2019年4月8日(月)、今日からウォーキングを再開しました。
どうせならカメラを片手に夜の臼杵城址を散策するのも有りかな、と思い夕方の5時半に自宅を出発し臼杵城址に向かいました。
「臼杵城址 古橋口 到着」
もしかしたらライトアップをしていないかも、という危惧も何のその夜空に浮かんでいるのは「畳櫓(たたみやぐら)」
ここで少しだけ臼杵城の歴史の勉強。
もともとここは丹生島 (にゅうじま)といって臼杵湾に浮かぶ島だったんです。
行き来できるのは「古橋口」がある西口だけ。
ですから私が子供の頃はこの島の東側は海でした。
そこで悪ガキだった私達は手製のイカダを作って海へと漕ぎ出した、という嘘みたいな本当の話があるんです。
その島に大友宗麟が丹生島城を築きました。
その後、太田氏、稲葉氏によって総石垣造りの近代城郭に大改修され「島の城」となりました。
古橋門を越えて奥へ進むと正面に高石垣がそびえ、上へ上がるにはぐるっと回り込まなければいけません。
これを「鐙坂(あぶみさか)」といいます。
そして二之丸大手門にあたる「大門櫓」
この門をくぐらずに奥に進むと
鐘楼が見えてきます。
あ! 忘れていましたが嫁は自宅なのでここまで私一人です。
昼は人がいるので大丈夫ですが、夜は何人かで行動したほうが安全ですよ、念の為!
カメラを持っている人は昼間のここからの景色が一番の“ビューポイント”だそうですよ。
「畳櫓(たたみやぐら)」と「大門櫓」と「鐙坂(あぶみさか)」
これらがすべて1枚の写真に収まるし、遠くの山には「山桜」が見えます。
青空と桜と臼杵城址。
良いんじゃないですか?
それにしても昼間とはまったく違った顔の【臼杵城址】
桜はすでに満開を過ぎていましたが、散り際の見事さも捨てがたいものがあります。
ご存知でしたか?
散り際の桜の花びらの色は白からピンクに変わるんです。
(赤い色素であるアントシオンが花の中心部に向かって流れていっていたのが、木と花びらが切り離されるために中心部に赤い色素が溜まるわけです)
ひらひらと散っていくさまが儚い(はかない)からこそ、いつまでも心に残っているのかもしれませんね。
どうせならカメラを片手に夜の臼杵城址を散策するのも有りかな、と思い夕方の5時半に自宅を出発し臼杵城址に向かいました。
「臼杵城址 古橋口 到着」
もしかしたらライトアップをしていないかも、という危惧も何のその夜空に浮かんでいるのは「畳櫓(たたみやぐら)」
ここで少しだけ臼杵城の歴史の勉強。
もともとここは丹生島 (にゅうじま)といって臼杵湾に浮かぶ島だったんです。
行き来できるのは「古橋口」がある西口だけ。
ですから私が子供の頃はこの島の東側は海でした。
そこで悪ガキだった私達は手製のイカダを作って海へと漕ぎ出した、という嘘みたいな本当の話があるんです。
その島に大友宗麟が丹生島城を築きました。
その後、太田氏、稲葉氏によって総石垣造りの近代城郭に大改修され「島の城」となりました。
古橋門を越えて奥へ進むと正面に高石垣がそびえ、上へ上がるにはぐるっと回り込まなければいけません。
これを「鐙坂(あぶみさか)」といいます。
そして二之丸大手門にあたる「大門櫓」
この門をくぐらずに奥に進むと
鐘楼が見えてきます。
あ! 忘れていましたが嫁は自宅なのでここまで私一人です。
昼は人がいるので大丈夫ですが、夜は何人かで行動したほうが安全ですよ、念の為!
カメラを持っている人は昼間のここからの景色が一番の“ビューポイント”だそうですよ。
「畳櫓(たたみやぐら)」と「大門櫓」と「鐙坂(あぶみさか)」
これらがすべて1枚の写真に収まるし、遠くの山には「山桜」が見えます。
青空と桜と臼杵城址。
良いんじゃないですか?
それにしても昼間とはまったく違った顔の【臼杵城址】
桜はすでに満開を過ぎていましたが、散り際の見事さも捨てがたいものがあります。
ご存知でしたか?
散り際の桜の花びらの色は白からピンクに変わるんです。
(赤い色素であるアントシオンが花の中心部に向かって流れていっていたのが、木と花びらが切り離されるために中心部に赤い色素が溜まるわけです)
ひらひらと散っていくさまが儚い(はかない)からこそ、いつまでも心に残っているのかもしれませんね。