古い本だなから見つけてきました。
水間百合子さんはサッカー日本代表です。
90年、北京アジア大会で銀メダルを獲得します。
そして、水間さんは性同一性障害でした。
日本代表に選ばれた彼女はチームメイトの女子選手に惹かれます。
そして、意を決して告白します。
当時女子サッカー日本代表に選抜されていた私か彼女と知り合ったのは、その代表の合宿でだった。理屈なしで彼女に惹かれた。その頃の私は、誰が見てもその辺にいるサッカー小僧のようだった。彼女も初めて私を見た時、ものすごくボーイッシュな子が入ってきたなと思っていたらしい。そして私は代表経験が長い彼女に、色々とアドバイスを受けに部屋へ話を聞きにいったり、買い物にいったりと、何かにつけて一緒にいる時間を増やしていった。それでもなかなか告白できずに半年が過ぎた。
ある夏の日本代表合宿の時、ついに私は覚悟を決める。ちょうど合宿の気分転換に、ある選手が花火をやろうと言い出してみんなで盛り上がり、そのどさくさにまぎれて彼女に告白したのだ。
「オレさ、前からあなたのこと、とても好きだったんだ」
「え……」
花火も終わり、みんなそれぞれ部屋に帰っていく。
「ちょっと部屋に寄ってもいいかな」
ためらいながらも彼女は「いいよ」と呟いた。
部屋で二人きりになって、思いきってもう一度話を切りだしてみた。
「オレ、本気で好きなんだよ。どうしたらいい?」
「……。私もなんか初対面の時から、男の子みたいな子だなと思って気にはなっていたんだ」
まさに宙を舞うような気分だった。
「じゃあ今度、家に遊びにいっていいかな?」
「いいよ。いつでも遊びにきて。合宿が終わったらオフに入るしさ」
「分かった。オレ、絶対行くからさ」
そして私は彼女にキスをして、部屋から出ていった。
合宿が終わった次の週末。仕事をすませた私は、矢も楯もたまらず名占屋へと向かう新幹線に飛び乗った。この日ほど新幹線がノロく感じられたことはない。
駅には彼女が車で迎えにきてくれていて、二時間ほどで家に着いた。もう夜中の零時、あたりは真っ暗で、物音ひとつしない。
部屋へ入ると、私は彼女を抱きしめ、キスをした。
「ちょっと待って。焦らないで。お腹すいてるでしょ」
ふとテーブルを見ると、たくさんの料理が用意されていた。
「まずはゆっくりお話をしながら、ご飯食べましょう」
「すっごい! これ全部作ったの? オレのために?」
「そうよ。口に合うかどうか分からないけど、せっかくだから一緒に食べましょう」
「ありがとう、いただきます」
食事も終わり、色々話をしながら、いよいよ本題に入ってゆく。
「オレ、本気でお前のこと抱きたいんだよ」
「でも私、女の人とそういうことになったことないんだよ。だから……」
戸惑う彼女に私は夢中で話し続ける。
オレだって、自分から本気で女性を好きになったことないよ」
「そうなんだ。あなたは少年みたいだからさ、私てっきり......」
そんな会話がしばらく続いた後、私は意を決して言った。
「一緒に寝ようか」
「……うん」
そして私は彼女を抱いた。ごく自然に……。
夢のような.夜が明けた。朝食をとり、ドライブを楽しみ、瞬く間に時間は過ぎた。名古屋駅まで送ってもらう車の中で、私は彼女に言った。
「オレたちこれからもこうして会おうよ。また来ていいよね?」
「うん、いつでも電話ちょうだい」
私は幸せだった。練習の後に毎日かける電話だけでも充分な幸福感を得られていた。
しかし、別れは突然訪れる。彼女が私の家に遊びにきた冬の夜、忘れもしない成人式の日のことだった。
「話しておかなければいけないことがあるの」
彼女のいつもは見せない真剣な表情に、嫌な予感がよぎった。そして、その予感は現実の言葉として私に突きつけられた。
「あのね、実は私、結婚することになったの」
「えっ!」
耳の奥で心が砕ける音が聞こえた。いつかひょっとしたらこんな日が訪れるかもしれないというかすかな予感は前々からあった。なぜなら、彼女が女性しか愛せない人ではないことは薄々感じていたから。私がどんなに彼女を愛していても、女である私は彼女と結婚はできない。私が男を愛せないように、彼女も女しか愛せない人ならば、私たちの付き合いがずっと続く夢も描ける。
