新たな戦争…日本が「オーストラリアと台湾」を参考すべき理由
幻冬社ゴールド onlain より 221225 渡部 悦和
かつて日本人にはハングリー精神があり、経済分野において米国に追いつき追い越せという勢いがありました。しかし、その目覚ましい経済発展のピークは1990年前後までです。元・陸上自衛隊東部方面総監の渡部悦和氏が著書『日本はすでに戦時下にある すべての領域が戦場になる「全領域戦」のリアル』(ワニプラス)で解説します。
⚫︎オーストラリアと台湾を参考すべき
■全領域戦(All-Domain Warfare)の視点が重要
最近、我が国において中国の統一戦線工作に関連した書籍が出版されるようになったことは喜ばしい。それらを読むことによって日本への工作の一部(政界・財界・学界・メディアなどへの浸透や、日本の不動産の購入など)を理解することができると思う。
しかし、それらの書籍は、サイバー戦、宇宙戦、電磁波戦、認知戦や影響工作などの様々な戦いを網羅しておらず、外国勢力が日本に仕掛けている戦いの全体像がみえない欠点があった。
私は、外国勢力が日本に仕掛けている戦いを小さな視点ではなく、軍事・非軍事を問わない全領域戦という広い視点、体系的な視点でとらえることが不可欠だと思っている。
全領域戦を仕掛けられている日本は危機的な状況にある。中国の全領域戦に対処できていないのだ。
■日本はオーストラリアと台湾を参考にすべきだ
中国の日本への工作にいかに対処するかを考える際に非常に参考になる国がオーストラリアと台湾だ。両国は中国から激しい工作を受けているが、その工作に耐えている典型的な国家である。
まず、オーストラリアは、かつては親中国であったが、現在は中国に堂々と対峙していて、日本が見習うべき国だ。その大きなきっかけとなったのは、本連載でも紹介したクライブ・ハミルトンの『Silent Invasion』(邦訳『目に見えぬ侵略』山岡鉄秀監訳 飛鳥新社刊)の発刊であろう。
私は、2018年8月に上梓した『日本の有事』(ワニブックス【PLUS】新書)で、『SilentInvasion』を要約して紹介したが、当時の日本ではあまり知られていなかった。現在は邦訳版が出ているので是非読んでいただきたい。
『Silent Invasion』にはオーストラリアに対する、じつに驚くべき中国の工作の数々が紹介されている。この『Silent Invasion』を読んだ多くのオーストラリア人がその内容に驚き、議会を中心にして中国の工作を阻止しようとする動きが活発化したのだ。
そして、その動きは新型コロナの発生を契機として本格化している。とくに現首相であるスコット・モリソンが「新型コロナの発生源について徹底的に調査すべきだ」と主張したことに反発した中国は、オーストラリア産石炭の輸入停止措置、大麦やワインへの制裁関税を相次いで発動した。そのためにオーストラリアは甚大な経済的被害を受けた。
モリソン首相は、「いかなる国も経済的な威圧の対象になってはならない」と主張し、厳しく中国を非難している。
また、解放軍の脅威に対抗して、米英とAUKUS(米、英、豪の軍事同盟で、2021年9月15日に発足)を結成するとともに、米国から原子力潜水艦を導入することを決定するなど、安全保障面での努力をしている。
また、中国で開かれる冬季オリンピックに対しても外交的ボイコットを決断している。以上のようなモリソン首相の決断を日本も大いに参考にすべきだろう。
⚫︎台湾の隅々にまで中国の影響力は及ぶ
中国が核心的利益と主張する台湾に対しても中国の全領域戦がおこなわれている。
習近平主席は2019年1月の演説で、①解放軍による軍事的圧力、②対外的な台湾の離隔、③浸透工作と政治体制の転覆、④中央統一戦線工作部との連携(=統一戦線工作の実施)、⑤サイバー活動と偽情報の拡大、という5つの対台湾工作を重視するとした。
これらについて少し解説を加える。
①解放軍の台湾に対する圧力に関しては、大量の解放軍機や艦艇を頻繁に台湾周辺で活動させている。これは台湾軍(とくにパイロット)に対する疲弊戦(台湾軍を疲弊させてしまう戦い)であると同時に、台湾国民に対する心理戦(圧倒的な中国の軍事力に対する無力感を醸成する戦い)でもある。
②対外的な台湾の離隔については、台湾と外交関係にある諸国に圧力をかけて外交関係を断絶させること、国連やWHOなど国際機関への台湾の加盟を拒否することにより実現している。
③浸透工作と政治体制の転覆に関しては、あらゆる分野への浸透工作をおこなうとともに、蔡英文政権の転覆を狙った工作を実施している。
政治の分野では国民党が親中国政党であり、中国の立場を代弁している。2024年に台湾の総統選挙があるが、そこで国民党の候補が勝利すると、中国への併合がやりやすくなるだろう。
経済界も中国本土に進出している企業が多く、中国の飴と鞭の工作の影響を受けやすい。最近、中国政府は中国本土に進出している台湾企業・遠東集団に対して約16億円の罰金を科した。
理由は、環境や土地使用に関して違反があったというものだが、本当の理由は遠東集団が台湾与党・民主進歩党の大口献金者であったことだ。
