遊就館は
御祭神の遺徳を尊び
古来の武具などを展示する施設として
イタリアの雇教師カペレッティーの設計で
明治14年にイタリア古城式の建物が竣工し
翌15年2月25日に開館式が行われました。
▲竣工当時の遊就館(遊就館HPより転載)
その後
日清・日露両戦争、第一次世界大戦等を経て
増改築、別棟新設など拡充が進められますが
大正12年の関東大震災で
レンガ造りの建物は大破しました。
翌13年、取り敢えず仮館を建設し
規模を縮小して開館しますが
昭和天皇が即位の大礼を行われた昭和3年2月
復旧建築委員会がおかれ復旧が急がれました。
昭和5年に地鎮祭催行、建物が翌6年に竣工
昭和7年に4月26日に開館記念式典が行われ
遊就館の復旧が完了しました。
▲再建された遊就館(遊就館HPより転載)
昭和20年5月の空襲により
大ホール周辺の展示室に被害があり
別館が焼失しました。
また敗戦により9月11日に
「遊就館令」が廃止され
64年に及んだ遊就館の機能は停止しました。
その後
遊就館の建物は
占領軍に社屋を接収された
「富国生命保険相互株式会社」の
本社事務所として
昭和55年まで使用されました。
▲フコク生命本社ビル(現在:東京都千代田区)
そして
昭和60年12月、遊就館改修工事竣工
昭和61年7月、展示内容等を充実し
およそ40年ぶりに遊就館は再開されました。
▼遊就館の展示
さて
現在、遊就館では特別展示品として
零式艦上戦闘機
(れいしきかんじょうせんとうき)
六二型の座席(背負式落下傘用)
を展示しています。
展示場は玄関ホールです。
▼展示品
▼展示室一覧
ところで
零式艦上戦闘機は
皇紀2600年(昭和15年)に正式採用された
海軍の主力戦闘機です。
ちなみに
九八式は昭和13年、一式は昭和16年
ということになります。
あわせて
時期を同じくして陸軍に採用された戦闘機は
一式戦闘機(いっしきせんとうき)と呼ばれ
隼(はやぶさ)の愛称があります。
総生産機数は5,700機以上と言われています。
▲一式戦闘機「隼」
今回展示されている六二型は
大型爆弾を搭載しての急降下にも
耐えられるように水平尾翼の内部構造強化や
胴体下面の外板厚増加も
実施されている機体です。
三菱で158機、中島飛行機で数百機が
生産されたようですが
この型が零戦の最終量産型となりました。
▲大和ミュージアムに展示してある六二型
六二型は
広島県呉市の
大和ミュージアムに展示してあります。
▲大和ミュージアム「戦艦大和」
昨今
靖国神社で物騒な事件がありましたが
参拝の折には
拝観させていただきたいと思います。
なお
明日12月16日(水)の深夜から
12月17日(木)の未明にかけて
伊勢の神宮では
月次祭(つきなみさい)が営まれます。
それに伴い
伊勢修養団において
「神話を体感する会」が開催されます。
主催は
過去ブログ「ヤマト人への手紙出版記念講演会」
でも紹介しました赤塚高仁さんです。
▼過去ブログ「ヤマト人への手紙出版記念講演会」(Link)
日本の歴史をカラダで感じるステキな会になることでしょう。
◎感謝
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御祭神の遺徳を尊び
古来の武具などを展示する施設として
イタリアの雇教師カペレッティーの設計で
明治14年にイタリア古城式の建物が竣工し
翌15年2月25日に開館式が行われました。
▲竣工当時の遊就館(遊就館HPより転載)
その後
日清・日露両戦争、第一次世界大戦等を経て
増改築、別棟新設など拡充が進められますが
大正12年の関東大震災で
レンガ造りの建物は大破しました。
翌13年、取り敢えず仮館を建設し
規模を縮小して開館しますが
昭和天皇が即位の大礼を行われた昭和3年2月
復旧建築委員会がおかれ復旧が急がれました。
昭和5年に地鎮祭催行、建物が翌6年に竣工
昭和7年に4月26日に開館記念式典が行われ
遊就館の復旧が完了しました。
▲再建された遊就館(遊就館HPより転載)
昭和20年5月の空襲により
大ホール周辺の展示室に被害があり
別館が焼失しました。
また敗戦により9月11日に
「遊就館令」が廃止され
64年に及んだ遊就館の機能は停止しました。
その後
遊就館の建物は
占領軍に社屋を接収された
「富国生命保険相互株式会社」の
本社事務所として
昭和55年まで使用されました。
▲フコク生命本社ビル(現在:東京都千代田区)
そして
昭和60年12月、遊就館改修工事竣工
昭和61年7月、展示内容等を充実し
およそ40年ぶりに遊就館は再開されました。
▼遊就館の展示
さて
現在、遊就館では特別展示品として
零式艦上戦闘機
(れいしきかんじょうせんとうき)
六二型の座席(背負式落下傘用)
を展示しています。
展示場は玄関ホールです。
▼展示品
▼展示室一覧
ところで
零式艦上戦闘機は
皇紀2600年(昭和15年)に正式採用された
海軍の主力戦闘機です。
ちなみに
九八式は昭和13年、一式は昭和16年
ということになります。
あわせて
時期を同じくして陸軍に採用された戦闘機は
一式戦闘機(いっしきせんとうき)と呼ばれ
隼(はやぶさ)の愛称があります。
総生産機数は5,700機以上と言われています。
▲一式戦闘機「隼」
今回展示されている六二型は
大型爆弾を搭載しての急降下にも
耐えられるように水平尾翼の内部構造強化や
胴体下面の外板厚増加も
実施されている機体です。
三菱で158機、中島飛行機で数百機が
生産されたようですが
この型が零戦の最終量産型となりました。
▲大和ミュージアムに展示してある六二型
六二型は
広島県呉市の
大和ミュージアムに展示してあります。
▲大和ミュージアム「戦艦大和」
昨今
靖国神社で物騒な事件がありましたが
参拝の折には
拝観させていただきたいと思います。
なお
明日12月16日(水)の深夜から
12月17日(木)の未明にかけて
伊勢の神宮では
月次祭(つきなみさい)が営まれます。
それに伴い
伊勢修養団において
「神話を体感する会」が開催されます。
主催は
過去ブログ「ヤマト人への手紙出版記念講演会」
でも紹介しました赤塚高仁さんです。
▼過去ブログ「ヤマト人への手紙出版記念講演会」(Link)
日本の歴史をカラダで感じるステキな会になることでしょう。
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