きの書評

備忘録~いつか読んだ本(読書メーターに書ききれなかったもの)~

横暴旅行社、仲間を呼んでくる~札幌・星空の夕べのはずが、北広島での静養~その2

2025-02-05 11:37:28 | 旅行
 ホテルに入って真っ先にロビーのソファーに座ってみたが、全面ガラス張りで西日が暑い。洒落た低いソファーでいつまでもデローンと寝そべっている病み上がりの旅行社(娘/予約筆頭)にそっとささやく。(きの)「宿の人にとりあえず話しかけてみよう。テニスは予約が要るのかどうかとか。」そうでないと、このグロッキーになって座っている人達が客なのか何なのか向こうからはわからないからだ。立ち位置を明確にしよう。
 
 しぶしぶ立ち上がって聞いてみると、テニスコートは今バッチリ日なたで、そんなところで運動しようとするなんて狂気の沙汰だと即断する姿勢が明確に見て取れた。今日って27度でしょう?こっちは最低気温29度の南国から来てるんですけど。
 
 普段の客層に合わせた慎重な気遣いにより(そのうち隣にある背の高い針葉樹林で日陰になっていくそうだから)、それまで別の事でもしていようかと思っていたら、部屋の準備が出来上がっているので入っても良しということになった。じゃあ部屋で休もう。さっきの店で買ったクレメンタインを食べながらうだうだする。すると、ミカンのビタミンCが効いたのか段々生きがよくなってきた。しかし大事を取ってしばらく休む。

 ふと、ここエアコンあるのだろうかと不安になった。北海道はたまに公共施設や釧路など元から冷房が設置されてないことがある。涼しいから必要ないという判断なのだろうが、昨今の猛暑では冬季用の高断熱高機密とあいまって地獄のような空間と化している。着いた時にちょっと空気がひんやりしていたのでまさか。保養地にするってことは他よりちょっと涼しかったからということか!?
 
 壁を見たらリモコンがあったのでホッとした。窓が上の方だけバカっと一列外側に開く仕様になっている。珍しいなこんな窓。面白がってガチャガチャ開けてみる。きっと昔はこの通気用の窓だけでしのげたんだろうな。
 
 窓から見てると、下の駐車場の向こうに温泉なのか低い建物があり、黒い服を着た集団が出たり入ったりしている。葬式?の後の精進落としの集まりなのかもしれない。はるか向こうの景色に一部都市のようなビル群らしきものがうっすらと見える。あれが札幌かな。

 小一時間ばかりするとかなり回復してきたので、まずはテニス。ロビーから覗くとコートのうち端の1面が日陰になっているので、さっそく申し込む。(ホテル)「ボールを3個あげましょう。時間は?」(きの)「30分」へぇ?30分でいいの?という顔をしたが、テニスを30分もやると結構疲れるのだぞ。

 京都では鴨川のほとりでよくやっていたが、あそこはフェンスが低くて蹴鞠のような動きしかできない。もし外すと鴨や鵜のみなさんと一緒に流れていき淀川を通って大阪湾へ出てしまうが、ここはフェンスがかなり高いので気にせず打てる。

 良い気分で打ち合いを続けていると、サーブのついでにまわりの草むらに黄色いボールが数個転がっているのを見つけた。泥が付いているところを見ると、ずいぶん前からここに落ちていたようだ。なんで3個しかくれなかったのかわかったような気がした。みんななくなっちゃったと言って戻ってこないからだな。しかし、この草むらをどうにかすれば、そのような顧客不審に陥ることはないのでは。拾って寄せ集める。

 ゴルフボールも落ちていたので、ついでにゴルフボールで打ち合う。いつ何時、どんな球が来るかわからないのだよ。油断大敵。ゴルフのみなさんがドラゴンボールの界王星のような浮かれたカートに乗り、斜面を猛スピードで走り回っている。

 それを見ていてそう思ったわけではないが、テニスの遠投ってないのだろうか。また良からぬことを思いつき、コートの後ろの方に下がって行ってフェンスギリギリから向こうのフェンスめがけて打ってみる。届くことは届くが、ポスッと網に当たって落ちる。つまらん。もっと飛び越えて真横のゴルフコースのホールを先に埋めてやりたい。

(きの)「うおぉりりゃあああ」拾ってきたボールも合わせてバシバシ打つ。テニスボールは空気抵抗とボール自身の軽さでなかなかフェンスを越えない。何の競技が始まってしまったのか知らないが一心不乱に打ちまくる。結局10回ぐらいやって越えたのは1コだけ。歩幅で測ってみたら50mぐらいだった。ちっ。大したことない。きっと体がなまっているせいだ。もっと精進しなければ。

 すっきりしてラケットを返す。(きの)「はいこれ。落ちてたよ(ボール)どろォゴロゴロ」(ホテル)「はぁ?うわぁどうも」常々管理を怠るでない。特にゴルフボールは踏むと危ないのだよ。



  晩飯はお待ちかねのビュッフェ。1人5千円も払うのだから、さぞかし ”良い具材” が揃ってるのだろう?ビュッフェは大偏食大会だ。行く前にグネグネと(娘)「全然予約してないし、食べれるとは思えない」逡巡している。(きの)「あそこにあるものを全部食べなくていい。好きな物だけ食べればいいのだからうってつけだ。なにがしかの栄養を取るべき」自分の好みもあるが、ホテルにある他の店には食べたいと思えるメニューがなかった。だいいち昼もろくに食べていないじゃないか。

 ああだこうだ言いながら、とりあえず予約のない人でも食べれるのか聞きに行ってみようということで、エレベーターで最上階に上がっていくと(受付)「ふぅむ・・・」店員2人がそろって悩んだ結果、奥に聞きに行って窓際の席でなくてもいいならOKですということになった。

 ほら見ろ、ディナータイムが始まった直後の早いうちに行ったら、空いてて何とかなりそうだと思ったのだ。船でも実感したのだが、窓際の席って意外と室内の照明が反射して自分自身が映って見えるばかりで、実際はもう1列内側に引っ込んだ席の方が落ち着いて景色の全体が楽しめる。

 会場はやたらに広く、これまた全面ガラス張りの空中庭園のようなところだった。はるか下のどこまでも続くブロッコリーのような森を眺めながら食べるのは乙なものだ。

 あんなに深い森に四方をかこまれて、きっとあの中に野生のクマがうようよしているに違いない。シカもキツネもいるだろうが、北海道といえばやはりヒグマだ。1頭のなわばりは何kmなのだろう。そうすると全体で何百匹もいるのだろうか。来るときの小道でバスが止まってしまわなくて良かったなどと思いながら真ん中あたりの席に着くと(きの)「なにあれ!」近くの席に案内されてやってきた禿頭のご老人の服装が完全に水戸黄門。

 細かいお経のような文字がナナメに入ったホテル備え付けの浴衣に、なんかビリヤードの緑のフェルトで作ったとしか思えない派手なチョッキ。それに合わせるのはもちろんビニル地の茶色いスリッパだ。(娘)「ドレスコード?あなたも正装で来れば良かったんじゃない?ニヒヒヒ」ゼッタイ嫌だ。あんな格好でいやしくも4つ星ホテルのディナー会場に来ようと思う勇気がすごい。

 よく見ると他にもチラホラと、浴衣のみとか、浴衣に自前のサンダルとか、個性ある着こなしの方々がおられるが、フォーマルなひと揃えはあの御大しかいない。陣羽織?というのだろうか、肩の辺がピッと出た独特のシルエット。お殿様という印象がぬぐえない。そもそも寝間着で部屋から出てくるのは避難する時ぐらいな気がするが。なんなんだろうこのホテルは。じつは元国民宿舎なのではないのか。それとも昔からのしきたり?

 妙なカルチャーショックでドギマギしている内に食事は始まり、そこら辺の魚の中華あんかけをすくってきてちょこちょこ食べる。それにしても、ビュッフェに欠かせない飲み物がこんなに払って、お茶か水。ひどい。コーラの一杯でもいただければ。いまいち勢いが乗らないまま、舞茸の天ぷらに塩をかけて貪り食う。

 奥の方の銀のお盆に、ダイヤ型に切ったオレンジ色のメロンが山盛りになっているのを見つけた。これは夕張メロンだな。炭鉱なき後、名産を作ろうと頑張った成果だ。スイカなど砂地が原産の瓜科は一定期間夏の暑さに当てないと甘くならないらしいが、寒冷な気候でどうしているのか。この上品なフランス産カンタロープ・メロンのような色合い。角の立った切り口が光っている。(きの)「美しい。ガシガシ」

 案外気に入ったらしく、食事の途中でふいにデザートの時間が始まる。そうかと思うとまだ天ぷらに未練があるらしく執拗に取りに行く。メロン、天ぷら、天ぷら、メロン・・・。気がついたら天ぷらも自然に手で食べていた。実に野趣に富んだ食事風景だ。

 このビュッフェの売りは100種類ぐらいの食べ物と共に、海鮮とカニの食べ放題だとか言っているが、どちらもそんなに好きではない。カニははっきり言って大きなクモみたいなので、自分で買ってきて調理しようとも思わない。もしも生きていて動きだしたらと思うと、絶対に無理だ。(シェフ)「さぁカニが来ましたよ!」べつに。

 と思っていたら取って来てしまった。(娘)「これどうやってむくの?」(きの)「だからこれはこうやって、ボキッ」一度手を汚してしまったら、もうどうでもよくなり後はひたすらカニをむく。ズワイガニだそうだ。足が長く細い。ポキッと折るとスルスルと身が出てくる。

 アメリカ人は金曜にこれを溶かしたバターにつけて食べるのだよ。ちらっと見ると(娘)「ベロベロ。」いい調子で食べていなさる。気持ちが悪くなったらいけないから、その話はしないでおこう。

 小さい頃、お盆に帰ると叔母はカニを丸ごと何匹も茹でてくれた。西日本は胴体を食べるワタリガニだ。殻が固く容易には割れないが、無頓着な父は器具など使わず素手で握りつぶしていた。ワタリガニは肉の一つ一つが独立しているというか、すぐにほどけてバラバラになってしまう。それを自分がもういいというまで、ほの暗い電灯の下でむき続けてくれたことを思い出した。
 
 よく食べた末に(娘)「トイレに行ってこようっと」ふいに立ち上がる。確かに入り口のすぐ外にあった。食事中に抜け出すのはあまり良くないとは思うが、仕方ない。そつなく出入りすればよいが、具合が悪い人なんかはそういう気遣いを失念しトラブルになったりする。そういう時は手でも振ればいいかと考えながら天ぷらをつまんでいるとすぐに戻ってきて、また間の悪いことにすぐに皿を持って列に合流したりする。案の定店員がちらちらと動きを目で追っている。

