か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

回生ブレーキとデンマーク

2012年12月06日 | 技術

電車を例にとると、回生ブレーキとは捨てる熱エネルギーを電気エネルギーに変え、究極のところその分だけ発電所の負担を減らし、その発電所が火力発電なら化学エネルギーの温存を図ろうというものだ。

どう考えてもエネルギーの変換点が多い。回生される電車の運動エネルギーは紆余曲折を経て化学エネルギーになると考えていい。発電機のρ、途中熱エネルギーとして捨てられる送電ロス、変電ロス、火力発電出力の調整ロス。じつはこれが大きいのだ。調整が簡単だと言われる火力発電ですら弱電ならどうでもいいが強電になるとものすごい手数と計算を踏まなければ困難を極める。

そこでデンマークはかんがえた。デンマークというと途端に拒否反応を示す低能右翼がいる。僕はそれが十分わかる。気違いババアがパンフレットを持って人の昼寝を邪魔しに来る。エネルギーといえば自然エネルギー、食い物といえば自然食。なにかの宗教みたいにこれを人にも強要する。この文明拒否集団は日本でも大いに迷惑していて僕も背中がぞくぞくするほど嫌いだ。

だけど全部を否定したりしない。そこが脳のキャパシタンスだ。

デンマークの地下鉄は駅のある部分だけを浅くつくり駅と駅の間は深く作った。おそらくサイクロイド曲線になっているはずだ。

電車が駅に着こうとすると駅は地上近くにあるから自然とブレーキがかかる。電車は坂道を登る。つまり電車の運動エネルギーは自動的になんの機械も通さずに位置のエネルギーに変換されているのだ。乗客の昇降距離も短縮されたという副次的効果も生んだ。

上方に位置するという位置エネルギーは今度は発車の時放出される。ボルト一本つけない回生ブレーキだ。

一般に現代では精密この上ない姿をしている機械というものは、ほんの50年前はお粗末この上なく単純だった。いろんな不都合があり、あれをつけこれをつけしていくうちに怪物のような代物になってしまった場合が多い。

ほとんど死滅しているキャブレーターがいい例だ。お目見えしたころの霧吹きのような単純なキャブに比して最後のころのキャブはすさまじく複雑だった。しかしそのことと、それがいい機械になったというのとは違う。発想においては最初のころと何一つ変わりない。修正に修正を重ねた結果化け物のようなキャブが登場した。

も一つ例をあげよう。自転車。無駄なく洗練された姿は美しい。ビス一本無駄なものはない。クルマという怪物はその点自転車に大きく後れをとっている。根本において100年以上もレシプロいこだわっているからだ。こう言うとすぐ低能は、だから電動モーターがいいのだとか言うがそんな話はしていない。

デンマークの地下鉄はローテクだ。計画通りにはいかなかったところもあると聞く。しかし、それは本質ではない。では本質は何か。

日本はああでもないこうでもないと複雑なキャブを求めたのだ。デンマークは発想を転換した。

Posted at 2012/03/16

「はやぶさ」 失敗だ。意地張ると見苦しい。認めろ。

2012年12月01日 | 技術

小泉が登場すると絶賛し、民主党にも絶叫し、なーんにも自分の頭で考えず、西に東にオフ会に向かう皆様。もう動物ですね。

今国民が酔っているのが「はやぶさ」。オリンピックじゃないんだからね、参加だけしても意味はない。初めてイトカワに行って来たの。だから何なの。サンプル持ちかえった?ウソつけ。電子顕微鏡で見る埃はなんの役にも立たない。

JAXAはいい加減自分たちの面白半分のためにロケットごっこをするのをやめろ。H2時代から日本の技術では月に花火一本飛ばせなかったじゃないか。

失敗しても反省し検証しやがてより良いものができるんだとほざくやつがいる。いつになったらそれができるんだ。アメリカのアポロ計画は日本の国家予算相当額をかけたがちゃんと人が月に行った。ソ連の国家プロジェクトだったソユーズは今や唯一の宇宙船だ。安全性はスペースシャトルをしのいでいる。

何グラムかのおもちゃを飛ばして喜ぶ姿が哀れで仕方ない。縁側で花火をしてもこれよりよく飛ぶぞ。糸川先生の時代から何年過ぎたのか。十年一日自分たちで面白がっているだけだ。ジェット飛行機すら作れなかった中国はICBMを持ち有人宇宙飛行をしているというのに何グラムが帰還したと喜ぶ人間の小ささよ。

「はやぶさ」なんて名前つけるなよ。「隼」に失礼だ。「隼」の設計者たちは何日も会社に泊まり込み全身全霊を傾けた。なくなった人も多い。数日間で完成する修正コマンドで立ちなおしたとか大きな顔をしてはいけない。

「はやぶさ」は三軸のリアクションホイールを持っている。たいしたことはないただのジャイロだ。コマともいえる。回転する物体は軸を一定に保とうとするのでその性質を利用した。さっそくその3軸のうち2軸が故障する。

