かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

はるのの湯〜阿波パーキングエリア〜明石大橋

2019-05-19 22:21:12 | ブログ記事
泊まったホテルのある場所は、現在は高知市内になっていますが、昔は吾川郡春野町と呼ばれていた場所なので、今も周囲には田園風景が残っています。
せっかくの温泉付きホテルなので、今朝も朝食の前に温泉に入りました。

朝食です。
ご飯の準備をしないで食べられるのは主婦の身には天国です。ご馳走様でした。

その後、ホテルを出て、
今回は私の実家方のお墓まで行く時間がないので、
高知市内の実家に寄って仏壇の母を拝んでから、
母の実家へも行き、仏壇の祖父母を拝みました。

義理叔母も今年90歳になるとかで、見た目もずいぶん歳とっていました。

もうあと何回会えるだろうと思うと名残惜しかったです。

母の実家を後にして、帰途に就きましたが、
途中の道の駅で、お土産用に土佐小夏を5箱買いました。

高速道路を走っているとき、
運転を一人でしてくれている夫が阿波パーキングエリアで休憩したいというので、
私は車から降りて周辺を散策しました。

すると、パーキングエリアの一角で「阿波の土柱」という看板を見つけました。
土柱というものを私は知らなかったのですが、
世界に三か所しかないずいぶん珍しいものらしいです。

