いやな題名ですが、率直に言わねばなりません。
- なぜ韓国 では言論を弾圧するのか
- なぜ中国 では言論を弾圧するのか
- なぜロシアでは言論を弾圧するのか
- なぜ北朝鮮では言論を弾圧するのか
などは、すべて同質の問いかけです。
とにかくこれらの国では、
「異なること」を認めない独善性が目立ち、言動が政府や共産党の「ご指導・ご鞭撻(べんたつ)」と異なれば、簡単に「社会的に抹殺・拘束逮捕・粛正・死刑」
となります。
独善的な:fself‐opinionated 【形容詞】
自分の意見に固執する,片意地な,強情な
うぬぼれの強い:研究社 新英和中辞典
今回は、中国・韓国に絞ってまとめてみました。
中国・韓国の社会は
北朝鮮のマスゲームのように一糸乱れず常に一色でなければならないのですね。これを恐ろしいことと思うか、適切と思うか。
なぜ中国・韓国はこんな国・社会になってしまたのか
という素朴な難問がありますが、今回の記事が、これを解明するきっかけにでもなれば、大変しあわせに存じます。
なぜ中国・韓国が「異なることを認めない」という視野狭窄症(しやきょうさく)に陥ったのか・・・・
結論から言えば、中国・韓国では
自分が暴力的に支配されることを欲しているから、他人の言論を暴力で弾圧したがる
と言えましょうか(笑)。
分りやすく言えば、中国・韓国では、言論の自由などは「混乱を伴う」権利であり
多様な言論があふれたときに、この混乱を収拾する「すべ」をまだ見いだせない「未発達段階」にある
と言えばいいでしょうか。
ちょっときついことを言えば、好き勝手な動きをする家畜のブタを、エサを使って暴力的に一元的支配するほうが、ブタにとっては「平穏」で幸せなのだ、と自分自身へ投影しているようです。
まぁ日本にも、まだ自分の意見を「死守する」連中がいるので、偉そうには言えませんが(笑)。
つまり
「混乱」より「絶対基準」に惹かれる症候群で、残念なことに絶対主義志向・独裁志向であり、「民主主義が混乱をともなう仕組み」であることを理解していないことの裏返しでしょうか。
その「信じられる絶対基準」も、武力・暴力を伴った規制であるほうが効果があって望ましく、国によっては、混乱を収拾するために、しばしば軍部がクーデターを起こし、戒厳令のもとに「臨時政権」を樹立しますが、それが「臨時」ではなく「長期化」することがあります。
極端に言えば、「自由な混乱」よりも、こういう「いっとき」の強権に依存する平穏のほうを好ましく思っている、ようです。
混乱を契機として団結力を強めるのではなく
「混乱は悪であり、どんな形であれ平穏が最善である」と信じる人たちの宿命でしょうか。
言い方を変えると、自分の主張は「善」「正義」であり死守する価値があると思うほどの人は、武力弾圧でしか平穏は得られないと確信しているのです。これなら「かわいそ~」ではあるけれど、納得できますね(笑)。
こういう被洗脳集団は、いつどこでも「その時代にふさわしい理由づけ」をするので、けっして消え去ることがありません。
民主主義では
「正しいからその道を選ぶ」のではありませんね。
社会を構成するあらゆる人が意見交換し、最終的には「数の多い方を採用するのが、最悪を避けられる唯一の手法」、ということでしょうか。
そこでは、財産の多少、体重の軽重、学歴の高低、知性の有無、家系の貴賤を超え、皆が平等に1票を投じるのです。
民主主義以外の制度を採用している地域では、必ずこれらのどれか1~2個を根拠に「指導者」として君臨するものがいて、常に批判者を弾圧して収容所送りにするか、社会的に支配して「黙るよう指導」しなければ、そもそも存続できないのでした。
韓国の場合、
「被害者なら何をしてもかまわない」という誤った信仰がはびこっていて、常に超法規的に行動し、政府がそれを認めてしまうのです。法治国家・近代国家とは言えないゆえんです。
これは「為政者が事にあたって取ってきた手法そのものに重大な欠陥がある」と暗示しています。世論や政府は堂々と法的対応をすればいいのであり、しぶしぶ無法を認める事態が仕組みそのものの欠陥を示している、私はこう考えるのです。
セウォル号沈没事件〔2014年4月16日〕のその後をみていると、私は
- セウォル号事件での被害者遺族だとする人たち
- 韓国の元慰安婦だとする人たち
の両者に、とても似たところを発見します。
- セウォル号犠牲者の家族だと偽る人が出て補償金をかすめ取ろうとする詐欺が発生
- セウォル号犠牲者の家族を相手に「賠償金をかちとってやる」とカモにする詐欺事件が発生
- 元慰安婦だったと偽るただの貧困者が出てきても、誰も検証しようとしない・・・・検証は世論に逆行するので許さないというレベル。その世論を誰がつくったのかを考慮できない社会。
- 元慰安婦を相手に「賠償金をかちとってやる」とカモにしようとする詐欺事件が発生
