奈良県 生駒郡平群町鳴川 鳴川墓地五輪塔
山深い鳴川の一番奥にある古刹千光寺からさらに奥に山道を登っていくと行き止まりに共同墓地がある。尾根斜面の雑木林は段々に整地され墓塔が立ち並び、墓地入口には小形の五輪塔や一石五輪塔、箱仏などが集められている。
この尾根のピークを低い土壇状に整形し、中央に角張った自然石を不整形に組み並べた上に五輪塔が立っている。花崗岩製で高さ約195cm。全体に表面の風化が進んでいる。地輪、水輪、火輪の四方側面に大きくア・バ・ラの五大の種子を雄渾かつ端正なタッチで刻む。四面とも東方発心門のようである。幅広くで彫りの浅い薬研彫で、空風輪にあるべきキャ・カの種子が風化のせいか見られない。全体的なバランスとしてもやや小さいので空風輪は別物の可能性が残る。地輪は低く安定感があり、水輪は小さめで横張り感は少なく、裾のすぼまりがなく上下に押しつぶしたような形状。種子の向きが斜めにずれている。火輪は全体に低く、軒口はそれ程厚くなく、隅増しのあまりない反り、四注の屋だるみともに緩く伸びやかな印象を与えている。鎌倉後期の大和系五輪塔に通有する反花座は見られない。こうした特長は、文永10年(1273年)銘の生駒市興融寺五輪塔、笠木寺解脱(貞慶)上人五輪塔などと概ね共通する古い意匠表現で、鎌倉後期様式が定型化する以前の古調を示す。造立時期は鎌倉中期、13世紀中頃まで遡らせて考えることが可能である。古い墓地の惣供養塔であろう。規模も大きく、雄大な種子が印象に残る優美な五輪塔である。いつまでも静かに墓地を見守っていてほしいものである。
先に紹介した不退寺裏山墓地五輪塔(2008年2月記事参照)の写真と見比べてみればよくわかると思いますが、ここの五輪塔は、律宗系の五輪塔の厳しさすら感じさせる剛健な力強さとは明らかに趣きを異にしています。何というか伸び伸びとしてどことなく神秘的です。品があって優雅で、とてもいい感じです。なお、千光寺の石造宝塔等をはじめ付近には見るべき石造美術がいくつかありますが、これらは改めて別途紹介します。
参考:清水俊明 『奈良県史』第7巻石造美術 428ページ
元興寺文化財研究所編 『五輪塔の研究』平成4年度調査概要報告
妄言:実測による数値や形式分類といった客観的合理性を伴う学問的アプローチで石塔などの相違や変遷を追及していくことは保存保護を考える上からも重要ですが、意匠表現が視覚的に与える効果など、なかなか数値で測りにくいところもあります。価値を価値として認識するのは結局のところ一人ひとりの人間ですので、いいものはいいんですといえる感覚を醸成していくことがまずは第一歩になると考えています。静かな木漏れ日の下でこうした優れた五輪塔の持つ雰囲気や趣きをじっくり味わうことも実はとても大切なことだと思います。