このパーキングエリアから10分で行けると書かれてあったから、
行って見ることにしました。

この写真の土色をした部分↓が土柱です。
もっと歩けば、もっと見られたと思ったけれど、
時間がないから、これだけ見て引き返しました。

その後、もう一度、明石大橋の手前のパーキングエリアで夫の運転休憩をしましたが、

明石大橋は、私達は、いつも通っているから珍しくないですが、
関西以外の人は案外珍しいかもと撮影してアップすることにしました。

明石側の景色の大まかな地名の説明があったから撮影しておきました。

こちらは明石大橋の説明ですが、写真ではよく見えないですね。

明石大橋を渡ってから、そのまま大阪の夫の従姉の家に直行して小夏を一箱届けてから、
義妹(夫の妹)の家にも行きましたが、いなかったので、玄関に一箱おいてきました。

あとの3箱はどういうふうに分けようかな。

今日は疲れたから、また明日考えることにします。

はるのの湯

2019-05-18 18:53:30 | ブログ記事
今日の午後は草ぼうぼうのお墓の草引きのあと、

夫の亡従兄の家を訪問して、
私より一歳年上の奥さんに夫方の親戚の近況をたくさん聞くことができました。

彼女は中高の同窓生なので、気が合うのです。

その後、高知市の郊外、春野町へ。

今夜は温泉のある「はるのの湯(関心ある人はクリックしてください↓)
」に泊まります。


さっき温泉に入ってきましたが、新しい広い露天風呂で、お墓参りの疲れが癒やされました。

今から夕食です。


ご馳走様、カツオたたきや土佐牛のローストがおいしかったです。

今夜泊まるのは、

バンガロー風の木の香の気持ちよい部屋です。

          *
☆吾川郡春野町には亡き兄の友もわたしの友も多くをりたり

☆高知市に編入されても田園ふう景色の残るこの春野町

☆もともとは温泉施設のみなりしはるのの湯とふホテルに泊まる

☆春野町競馬で人気ハルウララ負け続けるが人気の秘密

☆怖がりの高知競馬のハルウララ小(ち)さき音にも飛び上がりたり

☆怖がりの癖に威張るが特徴の高知競馬のハルウララ君

徳島県吉野川の美濃田の淵

2019-05-18 10:41:10 | ブログ記事
高知にお墓参りに帰っています。

いま吉野川サービスエリアです。

夫が車の中で仮眠すると言うので、私は車から降りて辺りを散策しています。

いつもはトイレを利用させてもらうだけですが、こんな景色のいいところにあったのですね。

降りて吉野川に近づきたいですが、今日はお墓参りの予定があるから、また今度。



夫も、そろそろ起きたかもしれないから、車に戻ります。

心愛ちゃん事件のニュースはあまりにも痛ましくて見ていられない

2019-05-17 22:17:27 | ブログ記事

どうしてこういう事件が起こったのでしょうね。

41歳の父親はどんな育ち方をしたのでしょう。

ネットの噂によると、心愛ちゃんはこの父親の子でなかったというのがありましたが、

それなら、なぜ引き離さなかったのでしょうか。

もっと行政が介入する必要があるのではないでしょうか。

もっと血の通った行政であってほしいと思います。

それにしても、この父親が実親だとすれば、

どういう育ち方をしたのかが一番気になります。

こういう虐待は世代間で連鎖すると思います。

実親子ではありませんが、

私も結婚後、義母に理不尽な嫁いびりをされましたが、

その鬱憤を自分の最愛の娘に向けたことがありました。

第一子である娘が可愛くてたまらないのに、

心とは裏腹に叱ったりして、あとで後悔するのが常でした。

我ながら、どうしてこんなふうになるのだろうと思っていましたが、

イジメは親子間でも連鎖するのですね。

そのことを考えると、

この心愛ちゃんの父親も不幸な育ち方をしたのではないかと気になります。

もしこの父親が虐待を受けて育ったのなら世代間連鎖です。

その父親を育てた親も虐待を受けて育った人かもしれません。

私は心愛ちゃんの祖父母の年代です。

この事件がニュースで流されるたびに、いろいろ考えさせられています。

日本中の人たちが、辛い気持ちで、このニュースを見ていると思います。

二度とこういう事件はあってはいけません。

 

*

☆深く知るほどに深まる心愛ちやんに対する慙愧われらなべての

☆いかやうな育ち方せし父親かその父親の親を思へり

☆心愛ちやんのニュース見るたび謝りてゐるはわれのみにはあらざらむ


上級国民であられる方を特別扱いするのはよくないけれども

2019-05-17 20:03:58 | ブログ記事
かと言って、
ネットで人々に叩かれるのも拝見していて痛々しく思えます。

いま言えることは、87歳にもなっていたのに、運転してはいけなかったのでしょう。

が、昨日できていたから、今日もできるだろうとは、誰でも思うものです。

人は、他人のことは客観的に見られるけれども、自分のことはわからないものです。

この方が事故を起こされた翌日事故を起こしたバスの運転手の方は
即逮捕でした。

その後、大津市で右折しようとした52歳の女性も即逮捕でした。

それらから比べると、この87歳の方が逮捕されないのは不公平です。

たしかに不公平ですが、
しかし、だからと言って、ネット民が叩きまくるのはどうでしょう。

犯した罪は法律で罰せられるのですから、
私達は黙って見守るだけで十分ではないでしょうか。

インターネットの時代になり、
誰でも自分の意見が言えるようになったことはよいことですが、
しかし、
罪を犯した人達に対して、昔より過酷な状態になっているのではないでしょうか。

こういう寓話がありますね。

姦淫した女性を殺そうと、大衆が石を投げているとき、
イエスキリストが、
「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」
と言うと、
石を投げる人はいなくなった。

最近の、偶発的に罪を犯してしまった人を叩くネットの人た
このイエスキリストの言葉を思い出していただきたいと思う。

*

☆人轢ひてしまひし人も昨日まであなたと同じ罪なき人で

☆まだ人を轢ひてはをらぬ人あすも轢かぬと言へぬ此の世の定め

☆八十を七つ超えるもすぐならむ七十歳も早かりしかば

☆ああ歳はとりたくないと思へども特急のごと歳は近づく

非公開希望のコメントについて

2019-05-17 01:59:11 | ブログ記事

先日の「コメントについて追記」の記事にも書きましたが、

非公開希望のコメントは、できるだけそのご希望に添うようしたいと思っていましたが、

しかしお返事の必要なコメントにつきましては、

非公開を希望されていましても、原則公開させていただくようにいたします。

もちろん、お申し出があって、

さらに、このblogの管理人である私が非公開にしたほうがいいと判断した場合は

非公開にさせていただきますが、

お返事の必要なコメントにつきましては、

非公開にいたしますと、

その都度、わざわざそのためだけに新たな記事を書かなければならなくなりますので、

そうさせていただくことにしました。

それと、そういうお申し出が増えると、

blog運営が煩瑣になりますことと、

このblogが私のblogでありながら、

他の方に操作されているかのような感も覚えますので・・・。

そういうこのblog管理人の性向もご理解いただきたく存じます。

そうさせていただいたほうが、他の方々に対しても公平とも存じますので・・・。

シークレットさんも、よろしくご理解くださいますようお願い申し上げます。

びこ拝


一昨年の今日は村形さんと母と私の三人で高知の得月楼に

2019-05-16 20:27:07 | ブログ記事
gooblogが知らせてきてくれるから、
一昨年の今日は、すでに故人になってしまった村形明子さんと私の母と私の三人で、高知市の得月楼で一緒に昼食をともにしたことがわかる。
自分の備忘のために、そのことを今日の記事にしておいて、
来年の今日、また思い出せるようにしておく。
 
