お恥ずかしい話ですが、自分の想像していた以上にバテてるというかダルいというか、仕事になりません。
極度の疲労や倦怠感などに効きます、と云われているありとあらゆる商品の読者モニターになったら、誰よりもいい仕事する自信はあります(笑)。
ワイルドになりたい(笑)。
7月13日(土曜)
最終日の朝、朝食前に中心部を散策。
さすがに朝だと、人も殆ど歩いていないのでとても気が楽です。
今回は7/3に少し降られた以外は素晴らしい天気。
傘をささなくても、コートを着なくてもいい最高の季節にこれました。
地下鉄と急行を乗り継いでウィーン空港へ。
今回2週間弱の出張で、中身も移動の回数も盛り沢山。
昔の気持ちのままスケジュールを組みましたが、なかなかハードで、
やはり歳は食ってるなあ、なんて感じちゃいました。
仕事の話は別として、この1週間は1人で行動してましたので、
色々考える事の多い1週間でした。
これからの人生を考えた時に、心に描いている夢を叶える為には、
何事に対しても中途半端な自分がいて、
コツコツ努力して貯めていけばよかった自分のスキルを
ないがしろにして今まで過ごしていたなあ、と思い当たりました。
将来に可能性を広げられる人生を送る為にも、
本当に真面目に毎日を大切に生きよう、と思った次第です。
などという殊勝な事を、大勢の元気な日本の『人生の先輩方』に囲まれて
東へ向かうオーストリア航空の中で書いています。
月曜日、休みでよかったぁ(笑)。
7月12日(金曜)
あまり深く考えずに予約したホテルでしたが、ステファン教会に本当に近く、
観光で来るにはうってつけのホテルです。
HOTELという看板がなければここがホテルとは思えませんが、
今回の出張で初めて部屋にクーラーがありました(笑)。
今日は夕方まで打ち合わせでしたが、
ランチはワイナリーにあるレストランに連れて行ってもらいました。
クヌーデルにキノコのソース。量も少なめでしたが、これでよし。
昨日の夜も屋台のソーセージでしたが、今日も結局屋台のソーセージだけ。
一人だとなかなかゆっくり座ってじっくり食べようという気になりません。
てなわけで、あまり食べ過ぎずに済んでます。
家に冷蔵庫がなければこのまま頑張れそうな気がします(笑)。
7月11日(木曜)
7時にホテルを出て、高速を飛ばして2時間。
ミュンヘンから100km程離れた場所に移動し、打ち合わせ。
終わってすぐに最寄りの駅まで連れて行ってもらって電車で移動してミュンヘン空港へ。
息子から頼まれたサッカーのグッズを急いで買い、ゲートに向かいました。
そうそう、連日の移動の疲れか(嘘です、ただの不注意)
ジャケットをホテルに忘れたことを今頃気づきましたが後の祭り(笑)。
次の訪問先はウィーン。
家族で来たこともありますが、
仕事では以前出張に同行させて戴いたK井さんと
何度かスロバキアに出張した際に必ず立ち寄った街。
今日は肌寒いくらいの夜ですが、
折角なのでいつも二人で行っていた地下にあるレストランに行ってみました。
相変わらずきれいなレストランで、
バイオリンの伴奏とともに明るい歌声も響く所ですが、
如何せん一人は寂しすぎる・・・。
ビール一杯でそそくさとお店を後にして、宮殿までブラブラ歩いてみました。
結局夕飯は屋台のソーセージ。
さすがに一時期はヨーロッパの中心だったハプスブルグ家の街。
観光客は多いです。
ウィーンのど真ん中にあるホテルですが、一人はやっぱり寂しいね(笑)。
7月10日(水曜)
到着した街は、ドイツにはよくある
Badという単語がついている街で、
鉱泉が多いので保養施設が多いのです。
泊まったホテルにも年輩の方が多く、
日本でいう所の湯治場のようなところでしょうが、
雰囲気は全く異なります。
折角なのでホテルの近くにある保養所に行ってみましたが、定期修繕で閉まってて残念。
今日は何度も日本に来ているメーカーの人が、
ちょうど開催されている演劇に招待してくれるということで
有り難く連れて行ってもらう事になりました。
この演劇は毎年7月に、教会の跡地を舞台に行われるもので、
