心身社会研究所 自然堂のブログ

からだ・こころ・社会をめぐる日々の雑感・随想

オンライン対話とリアル対話の脳活動のちがい

2023-11-05 20:25:03 | 身体・こころ・社会

このブログでも昨年2月に、「オンライン会話はつながりといえるのか?」として、川嶋隆太氏の研究を紹介しましたが、

Zoomでの対話とリアル対面での会話は、脳にとっては同じものではないことを明らかにする研究が、

つい先ごろ10月25日に、また1つ発表されました。

 

イエール大学精神医学、比較医学、神経科学分野教授のJoy Hirschらの、

fNIRS(機能的近赤外分光法)など高度なイメージングツールを使った新たな研究によると、

Zoomでの対話よりも、リアル対面での会話の方が、脳の社会的な活動に関わる神経回路や領域が活発化するとのことです。

 

この研究グループは、オンラインZoomとリアル対面という、2つの異なる条件下で会話をしている2人の、

fNIRSによる脳画像検査、脳波(EEG)測定、アイ・トラッキング、瞳孔測定を行ない、そのデータを比較しました。すると、

 

Zoomでの会話に比べてリアル対面での会話では、fNIRSでの信号の増加度でみると、

背側-頭頂領域(dorsal-parietal regions)という脳の特定領域で神経活動が活性化すること、

また相手の顔に対する視覚的滞留時間が長くなり、瞳孔径が拡大すること、

つまり会話をしている2人の脳の覚醒が高まっていることが明らかになりました。

また、リアル対面での会話では、θ波と呼ばれる脳波(EEG)が増強することが確認され、顔処理能力が向上していることが示唆されました。

さらに、対面で会話をしている人の脳の神経活動は、Zoomで会話している場合よりも協調的で、

背側-頭頂領域内で脳間同期(cross-brain synchrony)の増加もみられました。

つまり会話中の2人の間で、社会的手がかりを相互交換する頻度が増加しているのです。

 

こうしてリアル対面での会話では、自然でダイナミックな社会的相互作用が自発的に生じているのですが、

反対にZoomでの会話では、そうした相互作用は限定的か、あるいは全く認められません。

というのもZoomは、対面に比べて、社会的コミュニケーションを取るためのシステムとしては、質も豊かさも劣るようで、

そもそもオンラインの少なくとも現在利用可能な技術では、対話相手の顔を見るとき、

リアル会話の時のような、脳の社会的な神経回路への「特別なアクセス」を得ることは不可能と言わざるをえないのです。

リアル対面での交流が、人間の自然な社会的行動にとっていかに重要であるかが、またここでも明らかにされました。

 

<文 献>

Zhao, N., Zhang, X., Noah, J. A., Tiede, M. & Hirsch, J., 2023  Separable processes for live “in-person” and live “zoom-like” faces , in Imaging Neuroscience, vol.1, pp.1-17.

 

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パンデミック下での職場いじめと精神的苦痛や希死念慮の実態

2022-12-15 22:46:33 | 身体・こころ・社会

 職場のハラスメントについて研究してきた神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科の津野香奈美氏らが、

コロナパンデミック下での職場いじめ(workplace bullying)と労働者のメンタルヘルスの実態に関する調査を行なった結果を、

「BMJ Open」誌の11月2日号に発表しました。

 

 分析の対象とされたのは、2020年8~9月にCOVID-19パンデミックの住民の生活・健康・社会・経済活動への影響の実態を把握するために

全国にオンラインで実施された大規模調査「JACSIS(Japan COVID-19 and Society Internet Survey)研究」のデータで、有職者16,384人です。

このうち26.5%の人は在宅勤務を行っており、パンデミックに伴なって開始したのが8.4%、パンデミック前から行なっていたのが18.1%でした。

 

それによると、2020年4月から半年間で、職場いじめに遭ったと回答した人が14.9%、職場いじめを目撃したと答えた人が17.9%いました。

職場いじめに遭った場合、重度の精神的苦痛に該当する割合が184%、希死念慮を有する割合が113%、それぞれ有意に高くなり、

また職場いじめに遭わなくても、その場面を目撃しただけで、重度の精神的苦痛に該当する割合が90%、希死念慮を有する割合が41%、

それぞれ有意に高くなっています。

8.8%は精神的苦痛が重度と判定され、11.5%は過去半年間に「死にたいと思ったことがある」と希死念慮を伝えています。

 

職場いじめに遭った人の特徴で、有意な関連因子として浮かび上がったのは、

男性であること、年長者よりも若年者であること、低収入であること、

非正社員やアルバイトよりも正社員、さらには管理職、さらには経営者であることと、

むしろ職位の高い人たちに集まる傾向が見られる(従来にはない)特徴があります。

身体的負荷の増加や心理的負荷の増加ももちろん欠かせません。

 