昨年の今日はまだ生きていた母と村形さん

今日は神戸から帰宅して、買ってきたケーキを食べてコーヒーを飲んでから睡魔に襲われて先ほどまで爆睡していた。いま目覚めてパソコンを開くと、gooブログが知らせてきてくれる昨年......
 

そして、昨年の今日は、

6月にイギリスに行くために

神戸のパスポートセンターにパスポートの更新に行っていたことがわかる。

これも昨年の記事を貼りつけておいて、来年思い出せるようにしておく。

神戸パスポートセンターに来ています

 

こうして今年が去年になり、来年が今年になり、

年年歳歳、私は年を取っていく。

*

☆会ひたきと思ふ人らは彼の世へと逝きて今年も此の世にわたし

☆イギリスも行きて行きたき海外は今はなくなり彼の世ちかづく

☆十年(ととせ)用パスポートとり外国(とつくに)に八十歳(やとせ)まで行くわれにあらずや

☆八十歳(やとせ)まで生きてゐるやら八十歳(やとせ)には死んでいるやら知らずにわれは

☆死ぬことは母に会ふこと死ぬことは村形明子さんに会ふこと

☆彼の世には会ひたき人が溢るればわれには悪くなき彼の世逝き

☆怒鳴られて生きるは嫌と思ふとき彼の世に逝きし人らを思ふ


推敲について

2019-05-16 15:57:37 | ブログ記事
これも非公開希望さんのコメントに対する反応になるかもしれません。

私は基本的に、
文章でも短歌でも推敲をしません。

推敲するのが面倒なのと、
推敲すると、だんだん初めに思っていたことから離れていくことがあるからです。

が、明らかにタイピングミスとか、助詞とかが間違っているときは直します。

それは、読まれた方に私の書いたものが意味不明にならないようにと思ってのことです。

そういうやり方ですので、たいがい記事を書いたらすぐにアップします。

よいことか悪いことかわかりませんが、私の性分なのでしょう。

短歌も、たいがい即詠ですので、
どこかに歌を出すときも、すぐに出来上がります。

これもよいことか悪いことかわかりませんが、
おそらく悪いことなのでしょう。

選者の先生方は、推敲ということをやかましく言われます。

が、私は推敲する力がないこともありますが、
歌というのは、つぶやきだと思っているから、
推敲すると違うものになるような気がするのです。

その意味では、今朝書いた記事の和泉式部などは理想的ですね。

彼女は、日常的に話す会話が和歌になっていたと言われていますから。

そこまでいけば神業ですね。

そういうふうに口から出まかせのように詠う歌が秀歌、あるいは名歌になるというのは彼女が天才だった証しだと思います。

彼女の歌は内容が優れているだけでなく、韻律も優れています。

詠い馴れているから、出まかせに詠っても、自然に韻律も整うのかもしれません。

私は、歌人というものは、ここまでにならないと本物でないような気がしています。

推敲の話から、また短歌の話になりましたが、日ごろ考えていることを書きました。



ご質問をいただきましたので、お応えします

2019-05-16 13:16:28 | ブログ記事
イギリスで夫に殴られたのは、
ヒースロー空港で置き引きに遭う前でした。

私の夫のよいところは、
置き引きに遭うような大きな事件でも、
そのために怒るというようなことはしません。

置き引きに遭った荷物の中には、
夫が旅行中もずっと取り掛かっていた仕事のパソコンも入っていました。

が、夫は、
荷物番をしていた私を一切責めませんでした。

そういうところは、夫は偉いと思います。

が、置き引きに遭ってしまったのは、
夫がお土産を買うのに手間取ったことが遠因でした。

添乗員さんが、
ツアー仲間の人たちは既に搭乗口に並んでいると荷物番をしていた私に告げに来て、
空港の待合室で連日の疲れから、うとうとしていた私が、急に立ち上がって夫を探しに行った、その間隙に置き引きされてしまったのでした。