その教会はナポレオンがロシアから逃げてくる途中で籠城し、
この地を離れる時に火をかけてしまったのだそうです。
今回、チケットを取ってくれていた劇は「三銃士」、ダルタニアンです。
教会の中に作られた席は1000席以上はあるかと思われ、
雨の日以外は天幕も外され、屋外の劇場となります。
開演は薄暮の21:00で閉演は寒さも感じる23:30。
子供の嬌声もざわつきもない「大人の演劇」。
自分の両親より年輩の方々もこんな時間まで観ていらっしゃいます。
有意義な時間の使い方を久し振りに体感しました。
最初はそんな遅い時間まで?と思ってしまいましたが、
あっという間のひとときでした。
仕事とは別の、いい経験をさせてもらいました。
7月9日(火曜)
質素というかシンプルな朝食をしこたま食べました。
というのも、なんだかんだで結局夕飯を食べなかったからです(笑)。
打合せを終えてブリュッセル空港に向かう途中で、遅めのランチ。
ヘリング(イワシですね)を食べました。
マリネかと思いましたが、酢漬けではない生。
さすがの私も一人の時には食事には気をつけようと
肉はやめて魚を食べることにしたんですが、大正解。
美味しかった。
で、ブリュッセル空港へ。
ゲートが決まっていなかったのでブラブラしてたら、
携帯電話を充電しているような若い女性がいたので、
自分も充電しようと思って近づいていったら、
なんと自転車のようにペダルを漕いでいるではあーりませんか。
やる気なさげなスポーツジムのバイク漕ぎみたいではありましたが、
結構長い時間漕いでました。
自家発ガールズやるなあ。
さすがにこの格好で漕いですぐさまバテるのも、これまた恥ずかしいので止めましたが(笑)。
予定時間を50分程遅れた満席の飛行機に乗って、フランクフルト空港に到着。
荷物がなかなか出てこなくて焦りましたが、
チケットセンターに走って何とか電車に乗れました。
今晩向かう場所は随分と郊外の街なので、
電車が1時間に1本しかないのです。
21:40に到着する電車を逃すと
次は23時頃に到着する電車しかないのです。
僕の大好きな「Before Sunrise」という映画の冒頭のシーンのように
電車は変わり映えのしない景色の中を静かに進んで行きます。
イーサン・ホークになった気分で外の景色を見てますが、
進行方向と逆の方向に座って気持ち悪くなってきました、
という文章をICの2等車の中で書いてます。
もう夜の10時に近いですが、
今日は駅まで迎えに来てくれている、はずです(笑)。
7月8日(月曜)
コペンハーゲン中央駅までガタガタをコロコロし、電車に乗りました。
降りる駅のアナウンスがあったので降りようとしたら、
車内のガラスのドアの開け方が分からず乗り過ごし、
1駅先の駅で降りて戻りました。
訪問先での打ち合わせが終わって駅に戻って、
一台しかない自動発券機で買おうと思ったら
タッチパネルはうまく反応してくれず1つ乗り遅れ、
途中の乗り換え駅で空港行きに乗り換えようとしたら、
駅が分からず往生し、
ようやく空港に着いてチェックインしたら、
ブッキングしてあるのに満席と言われ、
それでもなんとかブリュッセル空港に到着しましたが、
明日のこともあってブリュッセルの郊外のホテルを予約したものですから、
空港からはまた電車に飛び乗って、
という一部始終をブリュッセル市内に向かう電車の中で書いています。
また電車を乗り換えるのですが、何かあるかも知れませんがなんとかなるでしょう。
こんな日はこんな日なんだと割り切る事が旅の極意です、
な~んて言えるほど心拍数は平静ではありませんがね(笑)。
色々あってもなんとかするのが大人ですから、なーんて。
20時を過ぎていますが、外が明るい事だけが救いです。
お腹空きました(笑)。
PS やっぱり色々ありました(笑)。
7月7日(日曜)
昨日の喧噪が嘘のように、静かにしているデュッセルドルフの街。
日曜日はレストラン以外は開いていないからね。
今日はアルトシュタットのライン川沿いで
とんぼ返りの大会があるようで準備してました。
