つづきです。
その一年位前、このアパートの一室で数ケ月も前に死んでいた一人暮しの老人が発見されたという新聞記事を見ました。
敗戦の名残りを濃厚に引きずっでいるとあたしには感じられで長くないであろうこの建物の運命を予感しました。そこであたくしは久しぶりでそこを訪ねました。男娼の店は数軒に減っていて、暗い通路は一層暗さを増していました。その中の見覚えのある中年の男娼の店に上がりました。
彼は淡々とした口調で「もう長い事ないのよ。ここを出たら新宿のドヤ街にでも立つしかないわね、だってあたしはこれが本職だもの」といいながら、あたしのものを馴れた様子で口に含みます。
彼は口をもごもごさせながら「隣の小夜ちゃんは旦那を見つけて日暮里に店を持って出ていったっていうけど嘘よ、絶対に嘘」とか「東京都の建物の中で堂々と商売してきたんだもの都が責任をもつべきよ。あたし遠の将来を、そう思はない?」とか「この頃はかつら冠って商売してる素人がふえて参るの。あたしなんか自分の毛なのよこれ」と喋りまくっていました。
彼がトイレに出ていったあと、改めてあたしは小さい部屋を見廻しました。四畳半をカーテンで二つに仕切り、入口の方には古いステレオコンポと化粧台があり、奥がいわゆるベッドルームで万年床が敷いてあります。壁には一年中の女の服がびっしりぶら下がっていました。
彼等は十二時に店を閉めると、それぞれの住居に帰ります。従って泊りの客をとることは許されていません。
あたしがここを訪れてから十数年になります。たいてい遊ぶ相手は熟女風のベテランを選びます。いろいろな話がきけるしあのテクニックも巧みだからです。
ある時、人のいい男娼にプレイはいいから女装したいと言い、彼の下着とかつらを借りて化粧したことがあります。久しぶりの女装にあたしはかなり興奮し、ここで働きたいからボスに紹介してと彼に本気で頼んだことがあります。
というのは、以前彼からこの十数軒を管理するボスの話をきいていたからです。相撲の親方株のように各店の株があり、その株を買わないと商売が出来ないことになっているそうです。その上ボスに一晩六千円、一と月十八万円を上納しなければなりません。客一入のいわゆる『チョンの間』で五千円、一晩では二人で一万円がいいところ、一ケ月25日慟いて二十五万円、その中から十八万円払って、残りで生活し洋服を買い化粧品を買ったらいくらも残りません。それでもなかなか株を手離す人はなく、新しく参入するにはボスの強力なコネが必要な訳です。
「決してもうかりゃしないわよ。それでも止めないのはみんなこの商売が好きなのよ。この道に入ったら本当に抜けられなくなるわよ。あたしは十二時すぎると、森の中で客を取って稼ぐの。そうしないとここの家貨払えないでしょ,中には角の若い小夜ちゃんのように貴女と同じサラリーマンで夜ここでオカマやってる人もいるけど、どっちが本業だか本人もわからないんじゃない」
あたしも小夜ちゃんを知っています。そしてあのくらいならあたしだって出来る--と思ったのは、久しぶりの女装で興奮していたからに違いありません。
>相撲の親方株のように各店の株があり、その株を買わないと商売が出来ないことになっているそうです。
こうした制度はどの世界にもあるのですが、男娼窟にもあったのですね。
その一年位前、このアパートの一室で数ケ月も前に死んでいた一人暮しの老人が発見されたという新聞記事を見ました。
敗戦の名残りを濃厚に引きずっでいるとあたしには感じられで長くないであろうこの建物の運命を予感しました。そこであたくしは久しぶりでそこを訪ねました。男娼の店は数軒に減っていて、暗い通路は一層暗さを増していました。その中の見覚えのある中年の男娼の店に上がりました。
彼は淡々とした口調で「もう長い事ないのよ。ここを出たら新宿のドヤ街にでも立つしかないわね、だってあたしはこれが本職だもの」といいながら、あたしのものを馴れた様子で口に含みます。
彼は口をもごもごさせながら「隣の小夜ちゃんは旦那を見つけて日暮里に店を持って出ていったっていうけど嘘よ、絶対に嘘」とか「東京都の建物の中で堂々と商売してきたんだもの都が責任をもつべきよ。あたし遠の将来を、そう思はない?」とか「この頃はかつら冠って商売してる素人がふえて参るの。あたしなんか自分の毛なのよこれ」と喋りまくっていました。
彼がトイレに出ていったあと、改めてあたしは小さい部屋を見廻しました。四畳半をカーテンで二つに仕切り、入口の方には古いステレオコンポと化粧台があり、奥がいわゆるベッドルームで万年床が敷いてあります。壁には一年中の女の服がびっしりぶら下がっていました。
彼等は十二時に店を閉めると、それぞれの住居に帰ります。従って泊りの客をとることは許されていません。
あたしがここを訪れてから十数年になります。たいてい遊ぶ相手は熟女風のベテランを選びます。いろいろな話がきけるしあのテクニックも巧みだからです。
ある時、人のいい男娼にプレイはいいから女装したいと言い、彼の下着とかつらを借りて化粧したことがあります。久しぶりの女装にあたしはかなり興奮し、ここで働きたいからボスに紹介してと彼に本気で頼んだことがあります。
というのは、以前彼からこの十数軒を管理するボスの話をきいていたからです。相撲の親方株のように各店の株があり、その株を買わないと商売が出来ないことになっているそうです。その上ボスに一晩六千円、一と月十八万円を上納しなければなりません。客一入のいわゆる『チョンの間』で五千円、一晩では二人で一万円がいいところ、一ケ月25日慟いて二十五万円、その中から十八万円払って、残りで生活し洋服を買い化粧品を買ったらいくらも残りません。それでもなかなか株を手離す人はなく、新しく参入するにはボスの強力なコネが必要な訳です。
「決してもうかりゃしないわよ。それでも止めないのはみんなこの商売が好きなのよ。この道に入ったら本当に抜けられなくなるわよ。あたしは十二時すぎると、森の中で客を取って稼ぐの。そうしないとここの家貨払えないでしょ,中には角の若い小夜ちゃんのように貴女と同じサラリーマンで夜ここでオカマやってる人もいるけど、どっちが本業だか本人もわからないんじゃない」
あたしも小夜ちゃんを知っています。そしてあのくらいならあたしだって出来る--と思ったのは、久しぶりの女装で興奮していたからに違いありません。
>相撲の親方株のように各店の株があり、その株を買わないと商売が出来ないことになっているそうです。
こうした制度はどの世界にもあるのですが、男娼窟にもあったのですね。
知合いの人が、ここで働いている、と聞いて、一度尋ねてみました。
昼なお暗いなか、赤い照明が、各部屋を照らして、とても淫靡な空間、その一部屋に、知合いが、いました。赤い照明のせいか、とても綺麗に見えます。
15分くらい話しただけでしたが、男の人が、大好きで、この仕事をしている、と、言っていました。
戦後すぐのような光景が、まだ残っているのに、とても驚いたのが、印象に残っています。
貴重な情報、ありがとうございます。寄稿者の乱桐子さんも御存命であれば、喜ばれるはずです。
今度上野公園に行く機会があれば界隈を探索してみます。