自分らしいお葬式やお墓を考えましょう。

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遺骨

2019-02-09 08:57:13 | 日記
 昨日の講座で、しきたりや慣習を考えるというので、お葬式やお墓の問題提起をしました。身近な問題であることがわかるのは、多くの参加者が熱心であったこと、参加者が多かったこと、男性がいたことなどが挙げられます。
 「村のしきたり」がまだ抜けきらない地域もあり、グループディスカッションが盛り上がりました。檀家制度も根強く残っているし、地域での葬式がまだ行われているところもあります。焼香順がもめるのは、親戚が口を出すからだそうです。「止め焼香」があることを初めて知りました。喪主以外のもっとも関係の深い人が最後に焼香をするといいます。いろいろなしきたりが各地でつくられ、現代になってもなお引き続き行われていることに驚くばかりです。わたしは、焼香順をもっともシンプルに子どもの産まれた順にすればいいと考えていますが、意見が分かれます。やはり家制度的なものが残っていて、生まれた順があとでも長男が先という考えがでてきます。夫婦の場合でも、父が亡くなった場合、女性が父の娘であってもその夫が先という男が先の考えがいまだに強くありました。「男女共同参画社会」を目指すといいながら、しきたりや慣習を含む家制度的なものが払拭できないままです。

 夜、朝日新聞の記者から電話がありました。「遺骨」をテーマに記事を書きたいとのことで、遺骨を拾わなかったわたしに共感してくれていました。本の出版記念会に出席してもらっていました。しかし、現実にいろいろな人や寺や行政に取材してわかることは、わたしのように、生きているときに関係がよく、依拠する思想(親鸞の遺体観―死んだら賀茂川に流し魚のエサにしてほしい)をもって収骨した人はいないということです。収骨しない考えには共感するが、いざとなるとなかなかできない話だそうです。
 「収骨しない」という考えは広まるかも知れないが、生きている関係が嫌だった人、孤独死をして報せを受けて遺骨を引き取ってほしいといわれた人など、そういう生きているときにマイナスの関係だった人に収骨しない考えが増える可能性もあるといわれ、そういう考えは広まってほしくないと思います。

 いろいろな考えが出てくるなかで、最後に残る「遺骨」の問題は相当に大きな問題があり、今なお家に遺骨をおいたままの人も相当いるようです。そう教えてくれた記者自身も家においている遺骨があるといいます。これをどうしようか迷うといっていました。「遺骨」の問題はこれから高齢化と貧困の問題が大きくなるにつれて、ますます大きな課題であることは間違いないと実感します。
コメント
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