後も減少が続く)。
他方、韓国で最も人口が多いのは50~54歳(448万人)で、彼らが本格的に労働市場から退出するまで今しばらく年数が掛かる。
こうした人口構造上の特徴のため、現時点では労働力が供給過剰になりがちだ。
今後、若年層人口が減少し、引退する人口が増えてくれば、若年層の雇用問題は緩和に向かうとの見方もある。
その見方に立てば、10年後の韓国の若年層の就職事情は現在とは様変わりしているかもしれない。
文在寅政権の雇用政策の成果を点検する
2017年5月10日に発足した文在寅政権は5月9日に5年間の任期が満了する。
文在寅氏は大統領選挙時に「10大選挙公約」の公約順位1位として「雇用に責任を持つ大韓民国」を掲げ、雇用創出を最重点政策とすることを明らかにしていた。
具体的には
(1)「公共部門を中心に81万人分の雇用を創出」、(2)「正規職・非正規職格差解消で質の悪い雇用を質の良い雇用に転換」、
(3)「最低賃金を2020年までに1万ウォンに引き上げ」などの項目を提示した。
このうち(2)については、さらに「常時・持続的な雇用は正規職雇用を原則とする」「同一企業内では同一の価値の労働は同一賃金とする」などとした。これらの公約はどの程度、実現されたのだろうか。結論からいうと、(1)はある程度実現したものの、(2)(3)は大きな成果にはつながらなかった。韓国の雇用問題はそれだけ構造的であり、文在寅政権の努力にも限界があったともいえよう。それぞれについて詳しくみると次のとおりだ。
(1)について、青瓦台(大統領府)はホームページで「まず、消防士、社会福祉公務員、幼稚園、特殊教師、労働監督員など、国民の安全と生命を守る現場の公務員を2021年12月末までに13万9,223人増員した」と成果をアピールしている。公共部門の拡大に対する是非は別としても、雇用者数の面では一定の成果を出したというわけだ。
(2)については、正規職・非正規職間の格差が大幅に縮小したとはいえない。統計庁が毎年8月に実施する「経済活動人口調査 勤労形態別付加調査」を基に計算すると、正規職を100とした非正規職の時給水準は、2016年の65.3から2021年には68.0と、微増するにとどまった。次いで、文在寅政権はまず公共部門の非正規職を正規職に転換することで、民間部門の正規職転換促進の呼び水とする考えだった。青瓦台はホームページで「公共部門では2021年12月末までに19万7,866人の非正規職勤務者が正規職になった」と成果をアピールしている。ただし、韓国全体でみると、はっきりした効果はみられなかった。統計庁の「経済活動人口調査 勤労形態別付加調査」によると、現金給与を支給される雇用者全体に占める非正規職者の割合は、2016年の32.8%から2021年は38.4%と、逆に上昇している。
(3)は明らかに失敗に終わった。最低賃金の大幅引き上げは、文在寅政権が看板政策として掲げた「所得主導成長」(所得を増やせば「所得拡大→消費増加→経済成長→所得拡大→……」の好循環が実現できるという考え方)の根幹をなす政策だった。2017年に時給6,470ウォンだった最低賃金は、2018年に前年比16.4%、2019年に同10.9%の引き上げと、2年間で30%近くも引き上げられた。しかし、それによって中小・零細企業が急激な人件費負担の増加に耐えられず、雇用を減らすという副作用が顕在化した。業種別では特に、卸・小売業や宿泊飲食店といった最低賃金での雇用が多い業種の就業者数が減少した。こうしたこともあり、文在寅大統領は公約の達成を断念し、国民に謝罪している。
文在寅政権の後を継ぐ尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領も雇用問題への取り組みを重要視している。選挙期間中の「10大選挙公約」では、新型コロナウイルス対策に次ぐ順位2位に「持続可能なよい雇用の創出」を掲げている。公約で自ら「雇用創出のパラダイム転換を図る」と明記しているが、実際に文在寅政権とはアプローチがかなり異なっている。目標として「成長-福祉-雇用の好循環構造」を提示し、さらに、具体的方法として、規制緩和による企業投資の活性化や、雇用拡大をしやすい環境整備などを挙げている。このように、尹錫悦次期政権は、経済成長や企業の成長の結果として新たな雇用機会を生み出すことを志向しており、市場経済重視の姿勢を明確にしている。こうした公約が雇用問題の緩和に結びつくとしても、かなり時間が掛かりそうだ。尹錫悦次期政権の雇用政策が雇用問題解決の端緒になるかどうか、時間をかけて見守っていく必要がありそうだ。
執筆者紹介ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。