早い話がフライホイールで姿勢を微調整しようとしたがそれに失敗すると、帰還用エネルギーを使い12基あったスラスタ(エンジン)で体制を規定の姿勢にしようとする。しかしそんなおおざっぱなエンジンでは微妙な制御が不可能になる。当然に着陸制御はできない。メインのイオンエンジンが4機のうち1機故障する。コマンドミスにより姿勢が狂う。さらにコマンドミスによりハヤブサとイトカワの距離が狂う。強還元液ヒドラジンの漏れ。さらには交信途絶と続く。メイドインジャパンも落ちたもんだ。満身創痍とはこのことだ。

地上ではその後はやぶさからかすかな電波を感知しても太陽電池の能力低下、さらにはリチュームの過放電という模型飛行機でも起こさないミスをおこし強力な電波の受信が不可能になる。ふたたび追い打ちをかけるようにメインの別のイオンエンジンが停止する。

こうなるともはやロケットとはいえない。宇宙ゴミだ。

ありとあらゆる失敗、設計ミス、コマンドミス、そのコマンドの入力ミス、ロケットの製造ミス、ジャイロの製造ミス、そのミスや事故に対応する体制の欠如。

そのようなままごとロケット遊びすらまともにできなかったのはJAXAのお役所体質にある。意味もない膨大な自画自賛の報告書がある。

たわけ。何を言うか。失敗したくせに。6重も7重も失敗が重なっているぞ。素人だましの映画を作り予算をとろうと思っただろうがそうはいくか。

Posted at 2012/02/24


Paloma ありがとう

2012年11月17日 | 技術

40年ほど前、どういう根拠か分からないが町内でガス釜の方がおいしいと噂がたち、家もガス釜にした。たしかに当時の電気釜よりはガス釜の方がおいしくたけていたと思う。

以来パロマのガス釜は休むことなくご飯を炊き続けた。家族は多い時は10人を超した。今は僕一人だ。どんな状況になろうとも黙々とご飯を炊き続けた。

30年前一度だけ故障したことがある。炊飯器のふたのヒンジがモーメントに耐えきれずひびわれてきた。僕はなんとかしようと鉄板を加工して支えを作った。しかし熱で劣化したプラスチックの加工は素人の手に負えるものではなかった。

博多駅の近くのパロマの会社に持ち込んでみた。会社の一角に工作大好きのからけんがうずうずしそうな部屋があった。じつはぼくの予想ではアッセンでそっくり換え、日産部品みたいに法外な部品代を要求すると思っていた。

修理のおじさんからしたら僕の修理なんてなんとぶざまな修理であったろうかと思う。ところがおじさんは僕の修理をほめ、難しかったところを言い当て次の修理のコツを指導して、最低限の部品を交換すると僕にこう言った。

「これでもうわしと会うことはないな。パロマを長年使ってくれてありがとう。」

おじさんは料金をとらなかった。大丈夫だったろうか。バーナーを磨いてエアをかけて、まるで新品になった。かってにただにしておじさん無理したんだ。今も同じところにパロマのビルはある。薄汚れたビルは30年前と同じだ。だけどおおらかな「気」が流れている。

おじさんはもういないだろう。だけどパロマさん。ありがと。日産部品みたいなぼったくりのチンピラ会社からはもう何も買わない。パロマの炊飯器PR200Nの寿命が尽きたとき僕の家のガス製品はすべてパロマになる。キッチンも給湯機も炊飯器もすべてパロマに変えるんだ。

日産車の寿命が尽きたとき二度と日産車を買うことはない。

Posted at 2012/02/13

リニアコライダーを佐賀県に

2012年11月17日 | 技術

石にひもをつけてぐるぐる回す。ある程度以上速く回そうとすると石の遠心力に邪魔されてひもを持った手には相当の負担がかってくる。

ひもをうまい具合にひねって回転中の石をはずすと石はその回転円の接線方向に飛んでいく。この方式で鳥をとっていた土人がいたが相当の技術だ。

科学者は粒子(最初は原子核)をこうやって加速して他の粒子とぶつけたりした。サイクロトロンだ。これでずいぶん多くのことが分かってきた。しかし、クウォークとかレプトンとかの性質までは何とかこぎつけたが、それ自体の中身がよく分からず、そうするうちに次々に新しいクウォークやレプトンが発見され混乱してきた。

上に書いたことはモノの話で、力は力で4種類以下に統合することはできないできた。先日ヒッグス粒子について書いたがまだまだ推定の域を出ないものを、あったように書いていた記事には賛同できない。

日常的常識で言うと時間と空間は別物である。いつどこで、と人は約束をする。クウォークたちは別世界にいる。力とものは連続した一つのモノでないとおかしいことがたくさん出てきた。そうすると力に種類があるのがおかしいし、モノの種類も多すぎる。ビッグバンの時点でアプリオリにこれほど多くのモノと力がありようがない。