 後で聞いたら出るときには伝えたそうだが、帰ってきてみると受付には誰もいなかったからそのまま入ったとのこと。はっきりさせないのもどうかとは思うが、ここまで露骨な態度を見せるなんて随分無礼なところだなと思った。

 そういえば、この会場に外国人が多い。何人座れるのか知らないが、200人ぐらい入れるもはや体育館ぐらいの広さの空間の後ろの方に団体で居る。東南アジアから来たらしい彼らは、日本を楽しんでいる様子で行ったり来たりしてる。

 先ほど着席する際にも(店)「こちらは初めてか」と聞くから、そうだと答えたらビュッフェに関する注意事項を最初からずいぶん丁寧に教えてくれた。こっちもなんでそんなこと聞くんだと思うから、ハイとイイエぐらいしか口を開かなかったせいもあるとは思うが、店側もそんなにマナーを気にして疑うなら呼んでこなきゃいいじゃないかと思うが、バブルの時代は日本人のゴルフ客で賑わってたのかなと思うとわびしい気もする。

 ななめ前の一人で来ている客は、なんとなく学会で来たような風情だが結構な値段を払ってマグロがちょっと乗った丼を自分で作り、専門誌片手に食べてそれで終わり!?ちっとも楽しんでないじゃないか。カニは食べたのか?いらん心配などしながらこちらサイドでは一心不乱に剥き続ける。身を一列に並べた皿の横に、殻でタワーを作った一皿を置いておいたら知らない内に片付けられていた。(娘)「あっちに器具あったよ」そんなものは要らない。

 食べている内に、あたりはもう真っ暗になってしまった。森の中に何やらログハウスのような三角の突き出た屋根があるが、あれがエスコンフィールドなのか。この会場はサウス・エルフィン・・・南エルフっぽいなにか。北エルフもあるのか。それともフォンをヴォンと書くこともあるから、エルヴィン?何か意味があるのか。それともただ南アルプスなどと名乗ってるだけ?

 エルフィンとは:エルフっぽい(妖精のように小さく)ちょろちょろと飛び回る何かという形容詞。エルフィンロードは「茶目っ気のあるロード」、コープさっぽろエルフィン店は「微細な店」。

 そもそもエスコンて何?結局Fビレッジもわからないし、それを言うなら日本ハムファイターズという名前もおかしい。野球界の伝統にのっとれば、「北海道ハムズ」もしくは「日本ハム・ポークス」がいいのでは。などと黒い森を見ながら考える。


 結局メロンと天ぷらしか食べなかった。


 
 早々に宴の喧騒を後にし、さて次は付属のジムでトレーニングだ。おかしい。保養に来たのではないのか。なぜこんなに30分きざみのスケジュールなのだろう。横でヨガのようなクラスをやっていた。多彩だ。

 お待ちかねのナイトプールの時間がやってきました。地下のプールに夕食時に入ろうと思う人は居まい。ここでは水着を貸してくれるらしい。なんて便利なのだろうと思うと同時に、どう考えても洗ってるとは思うが、繊細な子さんは急に気になって下着の上から穿いた。
 
 ついでに借りたゴーグルをしたら違和感だらけでとても痛い。サイズが合わないというより、曲線が合いすぎるのかピッタリはまってどこにも隙間がなく、真空状態となって目玉を吸い出そうとしてくる。大丈夫なのだろうか、これ?きよし師匠のような表情でひたすら泳いでみるが、とても不安だ。そして曇ってきて何も見えない。

 奥にジャグジーが付いている。もはや手探りでそこまで這っていき、それで時々温まりながらひたすら泳ぐ。地下は温度が安定しているのか、夏だというのに水温20℃は寒い。温水プールだと書いてあったが、そんなに温かくはない。関東平野の小学校のプール教室の目安は25度だったぞ!アメリカのプールと同じだ。日差しは暑いが水は冷たいという不思議。どうしても慣れない。

 横のガラス張りの小部屋にモンステラなどの観葉植物が植わっている。楽園の演出はバッチリだ。そのせいか知らないがビート板がいっぱい積んであるところに(きの)「この虫なに?」(娘)「ん?なんでもないよ。行こうか」ゴーグルが曇ってよく見えないのでより嫌さが増す。大きいカミキリムシみたいだった。北海道にも虫いるんだ。

 気を取り直して泳ぐ。奴らも水の中までは入ってこないはず。しばらく真ん中辺の浮きヒモに足をかけて浮いて瞑想をしていた。こういう水と一体化したような感覚がいいんだ。プール最高!

 昔シアトルの空港近くのヒルトン系列のホテルのプールで誰もいないのをいいことに1人で水に浮いて漂っていたら、横にあった透明エレベーターで上がって行く知らない客がこちらを指さしてやけに焦っていたのが見えた。水死体だとでも思われたのだろうか。変に騒がれてもいけないのでそれからは訳もなく人前で長時間漂うのはやめた。楽しいのにな。しかしここは貸し切りのようなものだから、もうしばらく浮いていよう。ムヒヒヒ

 旅行の前に、電話したってレタラは生き返らないなどと意気消沈していたが、仮に、一般市民が市役所などの公的機関に連絡をしたら、それがこの世、この時代でいう「葬儀を手配した」ことになるとしよう。

 そして、もしも上からアボリジニの創造主・バイアーメのような神々がやさしく見守っていた場合、あ、あの子とあの子は縁があったんだね(^^)と認定してくれないだろうか。なぜなら知らない人の葬儀は理論上手配できないからだ。

 そうして最後の審判の会場で(あんた何教だ!)会った時に、知ってる人同士とみなされ、そうしてみんなで手をつないで同じところへ行けるのなら。うん、これはいい考えだ。だから、いいんだ。縁があったと思えることだけを理由に、これからもかけ続けよう。


 誰もいない夜のプールでバチャバチャ泳ぐ。いつか見た四国の橋の下の、クサフグになったつもりで。


 
終了時間ギリギリでプールから上がり、売店がやっていたのでアイスを買ってかじる。オーロラを期待しながら寝たがいまいち札幌の街明かりで見えず。

 
 朝起きてすがすがしい陽気の中、朝食へ。また昨日と同じエルフィン会場だが横から朝日が射しているのでまばゆい光景だ。ということは、またあの飲み物は水かお茶スタイルになるのか?と思ったらコーヒーやオレンジジュースがあるらしい。さっそく機械の100%オレンジと書いたボタンを押してみる。(きの)「ポチッ(音)ジャーゴボゴボ」色の薄い水のような液体が出てきた。これがオレンジジュース?原液の不足だろうが昨日といい何なんだここは。イライラ。
 
 もうこれは苦情を言おう。落ち着いた態度で言えば大丈夫だ。カウンターの向こうにいた若い女性をつかまえて(きの)「コホン。すみません。これはどう見ても100%でないように思う。」毅然とした態度で控えめな嫌味を言った。
もし、薄いぞ!と騒いで、それはあなたの主観にすぎないと返されたらいけないが、100%かどうかは誰がどう見てもわかるはずだ。こんな透明なオレンジはない。
 
 そうしたら、それがどうしたといわんばかりの堂々たる立ち振る舞いでパックを出してきてガチャン、ゴンと替えてくれた。そして最後にこちらが握りしめていた薄い液体の入ったコップを奪い取って行った。まぁ置いて行かれても困るが。

 前にも慇懃無礼なホテルの従業員を見たぞ。秋の深まり・・・北海道のホテルで朝食、オレンジジュース・・・わかった!ウポポイに行った日だ。きっと北海道の人は朴訥なのだろう。それか柑橘にあまり縁がないからこだわらないのか。

 もういい。かくなる上はコーヒーにデザート用の生クリームをトッピングして勝手なウィンナーコーヒーを作って遊ぼう 自由を謳歌しよう。またデザートコーナーにはパイナップルが鋭いひし形に切ってあったので、それもいただこう。他に何か食べたっけ。ソーセージと、ひじき?そんなおかしな朝食はいやだ。

 隣のテーブルでは韓国人らしき若いカップルが2組なのかわからないが、グループで穏やかに朝食を楽しんでいる。金持ちそうな爽やかな男にコーヒーを運んでもらったアンニュイな彼女は、大きなイヤリングに高そうなモコモコの部屋着を着て遠くの景色とスマホを等分に見ている。最近の韓国の人達は、ずいぶんオシャレになった。

 80年代には、集団で釜山から船で下関に来て秋芳洞を観光しているのを見たことがある。日本の10年くらい前の服装をしたバーのママとジャッキーチェンが悪くなった風体の男達が口喧嘩をしているような姿勢で話しながら、存在感たっぷりに通り過ぎて行った。それが今ではその場の誰よりもオシャレで、まるで雑誌から出てきたように朝日に照らされている。

 食べ終わってテイクアウトのコーヒーをもらう。氷を入れてアイスコーヒーにして、今日はこれを持って歩こう。そして裏口から外を見に行った。ゴルフ場があり、芝生に小道が続いている。いつかタクシーの運転手さんが話していたが、最近は韓国からゴルフに来るらしい。さっきのグループは、ゴルフ目当てかな。

 昨日は暑くてよく見なかったが、針葉樹がずいぶん生えている。朝だからか全てが輝いているように見えたが、芝についた朝露だろう。キラキラ光る芝生は久しぶりだ。

 テニスコートの隣の丘陵に、でっかい装置がある。あれはリフト?なぜリフトがこんなところに。冬はスキーもできるのかな。昨日のプールは半地下で、窓の上の方にあれが見えていた。ということは、あの辺の窓がプールだななどと考えながらすぐに戻ってきてチェックアウトだ。

 ロビーの壁際には系列ホテルの説明や、入り口にはライオンズクラブの憲章が飾ってあった。会合で使うんだそうな。子供を連れた若夫婦がやって来て出発の準備をしている。昨日から久しぶりに見る日本人の若者だ。あまりの珍しさに、ここにどういうつもりで来たのか聞いてみたい。

 送迎バスで帰りも送ってくれるらしい。時刻にはまだ早いが、早く出て外で待ってたらいい。そう言いながら飛び出して行ってしまった。8月にそんなことができるなんて。ところ変わればこうも違うものか。西日本ならギリギリまで建物の中に引っ込んでいたい。