在宅勤務の開始は、職場いじめに遭う確率を下げるとはいえ、

パンデミックに伴なって「身体的負荷が増えた」と答えた人は20.7%、「心理的負荷が増えた」と答えた人は33.1%あり、

とくに男性では、パンデミック後に在宅勤務を開始したことが、重度の精神的苦痛や希死念慮に関連する有意な関連因子の1つとして抽出されており

(重度の精神的苦痛は+20%、希死念慮は+23%)、女性ではこの関連は非有意とのことです。

 

ハンデミックが職場の環境に、従来の定説では説明のつかない変化をもたらしている可能性が伺えます。

 

<原著文献>

Tsuno, K. & Tabuchi, T., 2022  Risk factors for workplace bullying, severe psychological distress and suicidal ideation during the COVID-19 pandemic among the general working population in Japan: a large-scale cross-sectional study, in BMJ open, vol.12, no.11;e059860. doi: 10.1136/bmjopen-2021-059860.

 

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ヨーガは宗教か哲学か科学か?

2022-10-12 21:55:09 | 身体・こころ・社会

今日、著名なヨーガ指導者のchamaさんとお話をしていて、ヨーガは宗教か?哲学か?科学か?という話題になりました。

 

ヨーガは宗教でしょうか? バラモン教から仏教、ヒンズー教などさまざまな宗教がヨーガと密接な関係を持ってきましたが、

しかしどの宗教にもヨーガを還元することはできず、ヨーガはどの宗教のものでもありません

それどころか最近の研究では、ヨーガはドラヴィダ族など古代インド先住民の身体技法(健康法)に由来し、

それを外来のアーリア人たちが後から自分たちの所産として編纂したものとみる説が近年では強まって来ています。

 

ではヨーガは哲学でしょうか? ヨーガはヴェーダーンタ哲学からタントリズムに至るさまざまなインド古代哲学と密接な関係を持ってきましたが、

しかしどの哲学思想にもヨーガを還元することはできません。ヨーガを哲学というには、あまりにも知的な営みに留まりきらないものです。

ヨーガは身体性を基盤とした超知性的な哲学、あるいは超哲学的な身体知の技法というべきものです。

 

ではヨーガは科学でしょうか? メディカル・ヨーガをはじめ、ヨーガを科学的に捉えようとする試みも少なくありませんが、

しかしどう考えても科学にヨーガを還元することもできません。ヨーガを科学というには、あまりにも因果的な考えに留まりきらないものです。

ヨーガは身体性を基盤とした超因果論的な科学、あるいは超科学的な身体科学というべきものです。 

 

ヨーガは何よりもまず、健康法的な身体技法です。ただし単なる健康法ではなく、

限りなく宗教とつながる超宗教的な身体技法、

限りなく哲学とつながる超哲学的な身体技法、

限りなく科学とつながる超科学的な身体技法ではないでしょうか? 

宗教が成立する以前の、哲学が成立する以前の、科学が成立する以前の健康法的な身体技法が、

宗教の原型、哲学の原型、科学の原型を胚胎するものではないでしょうか?

皆さんはどう思われますか?

 

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オキシトシンと交感神経

2022-09-26 22:43:14 | 身体・こころ・社会

オキシトシンの働きは、ポリヴェーガル理論等だけから知る人にはかなり意外なことかもしれませんが、

オキシトシンはポリヴェーガルでいう腹側迷走神経複合体だけでなく、

むしろその対極ともみられる交感神経系を賦活するのにも不可欠な役割を果たすものです。

現に、視床下部の室傍核で産生された脳内のオキシトシンには、エネルギー消費量を上げ、体温を上昇させ、心拍数を上げる作用もあることが

これまでの研究で知られています。

このたびその作用を引き起こす神経ルートが、名古屋大学の中村和弘教授らの研究グループによって確定されました。

彼らが室傍核から出力するオキシトシン・ニューロンの軸索の行先を丹念に調べたところ、

延髄の縫線核付近、すなわち「吻側延髄縫線核領域」(rostral medullary raphe region:rMR)という部位に伸びており、

軸索の終末から放出されたオキシトシンがこの rMR に作用して交感神経系を活性化し、その交感神経系が褐色脂肪組織の熱産生を駆動するとともに

心拍数を増加させることが、光遺伝学的手法を組み合わせた生理学的な実験によって明らかにされたのでした。

ちなみに褐色脂肪組織とは、脂肪細胞の中でも、白色脂肪細胞と同じく脂肪を蓄えるだけでなく、脂肪を分解して、そのエネルギーを熱に変える役割を持つ細胞で、

食物から摂取した過剰のエネルギーを燃焼させ、肥満を防ぐ機能があります。交感神経線維から放出されたノルアドレナリンが褐色脂肪細胞の受容体に結合すると、

褐色脂肪細胞内のミトコンドリアで熱が作られ、その熱が血流に乗って全身に運ばれるのです。

オキシトシンはさらに、寒冷刺激やストレスなどによる日常的な熱産生をも増強している可能性も示されました。これも言うまでもなく、

交感神経系の働きを媒介するものです。

 

