拙著でも書いたように[津田 2019,pp.250-1]、白目と黒目が明確に区別できる動物は、類人猿でもヒトを措いて他にないのですが[Kobayashi &
Kohshima 1997;小林・幸島 1999]、何と興味深いことに、イヌ科の社会性肉食動物は、霊長類をも差しおいて、白目と黒目の明確な区別をもっており、
オオカミなど互いに協力しあうとき、ほとんど鳴かずに視線で意思を疎通しあうのです:オオカミでは目の周りの毛の色も、霊長類の傾向とは反対に、で
きるだけ視線が明瞭となるように彩色されているとのことです[Ueda et als. 2014]。これがイヌにも受け継がれ、彼らの霊長類をも凌ぐ向社会的な視覚的
コミュニケーション(アイ・コンタクト!)能力を支えているのでしょう。
ところがイヌはさらに、その眼の周りの筋肉において、オオカミにはない特別な進化を遂げていることを最近明らかにした研究[Kaminski et al. 2019]
が、6月27日のNewsweek日本版に紹介されています。ポーツマス大学のジュリアン・カミンスキーらの研究によると、約3万3000年前に始まったとされる
ハイイロオオカミ (Canis lupus) からイエイヌ (Canis familiaris) への家畜化の過程で、イヌの顔面の筋肉の構造が変化し、眼輪筋の周りに、眼輪筋からさら
に独立して、「内側眼角挙筋」(LAOM)と「外側眼角後引筋」(RAOL)と呼ばれる2つの筋肉が発達し、ヒトとの間で高度なコミュニケーションを行な
うことができるようになったというのです[Ibid.]。
LAOMは、オオカミではどの種でも眼輪筋から独立した筋としては存在せず、せいぜい小腱としてのみ存在するのに対して、イヌではオオカミに最も近い
シベリアンアスキー(Siberian husky)を唯一の例外として、すべて眼輪筋から独立の筋として 存在します; RAOLは、イヌではどの種でもつねに存在する
のに対し、オオカミでは様々で、存在しない種もあるとのことです[Ibid. 2019 p.14678]。
この2つの筋肉によってイヌは、「AU101」という、眼を大きくつぶらで可愛らしい幼児のような(幼形進化的な)表情にすることができ、それはヒトが
悲しい時にする表情にも似ており、そのためヒトに保護してもらいやすく、子孫を残す確率を高め、いっそうこの形質を強化してきたとみられています
[Ibid.,p.14679]。オオカミはこの「AU101」をする頻度がはるかに劣るようです[Ibid. p.14678]。
しかしだとすれば逆に、イヌの社会的コミュニケーション能力は、哺乳類全般が分け持つ能力ではなく、ヒトとの3万年以上にわたる親密な共生関係と
いう、他の種にはない特殊な条件の賜物であることを忘れるわけにはいきません。
<文献>
Kaminski, J., Waller, B., M., Diogo, R., Hartstone-Rose, A. & Burrows, A. M., 2019 Evolution of facial muscle anatomy in dogs, in Proceedings of the National Academy of Sciences of the U.S.A ., vol.116, no.29, pp.14677-81.
Kobayashi, H. & Kohshima, S., 1997 Unique morphology of the human eye, in Nature, vol.387, pp.767-8.
小林洋美、幸島司郎、1999 「コミュニケーション装置としてのヒトの目の進化」 『電子情報通信学会誌』第82巻6号、pp.601-3。
津田真人、2019 『「ポリヴェーガル理論」を読む――からだ・こころ・社会』星和書店。
Ueda, S., Kumagai, G., Otaki, Y., Yamaguchi, S & Kohshima,S.,2014 A Comparaison of Facial Color Pattern and Gazing Behavior in Canid Species Suggests Gaze Communication in Gray Wolves (Canis, lupus), in Plos One , vol.9, no.6, pp.1-8.