そこでクウォークの一種であまり中身が分かっていない電子を破壊して中身を調べようということになった。今科学者たちは上記した4つの力をまとめようと努力中だ。ひいてはモノとの統合を図ろうと考えている。

そのためには粒子を壊して調べるしかない。ところがサイクロトロンでは壊すためぶつけるエネルギーと正確さが足りない。円をどんなに大きくしようとも遠心力という余分な加速度のために、必要な直線方向の加速度がそがれてしまう。それならいっそ直線にして加速しようという発想がある。これをリニアコライダーという。

原子は10のマイナス8乗センチ、クウォークは10のマイナス16乗センチだ。これを30kmの間にほぼ光速まで加速して正確に相手方の粒子に当てなければならない。

一兆円ほどのプロジェクトだ。多くが日本の技術だ。大田区のおっちゃんありがとう。

僕は夢見ている。僕の窓から背振山(せぶりさん)が見える。その山脈にそって10のマイナス16乗センチの精密さでトンネルが走る。世界中が一兆円という金額にしり込みしたリニアコライダーが走る。

Posted at 2012/01/18

冶金(やきん)

2012年11月15日 | 技術

ナチスドイツはさほど原理原則に興味はなかった。目の前の戦に勝つには実用速用の武器が重宝された。これは大学にも微妙な影を落とし、たとえば工学部なら機械科が一番であり最高の頭脳の集まるところとなった。冶金は肩身の狭い世界で落ちこぼれの目で見られた。とくに製造冶金の分野においては質も量もイギリスにはるかに劣った。これにアメリカが参戦したのだから戦の趨勢はだれの目にも明らかだった。

そのアメリカである。今でもその研究の伝統は脈々と生きている。自らの思うところを研究する。出来上がるまではとやかく言わない。すると突然人の発想を根底からひっくり返す革命的兵器や戦略ができる。

日本とまるで逆だ。アメリカ製はどうでもいいところなんて実にいい加減にできている。日本製はよせばいいのに関係ないところまで工芸品を作っている。ただでさえ人手と材料と時間が足りないのに。

じっちゃんが研究所で使っていた物理天秤はアメリカから明治時代に輸入したものだ。大正に入って日本がコピーしたが明治の輸入品の方が精度が高かったという。

先週木曜日頃、ゼロ戦32型を見に行った。20年ぐらい前博多湾から引き上げた時立ち会ったがまだ何とかすれば動きそうだった。もう駄目だ。飛行機として死んでいるのを展示するのはかわいそうだ。

金属の悪さよ。いまでもWWⅡの米軍機はいくらでも飛んでいるが日本機はほとんどない。超超ジュラルミンがどうしたというのか。日本機はケタだけではなく表面にも強度を持たせているあわれな構造だ。何年も耐久性のある構造ではない。さらにいえば20ミリを積む必要は全くなかった。こんな張りぼてを落とすのに米軍機ですら12.7ミリだ。

グラマンの武装をはずした練習機を見たことがある。金属そのものがいいから桁は広い間隔で入っている。コクピットの居住性は最高だ。グラマンを運搬するときは空母に乗せてカバーもかけずに運んだ。

日本機がそんなことをすればほとんど動かなくなる。電装が悪かったというがハイテンションを一本にまとめた設計の方がわるいのだ。ディスの防水性。アルミフィンのおそまつさ。排気粘性を考えない幼稚な排気管。このやっと浮かんでいる日本機と同時代の米軍機を見てから批評した方がいい。まさに冶金工業力の違いが分かる。

ナイフで穴が開く飛行機のどこが超超ジュラルミンだ。襖か障子程度の防御力に米軍の12.7ミリはそんなもの木っ端みじんにする破壊力を見せた。

冶金こそ戦争のカギを握る工業力だ。一朝一夕に向上しないからこそ金をそそいで研究すべきだった。

Posted at 2012/01

Токамак( トカマク型)

2012年11月15日 | 技術

センター試験が終わった。いつも苦々しく思うのは、たかが大学入学センター試験であるのに人間資格試験のようにマスコミ総動員で大騒動することだ。東大クラスの5000人ぐらいを除きほとんどは役に立たない馬鹿だ。

という理屈でいけばここ九州大学なぞはなくてもいいところだ。現に戦後しばらくの間は行く人がいなくて3次募集までしていた。

ところが時がたてば変わるもんだ。核融合の研究では九大は世界の最先端を行っている。日本原子力研究開発機構(Japan Atomic Energy Research Institute,JAEA)(略称:原研,げんけん)の研究に参加しているが、他の大学の追随を許していない。