 出てライラックなどそこらの木々を見ながら待っていたらトンボが飛んできて止まった。赤トンボだ。旅行社が激写している内に(きの)「あっバスだ」勝手知ったるスズメバチのバスがやってきたので乗り込み、駅へ。

 朝の便は大型の観光バスだ。それに昨日と同じ模様が書いてある。フキと白樺のあざやかな緑の世界はあっという間に遠ざかり、市街地へ出たら、急に何もない所で停まっておば様達が数人乗ってきた。この人たちは宿泊客?手ぶらな感じでとても観光しているようには見えない。従業員?がなぜあんな何もない道端にいるのか。道端に居る人誰でも乗せるのか。タダで?しかも朝から駅に行くだけの人達?謎が多い。


 コスコ
 コスコに行くには、近いと思ったが色々行程を経ないといけないらしい。駅のロータリーの反対側から出る路線バスに乗る。バス停に着いてはみたが時間があるのでまたクレメンタインを買ってきたい。なぜなら昨日のリカバリーの最中に全部食べてしまったからだ。家でじっくり味わおうと思って買ったのに。

 もう一度、ロータリーの端からあの細長スーパー目指して進む。暑い。朝だというのにこの日射し。ジリジリジリ前頭葉を射してくる。北海道は涼しいはずでは。また入って行って、また買って出てきた。昨日からこのスーパーを行ったり来たりしている。
 
 バス停のベンチに戻り、作りかけの駅ビルを眺める。防塵布に大きく貼り出した未来透視図のようなスタイリッシュな壁画によると、マンション? 駅を出て一番いい所に店でも作ればいいのに、こんなとこに住んで騒々しくないか。

 そして、せっかく飲もうとした大事な特製アイスコーヒーを(きの)「バチャうあああ」ベンチにこぼす。慌てて持ってる紙を総動員して拭きまくる。後ろの交番からは何人か出てきて話し合ってどこかに行ってしまった。バスが来たので乗ってしばらく走り、一本しかない国道の途中で下りる。

(きの)「ココドコデスカ」(旅行社)「コスコの前にオンコを見たいか」(きの)「イチイ?」大昔なんとか左衛門が植えた樹齢100年以上の(きの)「見たい!」だいたいこういう時は迷う旅行社の案内で、最初に見に行くことになった。道の向こうに(きの)「あ!あっちにコスコ見えてるよ」(娘)「いいえ、こっち」どんどん離れていく。


 
(娘)「確か小学校の敷地内にある」不安なグーグルマップを頼りに歩いて行くと道沿いの柵の内側にはすでにイチイの木が並んでいるが、全部プリンのように剪定されてる。(娘)「これ・・・かな?」(きの)「そんな由緒ある木をこんな変な形にカットするわけないから、もっと別の場所にあるんじゃないの」
 
 歩いて行ったらあった。自然な樹形といえば自然だが、てっぺんの所が雷で折れたのか切ったのか、無くなってる。幹は太い。元はもっと背が高かったのだろう。イチイは成長が遅いからあんまり大きくはないが、それでもそれなりに風格がある佇まい。(きの)「ふぅん」見て引き返す。
 
 横断歩道をコの字に渡って、いざコスコへ。入り口では門番のようなベテランの大柄なオバさまが(音)「ピッ」入場者のバーコードを読みこんでいる。アメリカでも大体あのポジションにいるのはあんな体格のスパニッシュ系の人だ。オバさまの近くに石でできた座れそうな柱があったので、陰に腰を掛けて待つ。

 人波が途切れたので顔を出して話しかけてみる。(きの)「ねぇねぇあの坂を登って行くとどこに出るの?」(オバ)「あぁあれは屋上駐車場」(きの)「じゃあフードコートは?」(オバ)「フードコートはそこだけど、ぐるっと回って来ないと。今日は食べに来たの?」(きの)「ううん、今あっちでカード作ってる。」(オバ)「じゃあ中に入りなさい。」入れてくれた。
 
 カードもできたようなので合流し、満を持しての初入店。(きの)「わぁーコスコの匂いがするぅー」コスコのにおい??25年経っても覚えているとは犬のようだ。とにかく懐かしがってあちこち走り回って喜んでいるようなので当初の目的は果たしたと見ていいだろう。当人は、なにやらカード担当者の態度がむかつくとかでご立腹。

 まずはメシだ!メシだ!ホットドッグにかぶりついておかわり自由のドリンクで流し込まなければいけない。というか、暑い中歩き回って飲み物をこぼしたから何も飲んでいないんだ!早く水分を取らねばと思ったが、メシコーナーはレジの外。

 そんな。買った人しか食べれないなんて厳しすぎる。アメリカのコスコは入ってすぐの所にあったぞ。そしてトイレも大混雑のレジの外。いい加減にしてほしい。と思っていたら、人々はこっそりとカートを置いて、端の方の使われていないレジのヒモを外してすり抜けていく。どう考えても責められるべき行為ではない。では、トイレに行った帰りにお腹が空いたとしたらどうだろう。
 
 スルリと抜けてまずは、ホットドッグだ。それとこのプルコギドッグというのも捨てがたい。ピザ1切れとスープとジュースと。買ったはいいが席を取っていない。なぜあんな大きな倉庫を有しておいて、食べるところはこれだけしかないのだろう??隣の山盛りカートのご家族は、その場で立って食べだした。こんなことでいいのか、会員制!アメリカ人は余裕がないことを一番嫌う気質ではないのかね。
 
 しばらく呆然と見ていると2人組の婆様たちがこっちを見て手まねきしている。(婆)「こっちへ来なさい」呼んでくれたのでえへへへとばかりに相席。(婆2)「昔はもっとイスがあった」(きの)「ハワイピザ食べる?」など、なごみの雰囲気の中で食事を終える。

 一方、前の4人掛けのテーブルを1人で占拠しているおじさんは、カートを横に付け、(客)「あのぉ、いいでしょうか」という問いに対して(オジ)「席を取ってる」などと憮然とした態度で追い払っていたが、見ていると同席者が来る気配もなく、そして何も食べていない。まぁ何かしら!というそこら中から突き刺さる視線の中で何十分も居座るなんて、並の神経ではできまい。
 
 我がテーブルの優しいお婆様たちは挨拶を交わし、去って行った。するとそこへ母、娘、孫3人の家族が流れ着いてやってきた。1人が注文を取りに行ったりして、その間は2人で座っているが、食べる時どうするのだ。しょうがないのでこちらのカップを横によけて脇に寄り、子供を真ん中にいざなう。
 
 なぜ人んちの子供を真ん中に挟んでギュウギュウ食べなければならないのか知らないが、これもさっき呼んでくれた婆様達からの恩送りとしよう。ギュウギュウの家族も礼を言い、このうたかたのピースボートのごとき乗り物から離れて行った。次はベビーカーを持った家族が・・・こちらももう行こう。
 
 さっさと立ち上がってソーダを足して、いざ、ショッピングだ。本当に天井の高い倉庫な上に上までびっしりとリフトでないと取れないようなビニールぐるぐる巻きのケースが山積みになってる。イケアに行った時も思った。大量仕入れもいいが、こういうとこで地震が来ると上から巨大な物が降ってくる上に迷う。入ったら全員で真剣に地図を把握した方がいい。
 
 どうやら全体像は、出入り口の近くのレジが頭で背骨とアバラのように通路が通っている。ではその通りに進もう。右のアバラをつづら折りに進みながらも常に背骨を意識しながら奥に進む。(きの)「カークランド・シグニチャー!キーライムパイにフェタ・チーズ!はぁうっ」感動しているらしい。が、実際問題あんなでっかいパイを買って帰ったところで食べれもしないし冷蔵庫に入らない。
 
 途中の冷蔵コーナーでさっきのテーブル占拠おじさんが奥さんらしき人と歩いていた。そういえば終盤のころ、やっと奥さんが来て何か食べていたようだが、はて、奥さんは今まで何をしていたのだろう??おじさんの横のカートはほぼ空だった。今から新たに買い物をしているということは、さっき何も買ってなかったのだろう。しかし、買いもしないのに、どうやってあのレジをカートごとすり抜けてきたのだろう。
 
 そして、今引き回しているカートはそのカートなのか。奥さんは買い物もせず、何十分もどこで何をしていたのだろう。それともカートは2台存在するのか。それぞれの巨大カートで楽しくおしゃべりしながら買い物ができるとも思えないが。謎は深まるばかり。待ち合わせをしていたのなら嘘は言ってないが、最終的に奥さんしか来ないのなら横にちょっと2人ぐらい座らせてやればよかったじゃないかよ。

 買い物を続ける。意外に日本の企業が作った大型のものが多い。考えてみれば、コスコとはその地にある企業に頼んで大型の物を作ってもらっているだけだ。別にアメリカの商品だけを売るわけではないのか。それにしてもシリアルのチェリオスとか、1ガロンの牛乳、サワードウ種のパンなど売ってくれればいいのに。
 
 散々なつかしーとか言っておきながら、実はコスコに向いていない性格だ。大容量のティッシュを買ってきては、なぜか「使ってしまわなければ」という使命感に駆られ、次々と消費していく。非常に無駄だし、その姿は資本主義の良くない所を文字通り体現しているようで怖ろしい。自覚しているが、気づくと「消費」している。

 だから、あまり生活の一部として重用しないようにして、ただの楽しみの為だけに行くことにしていた。どちらかというと今日食べるものをちらっと近所に買いに行く方が向いてる。今日何を食べるかも決まってないのに、買いだめなんてできるはずもない。

 いつかなんて、新しく出た水色のクリスピーm & mの大袋だけを買ってきたことがある。これで果たして35ドルの元は取れているのだろうかなどと考えた。

 奥の方は寒い。生鮮食品のコーナーはすごく寒いので右アバラつづら折りの最後にちらっと寄って、また背骨を通って頭のレジの方に戻る。次は左アバラだ。左の奥は野菜室があって、もっと寒かった。もう部屋が冷蔵庫なんじゃないかというくらい低温で、北海道の人達でさえ「おぉさぶっ」とか言いながら出てくる。その中に、輸入してきた珍しいフルーツがあった。説明書きもあったが、冷静に読んでいられる程の温度はないので、これぞというものをひっつかんで外に出てやっと商品名がわかる。
 
 小ぶりのイチジクも良かったが、変なドドメ色をしたプラムが珍しかったので、それを選ぶ。カリフォルニア産だそうな。何というか、見たこともない品種で、艶のないグミの実のようなボツボツの質感。赤紫と茶、それに薄緑がまじったような色合い。テニスボールぐらい大きい。
 