<原著論文>

Fukushima, A., Kataoka, N. & Nakamura, K., 2022  An oxytocinergic neural pathway that stimulates thermogenic and cardiac sympathetic outflow, in  Cell Reports, vol. 40 , no.12 :111380, pp.1-7.

 


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入眠時の半覚醒状態(ヒプナゴジア)と創造性

2022-07-28 17:16:48 | 身体・こころ・社会

入眠時の半覚醒状態、つまり入眠時に覚醒状態から睡眠状態に移行する半覚醒状態のことを、「ヒプナゴジア」(hypnagogia)といいます。これに先立って、19世紀後半のイギリスの文学者にして心霊研究の開拓者でもあったヘンリー・マイヤース(Frederick William Henry Myers)は、起床時に睡眠状態から覚醒状態に移行する半覚醒状態を「ヒプノポンピア」(hypnopompia)と呼んでいましたが[Myers 1903]、実はこの2つは対極のようでいてよく似ているので、「ヒプナゴジア」は広義には、入眠時と起床時の両方の半覚醒状態を指し、「ヒプノポンピア」を含めた意味としても使われるようです。

実際、どちらの場合にも同じような精神現象、たとえば幻覚、明晰思考、明晰夢、金縛り(睡眠麻痺)などが生じるのです。のみならず、少なくとも入眠時の「ヒプナゴジア」が、創造性と識見が働く期間でもある可能性を示唆する報告が、8月号の『日経サイエンス』に掲載されています[Stetka 2022]。

パリ脳研究所のウディエットらの研究によると、浅い眠りに落ち始める「ノンレム睡眠のステージ1(N1)」では、まだ意識が半ば残っており、創造性と識見が働く短い期間となるようなのです:103人の被験者にいくつかの数学の問題を示し、どの問題にも共通の規則性が隠れていて、それに気づけばずっと簡単に解くことができるようにしておくと、「ノンレム睡眠のステージ1(N1)」でまどろんでいる人は、ずっと覚醒していた人よりも3倍近く高くその規則性に気づくことができ、「ノンレム睡眠のステージ2(N2)」の眠りに落ちた人に比べると、6倍近く気づくことができたというのです[Lacaux et als. 2021]。

ちなみに、ウディエットらがこの研究に着手したのは、発明王エジソンが4時間以上眠ることを自らに禁じ、昼寝のうたた寝に創造性の源泉を頼っていたという逸話に触発されてのことだそうです――エジソンは、昼寝時に両手に1個ずつボールを持って眠り、ボールが床に落ちると目が覚めるようにしていたといいます;この方法は、アレキサンダー大王やアインシュタインも使っていた可能性があるらしい;サルバドール・ダリも、ボールでなく鍵を使って同じ方法を用いていたようです;アインシュタインやケクレのように、大発見は夢の中で思いつかれたことがよく伝えられますが、それも夜中に見た夢より入眠時の半覚醒状態での夢が少なくないようです[Stetka 2022]。

ちなみに私はといえば、入眠時でなく専ら起床時の半覚醒状態(ヒプノポンピア)が、たくさんの「ひらめき」を与えてくれる至福の瞬間です。ふとんにくるまれて、ぬくぬくしていると、いきなり目覚ましく「ひらめき」が生じて、まさに文字通り目も覚めていくのです。もっとも、つまらない「ひらめき」ばかりなんですが。。。

 

<文献>

Lacaux, C., Andrillon, T., Bastoul, C., Idir, Y., Fonteix-Galet, A., Arnulf, I. & Oudiette, D., 2021  Sleep onset is a creative sweet spot, in Science Advances, vol.7,issue50, pp.1-9. 

Myers, F., 1903  Human Personality and Its Survival of Bodily Death. London: Longmans.

Stetka, B., 2022  Nap Like a Genius, in Scientific American, vol.326, no. 4, pp.74-77. =編集部訳、2022「天才のようにまどろめ エジソンに学ぶ半覚醒状態のひらめき

 『日経サイエンス』第52巻8号、pp.71-73。

 


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