アンチエイジングの最先端で采配を揮う仕掛人が、アメリカ国防総省であることは意外に知られていない。
国防総省の中でも、直属の組織ながら、大統領・国防長官直轄の高い独立性を有する「国防高等研究計画局」(Defense Advanced Reserch Progects Agency 略してDARPA=ダーパ)がそれである。
1957年、米ソ冷戦の真只中、ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク」打ち上げに成功すると、大きな衝撃と危機感に苛まれたアメリカ政府は、さっそく翌58年2月、アイゼンハワー大統領直々の肝煎りでDARPAを創設する。当初は宇宙関連開発研究を主軸とし、その名も「国防」なしの、「高等研究計画局」(Advanced Reserch Progects Agency 略してARPA)だったが(とはいえ宇宙開発と軍事ははじめから密接不可分だが)、やがてここから宇宙部門を独立させ(それがNASAとなる)、「国防」を前面に打ち出したDARPAとして、以来半世紀以上にわたって、広く最先端科学技術の速やかな軍事技術への転用を目的に、分野を越えたラディカルなイノベーションを先導してきた。
60年代初頭に完成したインターネットの原型ARPANetを皮切りに、RISCコンピューティング、微小電気機械システム(MEMS)、全地球測位システム(GPS)、軍用機のステルス技術、無人偵察機「プレデター」、無人飛行機(通称「ドローン」)、掃除ロボット「ルンバ」、iPhone搭載のタッチパネルと人工知能「Siri」etc.…。一見関わりがないかに見えるこれらテクノロジーの数々は、いずれもDARPAの研究計画から産み落とされてきたものだ。
そしてそこに今日、もう一つ新しい仲間として加わるのが、アンチエイジング技術の最先端というべき、「進化した人間の創造」プロジェクトなのである。
インターネットの原型ARPANetが、ソ連の核攻撃を受けてどこかが破壊されても、迂回路を通じて情報伝達を維持し、即座に反撃できるような通信指令システムの構築を目的としたように、またGPSが軍事用の測位システムからカーナビやケータイに転用されたように、あるいは掃除ロボット「ルンバ」が戦場ロボット「パックボット」と姉妹品であるように、そして人工知能「Siri」が、来るべき米中新冷戦をふまえた、核開発競争に代わる人工知能開発競争の一環であるのと同様に、アンチエイジング技術もまた、れっきとした最先端軍事科学技術のいわば“平和利用”として登場した。いつまでも若い・いつまでも死なない・ただちに傷病が治る人間の創造こそ、いま最も良質な戦力を確保する、最先端の軍事技術として、DARPAが最も重点的に研究資金を投入している分野なのである。
浜田和幸氏の挙げる例では(*1)、痛みを瞬時に感じなくさせる痛み止めワクチン(10秒以内にすべての激痛が雲散霧消し、その効果が30日間続き、しかも副作用がない)、数秒以内の視力回復、4日以内の一切の人体損傷の修復、瞬時の止血剤や睡眠不用剤、空腹・疲労・恐怖心などを克服する薬の開発、ミトコンドリア強化で食事なしでもほぼ永遠に持続する運動能力の達成…etc.,etc. ほとんど「人体のサイボーグ化」、そして脳とコンピュータを直結する「トランス・ヒューマニズム」の実現を匂わせる技術である。iPS細胞の臨床応用をも援用して、これらの技術により、2025年から2050年の間ごろには、人類は永遠の生命を獲得する可能性が格段に高まるとみる向きすらあるという。
しかしここまでしてアメリカ国防総省は、一体どこの誰と戦争をしようというのだろうか。西洋文明の“仇敵”イスラム諸国とだろうか? 来るべき“新・冷戦”の相手と目される中国とだろうか? それともやはり“旧・冷戦”以来の宿敵ロシアとであろうか? いや何であれ、要するに自分たちの敵対勢力すべてを総称する代名詞「テロリスト」とであろうか?
実はロシアや中国の側も、浜田氏によれば、同様の発想から同様の研究を長年、極秘で続けているらしい。そしてオリンピックという名の、スポーツゲームの形を借りた戦争が、こうした人体改造計画の成果を競い合う場に変わりつつあるという(*2)。これからは恐らく、パラリンピックもが、あるいはそれこそがますます、その場になってゆくのだろう。ともあれ、この戦争では他者の人命を奪う必要はない。
他方、「テロリスト」は堂々と殺戮される。まさにDARPAの生んだ最先端の軍事技術によって。ただし「アル・カイーダ」がそうであるように、「テロリスト」はしばしばアメリカ自身が生んだ鬼子であり、自分自身の影であることは、いまさら指摘するまでもない。
だとすれば、敵はもはや他(国)の人々ですらない。それはもっと近くに、もっと内部にいるのではないか? むしろ自分自身を内側から、死という有限性・偶発性によって脅かす、<身体という他者>こそ真の敵ではないのか。死との戦争。身体との戦争。身体という有限性・偶発性との戦争。この極点において、「進化した人間の創造」の軍事的プロジェクトは、若さと美を追求し、永遠の生命を求めるアンチエイジングの諸々の平和的テクノロジーと接合する。痛み傷つく身体との戦争、と、老いゆく身体との戦争、の接合。アンチエイジングの諸エクササイズに励むその最中、我々はまさに戦争を遂行し、戦場に身を置いているのだということは、もっと自覚されていい。
*1 浜田和幸『団塊世代のアンチエイジング』光文社、第6章。浜田和幸「アメリカ・驚異のアンチエイジング医療」『文藝春秋SPECIAL』第3巻第1号、2009年冬号、pp.144-9。
*2 浜田和幸『団塊世代のアンチエイジング』pp.167-8。