この記事の本文を読んだ時。マジで「はぁ?!」とか呟きそうになった。
【産経】安全神話も“捏造中”…中国新幹線、死亡事故「いまだなし」と報じるメディアの屁理屈
http://www.sankei.com/premium/news/150629/prm1506290003-n1.html
あー。産経は記事タイトルをつけるのがヘタクソだな…。
俺、このタイトルでは正直内容読む気にならなかったのだが。なんとなくたまたま読んでみて、ひっくり返りそうになった。
ちなみに。俺ならこの記事、タイトルはこうつける。
中国メディアは語る「中国新幹線、死亡事故未だなし」「日本の新幹線は死亡事故ゼロ。実は捏造」
頭おかしいのかと思うかもしれないが…。中国が決めた「定義」に照らし合わせるなら、このタイトルは捏造ではないのである。
「中国新幹線の死亡事故未だなし」の方のタネは簡単である。
との事なのだ。まあ誰にでも思いつける詭弁だ。こっちはいい。問題は「日本の新幹線、死亡事故ゼロというのは日本政府の捏造」である。
この文章を成立させるのは、なかなかの難易度だ。
つまり、こう解釈するのである。
「日本の新幹線は、死亡事故ゼロ」→「と、言うことは日本の新幹線以外の高速鉄道は、全部死亡事故を起こした事がある事になる」→「中国新幹線は未だ死亡事故ゼロ。ほらみろ。日本の新幹線は死亡事故ゼロって宣伝文句は捏造だ!」
すごいわー。この三段論法には才能を感じる。こういうの、俺は正直思いつけない。日本人で思いつける人は希少なのではないか。中国人ならではではなかろうか。
以前、某有名中国ウォッチャーが、中国人と飲んでいた時、「南京大虐殺は本当にあったんだぜ」という中国人の論法に思わず納得してしまったのだそうだ。
その時の論法とはこう。
「当時お前ら日本軍の中には朝鮮人も多数いただろう。朝鮮人が弱者を面白半分に殺したり、レイプしまくったりまったくしないと思うか?南京大虐殺はあったんだよ。ただしやったのは朝鮮人だ」
俺は、この論法には承服しかねる。これに同意すると、ドイツの所業を軽蔑できなくなる。俺は、全ての責任をナチスに押し付け、自分達も被害者であるとしたドイツ人の考えを軽蔑している。また、全ての責任を日本軍に押し付け、自分達現代日本人は当時の日本人を糾弾すべきだと唱える日本のサヨクも軽蔑している。
俺はこんな方便に納得はしない。南京大虐殺はなかった。あったのは純粋な戦闘行為と、当時であれば珍しくもない犯罪行為のみである。
しかし、俺はこんな時、中国人を「恐ろしい」と思うのである。この方便は、一部日本人にとって、どれほど魅力的に映るだろう。
同時に、個々人で中国人と分かり合える事があるのは無論だが、国同士で分かり合える時が来る事は、未来永劫、ないのではないかと思うのだ。
というか、中国と日本が分かり合える未来というものが、どうしても俺の好みの未来だとは思えないのである。

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【産経】安全神話も“捏造中”…中国新幹線、死亡事故「いまだなし」と報じるメディアの屁理屈
http://www.sankei.com/premium/news/150629/prm1506290003-n1.html
あー。産経は記事タイトルをつけるのがヘタクソだな…。
俺、このタイトルでは正直内容読む気にならなかったのだが。なんとなくたまたま読んでみて、ひっくり返りそうになった。
ちなみに。俺ならこの記事、タイトルはこうつける。
中国メディアは語る「中国新幹線、死亡事故未だなし」「日本の新幹線は死亡事故ゼロ。実は捏造」
頭おかしいのかと思うかもしれないが…。中国が決めた「定義」に照らし合わせるなら、このタイトルは捏造ではないのである。
「中国新幹線の死亡事故未だなし」の方のタネは簡単である。
中国における「高速鉄道」の定義は、「時速250キロメートル以上で走行する鉄道」だと主張。温州市で11年に起きた事故は、高速鉄道の定義を満たしていない「特別快速列車」による事故だったと論じている。
との事なのだ。まあ誰にでも思いつける詭弁だ。こっちはいい。問題は「日本の新幹線、死亡事故ゼロというのは日本政府の捏造」である。
この文章を成立させるのは、なかなかの難易度だ。
つまり、こう解釈するのである。
「日本の新幹線は、死亡事故ゼロ」→「と、言うことは日本の新幹線以外の高速鉄道は、全部死亡事故を起こした事がある事になる」→「中国新幹線は未だ死亡事故ゼロ。ほらみろ。日本の新幹線は死亡事故ゼロって宣伝文句は捏造だ!」
すごいわー。この三段論法には才能を感じる。こういうの、俺は正直思いつけない。日本人で思いつける人は希少なのではないか。中国人ならではではなかろうか。
以前、某有名中国ウォッチャーが、中国人と飲んでいた時、「南京大虐殺は本当にあったんだぜ」という中国人の論法に思わず納得してしまったのだそうだ。
その時の論法とはこう。
「当時お前ら日本軍の中には朝鮮人も多数いただろう。朝鮮人が弱者を面白半分に殺したり、レイプしまくったりまったくしないと思うか?南京大虐殺はあったんだよ。ただしやったのは朝鮮人だ」
俺は、この論法には承服しかねる。これに同意すると、ドイツの所業を軽蔑できなくなる。俺は、全ての責任をナチスに押し付け、自分達も被害者であるとしたドイツ人の考えを軽蔑している。また、全ての責任を日本軍に押し付け、自分達現代日本人は当時の日本人を糾弾すべきだと唱える日本のサヨクも軽蔑している。
俺はこんな方便に納得はしない。南京大虐殺はなかった。あったのは純粋な戦闘行為と、当時であれば珍しくもない犯罪行為のみである。
しかし、俺はこんな時、中国人を「恐ろしい」と思うのである。この方便は、一部日本人にとって、どれほど魅力的に映るだろう。
同時に、個々人で中国人と分かり合える事があるのは無論だが、国同士で分かり合える時が来る事は、未来永劫、ないのではないかと思うのだ。
というか、中国と日本が分かり合える未来というものが、どうしても俺の好みの未来だとは思えないのである。

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