その一方で、台湾企業や個人に経済的な優遇や中国公民と同等の権利を与えることと引き換えに、親中国陣営に囲いこんでいる。
メディアの分野でも親中国系メディアが存在し、中国の代弁者となっている。また、台湾軍にさえ中国のスパイが入りこんでいるのは公然の事実だ。このように台湾社会の隅々にまで中国の影響力は及んでいる。
④統一戦線工作については、台湾に22の親中組織と親中政党(国民党)が存在し、その多くが犯罪組織に関係していることが確認されている。これは、人脈をあらゆる分野(政治、経済、メディア、企業、軍隊、警察など)に拡大するための手段だという。
⑤サイバー戦については、中国本土の武漢所在で台湾や南アジアを担当する解放軍の戦略支援部隊の技術偵察局の第六局には61726部隊が存在し、この部隊は台湾に対するサイバー攻撃の主力である。台湾の国防報告書によると、台湾はつねにサイバー攻撃を受けており、最近の2年間で14億回もの攻撃があり、しかもその数は増加し続けているという。
また、台湾行政院情報通信安全局長は2021年11月10日の議会で、一日に約500万件のサイバー攻撃やスキャン(サーバーの弱点を特定する試み)を受けていると証言している。いずれにしても膨大な数のサイバー攻撃を中国から受けていることは明らかだ。
2020年1月11日におこなわれた台湾総統選の際には、中国は台湾に対する大規模なサイバー攻撃を仕かけたという。さらに、サイバー空間を利用した偽情報の拡散による影響工作や、スパイ活動もおこなっている。
以上のように、つねに中国本土からの工作を受けている台湾は、米国などの民主主義諸国の応援を得ながら中国の工作に耐えている。
日本としては、台湾の状況を注視しながら、そこから多くの教訓を得て、中国の対日工作を撃退する資とすべきであろう。
世界が驚く奇跡の経済発展を遂げたが
■真珠湾攻撃から80年:日本は相変わらず国家戦略なき国家
2021年12月8日は、真珠湾攻撃から80年の日であった。
この80年で日本はいかなる変貌を遂げてきたのだろうか。先の大戦の敗戦により我が国は経済などあらゆる分野でどん底から出発せざるを得なかった。日本人は、その勤勉な国民性を発揮して世界が驚く奇跡の経済発展を遂げ、世界第二位の経済大国になった。
当時の日本人にはハングリー精神があったし、経済分野において米国に追いつき追い越せという勢いがあった。しかし、その目覚ましい経済発展のピークは1990年前後であり、1991年のバブルの崩壊以降は「失われた30年」と言われる停滞期に入り、そこから抜け出せていないまま現在に至っている。そして、世界における日本の存在感は右肩下がりの状況になっている。
一方、中国は日本の失われた30年を尻目に、目覚ましい経済発展を遂げ、いまや経済的にも軍事的にも米国と覇権争いをするまでに国力を増大させている。経済力と軍事力において中国は日本を抜き去り、その差は拡大している。
中国の現状には多くの問題が存在するが、米国に次ぐ世界第二位の国力をもった国家になったことは否定できないであろう。
この日中の違いは何なのか。
私は国家として戦略をもっているか否かの違いだと思っている。
中国の超限戦は邪道ではあるが、厳しい国際社会を生き延びていくひとつの戦略だと思う。しかし、日本には超限戦に匹敵するようなしたたかな国家戦略がない。
本文でもふれた書籍『超限戦』では、〈21世紀の戦争は、すべての境界と限度を超えた戦争で、これを超限戦と呼ぶ。この様な戦争であらゆる領域が戦場となりうる。すべての兵器と技術が組み合わされ、戦争と非戦争、軍事と非軍事、軍人と非軍人という境界がなくなる。〉との主張がなされている。
これは私が主張する全領域戦の考えと合致する。しかしここまでの厳しい認識を日本人がもっているとは思えない。
日本人は、「平和がノーマルで戦争がアブノーマルだ」と思っているが、世界的には「平和がアブノーマルで戦争がノーマルだ」と思っている人たちが決して少なくない。
日本の政治家は能天気に、日本の国是は「専守防衛」「敵に脅威を与えない防衛力の保持」「必要最小限の自衛力の行使」だと主張している。
しかし、『超限戦』では、
〈敵国に全く気づかれない状況下で、相手の金融市場を奇襲して、金融危機を起こした後、相手のコンピューターシステムに事前に潜ませておいたウイルスやハッカーの分隊が同時に敵のネットワークに攻撃を仕掛け、民間の電力網や交通管制網、金融取引ネット、電気通信網、マスメディア・ネットワークを全面的な麻痺状態に陥れ、社会の恐慌、街頭の騒乱、政府の危機を誘発させる。そして最後に大軍が国境を乗り越え、軍事手段の運用を逐次エスカレートさせて、敵に城下の盟の調印を迫る。〉
と主張しているのだ。
まずは、この日本と中国のギャップを認識し、全領域戦で戦いを仕かける相手に対していかに対処するかを真剣に検討すべきだ。
▶︎渡部 悦和前・富士通システム統合研究所安全保障研究所長
元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー
元陸上自衛隊東部方面総監