東大の頭脳と予算と施設と指導陣をもってしてもできない多くの世界記録を持っている。

水素を磁気でとじ込めようという発想だ。水素原子は一個の電子を持っている。このペアの関係を強い磁気でバラバラにしようというのだ。すると原子核同士がぶつかりやすくなる。電子はマイナスに帯電しているからその電子が退くことにより原子核は融合する、ということを目標にしている。

1+1=1.01ということが起こる。1個の水素原子核と1個の水素原子核が融合すると余分な0.01が生まれる。この0.01を利用して連続的な反応をめざそうとしている。(0.01は例えばの話)

E=MC2からMのわずかな減少分がE(ここで言う0.01)を生むと考えます。

どうやって閉じ込めようかと苦労した結果、トカマク型に落ち着いた。ソ連の学者さんはえらいな。1960年にこれをやるんだから。

このパンドラの箱には何も入っていないかもしれない。しかし核分裂型の発電には悪魔が入っていることは最初から分かっていた。ウランは石油ほど地球にはない。放射能は必然的に出る。廃炉を処分する技術は確立していない。廃棄物の保管技術は夢物語だ。「もんじゅ」や「むつ」は2兆円以上を海に捨てた。頑張って何かが生み出される話ではない。核融合とは根本的に異なる。

核融合の箱には希望がもう見えている。九大は30分近くプラズマ水素を閉じ込めた。最初は100万分の1秒のレベルから始まった。原料は海水で無限だ。放射能は出ない。廃炉を処分する必要はない。核廃棄物はそもそもない。フランスが追い越したぞ。

頑張れ九大。

Posted at 2012/01/15

球(タマ)

2012年11月15日 | 技術

古い自転車に乗っている。スポーツタイプではあるが今はやりの異常に車輪の小さいアルミかなんかの自転車もどきと比べるとはるかにかっこいい。ドロップハンドル、ホライズンフレーム、スチールリム。タイヤは10回以上変えた。チェーンは3,4回変えた。

もう30年以上乗っているがこれと言った故障はない。ただ小さい消耗品のたぐいの交換は数えきれない。

前のスプロケットの中心のベアリングが悪くなり力を入れて漕ぐとがりがり言うようになった。たいした故障ではない。バラしてベアリングの球を取り出した。マイクロメーターで球の径を測りたいところだが100円ショップで買ったノギスしかない。

結局現物を持って自転車屋さんにいった。派手に自転車を売っているところにはベアリングはない。くたびれて汚くておじいさんがやってるところには、ベアリングがきちんと大きさごとに小さいマヨネーズの瓶を利用しておいてある。

ボールベアリングを1個買いに来る客なんていないのだろう。自転車屋のおじいさんはとても喜んだ。今は自分でやる人は少なくなったね。そういうと久しぶりに本物の客にであったぞと言わんばかりに破顔一笑した。

僕の自転車には13個の球が入る。人の目には分からないが大きいと入らない、小さいとガタが出てまた割れる。まあこれだろうと推定できたのでグリスとともにスプロケットの中心に閉め込んだ。

自転車はコツがたくさんある。これで苦労してきたやつはバイクに乗るようになっても飲み込みが速かった。バイクで飲み込みが早いやつはクルマも分かりが早く楽しんで整備ができる。

もう死ぬまでベアリングの球を変えることはないだろう。そのまえに僕の寿命が尽きる。じゃあ一度の修理ぐらい修理屋に出したらどうだと、この頃になって生まれて初めてクルマとか言う機械らしい機械を持ったやつはぬけぬけと無理解をさらす。

故障したらJAF任せでどこがクルマ好きなの。いろんなタイプのクルマ好きがいていいとか弁解したいわけ?バカ言ってんじゃないの。

よく僕の文章を読みなさい。僕はね、ミーハーと一緒にしないでと言ってるの。

Posted at 2012/01/11

管(タマ)

2012年11月15日 | 技術

ちょっとお行儀よく言うと真空管という。もうほとんど見ることはできない。米軍を勝利に導いたというと意外に聞こえるだろう。これだけでアメリカが勝ったはずはもちろんなく技術と物量と戦略と戦術とおよそすべてにおいて大人と子供のけんかだった。ただその大人は容赦ない大人だった。

それでは話が広がりすぎる。今日は球に限る。

まず無線機のタマ(真空管)。製造するにあたっての考え方にはたいした違いはなかった。問題はそれを工業化する力があったかどうかということだ。

空中戦が起きると日本機は相互に連絡する手段がないため個個の技量で適当に戦った。米軍機は隊長機とのフルもしくはセミデュプレックス通信が可能であり無線機を常時受信状態にして戦った。くやしいのはそれがFMだったことだ。米軍パイロットは音楽を聴くような音質で交信していたのだ。

並行して飛んで黒板に書いて知らせた第一次大戦のような戦闘機に乗っていた搭乗員や哀れである。

僕は戦後数十年たったコリンズの無線機を持っているが落としても平気だしなんと水洗いまで可能な代物だった。ダイアルメカの精巧さ。配線の合理さ。頑丈さ。そして扱いやすさ。たいした専門知識や職人芸なしに電波を飛ばすことができる。