その昔、司教を決める際に戦争にまで発展し、
勝利したときに歓喜の中で子供たちがトンボ返りしたことから、
トンボ返りする子供が街のシンボルになった、
と昔聞いたような(笑)。
朝、少し散歩してチェックアウトまでは部屋で仕事。
デュッセルドルフの街並みが懐かしかったんではなくて、
自分の住んでいた街が懐かしかったんだと気付きました。
正午のチェックアウトの時間までホテルにいて、
時間があったので空港までは中央駅から電車で空港まで移動してみました。
実は初日に旅行かばんの片方の車輪のゴムが
まっぷたつに割れてしまったので、
石畳の通りをゴロゴロ引っ張って歩くのは少しヒヤヒヤ。
今日はデンマークのコペンハーゲンに移動。
コペンハーゲン空港から電車でコペンハーゲン中央駅まで移動して、
デコボコをヒヤヒヤしながらゴロゴロして、
ホテルに着いたのは19:00。
着替えて中央駅まで戻り、
明日の電車の確認をした後で、少し散策。
中央駅の正面にあるチボリ公園。
街の中心の市庁舎前の広場に行って、
アンデルセンに挨拶してきました。
公園には鳩がつきものですが、ここではカモメが飛び交ってます。
昔、家族で車でコペンハーゲンに来ましたが、一人だとさすがにチボリ公園はね。
そこから、息子が3年間通っていた幼稚園まで歩いてみました。
我々がお世話になった、わかままさんの家の前も通り、
スーパーに突き当たって右手にある幼稚園。
自分が行くことになっていた日本の幼稚園とは180度も違う、
言葉も何も通じないこの幼稚園で
最初の頃は通いたくないって言って
毎日のように息子が泣いていた事や、
なっちゃんやわかばちゃんに助けてもらったことや、
カーペンターを着させられて、
日本人なのに仮装している園児と一緒に
英語の歌を歌って踊った事や、フラッシュバックしてきました。
せっかくなのでここにある小さなスーパーで、
マギーのスープやキンダーサプライズなんかをお土産に買って、
その足で最後の1年を過ごしたアパートを見てみました。
1年延長になったので、契約も切れるあのアパートは延長せず、
幼稚園の近くに移ったのです。
1階で、南側は一面芝でよくウサギみたいなヌートリアみたいな動物が
よく歩いていたこのアパートは、
細かいことは色々ありましたが、とても快適な場所でした。
その先の道路で、息子と自転車の練習したなあ、
とかそんな事を考えながらバス停に戻って
HAUSMEERの駅まで戻り、
デュッセルドルフ方面の電車に乗ったのでした。
あの頃とほとんど何も変わっていないので、
ちょっと胸を掴むような、鼻の奥の方がツンとくるような気持ちにさせました。
通りに沿って走るUバーンから、歩いている日本人を見かけながら、
「あの頃の私たち」を見ているようで、
久し振りの景色が目に飛び込んでくるにつれ、
いろいろな事が思い出されてくるものですね。
正確に言うと我々はデュッセルドルフの市内ではなく、
市外のメアブッシュという場所に住んでいました。
周りの景色が一面の畑に変わって、ようやく最寄りの駅に着きました。
そこから歩いてみようかと一瞬思いましたが、
思い直し電車から降りた乗客を待っていたバスに乗り込み、
最初の駅で降りました。
まずは最初の2年間住んでいた、CAMESALEEの家を見に行ってみました。
8世帯くらいあったのに、ドイツ人は1世帯しかおらず、
大家のような人はロシア人だし、
我々の隣の住人はバングラデシュ人の家族。
デュッセルドルフ市内に住んでいる人たちには味わえないような所でした。
あの頃と同じように静かな場所でした。
お世辞にも広いとはいえないその最上階の屋根裏の部屋。
外観も玄関も、当時と全く変わっていませんでした。
そのまま足を進めて、週末の朝、
息子と一緒に買いに来ていたパン屋の前に着きました。
最初に一人渡欧した時、
このパン屋の前で、息子の幼稚園のことをどうしようかと悩み、
もうこの辺りに住んでいる日本人の方に直接聞いてみよう、
なんてドキドキしながら待ち伏せした事も思い出してしまいました。