飛鳥時代に成立したとされる九州(福岡県太宰府市)の「大宰府政庁」は、遠の朝廷(とおのみかど)と呼ばれ、九州の政治・経済・外交・防衛を担当しました。
大宰府においても、「飛鳥の遊歩道」と同じように、「歴史の道」があります。
九州で亡くなった天智天皇の母である「斉明天皇」を弔った「観世音寺 」から、「大宰府政庁」までの「歴史の道」を紹介したいと思います。
(行程)
「観世音寺」(斉明天皇を弔った寺で、飛鳥にある川原寺と同じ伽藍配置です)ー「戒壇院」(奈良時代の三戒壇院の一つです)-「玄の墓」(奈良時代の僧で、大宰府の地で亡くなりました)-「清水山弘法の池」(1200年以上も前から、この地の人々に大切にされている清水です)ー「武藤氏の墓」(鎌倉時代、元寇の時の武将の墓です)-「学校院跡」(奈良時代、吉備真備により設置された役人を養成する学校です)-「坂本八幡宮」(政庁の近くにあり、奈良時代に大宰府の長官として赴任し、万葉歌人としても有名な大伴旅人の邸宅跡の候補地の一つです。境内には、がらんさまと呼ばれる立石がありあります。飛鳥にも、同じような謎の立石があります)ー「大宰府展示館」(政庁で発掘された物や、大宰府の歴史を紹介する展示館で、ボランティアガイドの方も常駐されています)ー「大宰府の官衙跡」(役所の跡や塀の跡を見ることができます)ー「朱雀門の礎石」(大宰府政庁朱雀門の礎石で、近くの川から発見され重さが約4トンもある礎石です)ー「大宰府政庁」跡(7世紀後半に、九州の政治・経済・外交・防衛を担当した役所で、史跡公園として整備されています)
「大宰府の歴史道」を歩くと、「飛鳥の地」と同じ感覚に陥るのは私だけなのでしょうか!
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