願いを叶え、パワーをいただく 京都市内の穴場パワースポットを巡る
プレミアムJapan より 221220
神が住む神聖な場所として日本人が大切に守り続けてきた場所、神社。
京都府には、およそ千八百弱(2020年文化庁『宗教年鑑』より)もの神社が点在し、中には人智を超えた特別な力が漲る「パワースポット」とされているところもある。
前後2回に分けてお届けする「京都府内のパワースポット巡り」。
前編は、京都市内に数多くあるパワースポットのなかでも、穴場的な場所をご紹介する。
⛩日向大神宮
蹴上から徒歩15分で見つけた、京都屈指のパワースポット
地下鉄東西線の蹴上駅から徒歩で約15分。直線的にはほんのわずかな距離のところに「日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)」は社を構える。徒歩15分とはいえ辿り着くまではアップダウンの激しい山道が続き、ひっそりと厳かな雰囲気。文字通りの穴場的神社といえよう。
京都最古の神社のひとつ「日向大神宮」。5世紀末、23代顕宗天皇の代に創建されたといわれる。境内の右奥に見える2棟の社殿は京都でも数少ない神明造の外宮。
「京の伊勢」には数多くの神様が勢揃い
石段を登りきると空気が変わった。境内の間際まで迫る深い森林。見上げると頭上高くまで東山の稜線が迫る。山の中で、ぽっかりとそこだけが開けた小さな盆地のような空間に、天照大御神を祀る内宮をはじめ、猿田彦神社、福土神社など数々の社が点在している。とりわけ、内宮と外宮の社殿は伊勢神宮と同様、神社建築の初期様式である神明造で建てられており、社格も高く、そのために江戸時代から「京の伊勢」と称されてきた。
「境内にたくさん祀られている神々は、人々の生活に関係深い神様たちです。家業繁栄、家内安全、交通安全、縁結びなど幅広いご利益を叶えてくれます」と、権宮司の津田香澄さん。猿田彦大神や戸隠大明神など、境内に点在する神社を巡り、お参りするのも楽しい。かつては、東海道を往来する旅人が道中祈願のために多数参拝し、参道入り口には茶屋もありにぎわっていたそうだ。
「福土神社」は縁結びの神様。土器(かわらけ)に願いを記し供える。
白地に金糸も鮮やかな「大神宮御守」は、開運も厄除けも聞き届けてくださるありがたいお守り。
「天の岩戸」を潜り抜ければ、ご利益がいっぱい
パワーをいただき、運を切り開く「ぬけ参り」
ぜひ訪れたいのが「天の岩戸」だ。巨大な岩の中央が、屈んでやっと通れるくらいの穴が開き、通り抜けできるようになっている。この穴を潜り抜けることで、罪や穢れが清められ福を招くといわれ「ぬけ参り」とも呼ばれている。足を踏み入れる。上下左右から岩盤が迫り、通り抜けできることが分かっていても、足を踏み入れる時には少し緊張する。
京都の街中からそれほど離れていないのに、深山に抱かれたかのような凛とした空気。「京の伊勢」と呼ばれるほどの社格の高さと歴史、祀られた神々の多さ、そして「天の岩戸」の存在。「日向大神宮」が京都屈指のパワースポットと称されるのも、ある意味では当然かもしれない。
「天の岩戸」の入り口。ここが強力なパワースポットだという人が多い。
「天の岩戸」の内部には、戸隠神社の祭神が祀られている。
▶︎日向大神宮 🚶♂️
京都市山科区日の岡一切経谷町29
社務所受付は10時~15時(参拝は24時間可能)
⛩蚕ノ社
平安朝以前の古代日本の息吹に満ちた、不思議スポット
映画映像産業のまちで知られる太秦界隈は、朝鮮半島から6世紀ころに渡来した秦氏一族が居住した地域として知られ、大陸文化の洗礼を受けた地ともいえよう。そんな独特のエリアに位置するのが、「蚕ノ社(かいこのやしろ)」だ。
神社としての正式名は木島坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)であり、「蚕ノ社」はその境内にある別社「養蚕神社(こかいじんじゃ)」を指すが、人々の信仰が篤く、この名称で親しまれている。
「嵐電」の名称で知られる京福電鉄嵐山本線の「蚕ノ社」駅で降りると、大きな「一の鳥居」が目に入る。8世紀以前の創建にさかのぼる「蚕ノ社」は、近隣に居住した秦氏に関係するとされている。秦氏が大陸から持ち込んだ養蚕や機織りの盛況を祈願し、五穀豊穣や夫婦和合のご利益があるとされ、かつては多くの参拝者で賑わったそうだ。
嵐電「蚕ノ社駅」付近は、道路上に路面電車が行き交う。京都に残る唯一の路面電車区間だ。右手が「一の鳥居」。
その起源はいまだ不明。謎多き、三本柱の鳥居
「蚕ノ社」は、不思議なスポットだ。それを象徴するのが、本殿に向かって左奥の場所。周囲を岩に囲まれた小さな舞台のような一画に立つ鳥居の柱は、なんと三本。その特異な光景に、強烈なパワーを感じる人も多いという。
