北海道函館市の建築設計事務所 小山設計所

建築の設計のことやあれこれ

六角獄舎

2018-05-31 10:08:56 | 日記
また、休憩を挟みます。平安京オーバレイマップと言う素晴らしい地図があります。

https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/heian/

(クリックすると、繋がると思います、、、。)
 


その一部を拡大したものなのですが、、、





赤色の字で


     日本近代医学発祥地

     平野国臣外数十名終焉趾

     山脇東洋

     観臓地

     (六角牢獄跡)


とあります。山脇東洋って誰で、六角牢獄の六角って何なんでしょうか、、?

観臓地なんて日本語、他に何処かで使われているんでしょうか、、、?





六角牢獄つまり六角獄舎(ろっかくごくしゃ)は、明治の初期まで京都にあった牢獄で、

別の名前は三条新地牢屋敷と言ったのだそうです。





これは江戸幕府の終わり頃の古い地図と思うのですが、左上は二条城で真ん中を縦に流れ

ているのが堀川なのですが、左下に『牢ヤシキ』とあるのわかりますか?


                                          (京都大学にある古地図のようです。)




その部分を拡大してみます。







まわりは、お寺ばっかりで(向いは神社で、榎の大木が今でも立っているらしい、、、)、

どうやら西は何もなくて、当時の京都の街外れでしょうか、、、? この『牢ヤシキ』の

すぐ上の東西の道が『六角通』で(三条通の1つ南)、東にずっと鴨川や河原町の手前まで

行くと『六角堂』というお堂があるから、通りの名前は『六角通』で、牢屋敷の名前が

『六角獄舎』なんですね、、、。






                            六角獄舎つづき につづく







追記  六角獄舎跡と向いの武信稲荷神社


    




    その榎の大木


    



                      坂本竜馬が、六角獄舎の中にいる『お龍』さんの父親の様子を伺うために

                    この榎の大木に登ったんだとか、、、。









      








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