 あとはソニアというニュージーランドの縦長のリンゴと、シーアスパラガスという海藻? さんざん見てまわった末に買ったのはこれだけだった。みんな巨大なビニールに入ったのっぺりしたパンをわしづかみにしてカートに入れていたが、そんなもの大量に買って全部食べるのだろうか。
 
 レジで前に並んでミネラルウォーターの箱入りをわざわざ抱え上げてカートに入れていた老夫婦に(レジ)「1家族1個までです。回収します」と言って無慈悲に取り上げていた。なんて厳しいんだ。コストコ「ホール」セールではないのか。制限してどうする。
 
 レジを通ってフードコートでまたペプシのお代わりをもらう。飲み物は確保しとかないとな。いつ失うかわからないのだから。出口でレシートをチェックし、カートの隅に置いといた着替えの入ったズダ袋を(店)「これは?」(娘)「これは関係ない!」そんな冷たい言い方しなくても、洗う前の洗濯物を間近で見せてやればいいじゃないか。

 


 
コメント

横暴旅行社、仲間を呼んでくる~札幌・星空の夕べのはずが、北広島での静養~その1

2025-02-02 22:32:51 | 旅行
Part I ダリヤ
 夏にアメリカの知り合いの娘さんが、日本旅行の途中でうちの実家に寄って行くらしい。古民家の見学か。こちらのとんでも旅行社(笑)はもう北海道に戻った後だが、自分はまだ滞在中で居るから適切に出迎えようではないか。

 数日前に(母)「あの子、新幹線の乗り換えはできないみたい」とは聞いていたが、当日(JR)「急に脱線して全部不通。代行バスが出るよ」(きの)「ちょっと待った!駅まで迎えに行く。」乗り換えもできない人が代行バスの存在を感知するとは思えない。

 結局、新幹線の駅まで迎えに行くことになった。暑い。いつ来てもこの駅は暑い!改札の前のスポットクーラーに貼り付いて待機。送風口と一緒になって動いて待つ。小さい時に会ったっきりだ。はて、どんな顔をしていたか。

 次々に出てくる旅行客を見ながら、それらしい人物を探す。あれかな。いやいや、成長したらあんな風になっているかもしれない。思い当たる面影に一番近いような人が来たので、前のめりで顔を覗き込んで(きの)「ダリヤ?ダリ・・?」話しかけてみたが(女性)「すみません。ちがいます」そそくさと逃げられた。

 このままこれを続けていると大層不審がられるが、ここで逃がしてはもっと面倒だ。と思っているとやけに顔の小さい胴体部分の割合が多いシルエットが現れた。うん、断然これだ。さっきの人は、よく考えたら日本人だった。

 そしておもむろに(ダリ)「具合いが悪い」(きの)「えぇっ?!」どうしたことだ。なぜせっかくのお出かけに体調不良で来るのか。(ダリ)「乗り物が揺れた」日本の新幹線が??さては神経質さんだな。パンとリンゴジュースを買って(きの)「塩分と水分で循環をよくしてみよう」どうにかして治そうと試みるが、その後の攻防にも進展は見られず。(きの)「トイレに行ったらどうか」(ダリ)「混んでる」(きの)「電車で少し寝てみたら」(ダリ)「寝ない」

 この光景は、なんかどっかで見たことがある。すごい既視感だとぼんやり思いながら、在来線でLINEのグループのなり方について喧々諤々の議論を交わしていて、ふと見たら空いてるわけでもない車内で他の乗客が自分達を中心に遠ざかっていた。

 そうか、この人はずっとそうだったんだな。忘れていた感覚を思い出してしみじみとしたが、ただ単にうるさかっただけかもしれない。そうこうしている内に駅に着いた。なんだか非常に疲れた。



Part II レタラとの出会い
 去年の晩秋、北海道にて日が暮れてから近くの公園を通って高架の下をくぐる小道にさしかかった時、橋の向こうの暗がりを灰色の大きな猫が走って行ったように見えた。雪を踏みしめ近づいて行くとダラリとしたシッポがやけに太く、猫にしては大きすぎる。

キツネだ。

 初めて見た。足の長い柴犬が持ち上がったような今までにないシルエット。足をクロスさせてウロウロとこっちの様子をうかがっている。ここ通りたいのかな、と思ったからくるっと引き返してそばの階段を上がろうとして振り返ったら、すぐ後ろまで近づいて来ていた。


 さて、どうしたものか。犬と同じなら逃げても追いかけてくるのか。小さい頃、イトコの家の大型犬を気軽に散歩に連れ出してひどい目にあって以来、犬は苦手だ。このまま走って一緒に家まで帰って、それでどうするというのだろうか。

 数年前、実家の家の近くの山で木を切っていたら、通りかかった婆様が昔ここでキツネを見たと言っていた。目がつり上がっていたらしい。もしあれがキツネなら、本当につり上がっているのか見せてほしい。そう思って背中を向けて逃げるのはあきらめ、正面を向いて対峙してみた。

 さぁ、見せてくれ。両手を広げて立ちはだかっていたら、目前まで来て「てへっ」とばかりに顔を伏せ、そそくさとすれ違って行った。

人間??

 なんだあの近江の番頭さんのような物腰は。絵本に出てくるずる賢い商人のイメージに納得がいった。そのまま遠ざかって行きながらも時々雪の斜面を駆け上がっては降りてきたりして遊んでいる。その後ろ姿に精一杯の小声で(きの)「車に気をつけるんだぞー。道路に出ちゃダメだー!!」呼びかけた。


(きの)「それがレタちゃん」 (娘)「?」

 足先の黒いうす汚れた白ギツネだったのでゴールデンカムイにあやかりレタラと名付け、エキノコックスの心配などしながら温かく見守る。アイヌ語なのだろうけど、学名などのギリシャ語でLuとかLeから始まる言葉は白を表すから、理にかなっている。レタスの茎から出る白い液体とかカフェオレのレとか。Rなのかな。

(きの)「レタちゃんはねー大きくなったらオオカミになるんだよー笑」(娘)「・・・。」種が違うと思いますが。小さいころからそうやってよく騙されてきた。(きの)「子猫の小枝ちゃんは大きくなったらタイガーになるんだから、今の内にせいぜい親切にしておくといいよ」その優しい嘘を大人になっても覚えていて、タイガーにならなかったじゃないかと詰られた。

 キツネはそんなに嫌いではないということがわかったが、公園にいた猫さん達がいなくなったのが気にかかる。まさか食われてしまったのか??肉食?春になり、いつか通りかかったらサビが一人でぽつねんとたたずんでいたので(きの)「(涙)どうか皆さんによろしく。天国の皆さんに。ヨヨヨ」などと声をかけ、あやかしを見るような目で見られて傷ついた。

 その後もまた夜に通りかかったら、うすよごレタラは笹薮の近くから並走してきた。害がないのでそのまま一緒になって走っていると、少し先の街灯に照らされる耳が見えた。(きの)「ん?」ということは2匹いるのか。と思っていると入り口の方から駆けつけてくるレタラその3が見え、もう誰がどれなのかわからない。夏になり最近は見ないが、どうした。猫達も戻ってきている。ただ嫌だから逃げていただけなのか。

 お盆の終盤に店を探して繁華街をさすらっている時に、遠くの幹線道路に横たわるベージュの背中を見たような気がした。家に帰ってきても気になる。あれはレタラだ。そうに違いない。(娘)「電話?」今日は土曜で役所は休みだ。道路関係の連絡先を探している内にロードサービスの車がやってきた。誰かに先をこされた。とりあえず出て行ってこっそり祈ってから帰ってきた。

 そういえば冬に、公民館のとこにエサをやるなとか貼り紙があった。安住の地を追われてこんな街なかの公園で暮らしていくことになった結果があれなのか。だから気をつけろと言ったんだ。賢そうだからわかってくれると思っていた。(きの)「電話したってレタラは帰ってこない。」じっと窓の外を見る。



そのIII 旅行 クラッセホテル#411 9,000円
 夏の終わりに出かける目的として「新札幌・夜にやってるプラネタリウムの夕べ」のはずだったが、調べてみると解説がやってないらしい。(娘)「もういい。保養だ!プールに入りたいよね!」(きの)「はぁ」星空はどこへ。札幌の近くの北広島の森の中にある保養地に出かけて行くこととなった。


 行く前に地図を見て確認。(娘)「ホテルからハチのようなバスが来ます」 蜂のようなバス??(娘)「他に何かしたいことないの」保養地で?(きの)「さぁ」森を散策したり?(娘)「いったい何がしたいのよ!」ひどい。(きの)「じゃあコスコに行きたい」Costco?

(きの)「うむ。」なぜか日本に帰ってからというもの、今まで住んだ場所のどこにもない。いつかの3月に横浜のイトコと行こうと思ったら、ダイヤモンドプリンセスが大変なことになって話が立ち消えた。(きの)「♪コスコー!コスコー!コスコスコスコー」なんでも歌にすればいいと思ってる。しかし、どうせ年会費もディズニーランド並に高騰しているに違いない。高校生の頃は1日パスポート5千円前後だったけど、今は1万円近くするらしいし。

 調べてみると年会費4千円。そうでもない。昔も35ドルぐらいだった気がする。住所の証明が必要らしいので、ちょうどいいのを持っている旅行社の方で取得する運びとなった。

 北広島はなんたらいう野球場で大賑わいの地方都市だった。駅の周辺だけに高層マンションが乱立し、今作ったばかりのホームに降りてあたりを見回すと、近代的なガラス張りのドーム型屋根がなんと(きの)「開いている」冬にはもちろん閉まるんだろうねぇ。そうでないと駅の中が雪だらけだ。

 どこかにホテルの送迎シャトルバスの乗り場があるはずなのだが。あの「Fビレッジこちら」と書いてある看板がそうなのか。Fビレッジって何だろう。Forest(森)かな。それとも妖精さん(Fairy)? Footballは関係ないし、A~Eまであるのかな。あとはFail(失敗)とかFool(ばか)とか。なんだか Fワードの集合体みたいで印象が悪い。

 おや、ここで昼飯の時間だ。駅にあった観光案内所で聞いてみると、困ったような顔で西側には喫茶店があります。東には何もありませんというようなことを言った。何もないってどういうことだろう。荒野でも広がっているのだろうか。新規開拓ならあながちありえなくもない気がした。

