北海道函館市の建築設計事務所 小山設計所

建築の設計のことやあれこれ

「喪われた悲哀」と「愛されない能力」 その4

2015-09-12 14:48:21 | 日記

林達夫さんの、『子供はなぜ自殺するか』という文章です。林達夫さんの文章は、書かれ

た年月日にいつも驚かされるのですが、この文章が書かれたのは昭和12年、1937年

です。すこし長いので4つに分けて載せます、、、。




  子供はなぜ自殺するか

     ---あんまり不幸だと自殺する子供もある(にんじんの言葉)---



  一


  シャルル=ルイ・フィリップの『小さき町にて』の中に、『アリス』と題する小さ

 な短編がある。アリス・ラルチゴヲという可愛らしい女の子がどうして自殺するに

 至るかのいきさつを描いた物語であるが、自殺する子供の心理の一つの場合を見事

 に照明しているから、先ずその荒筋を述べさせて貰いたい。

  ---このアリスという子は七つになってもどうしても学校へ上がろうとしない。

 いくら親が手を換え品を換え説いてみても、子供らしい口実をあれこれ構えて首を

 ふり、果てはこういって親をおどしつけるのである。

  「あたいを学校にやるんなら、あたい病気になって死んでしまうわよ。」

 ラルチゴヲのお上さんはこの四年間に子供を三人も生み、その三人とも生後一週間で

 失くしているから、死という言葉を聞いただけで彼女はびくびくして、ついそのまま

 アリスを学校にやらずにいる。

  アリスは一日じゅう家中で暮らしていて、決して戸外へ出ようとしない。それば

 かりでなく母親が少しでも家事に忙殺されていると、必ず邪魔を入れて接吻を求めた

 り膝の上に上がろうとする。夕方の食事はアリスにとっては恐怖のひとときである。

 母親の配慮が姉や兄たちの上に及んでいくのに我慢ができないからだ。アリスは母親

 の注意を自分の上に惹きつけるために、いつも次の極まり文句を言う。

  「ねぇ、母ちゃん、アリスが一番おとなでしょ、ねえ。」

 そこへある日のこと、ラルチゴヲの家にまたしても子供が生まれたのである。初めの

 うち、彼女はそのことを別に気に揉んではいなかった。三度の経験で、弟というもの

 は生まれて一週間もすれば死ぬものだと信じ切っていたからである。ところが一週間

 たつと彼女はそろそろ気がかりになり出してきた。赤ん坊は一向に死にそうな気配を

 見せない。アリスは毎朝目を覚ますと、不思議な質問をするようになった。

  「母ちゃん、赤ちゃんはもう死んでて?」

 母親は殆ど一日じゅう赤ん坊に掛かりきりになっているので、アリスの心中に起こっ

 ていることに気づかず、こんな質問も姉妹の情愛からだとばかり思っていた。

  その母親に娘の本心がわかったのは、ある朝お乳をおいしそうに呑んでいる赤ん坊

 を見ていて、アリスが急にこう言ったときである。

  「母ちゃん、赤ちゃんにおっぱいやっちゃいやだ。」

 赤ん坊に母親の愛が奪われたと思い初めたアリスは、やがて誰かが弟を殺すといいと

 望みはじめる。赤ん坊に毛布をかけている母親にこんなことを勧めたりする。

  「口と鼻の上まで掛けてやるといいわ、そうすると赤ちゃんは息がつまるわ。」

 やがて赤ん坊がどこまでも完全に生命を維持してゆくのを見ると、堪りかねて叫んだ。

  「あたい、一番ちっちゃい子になりたい、一番ちっちゃい子になりたい。」

 そしてその日の夕、みんなをびっくりさせる恐ろしい宣言をしたのである。

  「赤ちゃんが死なないなら、あたいが死ぬわ。」

 みんなの心配と歎願との中で彼女はこの言葉を守り通す。アリスがこの世で過ごした

 最後の幾月、彼女は一日じゅうじっと小さな椅子に腰を下ろしたきりで、何も言わず

 、何も食べず、暗い二つの眼ざしで母親の一挙一動を追うだけであった。「彼女は復讐

 したのだ。彼女は母親が自分から奪い取って弟に与えた全愛情に復讐したのだ。彼女

 は七つで嫉妬で死んだ。・・・・・」こう作者はしまいに注釈を附け加えている。




             

            「喪われた悲哀」と「愛されない能力」 その5 につづきます。



追記  画像がないと淋しいので、、、。この文章

    が載っている、平凡社 林達夫著作集6

    「書籍の周囲」 1972年 です、、、。


    

    
      

  
 

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