『 キャスター神話 』
“ キャスター神話 ” が囁かれ始めたのは、1980年代だったと覚えている。 日本では、史上最も多くの二輪車が販売され、最も多くの多くの者がオートバイに乗り、二輪雑誌が一番売れていた時代だ。
4メーカーが次から次へと競う様に新車を発売して、その度に先進的な設計や新機構の装備が必ず盛り込まれていった時代だ。 だから、メーカーの広報部が作成する資料には胸躍る様な言葉が並び、雑誌社やジャーナリスト達は、資料の内容をそのまま読者へ届けていた時代だ。
そういう流れの中、いつしか「 キャスター角が大きい(寝ている)と直進性が良く、キャスター角が小さい(立っている)と旋回性が良い 」という神話が生まれてしまった。 今もその神話は、オートバイ業界全体に蔓延していて、それが強く表れた記事を見掛けたので、ここに紹介しておく。
【 出展元 : ウェビック ニュース 】 https://news.webike.net/2019/10/01/166411/
「バイクはヘッドパイプが直立でも走れるだろうか」
『 直進安定性とは 』
そもそも、「直進安定性」とはキャスター角だけに依存している訳ではない。 特に、四輪車の場合とは異なり、左右への傾斜(バンク)が操縦の前提になっている二輪車の場合、キャスター角に直進安定性を依存する事が出来ないのだ。
工学的に考えれば、二輪車で、低速度域の直進安定性に大きく関わっている設計要素は以下の通りだ。
「 ホイールベース( 前後ホイール中心間距離 )」 ・・ 長い程に直進安定性が高い
「 フレーム剛性 」(主に横方向の曲げと捻じれ剛性)・・ 高いほどに直進安定性が高い
「 タイヤの外径 」・・ 大きい程に方向安定性が高い ( タイヤ接地面の前後長が長い )
「 タイヤの形状 」・・ 接地面の左右幅が狭い程に方向安定性が高い
「 トレール量 」 ・・ 長い程に方向安定性が高い
以上、五つの要素が直進安定性を左右する。
※ 高速度域では、回転モーメント・ジャイロ効果などの要素が直進安定性を高める
※ 方向安定性とは、主に前輪が向いている方向へと進もうとする要素で、車体全体の直進安定性とは指す内容が少しだけ異なります
『 トレール量とテレスコピック 』
上記で挙げた 五つの要素を見て分かるだろうか。 現在販売されている殆どのオートバイでは、「トレール量」だけが、その走行状態やライダーの操作によって、常に変化する事を。
殆どのオートバイでは、フロントサスペンションの形式は、二組のパイプ状部品を組み合わせた[ テレスコピック形式 ]が採用されていて、この形式の特長がサスペンションの動作に合わせてトレール量が変化する事だ。
ブレーキをかけて減速した時には、サスペンションが縮み、同時にトレール量も減り、方向安定性も減り、旋回性が高まる。逆に、アクセルを開けて加速した時には、サスペンションが伸び、方向安定性が高まり、ライダーは安心して加速が出来るという特性を持っている。
車両の仕様諸元(スペック)で確認すれば分かるが、オートバイのカテゴリーや車種を問わず、「トレール量」の数値はほぼ一定の範囲に収まる様に設計されている。 キャスター角の違いには関係無く、概ね、100 ㎜ 前後の「トレール量」になっている事は容易に理解できるだろう。
オートバイが誕生して 100年以上の歴史の中で、1950年代以降になって、一般車にも多く採用される様になったのが「 テレスコピック形式 」。 登場してから 70年近く、一般車だけではなく、MotoGP などレース専用車でも、今なお採用され続けている理由は、「 トレール量 」の変化が二輪車の操縦性と安定性に適していて、ライダーの操作でコントロールが可能だからこそだ。
『 キャスター神話の “弊害” 』
この神話のお蔭で、「 コーナー進入時には、フロントに荷重をかけて、キャスターを立てて旋回性を ・・・ 」などと、安易で理解不足な解説が業界全体の常識となり、多くのライダーも洗脳され続けてきた。
