入眠時の半覚醒状態、つまり入眠時に覚醒状態から睡眠状態に移行する半覚醒状態のことを、「ヒプナゴジア」(hypnagogia)といいます。これに先立って、19世紀後半のイギリスの文学者にして心霊研究の開拓者でもあったヘンリー・マイヤース(Frederick William Henry Myers)は、起床時に睡眠状態から覚醒状態に移行する半覚醒状態を「ヒプノポンピア」(hypnopompia)と呼んでいましたが[Myers 1903]、実はこの2つは対極のようでいてよく似ているので、「ヒプナゴジア」は広義には、入眠時と起床時の両方の半覚醒状態を指し、「ヒプノポンピア」を含めた意味としても使われるようです。
実際、どちらの場合にも同じような精神現象、たとえば幻覚、明晰思考、明晰夢、金縛り(睡眠麻痺)などが生じるのです。のみならず、少なくとも入眠時の「ヒプナゴジア」が、創造性と識見が働く期間でもある可能性を示唆する報告が、8月号の『日経サイエンス』に掲載されています[Stetka 2022]。
パリ脳研究所のウディエットらの研究によると、浅い眠りに落ち始める「ノンレム睡眠のステージ1(N1)」では、まだ意識が半ば残っており、創造性と識見が働く短い期間となるようなのです:103人の被験者にいくつかの数学の問題を示し、どの問題にも共通の規則性が隠れていて、それに気づけばずっと簡単に解くことができるようにしておくと、「ノンレム睡眠のステージ1(N1)」でまどろんでいる人は、ずっと覚醒していた人よりも3倍近く高くその規則性に気づくことができ、「ノンレム睡眠のステージ2(N2)」の眠りに落ちた人に比べると、6倍近く気づくことができたというのです[Lacaux et als. 2021]。
ちなみに、ウディエットらがこの研究に着手したのは、発明王エジソンが4時間以上眠ることを自らに禁じ、昼寝のうたた寝に創造性の源泉を頼っていたという逸話に触発されてのことだそうです――エジソンは、昼寝時に両手に1個ずつボールを持って眠り、ボールが床に落ちると目が覚めるようにしていたといいます;この方法は、アレキサンダー大王やアインシュタインも使っていた可能性があるらしい;サルバドール・ダリも、ボールでなく鍵を使って同じ方法を用いていたようです;アインシュタインやケクレのように、大発見は夢の中で思いつかれたことがよく伝えられますが、それも夜中に見た夢より入眠時の半覚醒状態での夢が少なくないようです[Stetka 2022]。
ちなみに私はといえば、入眠時でなく専ら起床時の半覚醒状態(ヒプノポンピア)が、たくさんの「ひらめき」を与えてくれる至福の瞬間です。ふとんにくるまれて、ぬくぬくしていると、いきなり目覚ましく「ひらめき」が生じて、まさに文字通り目も覚めていくのです。もっとも、つまらない「ひらめき」ばかりなんですが。。。
<文献>
Lacaux, C., Andrillon, T., Bastoul, C., Idir, Y., Fonteix-Galet, A., Arnulf, I. & Oudiette, D., 2021 Sleep onset is a creative sweet spot, in Science Advances, vol.7,issue50, pp.1-9.
Myers, F., 1903 Human Personality and Its Survival of Bodily Death. London: Longmans.
Stetka, B., 2022 Nap Like a Genius, in Scientific American, vol.326, no. 4, pp.74-77. =編集部訳、2022「天才のようにまどろめ エジソンに学ぶ半覚醒状態のひらめき」
『日経サイエンス』第52巻8号、pp.71-73。