みな時流を利用した
サギ(詐欺)、パクリ、捏造、金儲けですね。どこにでもありそうですが、それが多すぎる韓国社会には、相互の信頼性がまったくみられません。
中国・韓国では
- だまされる人が、「バカな人」
- だます人が、「賢い人」
なので、国民の多くが「賢い人」を目指し、だまし続けるのでした。こうしてパクリ・捏造・偽善大国が誕生します。
「独善的に過去をほじくる韓国社会」という今までの理解だけでは得られなかった中国・韓国社会の「悪しき」側面でしょう。
事例をみましょうか。
2015/04/16 セウォル号遺族がデモ
前からそうですが、遺族たちはかなり暴力的になってきました。好意的に見るならば、その場しのぎの政府の方針に我慢ができなくなったからでしょうが、公平にみるならば、「被害者だから何をしても許される」と考えるほうに問題がある。
被害者といえども「何をしてもいい権利」などあるはずがないのに、暴力に走っていて、またそれを甘受しやすい社会構造にも重大な欠陥があると言えます。
もしも、かりにですが、ひょっとしたらの話ですが、
- 韓国が法治国家であるならば、被害者遺族だからと言って何をしてもいいと主張する人たちを、きっと厳しく咎めることでしょう。
- これを厳しく咎めることができないならば、為政者、国会議員、マスメディアも含め韓国の社会構造を変革する必要があります。でないといつまでたっても「被害者だから何でも許される」という思い上がった姿勢を温存することになり、法治国家とは言えなくなるでしょう。
つまり韓国は、いままでも法治国家ではなかったし、いまも法治国家ではないし、この勢いだと、将来に渡っても法治国家にはなり得ないだろう、と私は思うのです。
日本でも
成田闘争が暴力化しましたし、解放運動でも多くの日本人を味方にできないまま「被差別者だから何をしてもいい」という信仰が不祥事を多数おこしています。納得できる根拠さえあれば支援する人が増えるはずですが、実力行使で死守する方向へ走れば支持者は激減し、運動は孤立するだけです。何か対立ががあれば、外部の暴力集団が「味方になるよう装って混乱の中に忍び込もうとする」ので「広く支持者を得たい」人たちには、慎重な配慮が必要なのです。
とはいえ一般論として
日本では「被害者・被差別者だから何をしてもいい」と過激な運動に走る人を戒める雰囲気が、多くの地域で健在だったのです。
改善・改良の芽を摘まないよう注意しながら公平を目指すのは、けっして悪いことではないはずで、むしろ推奨されるべきことです。
2012/08/10 ロンドン五輪男子サッカー3位決定戦
まだ覚えていらっしゃるかたが多いかも知れませんが、試合後に韓国選手が政治的メッセージを書いたプラカードを掲げたことがありました。カプサイシン過剰摂取病と言われる韓国病は、「一途(いちず)」と言うべきか、「視野狭窄(しやきょうさく)」と言うべきか。
韓国サッカー協会は、FIFAから制裁されるとみたのか、日本サッカー協会へ「謝罪メール」を送ったとのことですが、これが韓国世論に「謝罪するな」という猛烈な批判を生みました。この韓国世論もまた視野欠損(しやけっそん)というべき「異様」な対応でした。
これは韓国為政者が長く「愚民政策」として初等教育から続けてきたと「反日」洗脳の結果と思われ、現在のところ、為政者自らがもう「にっちもさっちも」いかない、つまり制御不可能な状態に陥っています。
似ているのがマングースですね。
ハブ退治の目的で外国から導入したのですが、マングースがハブではなく家畜や絶滅危惧種を襲って大繁殖し、もう人が制御できなくなった沖縄や奄美大島の状況と似ています。
「天敵」を利用するときには、きわめて慎重でなければならないゆえんです。韓国人が信じているという「天敵・日本人」を扱うときにも、慎重さが必要だったのですが、もう手遅れかも知れません(笑)。
為政者が初等教育で洗脳した人たちは
もう30~40歳くらいに達していて、すでに政府が制御できなくなるほど「凶暴」になってしまったのは、中国・韓国に共通した現象です。
これを為政者が厳しく取り締まれば、いままでの初等教育が間違っていたことになり、かといって放置すればやがて政府批判にまで発展するであろう事は目に見えているため取り締まらなければならない、この矛盾に、言論弾圧国家である中国・韓国の両国が悩んでいます。←まぁ悩んでいませんが(笑)。
自ら決めた国是が国の寿命を縮めるかも知れない結果とは言え、うそ偽りの多い国特有の深刻な問題でした。
この件で韓国サッカー協会会長が辞任するのではないかとされましたが、実際に辞任したのかどうか、その後については把握しておりません。
韓国社会には「謝罪」などあり得ないことがわかりますね。
謝罪したら世論によって猛烈に非難されます。なのに韓国人同士で、強烈に謝罪を求めたがる不思議!
