昼間のNHKに、なんとなく見入ってしまった。
かつて「新日本紀行」が放送した浪江町の当時と今。1973年と1981年の浪江町。
上映していたホールのお客さんが、自分の旦那や母親が映っていたことに喜んでいる様子は、涙ぐましかった。原発事故どうこうではなく、そこには普通の人の普通の反応があって、いや、普遍的な人々の普遍的な反応があって、その余りの普遍性に、涙を誘われた。そういえば、『ぽんぽこ』のラスト近くにもこういうシーンあったよな。あの頃にはもう戻れない、というのはだから普遍的な寂しさであるんだけれども、でも浪江町の場合は、それが単なる寂しさや切なさ、感傷ではなく、悲劇になってしまっている。
かつて、浪江町は東北電力の原発を誘致しようとしていて、一方でその反対派もいて、結局のところ浪江町に原発はできなかったのだけれども、その隣町に東京電力の原発ができて、そしてその甚大な被害を被ることになったのは、町長も言っていたように、皮肉なことだと言わざるを得ない。
いま「新日本紀行」の映像を見ると、自分の故郷でもないのに、ひどく懐かしい気がする。サーカスの滑稽な場面は、それを眺める笑顔ともども、とてもよかった。
かつて「新日本紀行」が放送した浪江町の当時と今。1973年と1981年の浪江町。
上映していたホールのお客さんが、自分の旦那や母親が映っていたことに喜んでいる様子は、涙ぐましかった。原発事故どうこうではなく、そこには普通の人の普通の反応があって、いや、普遍的な人々の普遍的な反応があって、その余りの普遍性に、涙を誘われた。そういえば、『ぽんぽこ』のラスト近くにもこういうシーンあったよな。あの頃にはもう戻れない、というのはだから普遍的な寂しさであるんだけれども、でも浪江町の場合は、それが単なる寂しさや切なさ、感傷ではなく、悲劇になってしまっている。
かつて、浪江町は東北電力の原発を誘致しようとしていて、一方でその反対派もいて、結局のところ浪江町に原発はできなかったのだけれども、その隣町に東京電力の原発ができて、そしてその甚大な被害を被ることになったのは、町長も言っていたように、皮肉なことだと言わざるを得ない。
いま「新日本紀行」の映像を見ると、自分の故郷でもないのに、ひどく懐かしい気がする。サーカスの滑稽な場面は、それを眺める笑顔ともども、とてもよかった。