ジョニーの子守唄 #2

~カメラとバイクと、ときどきオトン~

1月17日

2007年01月17日 | 雑記
今年で震災から12年。
15日が成人の日で日曜日、16日が振替休日。17日は火曜日。
16日は高校時代の友人の結婚式で帰宅したのが遅かったのをよく覚えてる。
17日の早朝、すごい地鳴りがしたと思ったらその後ドーンという爆発音に似た音。すぐにすごい揺れ(言葉では表現出来ない)を感じ、その時点では何が起こったのか理解できなかった。
それがおさまると、ベッドが斜めになってた(ベットが動いたのではなく、家が潰れて斜めに)。14日の土曜日の夜にバレーボールをしてたんで、ベッドの横にシューズがおきっぱなしだったのが幸い。とりあえずシューズをはいて隣の家の屋根をつたって降りていった。まだあたりは薄暗かったんだけど、明るくなるにつれて被害が尋常じゃないことに気付いた。
とにかく埋まってた家族を助けて(自宅は全壊だったけど、家族が無事だったのが不幸中の幸い)その場を非難したっけ。

上記の画像は私の自宅です。

震災の2日か3日後に食料品と飲料水の買出しに伊丹まで行ったんだけど、神戸から少し離れると普通の生活してるんですよね。距離にして30キロ程度なのにね。当たり前だけど、蛇口をひねると水が出て、スイッチを入れると電気がついたりね。それがすっごい腹立たしかった…。

当時は携帯電話も普及してなかったし(もちろん私も持ってなかった)、家がないんで連絡のしようがない。友人が会いに来てくれて、「誰々とは連絡ついた」「誰々とはまだ連絡ついてない」こんな感じでした。私もおそらくそう言われてたんだろう。

震災当時の事を記述するにはとてもこのページだけでは語りつくせない。それほど凄まじい体験だったと思う。今でこそこうやって写真を載せたりしてるけど、当時は生活するのに必死だった。沢山の人に助けられて今があるんだろうね。

地震のことは思い出したくないけど、風化させたくないって人がほとんどじゃないのかな?私もその一人です。外見の復興は終わったように見えるけど、心の復興は永遠に終わらないんだと思う。辛い事だけど一生向き合っていかないとね。

(写真を撮る余裕があるってことはおそらく震災後2週間は経ってるんだと思う。)




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