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【胃がん闘病記⑦】“平成のブラックジャック”と言われるドクターに会うために(はじめての草加市)

2019年04月10日 | 闘病生活【胃がん闘病記】

2018年も押し詰まった12月28日、助手席に“ワイフ君”を伴って草加市へと向かうことになりました。



東北自動車道を使わずに、磐越自動車道から常磐自動車道を乗り継いで行くことにしました。



常磐自動車道の日立南太田ICでひとまず高速を降りて大洗を目指します。



那珂川に架かる海門橋を渡ると・・・



子供達を連れて遊んだことのある“アクアワールド大洗”が見えてきます。



大洗の古い家並みの細い道を下っていくと海が見えてきました。
「いいなあ、この感じ!いかにも漁師町っていう雰囲気だよね」



午後1時17分、大洗漁港に到着。





本当の目的は、屋根の上の赤い明太子がシンボルのところ。



めんたいパーク大洗”ここで買い物をしたり、おいしいオニギリでお昼にしたりしていこうと思っていたのです。とにかく、ここのオニギリは具が多くて絶品なのです。



三郷市までやってきました。



高速を降りる八潮南ICに近づいてきました。



高速を降りて今夜の宿へ向かいます。



今夜の宿は足立区のホテル。車と“ワイフ君”をホテルに置いて、病院までのルートを下見に出かけました。



ホテルから5、60メートルの毛長川(けなががわ)が東京都(足立区)と埼玉県(草加市)の堺なんです。



途中には草加せんべいのお店があったりして、流石は草加市だと思ってみたり・・・。



これがメディカルトピア草加病院。ホテルから病院までは700mぐらい。電車の駅なら上野から東京メトロ日比谷線(東武動物公園行)~東武スカイツリーライン(東武動物公園行)で来て草加駅の一つ手前、谷塚(やつか)という駅が近くです。

明けて12月29日、ホテルをチェックアウトして車で病院へと向かいました。
受付を済ませて指定の診察室前で待つことしばし、入室案内の声が掛かりました。
少し緊張して診察室に入室しましたが、“平成のブラックジャック”こと金平永二院長先生は、偉ぶらない飾らない笑顔を絶やさない、とても親しみやすい先生でした。
「福島の方からでしたか。大変でしたね」
すでに、持参した紹介状のデータに目を通されていたみたいで、スタンダードな胃がんの手術といわれる今回の手術方法について、用紙に胃の図を書きながらくわしく説明してくださいました。
「分からないことがあったら何でも聞いて下さい」
「胃の切除とリンパ節の郭清の他に、胆嚢は取ることになりますか?じつは、胆石があるのです。ですから、この際同時に胆嚢も取っていただきたいのです」
先生は持参したデータの写真を見て胆石を確認し、一緒に取りましょうと言ってくださいました。胃は30%残ります。胃の周囲のリンパ節にがんが転移している確率は20%。胆嚢も取ることにして手術時間は4.5時間とのことでした。

「ご主人は食べるのが早いほうですか?」
「早くて、しかも大食いです」と“ワイフ君”。
「ははあ、それじゃ少し辛いことになりますね」
術後に起こりやすい“ダンピング症候群”についても詳しく説明して下さいました。その時のことを先生はずっと覚えているらしくて、手術後はずっと
「“kojiさん”よく嚙んでゆっくり食べてくださいね」
と言われ続けることとなるのです。アハ

術前の検査は2019年1月28日
入院は2月25日
手術は2月26日
という運びになったのでした。

 

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2 コメント

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日にちが (へばな)
2019-04-10 14:26:56
紹介状を持って行っても、手術の日までにはこんなに期間が空くんですか~!ほかの手術も一杯だろうし、kojiさんの癌が初期だからでしょうかね?
この待たされている間、自覚症状と言うものはなかったのでしょうか?
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“へばなさん” (koji)
2019-04-10 20:58:29
わたしの方は、異常と感じられるところはどこにもなくて、胃がんだと言われた後も、全く普段通りの生活をしていました。
たぶん、このような先生ですから手術なんかの予定も目白押しなんだと思いますよ。
入院しているときも「手術が終わったら顔を出しますよ」なんておっしゃって、5時とか6時頃に様子をうかがいに来て下さいました。ホントに凄いなと思いましたよ。連日こんなで、集中力と体力がよく続くものだと感心していました。
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