たぶん置き引きのプロ集団が、乗客の隙を見逃さなかったのでしょうね。

皆様も、外国に旅行されるときには、くれぐれも、お気を付けください。

外国は、日本ほど治安がよくないですから。

ウエールズのホテルで夫に殴られた原因も聞かれましたが、
この原因は、
当日、シェークスピアの生地を観光したのでしたが、
その街をたくさん歩いたから、
疲れやすい私が、夫に、私に合わせてほしいと頼んだことからでした。

夫は健康ですから、いくらでも歩けます。

が、私は心臓弁膜症でしたので、手術を受けたと言っても人並みには歩けません。
それを理解してほしいと頼んだのでした。

が、夫は、せっかく外国に来ているのに、私に合わすのは嫌だと言うのです。

見たいところを目いっぱい見たいと。

その気持ちはわかるのですが、
私も見知らぬ外国で、一人だけにされたら不安です。

そんなこんなで喧嘩になり、
挙句の果てに、
その前の年に、夫が、私が食事の準備をしたにも関わらず、急に家を飛び出して、
シニアカレッジで知り合った女性と二人きりで映画を見に行ったことなどをなじったから、
怒った夫が私を殴ったのでした。

夫は、私が言い止めなかったから仕方なかったというのですが、
殴るのは卑怯だと思います。

確かに殴られたら、それ以上は言えなくなりますが、
それは納得したからではないからです。

むしろ私の怒りは強まります。

その怒りを我慢すると、私は鬱になるのです。

そこのところが、夫にはわからないようです。

一方的に妻の私が悪いと思うようですが、妻も奴隷ではありません。

自分の考えも意見も持っています。

とにかく夫は、
何でも俺に従えの人ですから、妻の私が何か言うのが我慢ならないのでしょう。

昔気質といえば、そうかもしれませんが・・・。

これで、非公開希望のコメンターさんのご質問の答えになりましたでしょうか?


エロスは知性である

2019-05-16 11:46:24 | ブログ記事
逆説めいているが、
究極のところ、エロスは知性だと思う。

数日前に書いた大正時代の毒女、伊藤野枝も、現代の鬼女、木嶋佳苗も
共通するところは、その知性だと思う。

美人は三日見たら見飽きると言われるが、
知性は飽きられることがない。

伊藤野枝は男性的な文章を書いたと言われている。

一読した段階では、書き手は男性だと思われるような力強い文章を書いたという。

木嶋佳苗のほうは、文才のことは聞き及んでいないが、
達筆だということを聞けば、文章も巧みなのではあるまいか。

だからこそ、新聞社のデスクの男性も落とされてしまったのであろう。

伊藤野枝も、最初飛び込んだ思想家、辻潤に翻訳の仕方を学んだと言われているが、
たぶん、そのとき、文章の書き方も学んだのであろう。

ただ性的な魅力だけでは、辻潤とか大杉栄のような、インテリの大物を落とすことはできない。

男を惹きつけようと思えば、技が必要なのである。

以前も書いたが、
中国で傾城の美女と言われて漢詩などにも歌われた楊貴妃も、
実は、それほどの美女でもなく、
彼女の魅力は、楽器が奏でられて、踊りがうまかったことだと言われている。