だが彼女が男も愛せるのなら、いずれ彼女は心を動かされた男と結婚する道を選ぶに違いない。
そういう予感に私はずっと苛まれていた。そしてその悲しい予感は当たった。
彼女かそう決断した時、いったい私に何かできるだろう。もし彼女か結婚という形あるものを望むのならば、私か彼女に与えられるものは何もない。彼女を失いたくはない。だから「結婚なんかできなくったって、オレはお前を幸せにできる」と足掻きたい。でもそれを彼女は喜ぶだろうか。その言葉を受け入れてくれるだろうか。そして何より、一生「同性愛者だ」という誹りを受けても余りあるほどの幸せを本当に彼女に与えられるのだろうか。答えは出ない。結局私は、いつかはやってくるだろうその日に備えて心の中の引き出しに用意していた言葉を持ち出すしかなかった。
「そうか。じゃあもうお別れなんだね」
動揺を懸命に隠しなから呟いた私に、彼女は予想だにしなかった言葉を返してきた。
「なんで? 結婚するからって、私たちか別れることはないじゃない」
意味か分からずにキョトンとしている私に、彼女は言葉を続ける。
「私たちは女同士なんだし、サッカー選手同士なんだし、ダンナには友達だって言っておけば会える時間なんていくらでも作れるじゃない。普通、女同士の関係を疑ったりするわけもないでしょ? だから私たちは今まで通りでもいいと思わない?」
彼女の唐突な提案にどう答えたらいいのか分からなかった。
出所:『女に生まれて男で生きて 女子サッカー元日本代表エースストライカーと性同一性障害』水間 百合子著
「私たちは女同士なんだし、サッカー選手同士なんだし、ダンナには友達だって言っておけば会える時間なんていくらでも作れるじゃない。普通、女同士の関係を疑ったりするわけもないでしょ? だから私たちは今まで通りでもいいと思わない?」
このくらいの強さがないと日本代表にはなれない、と妙に感心したことを思い出しました。
水間百合子さんはサッカー日本代表です。
90年、北京アジア大会で銀メダルを獲得します。
そして、水間さんは性同一性障害でした。
日本代表に選ばれた彼女はチームメイトの女子選手に惹かれます。
そして、意を決して告白します。
当時女子サッカー日本代表に選抜されていた私か彼女と知り合ったのは、その代表の合宿でだった。理屈なしで彼女に惹かれた。その頃の私は、誰が見てもその辺にいるサッカー小僧のようだった。彼女も初めて私を見た時、ものすごくボーイッシュな子が入ってきたなと思っていたらしい。そして私は代表経験が長い彼女に、色々とアドバイスを受けに部屋へ話を聞きにいったり、買い物にいったりと、何かにつけて一緒にいる時間を増やしていった。それでもなかなか告白できずに半年が過ぎた。
ある夏の日本代表合宿の時、ついに私は覚悟を決める。ちょうど合宿の気分転換に、ある選手が花火をやろうと言い出してみんなで盛り上がり、そのどさくさにまぎれて彼女に告白したのだ。
「オレさ、前からあなたのこと、とても好きだったんだ」
「え……」
花火も終わり、みんなそれぞれ部屋に帰っていく。
「ちょっと部屋に寄ってもいいかな」
ためらいながらも彼女は「いいよ」と呟いた。
部屋で二人きりになって、思いきってもう一度話を切りだしてみた。
「オレ、本気で好きなんだよ。どうしたらいい?」
「……。私もなんか初対面の時から、男の子みたいな子だなと思って気にはなっていたんだ」
まさに宙を舞うような気分だった。
「じゃあ今度、家に遊びにいっていいかな?」
「いいよ。いつでも遊びにきて。合宿が終わったらオフに入るしさ」
「分かった。オレ、絶対行くからさ」
そして私は彼女にキスをして、部屋から出ていった。
合宿が終わった次の週末。仕事をすませた私は、矢も楯もたまらず名占屋へと向かう新幹線に飛び乗った。この日ほど新幹線がノロく感じられたことはない。
駅には彼女が車で迎えにきてくれていて、二時間ほどで家に着いた。もう夜中の零時、あたりは真っ暗で、物音ひとつしない。