影響がその程度だったら問題は無かったが、そうはいかなかった。 1990年代、1970年代の車両に1990年代のフロント周りを移植するという、“ カスタム車 ” ブームが酷かった。 本来、直進安定性の高い 19インチ前輪に合わせたフレーム(ステム)設計に、直進安定性の劣る 17インチの前輪を装着したから、オートバイの身になったらどうしようもない直進安定性の車両になっていた。
元々の組み合わせであれば 十分に確保されていた「トレール量」や「直進安定性」だけど、組合せを替えた結果、「トレール量」も 「直進安定性」が決定的に不足した。 本来であれば、フロントフォークを 30 ~ 50 mm 程延長しないと、17インチ前輪に必要な 「トレール量」が確保できないのに、キャスター神話の影響で、異常に フロント下がりでキャスター角が立った “改悪車” が多く誕生する結果になった。
そんな “ 改悪車 ” でも、二輪ジャーナリストの手にかかると不思議、名車扱いになって、雑誌社も知ってか知らずか追認状態。読者は正しい知識や情報を得られないままだったが、“ カスタム車 ” だけの現象だったら、被害は少なくて済んでいた。
1980年以降、女性ライダーの増加に合わせて、足着きを良くすると称して “ 低車高仕様車 ” に改造して販売する店が増えた。 それも、メーカー正規販売代理店が堂々と行なっている。 何故、“ 低車高仕様車 ” の悪いかと言えば、フロントフォークの突出しを 10 mm 以上増やす改造が悪い。 メーカー販売状態で 必要にして適正な 「トレール量」に設定してあるのに、その改造で 「トレール量」が 完全に不足するからだ。
販売店の人は言うだろう。 「 乗ってみましたけど、普通に走れますよ 」と。 しかし、フロントフォークは 状況によって「トレール量」が大きく変化する テレスコピック形式のままだ。 街中の違和感は足着き性と引き換えに我慢をしたとしても、フロントフォークが大きく縮む場面、例えば 峠道などの下り坂、コーナー途中に 橋のジョイントなどのギャップがあると深刻、瞬間、トレール量が不足して、安定性を大きく失う場面は必ずあり得る。 それが、ツーリングの途中で荷物満載だったり、タンデムでの乗車だったらと思うと身が縮む思いだ。
しかし、キャスター神話に毒されたままの業界は、そんな大切な事は一切言わない。 それは、低車高仕様にしても、キャスター角は変わらないからだろう。
( 閑話休題 )
『 キャスター角が 0度なら 』
最初に挙げた、“ キャスター角が 0度 ” の自転車の話題に戻ろう。 その仕様を見る限り、理論的に考察すれば、その挙動は簡単に推測できる。
画像を見る限り、トレール量も 0度の設定になっている様子から、低速時の「方向安定性」は少ない。が、オートバイと違って、自転車のタイヤは大径で細いので、タイヤだけでも十分な 「方向安定性」を生んでいるため、大きな問題は無し。 ただし、キャスター角が 0度の為、キャスターアクションが生まれないので、バンクさせてもハンドルは自動で切れ込まないのが違和感として感じる筈。
仮に、オートバイで同様なジオメトリー設定をしたなら、小径タイヤで太い為、タイヤ自体の「方向安定性」が欠けるので、低速走行時に不安を感じる筈。 また、キャスターアクションが無いので、バンクさせても フロントタイヤが自動的に切れ込まず、一気に深いバンク角まで進むか、フロントタイヤのグリップが失われ易い。 まあ、簡単に言えば、フロントから転倒しやすくなってしまう筈だ。
■ 以上、記事を見て、日頃の鬱憤を晴らすかの様に書いてしまったのに、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。今回の事柄も含めて、いつまでも、安全で、楽しい オートバイライフの実現を浸透させる為、機会がある都度、発信を続けていきますので、またご覧ください。
< 解説記事 : 妖怪・小林 >
http://gra-npo.org/policy/yokai_column/list_youkai_column.html
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