私が昨年7月に、日本心身医学会総会で行なった講演「心身相関におけるポリヴェーガル理論の意義」の原稿が、
その機関誌『心身医学』に掲載され、このたび公刊されました。
以下、ご笑覧下さい。
はじめに
心身相関を,脳の中枢と身体の末梢の間の双方向的な相互関係と捉え直すならば,その媒介変数として,自律神経系の働きの意義が改めて注目される.その観点から,心臓の精神生理学的研究を通して,自律神経系について新たな見方を提示したのが「ポリヴェーガル理論」である.本稿ではこの理論が何を主張し,心身相関にどのように新たな見方を提示するものであるか,その意義と課題は何かについて,簡単にまとめておく.さらに詳細は,類書を参照されたい.
背景と現況
この理論の提唱者Stephen W. Porges(1945~)は,もともと心臓の精神生理学(心拍変動と自律神経)の研究者で,その長年の研究の到達点として,1994年10月8日,この年学会長だった「精神生理学会」の講演で初めて発表したのがポリヴェーガル理論である.その講演原稿が翌95年に同学会誌に発表され,これに以後の関連論文計19編を合わせて2011年に大著『Polyvagal Theory』が上梓され,同理論は広く知られるようになった.以後続いて2017年,2021 年に単著が,2018年,2023年には共著が,公刊されている.
こうしてPorgesは臨床家でなく純然たる研究者であるが,決して象牙の塔に安住することなく,一貫して臨床応用への高い関心をもつ研究者であり続けてきた.すでに若き1980年代には,呼吸性洞性不整脈(RSA)の研究がハイリスク新生児のスクリーニングに応用され,次いで2000年前後からは,ポリヴェーガル理論に基づき,自閉スペクトラム症(ASD)児の聴覚過敏や社会性低下を改善するプロジェクトが試みられ(今日“Safe and Sound Protocol:SSP”として結実),そして2011年の大著刊行後には,この理論を最も有名にしたトラウマ臨床,およびトラウマ関連障害の現代的な病態への応用が大きく発展した.
特に1980年前後以降,日本を含む先進諸国では,うつや不安障害の遷延化,ストレスだけでなくトラウマ(トラウマティック・ストレス),抑圧だけでなく解離,各種の機能性の心身疾患,発達障害などの顕在化につれて,新たな治療パラダイムが求められるなか,ポリヴェーガル理論はその有力な理論的支柱たりうる斬新な学説として世界的に注目されるに至ったのである.
もっともこの国では,2018年の邦訳刊行以降,正確な理解もないままに,この理論の神経学的根拠も放擲し,媒介変数としての自律神経系の位置づけも捨象した,あたかも自律神経系を独立変数のごとくに宣揚するバブリーな“紹介”と安直な“臨床応用”ばかりが先行し,他方それに幻惑されるあまり,自律神経系をあたかも従属変数のごとくに主張する浅薄な“批判”が飛び交う事態ともなっている.
そこで本稿では,原点に立ち戻って,ポリヴェーガル理論が神経学的に何を明らかにし,どのように新しい自律神経の理論であるのか,またそこから心身相関にどう寄与しうるのかなどについて,考察を進めることとする.
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