「うつ病になりやすい体質」は遺伝することが判明しており、遺伝率は 30%~50%とみられてきました(高血圧や糖尿病の遺伝率と同程度)。
しかし、親から子への染色体の伝搬では説明がつかず、どういうメカニズムなのか全く不明でした。
ヒト遺伝子の中にうつ病の原因となる有効な遺伝子も、これまで発見されていませんでした。
これに対し、今回、慈恵医大の近藤一博氏らは、ヒトに寄生する微生物を含む遺伝子群(メタゲノム)に着目し、
ヒトに潜伏感染しているヒトヘルペスウイルス6B(HHV-6B)が持つ、うつ病の原因となる遺伝子SITH-1を発見したことを発表し、
iScience誌オンライン版2020年5月21日号に掲載されました。
HHV-6Bは小児期に突発性発疹として感染し、ほぼ100%のヒトが潜伏感染しています。
HHV-6Bは脳神経に親和性の高いウイルスで、さまざまな脳神経疾患や精神疾患に関与することが予想されます。
研究チームはHHV-6Bが嗅球で潜伏感染する際に発現するSITH-1遺伝子を発見し、その疾患との関係を調べました。
SITH-1は、細胞内へカルシウムを流入させ、アポトーシスを誘導する作用をもちます。
また、マウスの嗅球による実験では、SITH-1を発現させると嗅球が細胞死を起こし、さらに脳のストレスが亢進して、うつ状態になりました。
ヒトの場合、嗅球の組織をとることは危険なので、SITH-1がカルシウムを流入させるときの特殊な構造を突き止め、
これに対する抗体を測定することで嗅球でのSITH-1の発現を調べました。
この活性型SITH-1に対する抗体を測定する方法を用い、健常人とうつ病患者におけるSITH-1発現を比較し、
また、SITH-1が脳のストレスを亢進させることでうつ病を発症させやすくなると考えられることから、
SITH-1がうつ病になる前からヒトに影響を与えている可能性を検証するため、
「健常人でまったくうつ症状のない人」と「うつ病と診断されない程度の軽いうつ症状がある人」の活性型SITH-1抗体価も比較しました。
その結果は以下のとおりです。
・うつ病患者は健常人に比べ、SITH-1特異的抗体の検出量が有意に高かった(p=1.78×10 -15)。
・抗体陽性率はうつ病患者で79.8%、健常者で24.4%だった(オッズ比[OR]:12.2)。
・「うつ病と診断されないほどの軽いうつ症状の人」も「健常人で全くうつ症状のない人」に比べて、SITH-1抗体価が有意に高かった。
こうして著者らは、「SITH-1遺伝子はうつ病の発症に大きな影響を持つ遺伝子であり、
うつ病の発症メカニズムの解明や治療法の開発に新たな展開をもたらすことが期待できる。
さらにSITH-1がうつ病になる前から作用していることが示唆されたことから、
SITH-1抗体検査によってうつ病の早期発見やうつ病のなりやすさの予測ができる可能性がある」としています。
<文 献>
Kobayashi, N., N., Oka, Takahashi, M., Shigeta, M., Yanagisawa, H. & Kondo, K., 2020 Human Herpesvirus 6B Greatly Increases Risk of Depression by Activating Hypothalamic-
Pituitary-Adrenal Axis during Latent Phase of Infection, in iScience, 2020 Mar 21. https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(20)30372-2