 喫茶店があるのなら、そこに行ってみよう。駅を出て歩いて行くと煤けた低いビルディングに飲み屋と思しき店が2,3軒。どこもやってないような時間帯だが??あの店はやっているのかなと検討をつけて近づいてみると(きの)「ジンギスカンは嫌だ!」急に好き嫌いが始まった。なんか食べれない。どうも食用の気がしなくて羊は食べれないのだよ。

 スーパーの入り口があった。地図で見ると駅前に生協があるらしいのだが、これかな。入ってみると衣料品や花を売っている。それにしてもなんだこの長いスーパーは。そして寒い。冷房が効きすぎてる。突き当りに食料品売り場があった。ここが生協?と思ったら違うみたいだ。ここが1つめのスーパーの終わりで、生協はこの先。長すぎる。野菜売り場には、黄色いスイカや、なんと珍しいクレメンタインを売っていた。まぁいいや、後で買えば。この先の生協にも行ってみよう。店を出て少し行くとスーパーが2軒あった。ありすぎだろう。

 とりあえず右の小さい方へ。地元で採れた野菜などを売っているようだ。真っ赤なトマトや手ごろなスイカ。とてもいいのだが品質管理が良くない上にコバエが飛んでいた。敷地内に生えている大きな針葉樹といい、ここが元からあった店のような気がする。だとしたら、左側の生協はその真隣に出店したことになる。そんな性格の悪いことをするのだろうか、コープさっぽろよ。とりあえず入ってみる。

 広い店内で、半分から向こうはまたさっきの店と同じような衣料品を売ってる。2軒も必要なのかな。そして、ここに至り、満を持して最終奥義を持ち出してきた。

(娘)「具合いが悪い。」

(きの)「えぇ!?」どうしてこんなに駅から最も離れたところで具合いが悪くなるのか。とりあえずいろいろと思いつくままに打開策を検討。(きの)「ああしてみれば、こうしてみれば」(娘)「ううん。特に」ごく最近どっかで見たこの光景。やっぱり仲間だったか。

 奥まった所に置いてあるイスに座り込み、盛大な沈黙の後にポツリと(娘)「温かいものが食べたい。」温かいもの?さっきのスーパーが寒すぎたのか。ここにはレストランなんかどこにもない。コンビニ・・・」そんなものはこの駅前に存在していない。なぜかスーパーが3軒あるのみ。


あとは森。


(娘)「あったかいものが・・」(きの)「探してきます」ベンチに残して食料を探しに行く。おにぎりやインスタントの味噌汁を見つけ(きの)「お湯はないでしょうか」(レジ)「ないです」くそう。予想が外れた。プランBとして用意していた茶わん蒸しをレジの向こうの電子レンジで温めて持って行く。一応食べたが、ぬるいのか(娘)「温かいもの」うぅ。少しだけ勢いを取り戻しむしむし食べている。

 その隙に自動販売機?そんなものははなから存在しない。どうしよう。うろうろ探し回っても時間だけがいたずらに過ぎていく。レンジで温められるもの。レンジで温められるもの。う~~~ん。(一休)「ポクポクポクポク・・・・・チーン!芋?」


芋?!


 芋をどうするというのか。そんな高度な調理ができるほどレンジの仕様に長けていない。(きの)「そうだ!」最近はなんとかっていうレトルトのスープがあったはず。前に見てこんなの誰が買うんだと思っていたが、今こそあれが大活躍する時だ!思いついて大急ぎで探しに行く。

 はて?何のコーナーにあるのだろう??大好きなもつ煮はコンニャクの売り場にあった。スープはカレーの一種だろうか。行ってみたらボンカレーの近くにあった。シリーズでミネストローネやクラムチャウダーなども出ている。これを説明通りにチンすればいいのだな。(レジ)「スプーンは有料です」ちんけなスプーンを20円も出して買わされた。

 その他食べれそうな惣菜を買って行き、どうだとばかりに並べてみると、少しは琴線にかかるものがあるらしく、手前のパプリカの酢の物などをついばんでは温めたスープをすすっている。もうこの病弱旅行社には頼っていられない。自分で道を見つけねば。どれどれ。HPで見たところ、送迎バスは1:25というのがある。場所はさっきの極寒スーパーの真ん前ではないのか。今は1:08。これなら間に合う。

 残りの食料をものすごい勢いで食べ始め、空になった端からゴミ箱に放り込む。さて出発だ。出て二手に分かれる。ホソボソと暖かい路上を行く方と、縦長の店を突っ切ってクレメンタインを買う方。競歩のような足取りで入っていき、みかんの入った袋をつかむとレジへ直行。大急ぎで払って先を進む。次のバスは2:45。乗れなかったら3時まであのジンギスカン広場で何をして過ごせばいいんだ。途中の花屋の時点で見た時計は23分。フッ、勝った。悪いが勝たせてもらう。カカシ先生のフラグ発言を思い浮かべながらひたすら歩く。

 ところが店を出た近くにあると思っていた停留所らしきもはなく、停まって待っているであろう送迎バスもいない。もう1本向こうの通りではないのか。と疑い始めた時に、遠くのロータリー入口あたりから黄色と黒のマイクロバスが曲がってくるのが見えた。確かにハチのようだ。左側からはいつか分かれた路上部隊がゆっくりと姿を現してきたが、そこからでは角のマンションが邪魔になって見えまい。

 ここで置いて行かれては一大事とばかりに(きの)「あぁっ!あれではないのか!」大げさに指さして、身振り手振りでわあわあ言いながら近づいて行って見事に合流する。見たか、この遊園地の観覧車のごとき乗り込みを。いつもギリギリだとわめいているが、今回が史上最速の乗車だ。

 警戒色の送迎バスに乗ってしばらく普通のひなびた道を走っていたが、途中からウッズという感じの涼し気な雑木林に入り込んだ。曲がりくねった小道が白樺と巨大なフキの間をどこまでも続いている。(きの)「あぁ軽井沢というか、どっちかって言うと蓼科(たでしな)だな」東急のハーベストクラブといういかにもな保養地に、またいつもの母の恩師の計らいで行ったことがあるが、霧に包まれて厳かで確かにこんな感じだった。

 バスの車内でも思ったが、着いてもまわりは上品な老夫婦でいっぱいだった。ロビーの端にゴルフバッグがずらりと並び(娘)「若い人は?」(きの)「だって保養地だもん。クスクス」そういうところも蓼科だ。ゴルフコースと温泉もあるらしいが、あいにく今回はテニスとプールが目当てだ。

 小高い丘の上に建つホテルは、気温が多少ひんやりしているが日射しがまぶしい。着いてもまだチェックインの時間ではないので、ロビーのソファーで休みたい。具合いの悪い人を連れてここまで来るだけで、ナゾの精神的な疲労感がすごかった。

 具合いの悪い人はおしなべて同じような態度を取る。こちらの提案が不充分な上に矢継ぎ早すぎるのか。それとも若者はみんなこうなのか。同郷の者どもめ。いかんともしがたいではないか。

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ベントラルホテル(#703)7,800円 7/25/2024

2024-12-28 14:55:16 | 旅行
 旅先で急に葬式に出ることになった場合、そんなこと言われたってまさか準備して来てるわけないから困る。しかも滞在先は夏だというのに風呂が壊れ、洗濯機は元からない。よく利用する横暴旅行社(娘)は休暇が終わったとかで北海道に先に帰ってしまった。

 黒い服はたまたま着ていた(これが原因で以前船で小さい子共達に殺し屋認定され逃げ回られた)。ジャケットは・・・ジャケット・・・。見ると部屋の隅に古いジャケットがひとつポツンとぶら下がっている。これは20年ぐらい前に買った。古いから置いて行ったやつだ。小さいが、着て着れないこともない。

 とりあえずコンビニに香典袋を買いに行く。そこへ出てきた件の怪しい旅行社。事情を聞いてはるか北の大地から遠隔で近所のホテルを手配してくる。風呂に入れということだな。洗濯物もたまっているし。ついでに前から狙っていた台湾料理も食べてみよう。ということで日も暮れた頃、大きなバッグを担いで季節外れのサンタが出かけていく。

 前から建物は何回も見たことがあるが、あまりに近すぎて泊まることなんてないだろうと思っていた。親戚達は法事の折に泊ったことがあるらしい。市内で一番まともなホテル。のはず。

 近づいて行くと駐車場にはワゴン車が多く、なぜだろうと思った。フロントに着くと(貼り紙)「洗濯機は使えません。何者かがコードを全部切って今調査中」(きの)「ええ!!」何のために来たのか。そういうことは最初からホームページで言っといてくれないと。(フロント)「すぐそこにコインランドリーがあります」うちの近くにもあるわ!!なんなんだこのホテルは。

 たまに思うのだが、小さなホテルのフロントには、煤けたような顔色の冴えないスタッフがいる。ここにも幸せをどこかに置いてきたことにも気づかないような、うらぶれた若い女性がいた。仕事柄3交代の睡眠不足じゃないのか。彼女は、コードを切る客筋に心底怯えているようだった。

 その他(注意書)「シャンプーはエレベーター前に置いてあるのをご自由にどうぞ。ただし備え付けの小皿に使う分だけ。」数個並んだボトルはどれもありきたりの機能を全面に押し出したカー用品売り場と見まがう豪胆なデザインのものばかり。「毛穴サッパリ」「アブラ丸ごと洗浄」「殺菌!消臭!」「立ち上がりが最高」「あきらめない!」スローガンかな。ナナメに書いた太字の「トニック」という文字が踊る。

 8千円近く払って全身からこんないかにもみたいな安っぽい匂いをさせて葬儀会場に行ってたまるか。せっかく泊りに来たのに、つまらん。との思いからまずは洗濯を仕掛け、隣のドラッグストアへ行って池のメダカの為の浮上性のエサを買い、ついでにシャンプーも買おう。

 さすが大きいドラッグストアだけあって、ずらっと並んだシャンプーはどれも同じに見える。ヒマだからって熱心に原材料を全部ジロジロ見た結果、オーガニックのような名前の一番意味の分からない体に良さそうな高いやつにした。なんでもハーブとスパイスがいっぱい入って柑橘類の匂いがするそうだ。トニック!などとは書かずに「頭皮の環境を整える」と冷静に書いてある。

 そしてなんと天然由来99%だそうだ。たまに玉ねぎの皮やミカンの皮、昆布の根元などが入ったお茶の原材料を見ていると、生ゴミの汁・・・?と思うことがあるが、これはきっとちがうのだろう。品のあるいい匂いをさせつつ、頭皮の環境を整えてくれるに違いない。そしてシャンプーと書いてあるが、これで体も洗うつもりだ。頭皮と全身の皮膚は繋がっている。製造者の意図とは違うかもしれないが、頭を洗って良いものならば、きっと体にも良いだろう。