球の足に施された振動や湿度に対する工夫は目を見張るものがある。今でも十分に実用品としてシベリアや昭和基地と交信している。

アメリカはこの球の小型を高角砲の弾の中に組み込んだ。これで射手は距離の調整から解放され射撃に専念した。弾丸の中に真空管を組み込み敵機との距離が一定になったところで自動的に爆発させる。発想は日本にもあったが思うだけなら馬鹿でもできる。実用化し工業化し適切に用兵する。こうなると日本にとっては夢の夢だ。

高角砲の初速は200m/secである。この衝撃に耐える真空管。弾の中にこめられた球が1秒後、かろうじてたどりついたゼロ戦を粉砕した。

他にもはるかに高い真空度、メタルチューブの精巧さ。日米では全然球が違った。

Posted at 2012/01/10

ヒッグス粒子、ちょっと待ってくれ。

2012年11月01日 | 技術

日本人も100名の科学者が参加した。ハドロン加速器の核心部分のまさに陽子衝突が起こる部分は日本の企業が製作した。わがことのように喜ぶのは結構だがわがことにしてしまって周辺国に対する優越感に利用する輩は迷惑だ。

モノをきわめて細かく分解していったときもうそれ以上分解できないという粒にぶつかる。そこにある粒にはたらく力の種類は多くないことが分かっている。万有引力、電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用の4つに還元できるはずだと考えられている。

だれでも知ってる引力の根源ついては重力子という未発見の素粒子によるものだという説が有力だ。万有引力は粒のせいだったのか。また電磁力については電子ボルトで規定されるところの高校で習うクーロンの力だ。しかしこれも電子の中身についてまでは分かっていない。弱い相互作用とは核力とも言われたとえば陽子と中性子の結合力のことでありその原子のごく周辺部にしか作用しないことから弱い相互作用と言われる。強い相互作用とはクーロンの力の100倍あるが距離による減衰が激しい。

力の方はこれでなんとかいいがあとは肝心の粒の方だ。これが分かっていないことが実に多い。失くした財布が出てきたとき99.9%の確からしさがあるなら自分の財布だと主張できるが粒子は原子の中にごろごろはいっているのではない。99.9999%の確率でも不十分だそうだ。その上何個か組み合わされたものまで素粒子に入れるから最近はやたら素粒子が増えた。

とくに計算値でその存在が推定されたものの代表格がヒッグス粒子だ。ビッグバンのきわめて直後、すべての粒子はニュートリノ状態であったと考えるらしい。それが質量のあるヒッグス粒子とぶつかったそうだ。質量不滅の法則から粒子たちは減速しその分だけ質量を持つようになったそうだ。相対性理論の逆だ。質量がエネルギーに変換することにより莫大なエネルギーが放出されるわけだが、運動エネルギーが質量に変わることで宇宙はずいぶん静かになったようだ。

Posted at 2011/12/14

Acquedotti di Roma

2012年11月01日 | 技術

ローマの水道橋だ。ギリシャと違い愚にもつかぬものを大理石から掘り出して喜んでいた時代とはことなる。実用的だという言葉で片付けるにはあまりにもそう大過ぎた。

アウグストゥスの時代になると、大規模なものがつくられ現在にも残っている。その精密さを想像できますか。イタリア人気質を漫然と見て歌ばかり歌うスケベの集団という印象が定着しているが、じゃあデトマソをみろ、ランボルギーニを見ろ。フェラーリしかり。トリノ、ミラノの工房をのぞいて職人気質と実力の高さに学べ。

とくに水道橋が作られたのは五賢帝の時代だ。五賢帝の一人ネルバは後継者問題に悩みつつも土木工事には精力的に取り組んだ。トラヤヌスはローマ帝国の版図を最大に広げ、周辺属国どもの心肝さむからしめた。ハドリアヌスはハドリアヌスの壁で有名である。イギリスの北部まで進出し万里の長城まがいを築いた。

彼らはいずれも水道建設に熱心であった。彼らは危機感をもってこの工事にあたっていた。水が止まればローマは滅びる。彼らの予測は当たった。パックスロマーナは水道によって維持されていた。

建設された水道はイタリアだけで350キロメートルに及んだ。フランスではPont du Gard、50キロメートル。

すべて水の流れ落ちる勢いだけで動いている。1kmあたり34cm。これはなんという精密さだろう。CDにきざむレーザービームの精密さに匹敵する。しかもフランスはその水道橋を19世紀後半まで使った。イタリアにいたっては現在でも使っている。

現代のイタリア人にもその精密さは十分にある。子供のしつけもしないで夜中にファミレスに行く日本人の方が倫理的にはるかに劣る。ちょっと頭を使う問題にぶつかったとき、さっと変わるイタリア人の表情を見たことがあるか。