楊貴妃の時代は、女性が文章を書くということは、あまりなかったかもしれない。

文章を書く代わりに、楊貴妃は楽器、踊りに秀でていたのである。

一方、日本の平安時代のモテ女として有名なのは和泉式部である。

和泉式部は和歌の妙手であり、その日常の会話も和歌でなされていたほどであった。

平安時代は和歌が男女とも必須の教養であった。

その和歌に秀でていれば、異性の心を虜にすることができたのである。

和泉式部は、天皇の息子である親王二人から求婚されている。

為尊親王と敦道親王が、その人たちであった。

敦道親王は為尊親王の弟君であられる。

為尊親王が亡くなってから、その弟君に求婚されたのである。

それだけでも、どれだけのモテ女であったかがわかると思う。

和泉式部の残した歌に、こんな歌がある。

☆物思へば沢の螢もわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る

歌意は、

「(思いつめて)ものを思っていると、
沢を飛び交っている蛍でさえも、私の身体から出た魂のように見えることだよ」

いま、私達が読んでも素晴らしい歌ですね。

この才気に、当時の貴族の子息たちも夢中になってしまったのでしょうね。

ああ、私も、今からでも、こういう歌が詠えるような歌人になりたい。


いま非公開希望のコメントが入りました。

その方は、「文章を書くのに時間がかかる」とお書きです。

文章は馴れです。

書き続けていれば、だんだん早く書けるようになります。

そのためには、毎日blogの記事を書くことは特効薬になるかもです。

書かれた文章に、基本的に上手い、下手はありません。

あるのは個性です。

ですから、
書くことを恐れないで、どんどん書けば、その人らしい文章が書けるようになると思います。

最初は、人の真似でも、書いているうちに、その人らしさが出てくるのが文章です。

コメントくださった方も、どうぞ文章を書くことに馴れてください。

そして、公開希望のコメントをくださいませ。

お待ちしています。




何かとてもしんどい

2019-05-15 18:37:06 | ブログ記事

昨日は、夫が昼前から仕事に出かけて夜遅く帰ってきた。

昼食も夕食もいらないと言って出かけたが、

もし夕食を食べないで帰ってきたときのために、ご飯は炊いておいた。

いらないと言って出かけても、帰宅してから家で食べることがよくあるから。

が、昨日は本当に要らなかったみたいだった。

私は、先日怒鳴られてから心身ともに参っている。

それと、一昨年、私を裏切って他の女性とデートしていたことがあるから、

夕食がいらないと言われたら、ひょっとしたら、また?と思ってしまう。

もともと夫は、そんなに遊ぶタイプではないし、なかった。

が、年取ってから、若いころに遊ばなかったことを挽回したいとは思っている様子だ。

それと、私の短歌の友人でよくあちこちの女性に声をかける男性がいて、

私にも声をかけてきたりした。

その男性は、夫と同年なので、それを見ていた夫は、ずいぶん刺激を受けたようだ。

「そうか、同い年でも、そんなふうに遊んでいる人もいるのか」と。

それで、最近は、機会があれば、よその女性とお茶など飲みたいと思っている様子。

それが見え見えだから、私にしては面白くない。

私の亡くなった叔母は、いつも言っていた。

「夫婦というものは、年取ってこそ」と。

それは、夫婦は若いころより、年取ってからのほうがお互いに有難みが増すと。

私も、それに同意する。

若いころなら、一人で処理できたことでも、

年取ってきたら、一人では対応しにくいことが増えてくる。

家の片付けなどもそうだ。

次男のお嫁さんのお母さんなどは、

男こそ家の片付けなどをしないといけないという持論だ。

実際、次男のお嫁さんの家は、ものすごく綺麗にしていられる。

お嫁さんが学校時代はお弁当もお父さんが作られていたというから、

どれだけ家庭的だったかと思う。

娘婿の家でも、

お父さんが養子さんと言うこともあって、

実に家庭的だ。

お母さんは家付き娘だったわけだが、

お母さんの親戚の人たちも感心するくらい、

娘婿のお父さんは、若いころから家庭的だったという。

それから比べると、

私の父も、夫の父親も、土佐の男の面目躍如?で、

まったく家事などしなかった。

そんな双方の父親と比べると、私の夫はしてくれるほうだが、

娘婿のお父さんとか次男のお嫁さんのお父さんと比べると雲泥の差だ。

見ていて羨ましいが、

しかし羨ましがっても仕方ない。

私は、私に与えられた環境で、私のできるだけのことをするしかない。