 もしかして街なかのビジネスホテルなら、貸自転車があるかもしれない。と思ったらやっぱりあった。8時になったので一番軽そうなのを借りて颯爽と飛び乗り漕ぎだしていく。最終的に大通りを真っすぐ行って右に曲がるのなら、すぐそこの横道に入って民家の植木など眺めながら右に右にナナメに行くのもまた乙。大丈夫、一回もこの町内に来たことないけど方向はだいたいわかるし。

 ところが見たこともない細い路地が次々と出現し、迷路のような構造になっていた。まずい、こんなところで行き倒れては葬式に行けない。ほぼ迷子になりながら心細く進んでいると、隣の家との隙間から急に桶を持った花柄ワンピースの婆さんが裸足で飛び出してきてビックリした。我に返ってよそ者の目で見てみれば、いかにもここは西日本だ。夜でも気温の下がらない生暖かい風が吹き、黒ずんだブロック塀から出たヤツデの黄緑色の新葉が、台所の鈍い明かりに照らされ光っている。

 ふと、ここはどこだろうという既視感の逆の感触がした。よく知ってる家の近くのはずなのに、もはやどこかもわからない知らない土地の知らない町のようだ。小さく並んだ窓の一軒一軒にそれぞれの家庭がある。自分の知らない間にここにはそういった何世代もの日常生活があったんだ。炭鉱の盛衰も、シャッターが閉まった飲み屋の悲喜こもごもも。

メシ時の人んちをジロジロ見てないで中華に急ごう。

 前方に車通りが見えたのでそのまま出たらなんと店の前。しかし近づいて行ってみたらなぜか今日だけ臨時休業!おのれ。せっかく中華の気分で来たのにどうしてくれる。くそう。勝手知ったる地理感覚でショッピングモールがある方向へと暗闇の中、踵を返す。パスタ屋があったはずだ。夜とはいえ最低気温29℃の中あんまり空腹でウロウロするのはよくない。決断は迅速に。

 年中無休ではなかったのか。なんで急になんでもない平日に休むのだ!この世のすべてを恨みながらこぎ続け、次なる目的地へと一心に向かう。ショッピングモールがわけもなく休むはずないから大丈夫だろう。しかし、閉店時間というものがある。ここを逃したら、もうどこに食べ物屋があるのかなんて、本当に心当たりがない。飲み屋はいやだ。ひぇぇぇ。

 弱虫ペダルの巻島先輩ばりのストロークで駐輪場に滑り込み、店に入れば勝ったも同然。(きの)「(扉)バァーン!!何時までですか。ゼ~ゼ~ッ」(店)「9時まで」あと40分!気もそぞろでメニュー表を繰り目についた緑色のスパゲティーを注文。ドリンクバーも頼んでジンジャーエールにレモンの果汁を2個入れ、勝手なビタミンCドリンクを作成。高速で食べて力もみなぎり、今度は左回りに別の道からホテルに帰ろう。

 途中でスーパーに寄って巨大イチジク4個とぶどうパン、飲むヨーグルトを買う。あとで栄養補給にホテルで食べよう。シメシメ。誰もいない夜の街をうぉぉぉぉとばかりに走り回る。葬式に出るんだ。世話になったあの人の為に。



 帰りにコインランドリーに寄ってみたら、洗濯&乾燥が無事完了していた。ふと見ると子供服の無料配布というのを行っている。ほぅ、良い行いだな。フロントであの幸薄そうな姉ちゃんに(きの)「中華休みだったー」(フロ)「あらー」(きの)「そのままモールまで行っちゃったよ」(フロ)「ハハハ」なごんだところでおもむろにさっき路地を爆走していた時に思いついた内容を披露してみる。

(きの)「ねぇこのコード切ったていう、これさーよく作業服に油が付いたまま乾燥機に入れると火が付くって言うじゃん。それで焦った人が機械を止めようとして持ってた工具で切ったんじゃないのか。どれかわからないから全部切るしかなかった」まくしたてたところ(フロ)「・・・・・・・・・・確かに。」なんだその沈黙は。そうでも言わないとまたしゃべり続けるぞ。

 不肖・迷探偵きのが推測するに、刃物を持った愉快犯がこの市内をうろついているわけではないと思うよ。むしろ火災を防いだヒーローだ。ただ、このままでは器物破損しただけの人物になってしまうと怖くなって逃げたと。業者の大半は割に小心だが、基本いいやつらだ。だからもう客に怯えるのはやめて、ランドリーを再開してくれ。せっかく来たのに、洗濯もできなければ中華も食べれなかったんだ!!どうしてくれる。結局この人は私怨でわめいているだけだ。

 さて、せいせいしたので部屋に入り、夜景を楽しもうではないか。どれどれ窓は・・・と。昔の建物だからきっと開くだろうと思って見てみたら、あの苦手な1枚ガラスを社交ダンスのようなスィングでガショーンと勢いをつけて外に投げ出されるやつだ。

 写真付きの(説明)「左右のレバーを持ち、このように開けます!」そんなとこにビックリマークを入れる意味がわからん。力いっぱいやれということか。(説)「そしてガラスが90度縦に開いたところでストッパーにロックがかかり・・・」だからそれを戻す時に身を乗り出してレバーをつかむのだろう?高層階で。

(注意)「風が強い日に開けると風圧で閉まらない上に壊れる。弁償して」そんな窓にするからだ。何なんだこのホテルは警告ばかりで。落ちないように気をつけてと言うならともかく、弁償の話ばかりするとは。ホテルがうるさいのか。それともお行儀の悪い客ばかりなのか。

 その自慢の高層階の窓からは、家から見えたことのない海が見えた。別の方向には街明かりが続く幹線道路が。こんな角度から自分が住んでいた街の全貌を見たことはない。小さい町だと思っていたが、なかなかどうして、やるじゃないか。

 ふと、眼下にあるボロボロの屋根に目がいった。空家?それにしてもすごいな。入り組んだ3棟のうちの全部がボロボロで、よく見ると、緑、黄色、グレーに黒と、1枚1枚ちがう瓦がはまっている。どうやったんだろう。あんなに色とりどりの修理?持ち主が?屋根に登って自分で?俄然興味がわいてくる。

 お湯が入ったので、お待ちかねの風呂にゆったりと浸かってみる。買ってきたシャンプーで無意味に何度も全身を洗う。あんなタレのカップ1杯で足りるものか!後でじっくり見ようと思っていた原材料を読む。

普通のグレープシード、ラベンダー、ホホバオイルや、セージ、タイム、ビルベリーの他に、

ヨーロッパ木苺の種の油、ビワの葉、ダマスク・ローズ、サンザシ、エルダー、カンゾウ(もはや漢方)、ツボクサ(熱帯魚の水草?)、イタドリ、マロニエ(毒は?)など、珍しいものも入っている。

その他、キュウリの汁、カラシ、ゴボウ、茶、サトウキビ、メープルシロップにオレンジジュース!

 なぜこれだけ入って堆肥の匂いがしないのだろう??と不思議に思いながらクンクン嗅いでみる。最近の敵・シリコンは入っていないらしいが、この99%天然の原材料が全て頭皮に浸みこむのなら、一緒に入ってる保存料や界面活性剤だって浸みこむだろう。

 そんなに頭皮のことを考えるのなら無添加の牛乳石鹸で洗い、あとは市販のブルドックソースでもかけておけばいい。ソースにはだいたい体に良さそうなもの入ってるよ。果実のエキスとか、いろんなスパイスとか。保存料もないし。


 書類を仕上げ、オシャレな血界戦線を見ながらイチジクをすすっていると、なんか寒い。頭を洗って放置していたからだろうか。エアコンの設定温度は・・・・と壁を探したがそれらしいパネルもなく、ベッドサイドのつまみが(表示)「低」。

 低ってなんだよ。低と中と高の3段階しかない。だいたい今何度なんだ?何に対しての「低」なのか。高ならもっと寒いのか。送風口から吹いてくる風がベッドの方まで来ているから良くないのでは。(きの)「ゴトゴト」イスを引っ張ってきてフロントで渡された領収書を、持っていたありとあらゆるシール(バンドエイド、イチジクパックのフィルムについてたテープ、シャンプーの宣伝ポップ)で貼り、送風口の右側だけを閉じることに成功した。

 明日もまた、暑くなるんだろうな。乾いた風と埃っぽいアスファルトからの熱気でせっかく洗ったのに何もかも元通りになる。まぁいいや。空調も調節したし、ぐっすり眠る。


 朝、気分良くカーテンを開けてセミの声と共に昨日見つけたモザイク瓦を確認し、なんと煙が出ているのを発見。かかか火事!?うそっ??早くどこかに知らせないと(きの)「ん?」よく見ると家の隅に煙突があり、モクモクはそこから出ている。ということは、煮炊き??人がまだ現役で住んでるんだ!あとで絶対見に行こう。

 鼻歌交じりで下りて行き、階下のフロアで朝食だ。ホテル自慢のお茶漬けとやらにはあまり興味をそそられなかったので、ナスの煮びたしなどをつつく。せめてオレンジジュースが飲みたいが、あるのは変な粉を溶かしたようなレモネードばかり。下の駐車場から次々とワゴン車が出て行くのを見る。ここは広い宴会場もあって昔は立派なホテルだっただろうに。

 メシ後に、ここぞとばかりに風呂に浸って昨日買ったシャンプーをブシュブシュバスタブに投入していたら電話。ビショビショの状態で出たら親戚の(婆様)「どこにいるのぉ~?」(きの)「えっっ?いま?今・・・は近所のランドリー。すぐ帰ります」近所に泊っているとは言えない。ちっとも休めない。

 何かに追われるようにさっさとチェックアウトしてホテルを後にする。早めに出て下の個別瓦の全貌が見たい。フロントには昨日のあか抜けない姉ちゃんはいなくなっていて、外国人研修生らしきインド人のような女の子がいた。仮にシンシアと名付けよう。遠い国から来たシンシアは愛想も良く、細かい気遣いが要求される職場でも他の同僚と遜色なく働いている。(シンシア)「また来てくださいね」うん、じゃあね。バイバイ。


 瓦の家は前にまわってみたら何ということはない、昔の店舗のまわりに板張りでガードしてある普通の家で、外からはうかがい知ることができなかった。あれは泊った人だけが見れる不可思議なワールドだったのかもしれない。

 家に帰り、葬儀の用意をしていて気がついた。シャンプーがない。昨日買ったあの栄養満点のやつ。何でないんだろう。荷物や洗濯物を全部ひっくり返してあらためた結果、本当にないということが分かった。何の銘柄かもわからないのに1回しか使ってない。そんな。

 ふと、思いついてホテルに電話してみた(声)「ありますよ」シンシアだな。(シン)「それってオルガニカですよね。タカイヨ。」さぁ。でもここで知らないと言い張ってもらちが明かない。泉の女神にバレないように(きの)「そう!それです。ありがとうございます。取りに行きます。皆様によろしくお伝えください」途中で寄ればいいや。

 良かった、珍しいのにしておいて。そうでなければ、あのエレベーター前の下劣なシャンプー群に混ぜられて、あまつさえ共用の備品を部屋に持ち込んだ不届き者という目で見られるところだった。これはなんか違うから取っとこうと思ったお掃除の人、慧眼です!