「三柱鳥居(みはしらとりい)」と呼ばれるこの鳥居の起源に関しては、太陽信仰、ユダヤ教やキリスト教との関連など諸説が入り乱れているものの、真相は不明というのが現状らしい。見つめていると、引き込まれそうでもあり、何かが放たれているようでもあり、逆に何かを封じ込めているようでもあり……。京都のパワースポット巡りでは欠かせない場所となっているのもうなづける。
「三柱鳥居」の周囲は、かつては池だったために、「元糺の池」と呼ばれている。現在でも、毎年土用の丑の日には水を張り、禊が行われる。
境内に祀られている「白清稲荷」はパワースポットとしても知られる。お稲荷さんが祀られている石室の中は薄暗く、足を踏みいれるのは、やや勇気が必要。
非日常の世界に包まれ、古代ロマンに思いを馳せる
三柱鳥居の周囲は「元糺の森」「元糺の池」と呼ばれている。このことから、「下鴨神社」境内の「糺の森」と「糺の池」の発祥は、この場所だとされている。理由は明らかではないが、「下鴨神社」に関係する鴨氏と「蚕ノ社」の秦氏という、二大部族の関係性など、鳥居を眺めながら、古代ロマンに思いを馳せるのも悪くない。その一方で、「二の鳥居」に隣接して建つ保育園で遊ぶ園児たちの賑やかな声を耳にすると、誰もがなんとなくほっとし、現実の世界に無事戻ってきたような気がするのではないだろうか。
不思議なパワーを秘めた神社だけに、近隣だけでなく、遠方からも参拝客が訪れる。
▶︎蚕ノ社 (正式名は「木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじ))」
京都府京都市右京区太秦森ケ東町50 🚶♂️
⛩九頭竜大社
独特の参拝方法で、九頭竜弁財天大神の加護をいただく
高野川沿いに京都市内から大原へと続く街道は、八瀬のあたりで深い谷となる。そのために陽の光が届きづらく、日中も影となる場所が多い。そうした谷合のなかで、稜線の加減で奇跡的ともいえるほど、長時間にわたって光が降り注ぐ高台がある。「九頭竜大社(くずりゅうたいしゃ)」はそんな場所に位置する。
「九頭竜大社」の発祥は、教嗣の大西正浩さんの祖父にあたる大西正治朗氏の夢枕に、九頭竜弁財天大神が現れご神託を授けたことによる。九頭竜弁財天大神は、災いや厄を取り除き、福徳をもたらす慈悲の女神といわれ、もたらす功徳が人づてに伝わり、やがて多くの人々が熱心に足を運ぶようになった。
谷間ながらも、豊かな陽の光が降り注ぐ本殿。九頭竜大社独特の参拝方法「お千度」は、この本殿を9回まわる。
「雅楽殿」と名づけられた建物の玄関座敷には、天に上る九頭竜を描いた日本画が鎮座する。「お千度」の順路でもあり、参拝者はここでも拝礼。
本殿を9回まわる「お千度」は、自分と向き合う時間
平日だというのに、何人もの人が本殿の周りを黙々とまわっている。「お千度」と呼ばれる、九頭竜大社独特の参拝方法だ。本殿を時計回りに9回まわることで、願いが叶うとされる。若い女性、スーツを着た社会人、老夫婦……。それぞれが無言で回り続けている。9回まわるには15分から20分ほどの時間を要する。無心に歩く時間は、自己浄化の時間。「お千度」を終えた人々は、誰もが達成感に満ちた晴れやかな表情だった。
納め所に置かれた「お千度棒」と呼ばれる割竹を9本取り、本殿を1周するごとに1本ずつ納め所に戻す。
おみくじの文言は、どこまでも力強く明快
独特のおみくじと、護符があるのも「九頭竜大社」の特徴だ。「お千度」を終えた人はみな、おみくじを引く。そこに書かれた文言が九頭竜弁財天大神様からのご託宣となる。叶えたいお願いごと、悩みに対し、力強く明快な一言は、岐路に立つ人に大きな助けになるに違いない。
おみくじの文言は、九頭竜弁財天が発した言葉。わかりやすく明快な一言は明日への活力となる。おみくじは持ち帰り、折に触れて見返すとよい。
六角形の包み紙に納められた護符。包み紙の形は、九頭竜弁財天の使いである白蛇の鱗に由来する。「お千度」を終えたら、砂糖に寒梅粉を混ぜた甘い護符をいただき、包み紙は自分で燃やす。
「九頭竜大社」の創建は昭和29年。歴史は古いわけではない。しかし、無限の加護を求め、多くの人が八瀬の地に今日も足を運ぶ。独特の参拝方法がもたらす清浄な時間に身を置き、神前で自己と向き合うために。
▶︎九頭竜大社
京都市左京区八瀬近衛町681
社務所受付は9時~17時(参拝は24時間可能)
*「雅楽殿」の九頭竜の絵は、9時30分~15時30分まで
荒天の場合は扉が閉じている場合もあり
⚫︎多くの神社仏閣を擁する京都府。まだ見ぬ風景や体験、穴場スポットはたくさんある。行く年を見送り、新年を清々しく迎えるために祈る気持ちを大切に、パワースポットを巡り、冬ならではの静かな美しい京都を堪能してほしい。
Text by Masao Sakurai(office clover)
Photography by Yukiyo Daido