いやそうではなく、限度を超して謝罪を求めるやからが多いからこそ、身の安全のため「絶対に謝罪しない」という社会風潮が生まれたのでしょうか(笑)。
そして大切なのは、その韓国政府が日本に謝罪を要求しているということです(大笑)。
ただしセウォル号事件では、
被害者遺族が、被害者なら何をしてもいいという信仰のもと、朴槿恵(パク・クネ)大統領に謝罪させております。これは複数回に及んでいるようですが、遺族は「朴槿恵の謝罪は謝罪になっていない」とします。金をむしり取ろうとする社会なのです。
歴史認識問題で韓国政府が「日本政府の謝罪は謝罪になっていない」として金をむしり取ろうとする姿を思い出すと、瓜二つ、そっくりですね(笑)。
韓国では、謝罪しても、
「謝罪になっていない」
と永遠に謝罪を要求し続けます。そして「謝罪」の見返りは、当然「金」で、金を支払えば
「金額が足りない、これは謝罪が足りないからだ」
と永遠美を追究します(笑)。
私はここで、韓国の民度が低いというよりも、むしろ「もののあはれ」を感じるのですが、いかがでしょうか(笑)。
2013/09/09 ベトナムを訪問した朴槿恵
朴槿恵(パク・クネ)がベトナム戦争について謝罪しなかったのですが、「被害者として日本に歴史直視を要求しているのに、加害者として歴史を直視していない」と韓国ハンギョレ紙が指摘すると、それにさえ多くの反論が寄せられているらしい。
韓国では、「謝罪すること」はタブーで、ただ「謝罪を要求するだけ」が美学なのでしょう。
典型的な、被害者意識オンパレードで、加害者意識がありません。これは小学校時代にいじめられたと叫ぶ人にも共通しており、「ひょっとして自分も加害者であったかも知れない」という意識は見られません。
結局、謝罪要求に奔走したり、言論を弾圧するということは、倫理的な問題に落ち着くのでしょう。
ということでローマ法王フランシスコ〔在任2013- 〕がこう述べたとのこと。
ローマ法王が韓国民にお説教? 「倫理的に生まれ変わるよう望む」
韓国の旅客船「セウォル号」沈没事故から2週間が過ぎた。・・・・
そうしたなかで「韓国民が、この事故を契機に“倫理的に"生まれ変わるよう望む」と述べた人物がいる。ローマ法王フランシスコだ。24日(バチカン時間)に、韓国カトリック教会の大田(テジョン)教区長ユ・フンシク主教と会見した席で、哀悼の意を表しつつ、上記の通り語ったというのだ。・・・・
それでも、韓国語を和訳すると「韓国民が、この事故を契機に“倫理的に"生まれ変わるよう望む」となる法王発言は強烈だ。取りようによっては、「韓国」というシステム、「韓国民」という実体に対するトータル否定だ。・・・・日本の新聞もどうやらそろってスルーしたようだ。:zakzak夕刊フジ 2014.05.01
韓国のマスメディアも取り上げなかったらしいニュースでした。
法王が韓国に「体質を変えよ」と諭したのに、自分たちがキャンペーンを貼って築いてきた体質を変えることになるので簡単に賛成できるはずがなく、かといって反対するわけにもいかず、結局韓国のマスメディアはとりあげなかったということです。〔一部で取り上げたかも知れませんが〕
伝えかたや、色眼鏡をかけた偏向報道に注意することは当然ですが、このように「報道されなかった」こと自体にも重要な意味があるのでした。
こういうことがあるため、様々な情報を得なければものごとを全体的に把握できない、と言えるのです。
私の見解では、
ローマ法王のせっかくの説教にもかかわらず、韓国社会は、自分は決して「謝罪しない」、そして相手には強硬に「謝罪要求」するという姿勢を、これからも永遠にもち続ける
つまり
セウォル号事故で韓国社会の未熟さが世界へ伝わったとしても、韓国が倫理的に生まれ変わることはあり得ない
と信じています。