私も欠点だらけの人間だから。

が、ただ怒鳴ることだけはやめてほしい。

夫は、自分では自覚していないようだが、

怒ると大きな声で怒鳴る。

怒鳴っているときに何か言えば殴られることもある。

昨年イギリスに行ったときもホテルで殴られた。

私の眼鏡がぶっとんだのだから、かなりの勢いで殴られたことになる。

幸い私に怪我はなかったが・・・。

夫のこういう短気なところは義母に似ていると思う。

義母も、若いころは怒ると手が付けられなかった。

義父が優しい人だったから、夫婦喧嘩になることは、あまりなかったが。

その代わり、義父は、私が義母に理不尽なことで叱られているときなども

見て見ぬふりをしていた。

うっかり意見を言えば、火に油を注ぐような状態になるからだった。

そのころの義母は、夜は赤ん坊を寝かしつけてから、

映画に行ったり、ダンスを習いに行ったり、したい放題だったとは

夫の伯母さん(義父のお姉さん)が教えてくれた話だ。

義父と義母は8歳違いだったが、

若くて美人で頭のよかった義母に、義父は頭が上がらなかったらしい。

私は義母のような美人でもないし、頭もよくないから、

あんなふうに好きなように生きることはできない。

その代わり、あそこまで人を傷つけることもしないとは思っているが・・・。

こうして書いているうちに、少し鬱が晴れてきた。

難聴で人ともあまり話をしない私には書くことしか助かる道はない。


若いころに我慢がならなかったのは

2019-05-15 12:24:57 | ブログ記事
義母が姑風を吹かすことであった。

毎週一度は来るのだが、
そのたびに、いろいろ難癖をつけて帰る。

それだけならまだしも、
私が年に一度か二度、帰省するというと、
血相を変えて飛んできて、
私が泣き出すまで嫌味を言った。

時には何時間も言い続けたこともあった。

後年、姑が、かつての怖さがなくなったころに、そのことを言ってみると、
姑は涙を流して謝ってくれた。

あのころ、すでに実家の無くなっていた姑は、
嫁の私が帰省することが妬ましくてたまらなかったそう。

私をいじめたころの姑は、まだ50代だった。

しかし、50代になっていたら、ふつう、嫁に嫉妬したりしないだろう。

夫に聞けば、姑は、夫たちが小さいころはしょっちゅう里帰りをしていたらしい。

なら、なぜ嫁が年に一度か二度里帰りをすることをあれほど邪魔しないといけなかったのだろう。

姑は、自分が里帰りしたら、どれだけその実家で大事にされたかを言っていた。

それで、嫁の私も、そんないい思いをしていたと嫉妬したのだろうが、
私の場合は、里帰りしても、仕事をもっている母に、
そこまで大事にされることはなかった。

人は自分の場合を物差しにして、人のことを取り沙汰するが、
それは、しばしば異なっていることもしらなければならない。

その前に、もらった嫁にそこまで嫉妬することはしてはならない。

まあ年老いてからは、私に頼り切りになってくれた姑だったから、
今では恨んでいないけれども、若いころは本当に嫌な思いをさせられた。

夫の歳の離れた義弟の奥さんには、私の十分の一も嫌味を言わないで、
むしろ気を使っていたのに・・・。

長男の嫁というものは昔から損な役回りだと思う。

夫とは口もききたくない

2019-05-15 12:07:58 | ブログ記事
数日前の昼食時のことがまだ尾を引いている。

私が夫に、夫の好物である「ホウレンソウのバター炒めをしましょうか?」と聞いたことに対して、
夫が「肉を食わせろ」と怒鳴ったことが、私にはいまだに許せないのである。

夫の虫の居所が悪かったのかもしれないが、
夫のことを気遣って聞いている妻に怒鳴ることはないだろう。

私は怒鳴られてからずっと体調が悪い。

怒鳴られた直後は、こらえた怒りのために、ひどい耳鳴りがしたほどだった。

夫が怒鳴っている時に言い返したりしたら殴られるのがオチだ。

それで黙るが、胸の中では怒りで煮えたぎっていた。

きっとそれが耳鳴りになっていたのだ。

耳鳴りは、何とか収まったが、熟睡はできていない。

思い出したら怒りが蘇ってきて目が冴えてしまうのだ。

唯一、私が気持ちを発散できるのが、blog書きである。

書いているときは嫌なことを忘れられる。

書くことに頭も身体も集中させるからだ。

そんなときは、blogやっていてよかったと思う。

blogを始めるまでは短歌がそれであったが、
短歌は作って出しても、
選者と呼ばれる人が勝手に人の歌の取捨選択をするから理不尽に思える。

この際、私の歌が下手だという意見は却下。(笑)

