蒲田耕二の発言

コメントは実名で願います。

ヘスース・バスケス

2011-05-25 | 音楽
といっても、スペインのサッカー選手のことではない。ペルーのベテラン女性歌手である(昨年没)。男みたいな名前は通称で、本当はマリーア・デ・ヘスース・バスケス・バスケスというらしい。それを短縮して愛称とするからには、現地の人々もスペイン系の長ったらしい名前には閉口してるんでしょうね。

最近、この人の歌にはまっている。きっかけは昨年末、エル・スールの原田さんに聴かせていただいた『Con la guitarra de Oscar Aviles』というアルバムだ。アクだのクセだのがまったくない、スルスル流れる清流のような歌に一遍で魅せられてしまった。

で、ご紹介するのは、たぶん晩年の録音の『Ayer, Hoy y Siempre』(昨日、今日、永遠)というアルバム。タイトルから想像できるとおり、「Todos vuelven」など彼女の著名なレパートリーをステレオで再録音している。

出来から言うと、これは彼女の最良のアルバムでは全然ない。声の老化は隠しようもなく、トラック1など高音の苦しい歌が少なくない。中音域の声の荒れも、かなり目立つ。純音楽的な意味では、上記『Con Oscar Aviles』や78回転盤の復刻アルバム『Canciónes de Oro』の方がはるかに優れている。

それでも敢えてこのアルバムを採り上げるのは、ある意味、彼女の美点を端的に物語っているからである。

どんな歌手でも、デビュー当時は清楚で愛らしいものだ(あ、女性歌手限定)。それが歳月を重ね、場数を踏むに連れて、だんだん貫禄をつけてくる。アマーリア・ロドリゲスのように、より深みのある歌にアウフヘーベンするならそれでもいいが、大抵は単にエラそうな、可愛げのない歌になる。美空ひばりが典型だ。中にはミルヴァみたいに、初めからエラそうだった歌手もいるけどね。

ファドのマリーア・テレーザ・デ・ノローニャは、そういう劣化の比較的に少ない方だったが、それでも晩年の録音はやっぱり構えが少し大きくなっていた。ヘスース・バスケスは、経年変化が極度に少ない歌手だ。ここに収録された「Morenita verde lune」1曲でそれが分かる。歌をうたうことのみずみずしい喜びを彼女がいくつになっても保っていたことを、この無心な名演が立証している。

ただしこのアルバム、音質が極端にひどい。聴いているうちに頭痛がしてくるぐらい高音を強調してある。ヘスース・バスケスの声がこんなにギスギス、メタリックな響きだったはずがない。

そこで、さっそくリマスタリング。中音から高音に掛けて大幅に減衰させ、大きすぎるベースも抑えて、やっとまともな音質にすることができた。後から加えたとおぼしい倍音をカットすると、彼女らしい甘く優しい高音が聞こえてきた。

近ごろはAudacityという高性能でフリーのリマスタリング・ソフトがあるので助かってます。
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ル・バルーシェ東京公演

2010-10-25 | 音楽

ミュゼットとは、音楽小国フランスが生んだほとんど唯一のオリジナルな音楽様式である。全盛期は1930~40年代。したがって20世紀後半はすっかり老衰し、7月14日の革命記念日(いわゆるパリ祭)に虫干しのノリで引っ張り出される程度にとどまっていた。

80年代末のワールド・ミューシック・ブームで一時期復活し、何枚か新録音も出たが、いかんせんプレーヤーが軒並み高齢化していたから生命力の躍る演奏なんて皆無だった。

90年代の半ばだったかな、東京で開かれたミュゼット・バンドのジョイント・コンサートもひどかったね。実態は要するにアコーディオン入りジャズ・コンボで、まあそれはいいんだが、やってるプレーヤー自身がミュゼットという過去の音楽に飽き飽きしてるのが丸見え。無気力プレイの無限連鎖で、ノリというものが全然なかった。

昨夜、ティアラこうとうなる馴染みのないホールで公演したル・バルーシェ Le Balluche(正確には、ル・バリュッシュだろう)は、そのミュゼットを演奏する若手バンド。またあの行儀よくて冗長な疑似ジャズだと困るなと思いつつ出掛けたのだが、意外。これが実に生き生き、心底楽しみながらプレイしている。

もちろん現代のバンドだから、ジャズもやればレゲエもやる。しかし本筋はあくまでミュゼットだということをシッカリわきまえていて、名目ミュゼットの国籍不明音楽になったりしない。

何よりも、ミュゼットがまだ若かったころのストリート感覚をふんだんにまき散らしてるのがいい。だからアコで3拍子を刻んでも、カビ臭さを覚えさせる瞬間が一度もなかった。ミュゼットで客席があれほど沸くなんて、初めて見た。

そのアコがどれくらい巧いのかは、よく分からんが、少なくともマルセル・アゾラやリシャール・ガリアノの磨き抜かれたクロム鋼みたいな冷たい音より、ずーーーーっと好ましかったのは確かである。

まさしく拾いもののコンサートだった。12月にはCDも出るらしい。
『Root's Musette』Taki's Factory TAKI-6005
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