部屋へ入ると、私は彼女を抱きしめ、キスをした。
「ちょっと待って。焦らないで。お腹すいてるでしょ」
ふとテーブルを見ると、たくさんの料理が用意されていた。
「まずはゆっくりお話をしながら、ご飯食べましょう」
「すっごい! これ全部作ったの? オレのために?」
「そうよ。口に合うかどうか分からないけど、せっかくだから一緒に食べましょう」
「ありがとう、いただきます」
食事も終わり、色々話をしながら、いよいよ本題に入ってゆく。
「オレ、本気でお前のこと抱きたいんだよ」
「でも私、女の人とそういうことになったことないんだよ。だから……」
戸惑う彼女に私は夢中で話し続ける。
オレだって、自分から本気で女性を好きになったことないよ」
「そうなんだ。あなたは少年みたいだからさ、私てっきり......」
そんな会話がしばらく続いた後、私は意を決して言った。
「一緒に寝ようか」
「……うん」
そして私は彼女を抱いた。ごく自然に……。
夢のような.夜が明けた。朝食をとり、ドライブを楽しみ、瞬く間に時間は過ぎた。名古屋駅まで送ってもらう車の中で、私は彼女に言った。
「オレたちこれからもこうして会おうよ。また来ていいよね?」
「うん、いつでも電話ちょうだい」
私は幸せだった。練習の後に毎日かける電話だけでも充分な幸福感を得られていた。
しかし、別れは突然訪れる。彼女が私の家に遊びにきた冬の夜、忘れもしない成人式の日のことだった。
「話しておかなければいけないことがあるの」
彼女のいつもは見せない真剣な表情に、嫌な予感がよぎった。そして、その予感は現実の言葉として私に突きつけられた。
「あのね、実は私、結婚することになったの」
「えっ!」
耳の奥で心が砕ける音が聞こえた。いつかひょっとしたらこんな日が訪れるかもしれないというかすかな予感は前々からあった。なぜなら、彼女が女性しか愛せない人ではないことは薄々感じていたから。私がどんなに彼女を愛していても、女である私は彼女と結婚はできない。私が男を愛せないように、彼女も女しか愛せない人ならば、私たちの付き合いがずっと続く夢も描ける。
だが彼女が男も愛せるのなら、いずれ彼女は心を動かされた男と結婚する道を選ぶに違いない。
そういう予感に私はずっと苛まれていた。そしてその悲しい予感は当たった。
彼女かそう決断した時、いったい私に何かできるだろう。もし彼女か結婚という形あるものを望むのならば、私か彼女に与えられるものは何もない。彼女を失いたくはない。だから「結婚なんかできなくったって、オレはお前を幸せにできる」と足掻きたい。でもそれを彼女は喜ぶだろうか。その言葉を受け入れてくれるだろうか。そして何より、一生「同性愛者だ」という誹りを受けても余りあるほどの幸せを本当に彼女に与えられるのだろうか。答えは出ない。結局私は、いつかはやってくるだろうその日に備えて心の中の引き出しに用意していた言葉を持ち出すしかなかった。
「そうか。じゃあもうお別れなんだね」
動揺を懸命に隠しなから呟いた私に、彼女は予想だにしなかった言葉を返してきた。
「なんで? 結婚するからって、私たちか別れることはないじゃない」
意味か分からずにキョトンとしている私に、彼女は言葉を続ける。
「私たちは女同士なんだし、サッカー選手同士なんだし、ダンナには友達だって言っておけば会える時間なんていくらでも作れるじゃない。普通、女同士の関係を疑ったりするわけもないでしょ? だから私たちは今まで通りでもいいと思わない?」
彼女の唐突な提案にどう答えたらいいのか分からなかった。
出所:『女に生まれて男で生きて 女子サッカー元日本代表エースストライカーと性同一性障害』水間 百合子著
「私たちは女同士なんだし、サッカー選手同士なんだし、ダンナには友達だって言っておけば会える時間なんていくらでも作れるじゃない。普通、女同士の関係を疑ったりするわけもないでしょ? だから私たちは今まで通りでもいいと思わない?」
このくらいの強さがないと日本代表にはなれない、と妙に感心したことを思い出しました。