能天気に紅白や野球の心配ばかりしているあなた方とは違う。

こそこそ改良したエンジンを作ることはしなくても、発想を根本から変えた革命を時々起こすからその基礎的素養の深さに感心する。

自動車雑誌を見ていていつも思うことだが、買うような人のレベルに合わせているのは資本主義だから仕方がない。それにしても本質からそれた話に気分が悪くなる。こんなのは本屋でパラパラすればよい。

MAZDAでかしたじゃないか。一時景気が悪かったとき、一台買っても二台買っても三台買っても100万と言って売っていたととーちゃんから聞いた。

ロータリーはカビの生えた技術だ。大体いつの発想だと思っている。あとはこそこそ改良していくだけじゃないか。

エンジンの正道をいくレシプロで革命をやるからすごい。 マツダは燃費を従来比で15%も高めることに成功した。同社は「(圧縮比が高く、原理的にガソリンエンジンよりも高効率な)現行のディーゼルエンジン並み」との表現にとどめるが、SKYACTIV-Gの最大熱効率は38~39%程度とみられ、現行の高効率と言われるガソリンエンジンから一気に5~6ポイントも高めたようだ。

圧縮比は14に高められている。ノッキングとの戦いはいかほどであったか。シリンダーヘッドの形状はコンピューターシュミレーションなんかでできるはずない。発想と絶望と再起のカット&トライだったであろう。最大トルクを4000で出しているのにも真面目さを感じる。馬力とトルクを混同しているバカを対象に売る以上、高回転高出力のエンジンを作らないわけにはいかなかっただろう。が、よくぞ4000に抑えた。出足のいい運転しやすいねばりのあるエンジンができたはずだ。ロングストロークもよくやった。技術者念願のエンジンができた。日本人はいいクルマに乗ったことがある人が少ない。もう気違いじみたオーバースクエアのエンジンはやめよう。

                         日経ものづくり12月号から一部の数字は引用しました

Posted at 2011/12/02

空想非科学小説の様な実話 原子力飛行機

2012年07月15日 | 技術
冷戦が絶頂に達したとき、米ソはならんでとんでもないものを作った。日本の反核反原発団体、原水禁はなぜ反対しなかったのかな。原子力飛行機

どうも頭の悪いのは本質でないところでケチをつけて一人前に反論した気でいるから気分が悪い。

この左巻きたちが議論の仕方も知らず屁理屈でいい気になるかと思えば、右翼、朝鮮、暴力団、は暴力恫喝テロでいい気になる。どちらも迷惑なノータリンどもだが、命があるだけ左巻きがいいかな。

左翼は言論に固執してはならぬ。駅前の一等地は暴力で朝鮮人に盗られた。警察もグルだった。警察は今でもヒルみたいに朝鮮人の血を吸っている。


オスプレイが落ちるだの、うるさいだのウソつけ、アホ。じゃあうるさくなかったら普天間に来ていいんだな。落ちなかったら普天間に行くぞ。沖縄国際大学に米軍ヘリが落ちたときアホ大学の学生はその意味が分からなかった。大学のだれも基地反対をしなかった。相当バカだな。議論すら起こらなかった。幼稚園以下の大学は認可を取り消せ。

普天間だの嘉手納だのは、ままごとなの。

飛行機の推進力にウラン型原子炉を動力源とするとどうしても重たい原子炉が必要になる。そこで米軍は溶融塩炉という考え方を利用して軽い原子炉を完成させた。米軍が無理してそこにこだわったのはその炉を飛行機に積んで直接外気を炉にぶち当ててその膨張力で飛ばそうという発想があった。

トリウム232に中性子をぶつけると(途中は複雑な壊変をおこす、そこは省略)U233ができそれを燃料にしようと考えた。それにしても飛行機には重たいので2次冷却を省略した。

いまごろになってやっとチンピラ御用学者とその亜流どもがこのトリウム溶融塩炉の有効性を唱えている。ばか。ウラン型原子炉が既に60年たってもうまくいかないのに、突然思い出したようにトリウム溶融塩炉ができるらしい。1960当時も実験も実証もなしにいきなりトリウム溶融塩炉飛行機を作った。

原始人にジャンボジェット機を飛ばせというに等しい。

案の定失敗して大勢の被爆者を生んでこの原子力飛行機は中止になった。米軍としては残念だった。本来安全な武器とはありえない。「矛盾」の示すことわざどおりだ。飛行機は落ちることを前提でつくられる。そのあと敵に軍事機密を渡さないとか、敵を近づけないとか、敵もろとも爆死するとか、することで最小の費用で最大の殺人ができるのだ。

米軍原子力爆撃機 X-6の乗務員は被爆した。しかしその数十倍の敵を殺していたかもしれない。ベトナム戦争には間に合っていた。熱帯雨林を死の灰で汚染しダイオキシンで汚染しその他化学兵器で汚染していたら戦争に勝てたのに。

