今日で、東日本大震災から、まる10年になります。
あまり早いようにも感じず、私にとっては遠い日のように思えます。
ただ、被災した皆さんにとっては、時間の経過は全く違って感じられることでしょう。
直後にもブログに書きましたが、当日なんと福島にいました。
磐梯地方に、スキーに行き宿泊していて、帰ろうと準備をしていた時でした。
宿泊していたのは、磐梯山温泉ホテル、昔のアルツ磐梯で、今は星野リゾートが運営を委託されています。
地盤が固かったためか、大きい地震であることはわかっても、大震災レベルとは思わず、
バスも普通に出たため、郡山駅まで行きました。
途中の建物や道路の状態を見て、これは普通の地震ではないと気付きました。
郡山駅では、新幹線が動くどころか、駅が封鎖されています。
あわてて、駅前のホテルに向かい、泊まろうとしますが、すでに満室になっています。
幸い、バスが、迎い客を待っていたので、乗せてもらいホテルに引き返しました。
戻れなかったら、泊まる場所もない被災者の一人になっていました。
その日の宿泊客は、当然来れないので、ホテルの部屋は空いていました。
そこで、津波のことを知りました。
その後、原発の様子が映し出されて、一気に焦り始めました。
情報操作が行われて、原子炉のメルトダウンが報じられなかったと言われています。
しかし、テレビ画像を見れば明らかで、このままだと少なくとも福島県一帯は、
致死的な放射能に覆われることは確実でした。
あわてて、関東に脱出する方法を模索しました。
なんと動いている鉄道路線がありました。
会津鉄道で、東武線につながると関東まで戻れます。
では、翌日これに行けるところまで行こうと決めました。
準備をしていたら、ホテル側で新潟駅までのバスを出すと言ってきました。
こちらのほうが確実です。
新潟まで乗って、新幹線で帰ることができました。
メルトダウンしながら、日本が壊滅的な放射能被害を受けなかったのは、
「神風」が吹いたためです。
これも、誰も指摘する人はいません。
原発事故については、この後書こうと思います。
あまり早いようにも感じず、私にとっては遠い日のように思えます。
ただ、被災した皆さんにとっては、時間の経過は全く違って感じられることでしょう。
直後にもブログに書きましたが、当日なんと福島にいました。
磐梯地方に、スキーに行き宿泊していて、帰ろうと準備をしていた時でした。
宿泊していたのは、磐梯山温泉ホテル、昔のアルツ磐梯で、今は星野リゾートが運営を委託されています。
地盤が固かったためか、大きい地震であることはわかっても、大震災レベルとは思わず、
バスも普通に出たため、郡山駅まで行きました。
途中の建物や道路の状態を見て、これは普通の地震ではないと気付きました。
郡山駅では、新幹線が動くどころか、駅が封鎖されています。
あわてて、駅前のホテルに向かい、泊まろうとしますが、すでに満室になっています。
幸い、バスが、迎い客を待っていたので、乗せてもらいホテルに引き返しました。
戻れなかったら、泊まる場所もない被災者の一人になっていました。
その日の宿泊客は、当然来れないので、ホテルの部屋は空いていました。
そこで、津波のことを知りました。
その後、原発の様子が映し出されて、一気に焦り始めました。
情報操作が行われて、原子炉のメルトダウンが報じられなかったと言われています。
しかし、テレビ画像を見れば明らかで、このままだと少なくとも福島県一帯は、
致死的な放射能に覆われることは確実でした。
あわてて、関東に脱出する方法を模索しました。
なんと動いている鉄道路線がありました。
会津鉄道で、東武線につながると関東まで戻れます。
では、翌日これに行けるところまで行こうと決めました。
準備をしていたら、ホテル側で新潟駅までのバスを出すと言ってきました。
こちらのほうが確実です。
新潟まで乗って、新幹線で帰ることができました。
メルトダウンしながら、日本が壊滅的な放射能被害を受けなかったのは、
「神風」が吹いたためです。
これも、誰も指摘する人はいません。
原発事故については、この後書こうと思います。