 知人の葬式にシャンプーを持って現われるのはいかがなものか。茶色の紙袋にでも入れて丸めて持っておこうかとも思ったが、形状からして酒瓶を隠し持って来た人物と思われてもいけないので、隣の家の婆様から香典をことづかるついでに葬式用大バッグというものがあるらしく、それを借りてそれらしい着替えなどを2,3入れておく。遠方の葬儀には大活躍するそうだ。 

 昼前に話し合った結果、裏の家の婆様も一緒に行くことになった。行くのはいいが、さぁて困った。どんな理由で近所のホテルからシャンプーを持ち出してくるのか。

 運転手に頼んで途中で降りて、手ぶらでエントランスをくぐる。フロントのシンシアに、また来たぜとばかりに大げさに合図して出してきてもらったシャンプーを、こっそりポケットに忍ばせてきた当該ドラッグストアの袋に入れてもらい、これだ!と見せびらかしながら出てきて堂々とタクシーに戻る。

 用意した言い訳はというと(きの)「いやー先日東京の親戚が泊まることになって、その前にどんなところか下見に行った時に、隣の店で買ったシャンプーをフロントの台の上に置いてすっかり忘れて帰って来ちゃったーわはは」ずいぶん作為的だが特に裏の婆様は怪しむ様子もなくスルー。今から始まる葬式の方が気になるみたいだ。

 式は滞りなく進み、説明の途中で喪主が泣いたら皆泣いてしまった。曹洞宗だというが、僧侶の衣装?が奇抜。地味な浄土真宗と違って目の覚めるような黄色。山吹色というか、栗きんとんのような艶やかな黄金。ミャンマーや唐の時代、普茶料理のような異国感があり、そして要所要所にドラの音が入ってくる。

 遠慮して後ろの方に座ったのでよく見えない。シンバルの(音)「ジャーン、ジャーン、チーン!ジャンジャンジャンジャン ショリショリショリショリ・・・」何が行われているのだろう。最後は祝詞のような文言と、どうやら真言、般若心経もあって仏教界すべてを包括するかのようだ。演奏が高まり、40分ぐらいかけて全行程が終了。僧侶はフサフサの毛束をたずさえて去って行った。

 帰りは(きの)「タクシーを呼びたいんですけど、どこが近いでしょうか」(職員)「それなら駅の方から呼びましょう」呼んでくれた。乗ったら乗ったで後部座席で、着いてからどっちの家の前に停めるか、ああでもないこうでもないと盛んにやり取り。(裏)「おたくの前に」(きの)「いいやお宅の前。だってうちに停めたら日なたを歩いて家に帰るようになるでしょう?外は35℃ですよ。はっはっは」などと和やかな時間を共有していたら、


(運)「どっちでもいいですよ。どうせ両方とも家知ってるし。」


恐れ入りました。田舎のタクシーはあなどれない。


夏休みに近所のホテルに泊まってどうということはないが、これも楽園の記録ということで書き記しておこう。

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神農ごっこ ~茶の木でお花見からのそば打ち&イノシシ肉~

2024-11-21 17:22:39 | グルメ

 毎年、個人的なお花見をして母の命日を祝っている。本当の命日は違うが、自分で判子を押し、母親が大勢の職員に囲まれて精神病院の扉の向こうに消えて行った日が命日な気がするからだ。

通りの桜が満開で、何も知らない母は無邪気にはしゃいでいた。

 その思い出と共に、実家の近所の桜の下で特別なお茶でも一杯飲もうと思いつき、どうせならと凝り始めて中国の神話に出てくる薬学の祖である神農の「茶の発見」の故事に倣って、原始の茶の湯を嗜んでいる。

 という理由から、春になると京都の建仁寺や二葉姫の社、近所の公園などから賽銭と引き換えに茶の木の下の方の古そうな葉っぱを1枚もらって、ラップに包んで大事に新幹線で運んで来て家の冷蔵庫に安置し、当日に公園まで厳かに運んで茶わんの湯に浮かべて飲む。

 ところが今年は京都に行く機会がなく、入手できなかった。それを隣の婆様に何かのついでに話してみた。昔、父が言っていたが、祖母が戦前に家の近くで茶の木を植えていて、それを摘んでただ乾かして飲んでいたらしい。

 最初に聞いた時は「は??」と思った。狭山茶どころで育ったので、あの面倒くさい大型機械で刈って工場でシステマティックに蒸したり揉んだり乾かしたり色々する行程を経て、やっと飲める状態になるものだと思っていたが、そうでもないのか。
 アクやサポニンなどの毒素を除去している訳でもないのなら、だったら「神農が木の下で飲んでいたお湯に葉が偶然はらり」というシチュエーションも再現できるのではないかと思った。4千年前の伝説なんて、この上ないロマンだ。

 それがどう命日や花見と結びつくのかよくわからないが、婆様は冷静に教えてくれた(婆)「その木ならそこにある」えぇ!?どこに?てっきり開発でもうなくなったかと思ってた。どうやら、いつも花見をしていた公園の生垣の裏側の日陰にあったようだ。

今まで何のためにあんなに苦労して遠くから運搬してきたのだろうか。

 それにしても大きな茂みだ。細い幹が何本もあつまって人の身長の高さでキノコのようにこんもりしている。インドのアッサム種のように上に高く伸びる気はないようだ。剪定してないけど、何十年もずっとこのままらしいから、中国種か山茶なのかな。そもそも古代の中国といったって広いのだから、神農は中国のどの辺にいたのだろうか。
 まぁいいや。今年はその木からもらうことになった。(婆)「どうせなら新芽を摘んだら?」(きの)「一芯二葉か」うーむ。どちらかというと枯れ葉が落ちてきたと思っていたのだが、せっかくなので古葉を2枚と新芽を1つ。ポキ。(婆)「それだけ!?」(きの)「うん。」それだけ。特別なものは少しでいいんだ。

 今年は趣向を変えてみる。いつもポットにお湯を入れて運んでいたが、ぬるくて、はっきり言ってただのお湯と葉っぱで味もしない。こんなのを飲んで神農は「よし、これだ!」と思ったのかという疑問があった。飲んでいた湯飲みではなく、沸かしていた鍋に入ったのだとすれば、もっと温度は高いはずだ。
 そう考えて、沸騰した湯を家でマグカップに入れた葉と貴重な新芽にかけてみた。そのまま古葉だけを引き上げて花見で飲む分として持って行っていつものようにポットの湯を注いで、いまいち味のしない白湯と枯れ葉が入ったような微妙なものを飲んだ。


 暑い。春だというのに日中の日射しがジリジリ差してきてお花見どころではない。そういえば今年はあまり桜が咲いていない。アイスクリームでも食べようか。そう思っていたら、




(知り合い)「花見に来ないか。手打ちそばをふるまいましょう。ジビエもあるよ」



 しょっぱいものにつられて行ってみることにした。なぜ中年というものは一定の年齢を過ぎると作務衣を着てソバを打ち始めるのか。彼の場合、土地を買いソバの種から植える気合いの入りようだ。まさかジビエも狩ってきたのか。

 共通の知り合いと、その最近買った古民家の別荘とやらに行ってみると、ずいぶん山奥の中古の一軒家だった。しかも家具付きというか、これは前に住んでいた人の残していった家財道具ではないのか。食器棚にぎゅうぎゅうに詰まったバブル時代の応接食器セットや、納屋の軒下に吊るした意味不明の伸びた錆ハンガー、古い時刻表など、ノスタルジー通り越してホラーの舞台ではなかと思ってゾワゾワしてしまう。


 音楽家の仲間も招待したとかで、これからまだ何人か来るらしい。玄関の方で音がした。誰か来たのかな。行ってみると慌てた様子の(知らない人)「ねぇこれソバ屋ですよね。どう見ても!開店したんですかっっ」誰なのかな。(きの)「あ、あの、当人は奥でソバを茹でています。」(人)「町役場から来ましたー!どうか一杯でいいから。ソバをくだされー」頼もーぅとばかりに声を張り上げる。どうしたことか、すごい意気込み。(きの)「いいえ、あの、これはまったくの私的な行いでしてゴニョゴニョ」ふざけてやってるだけなんて言い出しにくい。なんであんな旗を出したんだ。

 そうこうしている内に、役場からというので警戒したのか出てきて(知人)「営業許可は取ってないので、友人に無料でふるまっているだけです」きっぱりと言い切った。(役)「そんな!桜の名所だというのに見に来た人が昼に食べるところがどこにもないっ」それはこちらのせいではない。(役)「ここには絶対に食べるところが必要なんです!頼むから」今日会ったが百年目とばかりにつかんだ袖を放さない。双方熱意はあるのだが、(知)「届け出がないんです」いかんせん法律が邪魔をする。

 折衷案として(知)「では今日だけあなたにご馳走してあげましょう。もしも友人であるならばタダで。ね?友人ですよね・・・・????(笑)」だから言え!じゃあ今知り合ったお友達ということで、えへへっ♥とかなんとか言って、味見だけして満足して帰ってくれ。(役人)「いいえ、そんなわけにはまいりません」なんなんだこの見苦しい三つ巴は。

 まだまだ引き下がらない(役人)「じゃあ、あの看板なんですか!」(知)「あぁあれは遠縁の木彫りに作ってもらっただけ。『我隋友』・・・ォウィズ・ユーなんちゃって!ワハハ」もう帰ってもらえ。

 いいかげんソバも伸びるし埒が明かないので(きの)「では、ここで連絡先を交換したらどうでしょう。そうしたら後日メールでゆっくりつながることができますね」(知)「おう、そうだ。そうだ。」(役)「名刺が名刺ドドドド・・・」走り去って行った。
 そしてまた戻ってきて今度はやぁやぁ我こそはの名乗り合いがしばらく続く。もう知らん。ネットで好きなだけその旧ソ連から来たお役人と友達問答をやってくれ。置いて行く。
 あの後、どうやら諦めて帰って行ったらしいが、後から来て(役)「これ、名産(ボソッ)。お近づきのしるし。」しおらしくイチゴなど渡してきたので(きの)「さぁ、これを持って行くといい。」北海道土産のチョコレートを両手にいっぱい持たせて帰す。(ソプラノ)「あれロイズでしょう(怒)!」だってあの奮闘ぶりを見たらもう。

 地元の酔っ払いが来て(地主)「あんたあの人の家族か?」などと愉快な質問を連発。この場にいる全員を誰かとペアにしなければならないのなら、不特定多数の知人の集まりなどもはやトランプの神経衰弱に近い。あまりに無粋なので(知)「お酒呑まないの?」(きの)「飲みません。お酒嫌いなんで。(大声)コーラが飲みたい~~!!」雰囲気が悪くなろうが知ったことではない。こういう悪意を持って空気が読めない発言をわざわざする輩を何と呼ぶのだろう。あとで人形遣いだとかいう婆様がQooをくれた。子供だと思われている。

 家主御自ら作成したというピザ窯の披露があった。もったいぶった説明(知)「レンガを一から積んで下の段で火を起こしこのように熱が循環・・・」(全員)「・・・。」

焼却炉??