撃墜しても空から原爆が降ってくる。
Posted at 2012/07/04 10:06:23

「むつ」は太平洋に醜態をさらした

2012年06月29日 | 技術
1974年、一隻の船が華々しく就航した。進水式には皇族が呼ばれ、記念切手も出た。加圧水型原子炉を積む10000馬力の船で総トン数は8240トンになった。

若い研究者を中心に就航前から廃船にすべきだという声が強かった。「むつ」と「もんじゅ」と「ふげん」で人は死んだが得るものは何もなかった。どころか今のカネにすると2兆円以上を海に捨てた。

今回は「むつ」に絞る。わずか戦後20年しかたっていない国が原子力船を持つ必要があったのか。当時のGDPは現在の10分の1にも満たない。2500億円とは国家予算の2.5%の相当した。

個人も国家も団体も実力のないやつほど背伸びしたがる。なぜか原子力官僚と言われる低脳集団は船の完成を急いだ。アメリカもソ連もドイツも持っているから日本も持つんだ。こういった単純な頭脳にはたいてい悲劇的なことが起こる。

諸外国が原子力船に見切りをつけ軍事用を除いて廃船にしていた時、我が国は涙目になって「むつ」の成功を祈った。なんとその原子炉は地上実験を省略された。のみならず係留試験もせずに出航した。

同年、洋上800キロでさっそく放射線漏れをおこす。これはアメリカの設計会社から三菱は指摘を受けていたにもかかわらず手直しを怠ったことにより起こった。

また一部に隠ぺい工作もあり沿岸住民の不信感はつのった。母港は受け入れを断り日本各地を受け入れ港を求めてさまようことになった。だれも責任をとらず海にカネをばらまき続けた。社会保障費の3分の1が消えた。

たしかに当時、増え続ける海運需要とそれに伴う経費の増大はどの国にとっても頭の痛い問題であり、やすい原子力に頼ろうとしたのは無理からぬことではあった。ただ低脳官僚、自民党が企業献金を背景に国防に資するという伏線があると勝手に思い込んでいたことが問題だ。

このとき日本学術会議の越智勇一は政府にこう申し入れをしている。

現在(1974)「むつ」で起きている事態は極めて深刻である。設計製造においてミスがあったことは明らかである。我が国の原子力の平和利用に国民の信頼を取り戻すことを切に希望する。民主自主公開の3原則に従って原子力開発の在り方について根本的な再検討がなされることを勧告する。(一部文章省略)

30年以上前に出たこの勧告は、1955年にできた原子力基本法の内容に近い。繰り返しのべねばならぬほど国民の知らぬ間に事態は展開していった。

今回(2012)自民党は原子力の平和利用にくさびを打ち込んだ。「安全保障に資する」という一文を入れた。

平和利用すらまともにできていない人間がそれを武器に使ったらどうなるのか。

福島原発事故現場の醜態はまるで猿が初めて火を手にして慌てふためく様子だった。
Posted at 2012/06/26 23:32:43

石炭液化

2012年05月01日 | 技術
なかなか興味をひく話題だ。わざわざ、40年そこそこの蓄えしかないエネルギーに、頼ることもないわけだ。分子構造からすればほとんど変わりないものだから、何百年も蓄えのあるものから使いたいと思うのは至極当然の流れだ。ただし、分子構造は似ていても見た目が明らかに違う。こうも違っては、とてもそのままは使えない。

石炭液化。

このところのようにガソリンの値段が高くなるとこの話が再燃する。石油危機の時代にも、大いにこの研究の必要性が叫ばれた。借りてきたネコのような国民は、政府の言うままに、よろこんで爪に火をともす生活に甘んじ、銀座の街灯は消えた。

しかし、石炭は石油にならなかった。

今回の石油の高騰を見て、文科省、通産省は多くの大学に研究費をばらまいた。捨て金だったがけっして馬鹿にしてはならない。捨て金できる保証がないと、よい研究はできない。ま、少なくとも失敗には素直になってほしい。10年ほど前から企業においても真剣な取り組みがなされてきた。モンゴルの平原の中で砂嵐に耐え、プラント建設にはげむ日本の労働者には頭が下がる。

しかし、石炭は石油になってない。10年後に動くプラントでもいい。できるもんなら示してみろ。

それを今から70年も前に実用化し戦闘機を飛ばした国があった。Luftwaffe(ドイツ空軍)

石炭と石油の違いは、ライスカレーとカレーライスの違いだが、つまり同じだが、実験室で1リットル2リットル作るのではない。プラントには実験室そのものの大きさをした圧力容器が必要だ。

ドイツのコピーをして液化を試みた東洋のサルがいた。戦争を始めたサルはアメリカとの石油精製能力の差が、700対1であることへの反証がほしかった。おれたちは石炭から石油がとれるもん、と言いたかったのだ。