選者は神様ではない。

なのに、なぜ人の歌を捨てたりするのだ。

選者だって、自分の作った歌を人に捨てられたら嫌だろう。

歌は一首だけでは歌意の通らないことが多いから、勢い連作で出す。

なのに、連作の一番大事な歌を捨てられたら、ほかの歌がチンプンカンプンになる。

こういうblogに歌を添えるのは、
あらかじめ文章で状況を説明してあるから、歌意は読み取ってもらいやすい。

が、歌のみ何首か並べて出す場合は、どうしても説明の歌が必要になる。

その歌を捨ててしまわれたら、読んだ人は「なんのこっちゃ?」と思うのは当然だ。

選者くらいクラスになれば、
歌を発表するとき、すべて出してもらえるから、こんな理不尽な思いはすることがない。

だいたい、選者になる人は、若いころから歌をやっていたという人が多い。

または親が選者か。

ここらあたりは、世の二世タレントと同じである。

私などのように、中年を過ぎてから始めた者は、この理不尽をもろに受ける。

たいして人生経験もない選者に、こちらの喜怒哀楽がわかるはずもない。

それなのに、いったん選者という地位に納まると、お互いの褒め合いに終始する。

たいした歌でなくても、さも秀歌のように誉めそやすのである。

そうしておいて、次は自分の歌を褒めてもらうのである。

まあ言ってみれば、選者同士で馴れ合っているのである。

と、blogを利用して、こちらもぼやいておくことにしよう。

私にとって、blogは
日記であり、不満吐き出し口であり、また自慢話を人に聞かせる場であるかもしれない。

われながら呆れるけれども、それでも読みに来てくださる奇特な方々には
いくら感謝してもしきれない。

貴賤は紙一重

2019-05-15 03:35:50 | ブログ記事
ふと、そんな言葉が頭に浮かびました。

現在、私達が天皇陛下を崇めるのは、
陛下が、ご自分やご自分のご家族を顧みることより、
われわれ国民の安寧を祈ってくださるというそのお立場に対してです。

が、それがなおざりにされてまいりますと、
私ども国民は天皇陛下を崇める理由がなくなります。

皇族というのは、大変なお立場であられるからこそ、
われわれは、その大変さに尊敬の念を抱くわけです。

が、これが、国民の安寧の祈ることを忘れて、
ご自分の家族本位の生活をなさっていられると知れば、
国民は誰も天皇陛下を仰いだりはいたしません。

万世一系と言われて崇められている天皇陛下も、
国民からの尊崇がなくなれば、ただの人です。

そこのところは、お忘れにならないでいただきたく存じます。

皇后陛下も、その他の皇族の皆さま方も・・・。

一方、日本には、近年まで、被差別という謂れのない差別を受ける人達もいました。

この人たちは、別にわれわれと何の変わりもないのに、
時の為政者の都合で作られた被差別民であったと言われています。

極論すれば、皇室の方々と、これら被差別の人達は、何ら違いはないわけです。

ただ、近年の被差別の人たちのよからぬところは、
過去、こうして差別されてきたことを、
今度は逆手にとって、その権利を悪主張しすぎることです。

そのため、その他の国民より何かにつけ、逆に不当な利益を得ています。

俗に言われる「逆差別」です。

これは褒められたことではありません。

過剰な要求をすることは下品なことですから。

それで、そうでない人たちに嫌がられることも多くなってきます。

被差別の人たちと皇室の方々を並べて論じるのは適切でないかもしれませんが、
同じ人間として考えさせていただければ、
皇室の方々も、われわれ庶民からすれば、過剰の恩恵を受けていられます。

が、これは、皇族の皆さまが、国民のことを考えてくださり、
公務という名のお仕事をしてくださることへの感謝の気持ちの表れです。

が、この公務というお仕事を怠けたり、
または、皇族にはあるまじき下品な行いをなされましたら、
それには皇族の皆さまの生活をお支えしている国民からの不満が出てまいります。

たとえば、私は自身が短歌と言う趣味を持っておりますから、
毎年の歌会始を楽しみにさせていただいております。

天皇陛下の御製も楽しみにさせていただいていますが、
それ以上に、
皇后陛下の御歌は、同じ女性として、より楽しみにさせていただくことが
多おございます。

美智子上皇后は、毎年すばらしい御歌を歌会始で見せてくださっていました。

御製、御歌の和歌をお聞かせいただくことと並行して、
皇族方のお姿を拝見するのも、国民の年初の楽しみでございます。

が、残念なことに、このたび皇后になられた雅子皇后は、
ずっと、この歌会始はご欠席であられました。

ご病気ということで、われわれ国民も諦めておりましたが、
今回の改元にあたっての諸行事にはつつがなくお出ましで、
それでは今までのご欠席は何であられたかという疑問も出てまいります。