 なんかブロックが地味でセメントがグズグズ。品がない。理論上焼けるかも知れないが、あんた建築士だよな。そして、今薪をくべて、今焼こうとしているが、こういう寒冷地の暖房めいたものは全体に火が行き渡ってしばらくしてからでないと機能しない。川原の焚火でバーベキューとは違うのだよ。魔女の宅急便を見てよく勉強しておくといい。キキは手際よくおき炭を奥に寄せていた。

 案の定、上の焦げた生焼けのものを食わされる。火の扱いの手ごろな練習として薪ストーブを紹介しておいた。友人の家にあったが、なんとなく外観が鄙びたSLのようで、今にも走って行きそうで見ていて面白かったぞ。

(知)「次は演奏をお聞かせしましょう」どこから出してきたのか楽譜立てをテキパキ準備しだした。さっきか細いソプラノが酔っ払いに絡まれていたのでよけて(きの)「奥に行きましょうか。」やんわり目立たない暗がりに進んだつもりが、始まってみれば何とそこがステージの真ん前であった。(知)「お?かぶりつきですな」いやな表現をするんじゃない。

 数人でアンサンブルを演奏し始めた。(音)「17世紀の宮廷音楽です。」はぁ。膝を正して静聴する。中に変わった楽器を持った人がいた。(音)「これはリュート。日本に伝わってきたのは信長の時代ですね。」(酔)「ワシの生まれた頃じゃー。」そうですか。

 そしてスコットランドの民謡。ん?これは?すごく聞き覚えがある。隣のDJによるGoogle曲名検索では(画面)「ロッホ・ローモンド」(きの)「ちがう。もっとこう・・・日本語の歌詞で・・・う~~ん」なんだっけ(酔)「こりゃー5番街のマリーじゃ!」(きの)「そうそれ!」たまにはいいこと言うじゃないか。五輪真弓か。パクリ?引用?蛍の光みたいなものか。あーすっきりした。

 次の演目は、満を持しての家主による薄茶のお点前。なぜか茶道の心得があるとかで、奥から厳かに100万円の萩焼の器とやらを出してきて早速むつかしい顔つきで(知)「シャカシャカシャカ」始める。今日は出し物がいっぱいですな。
 物珍しげに見ているとキッチンペーパーのようなものを出してきて(知)「これでゆすいでこれで拭く。」(きの)「・・・。」まさか(きの)「拭くだけ?」(知)「そう、回し飲み(ニッコリ)」うそ!
 不潔!!(きの)「あああ洗ったらどうです!そこの台所にあったファミリーフレッシュって書いたやつでっ」(知)「けけけ。じゃあ順番を1番目にしてあげるよ」そういう問題じゃない!

 京都の堀川で見たあの上品なご婦人も威厳のある渋い着物の亭主も、みんな涼しい顔して回し飲みをしていたのか。コロナ下では全く推奨できない行いだ。いや、普段から嫌だ。人数分用意したらどうか。(きの)「ずずっ」見るからに引きつった顔で飲む。(きの)「苦い」(知)「苦いか。うはははは」大喜び。
 そうこうしているうちにイノシシ肉が揚がったらしい。結局これがジビエと謳っていたやつの正体だな。なぜこんなに大きく切るのかわからないが、手近なかたまりに(きの)「うぅ、ばくっ」思いきってかみついてみる。そんなに変でもない。ポークチョップのようなものか。ソースよりも塩コショウがいける。茶道の衝撃で感覚がマヒしたのか。こうやって人は何でも食べれるワイルドな子さんになっていく。

 そうだ、電話をかける用事があったのだ。ちょっと失礼して玄関の方で植木屋にかける。戻ってくると(音)「ちょっと今なにしてたの?」(きの)「ん?電話してた」(酔)「ここ電波通じてないよ」ええ?じゃあ今の通話はどこにかけていたというのか。ミステリー感が急激に高まった所で(誰か)「もしかしてソフトバンク?」(きの)「はぁ。」(全員)「あぁー!!」みんなauだったらしく、妙に納得してそれぞれ散って行った。ありがとう。某社長。髪の毛より速く走ってるとか言ってすまなかった。
 だからあの「そばの旗」だったのか。友人を招待したはいいが近くまで来て迷った場合、もう携帯で連絡はつかない。やみくもに山道を駆け上がり目についた手近な民家にごめん下さいと訪ねていっても、そこの家の親切な自家製ご飯をご馳走になるだけだ。今どき、圏外の地域があるとは思わなかった。


秘境。


 そんな言葉が頭に浮かんで、なぜ知人がここの土地をわざわざ買おうと思ったのか、なんとなくわかった気がした。きっとここは秋になったら紅葉も綺麗だろうな。

 畑に落ちていたというシカの角をありがたくおしいただいて、夕暮れになり少し涼しくなりかけの敷地内を散策。池にマスが泳いでいた。意外にも山肌に茶の木が自生していて、あ!ここにもあると感慨深く眺める。昔は何でも自給自足だったんだなぁ。

 帰り際、とどめとばかりに(知)「たくさんあるから持って帰りなよ」イノシシを3パックももらって、日もとっぷり暮れた頃家にたどり着いてあの大自然の余韻もそのままにトースターで炙ってレモンをかけて、冷やしたQooでいただく。なぜあの家の冷凍庫にはイノシシの肉が ”たくさん” あるのだろう。狩猟の免許でも持っているのだろうか。
 文明の条件って何だっけなどと考えながら手づかみでイノシシにかぶりついていたら、テーブルの上に冷えたマグカップがあった。すっかり忘れていて何だろうと中をのぞき込んだら、新芽から浸みだした黄色い液体が底の方に葉っぱの形に沈殿している。ずいぶん黄色い。食堂の薄黄色のお茶と違って、どちらかといえばバスクリンのような不気味な蛍光色だ。

かきまぜて飲んでみた(飲んだのか)。

(きの)「これは!」

 うん、断然これだという感じがした。甘いし、ほんのり凍頂烏龍のような桜餅の匂いがする。原始的な白茶に近い。カテキンとタンニンは新芽に多いというから、これはそれらの色なのかな。タンニンで抗酸化し、カテキンで殺菌したのか。

 それならば、推測するに神農は「新芽の出るころ毒で疲れて木陰で湯を沸かしていたところ寝てしまった(意識を失った?)。その鍋に葉っぱが落ちて数時間経つ。水出しのような状態になり、ふと起きて飲んだらうまーっ。病気も治ったし!」寝てたからではないのか?
木陰ということは、やはりインドの方でアッサム種か。

 それを現代でできるだけ忠実に再現するとしたら、まず春に公園の木の下でたき火をし、その前で数時間眠り、起きてやおら目の前の冷めた水を飲んで大さわぎという、なぜだか多方面から心配されそうな行いではあるが。一風変わったキャンパーとして認識してもらえるだろうか。


まぁとにかく4千年前、神農はきっとこんな涼やかな液体を飲んだにちがいない。

これが茶の始まりである。

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因果についての本を読んだ

2024-11-12 14:29:25 | 書評
 因果というと、業だの因縁だの仏教の仲間で難しそうだが、結局のところ「何が原因か」という内容の話。英語で言うとCausationで、理由という意味でしかない。Because(なぜなら)のcause。

風が吹くと桶屋が儲かる問題:
 バタフライ効果とも言う。この場合何が直接の原因でこうなったのかよくわからない。かといって、たまにニュースで聞く「ごはんにふりかけをかけたので刺しました」などというあまりにも直前のきっかけに注目しすぎた突飛な事例などは、どこで区切っていいのかわからない。
 エルニーニョ現象を科学的に認めないわけにもいかないが、突き詰めるとすべての原因はビックバンということになってしまう。あんな人と結婚したのは間違いだったという捨て台詞は、ある意味原因を探ろうとした真摯な姿なのかもしれない。


もう唯一の原因探るのやめたら?:
 という助け舟を出してきたのがヒューム。じゃあもう絶対これのせいと言えるものがないなら、なぜかこれがあると続いてこれも起こるねという、「もしかして関係があるのでは」説でいいじゃんって。注射の副作用とか、アスベストと中皮腫の関係など。心理学なんてみんなこれだ。
 しかしこれもまた、じゃあ夏にアイスが売れて犯罪も起こるから、犯罪とアイスは関係が深いと言われても困る。


なかったことへの大注目:
 橋が落ちなかったのは設計が上手かったからなのか、そうすると不幸が起こらなかったのは祈ったからなのか、確かめるすべもない。


マッチを擦って火が付くような事は簡単に証明ができるけれども、人の心の内などは本人もわからない時がある。

 なぜ、オリンピックで金メダルを取ったのは皆さんの応援のおかげで、ジョーカーのような人物が今までけなしてくれた皆さんのおかげと言っても大多数の共感を得られないのか。

 法廷の場で「なぜ」とか言い合っててもきりがないので、そこそこの所で決めてあるのだろうけど、哲学は別に決めなきゃならない学問でもないので、永遠に「考える」ことを続けてもいいのだ。こういう本は面白い。

できればヒュームにシンクロニシティー(偶然の一致)の説明をしてほしかったな。

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