国民には明日にでも撫順炭鉱からパイプラインが伸びて、石油があふれだす幻想がばらまかれた。

しかし、石炭は石油にならなかった。

700の手を持つ千手観音がボクシンググローブをつけて、たった一個のグローブしかない子供に襲い掛かる。子供はいつまでもウソつき政府のPRを信じていた。

今現在ですら実用化してない技術を、貧乏国日本が70年前に工業化できるはずないじゃないか。
Posted at 2012/04/18 21:13:25

「ボーリング」なんてだれもしない時代が来るんだな

2012年04月17日 | 技術

僕の不注意でシリンダーをすり減らしてしまった。オイルはオイル上がりをおこしてガンガン減る。ブローバイガスも排気管のように真っ黒い煙を吐く。リングを変えたりしていたがもう限界だ。ボーリングをすることにした。

福岡には600万人が住む。ボーリング工場の一つや二つあるにきまっていると高をくくっていた。電話したがもうどこも辞めていた。ただ昔のエンジンは良心的だ。リングを少しづつ大きさを変えて5段階も用意していた。そうとうシリンダーを削っても適合するリングがあった。

5年、10年たつうちに、ピストンリングは3本になりついには消えた。それもそうだな。福岡県で何100万台というクルマが走るのに、シリンダーを削ってピストンリングを変えて走ろうという人はいない。

探しに探しまくって唐津(福岡から西方へ40キロ程度の佐賀県の都市)に磨いてくれる業者を発見した。僕はシリンダーブロックをはずして持って行った。漁船のエンジンが専門らしい。漁船は18気筒とかざらだ。4気筒のエンジンぐらい簡単だろう。

値段を非常に負けてくれた。会社の人はうれしかったのだ。昔はみんなリングを変えて乗った。ボーリングして乗った。こうまでして乗る化石のような人間がいたことがうれしかったのだ。

船のエンジンも使い捨てになりボーリング屋はあと5年したら姿を消す。低脳は、ショックだロッドだホイールだとなかなか熱心だが、面白半分にほんの5,6年のって飽きてしまってはクルマがかわいそうだ。言っとくけど流体の性質を理解してマフラーを変えろよ。

ブルーバードP510というクルマは65万円したんだ。お前らの給料が1万円にも満たないころだ。今でいえば一千万だ。面白半分に力学も分からず車高を下げるな。

とことん構造を理解してお前の旧車、長年可愛がってやれよ。それにこたえるクルマだ。

Posted at 2012/04/16 19:44:30
 
 
 
 
 

ねじ

2012年04月17日 | 技術

 

三井製作所からお誘いをうけ再び見学できることになった。とっても楽しみでワクワクしている。

前回の様子だが、大企業の工作機械とはとにかくでっかい。直径1メートルもある歯車を削っていたりする。消防ホースのようなところからオイルが流れ出ている。そのオイルの中でバイトは火花を散らしている。巨大な歯車とバイトはガリバーと小人のようだ。

そんななか一番出口の吹きっさらしに彼の旋盤はあった。10本、15本といった小さい単位での注文か彼のところには来る。しかもそのうち5本はインチで、とかいう注文だ。一台のミリ用旋盤でどうやって削るのかと思った。

5~6ピッチ進むとまた戻ってピッチを変えてまた進んだ。あまり進むとインチとの誤差が大きくなるので5~6ピッチで止め、最初の位置に戻り1~2ピッチ先からさっきと同様なことを始めついにはミリ旋盤でインチを切った。この工場にはこういう芸当ができるのは彼と他に数人しかいない。

いまどきインチの旋盤を購入するとしたら天文学的金額になる。彼は何も言わない。飲んで愚痴をたれることもない。会社は彼を利用している。

一度聞いたことがある。「韓国に行きませんか。」韓国は旋盤工の腕のいいのをかなりの高給で迎えている。現にほかの工場だが行っている人がいる。

ミリの旋盤でインチを切る。

彼はもっとすごいことをした。直径10センチの球体をX軸方向のハンドルとY軸方向のハンドルだけでバイトを動かし切りだしたのだ。誤差は2グラムだ。金属の誤差が2グラムというのはどれほど微量と思うか。

僕はまた聞いた。韓国に行けばおそらく彼の収入は5倍になる。住居は福岡の最高のマンション程度だ。とにかく学ぼうと目を輝かしている学習意欲の高いのがごまんといる。「韓国に行きませんか。」

彼は答えなかった。

僕は失礼なことをしたようだ。爪の間に入り込んだ油はとれにくい。髪は切りこで焦げてしまう。鉄の焼けるにおい。油のにおい。砂塵がいりこみ雪がいりこむ。社長は一度も来ない。そこに40年。

だれが教えるともなく体得した技術。軽々に人に渡せるはずはなかった。

Posted at 2012/04/07 23:22:51