ご病気がよくなられたという見方もあるかもしれませんが、
それなら、来年の歌会始はぜひお出ましいただきたいと、
これは国民からのお願いでございます。

こういう日本の伝統行事にお出ましになられることも、
ご皇族の大切なお仕事と存じますので。

タイトルにしました「貴賤は紙一重」は、
こういう公務をなさらない、あるいは、できないご皇族は、
われわれ国民が仰ぐことができにくいということを申し上げたく
タイトルにいたしました。

まこと、人の貴賤というものは、危ういのだと存じます。

つきましては、われわれ国民の皇室の弥栄を願う気持ちに、
皇族の方々もお応えくださいますようにお願いする次第でございます。

天皇陛下は特別なご存在

2019-05-14 18:45:53 | ブログ記事
であられますから、
国民から尊敬され、特別な待遇が保証されていられるわけです。

皇族の方々も、これに準じると思います。

だから、国民は国税を差し出して、その生活を支えさせていただいているのです。

逆に言わせていただければ、
特別なご存在であられるから、
世間一般の私達のような自由はないということになると思います。

その代わり、お住まいの確保をはじめ、生活の全てが保証されていられます。

で、自由がないということは、どういうことかと申し上げますと、
一つには政治的な発言権を持てないということでございましょう。

これは立憲君主国として守っていただかなくてはいけない掟のようなものと存じます。

その国の憲法から鑑みますと、
実は、今回の譲位は憲法違反であるようでございます。

もちろんご高齢の陛下に、
これ以上ご公務を続けていただくことは、
国民としても忍び難い面はございました。

が、そのために、摂政という制度がございました。

本来なら、このたびの譲位はなさらずに、
天皇陛下になられた徳仁殿下に摂政をお任せするという選択もおできであったかと。

が、上皇陛下は敢えて生前譲位という選択をなさいました。

多くの国民は、単純に、改元、改元と無邪気に喜んでおりますが、
本当は、それほど喜ぶべきことでもないかもしれません。

改元されまして、
今まで、様々な批判を受けておいでであられた新、天皇陛下、特に皇后陛下には、
そのご実家がらみの疑惑もございました。

ところが、改元というお祭りに、すべて水に流されたごとく覆い隠されてしまいました。

だけならまだしも、
今まで、ご病気の皇后陛下の肩代わりを務めてこられた秋篠宮ご夫妻へのバッシングは
日増し強まっているようでございます。

それに呼応するかのように、
愛子内親王を天皇にという声が強まってきております。

これは、知る人達の間では、
特定の宗教団体の人たちが後押ししていることが判明しております。

現在、愛子内親王を天皇にと高いパーセンテージで支持されているという
まやかしのネットニュースが流されておりますが、
われわれ国民は、こんなフェイクニュースに惑わされてはなりません。

おりしも、
秋篠宮家の眞子内親王が
アメリカの西海岸で小室圭氏とデートするとかいうニュースも流されておりますが、
これが本当であるのなら、眞子内親王にも申し上げたい。

国民から特別な待遇を受けられている皇族方には、
世間一般のわれわれのような自由は存在しないということを。

自由がないという、そのことだけを捉えますとマイナスイメージですが、
皇族であられる特権は、非常に恵まれたものであることは論を俟ちません。

その特権は、皇族という身分の上に成り立っている特権と存じます。

将来ご結婚なさる内親王と言えども例外ではございません。

ご自由になさりたいと言われるのでしたら、
皇族の位を捨ててからになさってくださいませ。

皇族のご身分のままで評判のよろしくない男性とデートするということは、
日本の国を貶める行為でございます。

それだけ皇室という存在は、日本の国にとって大事なものだということを、
この機会に、内親王様方にもお考えいただきたく。

まさか眞子様が、こんな辺鄙なblogなどごらんになることはないと存じますが、
私は、一国民として、声を上げさせていただきたく存じます。