http://yoshinori-kobayashi.com/5066/
以下引用
宇野常寛は指原莉乃にアナーキズムを期待しており、
AKBをもっと壊してほしいと言う。
わしは渡辺麻友に真の保守を期待しており、
AKBを守る象徴でいてほしいと思っている。
以上引用
「アナーキズム」という表現は違うんじゃないかと思うけど、ここだけを拾い上げるなら、私との意見の違いはそれほどないことになる。けれどもニュアンス的な部分に立ち入ると、小林先生の考えと私の考えは、少なからずずれて行ってしまうことになる。
一般論としても言えると思うけど、それが静的な組織であったとしても、ひたすら守りに入って保守的な姿勢を維持しようとすれば、必然的に環境の変化に追随できなくなり、あるいは内部的に腐敗してしまうことになる。逆にひたすら攻撃的になって前のめりの攻めの姿勢であり続けようとすれば、予期せぬ氷山に衝突してしまったり、剥き出しの悪意に曝されてしまうことになる。守り続けることも、攻め続けることも、それだけを続けようとするのは、明白に間違いだと思う。
AKBは動的な組織であり、であればこそ攻防兼備で行けるし、その攻守のバランスはいかようにでも変幻自在に変えて行けることになる。事実として、ある時点からのかつての前田AKBは、極めて攻撃的だったと言えると思うし、それを継いだ指原AKBは、攻防のバランスの取れた王者の姿そのものだったと思う。
こう書くと???な方もいるかも知れないけど、前田AKBについては既述なんで、過去ログを参照していただけたらと。指原AKBについてもあらかた書いてきたと思うけど、この人の一つの特徴は、環境への順応力なんであって、「敵」という表現を使ってしまうけど、たとえ敵を相手にしても、その敵を殲滅してしまうことはなく、その一方で自身も傷つかない。あらゆる方面で、そんな寛解状態をうまく築いてしまう。
そこに起こったのが、今回の襲撃事件だった。それは明白な悪意の露出であり、物理的な暴力そのものだった。日本型アイドルの暗黙のインフラは日本分明なんであり、そこには善意と秩序を前提とする、長期的利益、全体的利得を最大化するという価値観があった。ゲーム理論を持ち出すまでもなく、悪意と暴力は、そんな「児戯」を無抵抗に食い破り、破壊し尽くしてしまう。
そんな危機感を、高橋さんは明確に認識していたし、とすればそれは秋元氏の認識でもあったろう。当然の現状認識として、今は守らなければならない、被害を最小限に抑えなければならない。最重要なのはダメージコントロールということになる。そんなタイミングでの選抜総選挙1位に渡辺さんが選ばれたという強運。「AKBは私が守ります」というそのスピーチに、高橋さんと同じ現状認識があったと見ても、決して買いかぶりとかではないんではないか。
スキャンダルがダメージかと言えば、確かにダメージなんだろう。けれどもそれはリアル生死に関わる問題ではないだろうし、それでアイドル生命が終わるようであれば、冷たいようだけどそれまでだったということ。AKBが置かれた状況は、そんな些細な週刊誌報道なんかにかまけてはいられない。それほどまでに切羽詰まってると見て良いんじゃないか。
渡辺AKBは、初めて守備的なAKBにならざるを得ない。それがどんな姿になるのか、押し隠した恐怖心とともに、それを越える興味を持って注視して行きたい。
以下引用
宇野常寛は指原莉乃にアナーキズムを期待しており、
AKBをもっと壊してほしいと言う。
わしは渡辺麻友に真の保守を期待しており、
AKBを守る象徴でいてほしいと思っている。
以上引用
「アナーキズム」という表現は違うんじゃないかと思うけど、ここだけを拾い上げるなら、私との意見の違いはそれほどないことになる。けれどもニュアンス的な部分に立ち入ると、小林先生の考えと私の考えは、少なからずずれて行ってしまうことになる。
一般論としても言えると思うけど、それが静的な組織であったとしても、ひたすら守りに入って保守的な姿勢を維持しようとすれば、必然的に環境の変化に追随できなくなり、あるいは内部的に腐敗してしまうことになる。逆にひたすら攻撃的になって前のめりの攻めの姿勢であり続けようとすれば、予期せぬ氷山に衝突してしまったり、剥き出しの悪意に曝されてしまうことになる。守り続けることも、攻め続けることも、それだけを続けようとするのは、明白に間違いだと思う。
AKBは動的な組織であり、であればこそ攻防兼備で行けるし、その攻守のバランスはいかようにでも変幻自在に変えて行けることになる。事実として、ある時点からのかつての前田AKBは、極めて攻撃的だったと言えると思うし、それを継いだ指原AKBは、攻防のバランスの取れた王者の姿そのものだったと思う。
こう書くと???な方もいるかも知れないけど、前田AKBについては既述なんで、過去ログを参照していただけたらと。指原AKBについてもあらかた書いてきたと思うけど、この人の一つの特徴は、環境への順応力なんであって、「敵」という表現を使ってしまうけど、たとえ敵を相手にしても、その敵を殲滅してしまうことはなく、その一方で自身も傷つかない。あらゆる方面で、そんな寛解状態をうまく築いてしまう。
そこに起こったのが、今回の襲撃事件だった。それは明白な悪意の露出であり、物理的な暴力そのものだった。日本型アイドルの暗黙のインフラは日本分明なんであり、そこには善意と秩序を前提とする、長期的利益、全体的利得を最大化するという価値観があった。ゲーム理論を持ち出すまでもなく、悪意と暴力は、そんな「児戯」を無抵抗に食い破り、破壊し尽くしてしまう。
そんな危機感を、高橋さんは明確に認識していたし、とすればそれは秋元氏の認識でもあったろう。当然の現状認識として、今は守らなければならない、被害を最小限に抑えなければならない。最重要なのはダメージコントロールということになる。そんなタイミングでの選抜総選挙1位に渡辺さんが選ばれたという強運。「AKBは私が守ります」というそのスピーチに、高橋さんと同じ現状認識があったと見ても、決して買いかぶりとかではないんではないか。
スキャンダルがダメージかと言えば、確かにダメージなんだろう。けれどもそれはリアル生死に関わる問題ではないだろうし、それでアイドル生命が終わるようであれば、冷たいようだけどそれまでだったということ。AKBが置かれた状況は、そんな些細な週刊誌報道なんかにかまけてはいられない。それほどまでに切羽詰まってると見て良いんじゃないか。
渡辺AKBは、初めて守備的なAKBにならざるを得ない。それがどんな姿になるのか、押し隠した恐怖心とともに、それを越える興味を持って注視して行きたい。