1m以上の長さで切って。車の後部座席に横たわるストレリチア、寄り添う
クリスマス・ローズ。 大きな花瓶に活けて。乾隆帝の時代に作られた、
中国人の義兄の家から貰ってきてた花瓶。
「すっごい!乾隆帝だなんて、清朝を代表する皇帝じゃない。その時代の
物?いいのかしら?もらっちゃって」
「いいんだよ、本物かどうか怪しいものだよ」
という花瓶。
クリスマス・ローズは、洒落た名前と違って、地味な色合いのお花。実家は
ヨーロッパのアルプス。そんな地味な色合いのお花たちは、小ぶりの備前焼
の花瓶にさしてお玄関へ。
ミサコサンから頂いたお花達。
大きな広いサンルームに、聳え立つような極楽鳥花が幾株も。お玄関周りに咲く
クリスマス・ローズ。それをバッサリ切って下さったのよ、白とピンク。
彼女の町にある大きな大きな、昔ならハタキが飛び出す立ち読みの困った人達へ
どうぞ、おかけになってお読みくださいな、の椅子がしつらえてあるコーナーも
あって、そこで、買うかどうかわからない来店者達へサービス。
鷹揚な「た・い・じ・ん」本屋。
「ミサコサン、私このお店に住所変更したい」
「ねぇ」
「ああ、誰か私を止めて~~~!」
最早、抱えきれなくなりそうな。そんな私は、カードは家に置いてきて、現金も
最少携帯にしたの。よ~くわかってるからねぇ、自分のことは。
その本屋へ行く。ミサコサンへお電話。予定行事がキャンセルになって、
「どうぞ、どうぞ、ご一緒させていただくわ」
ド忘れは今に始まったことじゃないけれど、これが鬱陶しい。
50才になったら公文。こう思ってた私が買ってきた大人のためのドリルは、
認知症の人々をも回復させ、考案者の先生ご自身がビックリされたという、
その脳科学者が考案された中身で、出版はくもん出版社だったのよ。それは
全国の書店で販売されているものだから、そのお店でなくても良かったのだ
けどね。ものはついで、と言うこと。
世界で500万部は出たという「ダ・ビンチ・コード」
ある友人がしつこく読めって。面白いんだからってね。上・中・下の3巻も
ハードカバーで読むのはしんどくて、平積みになってる文庫を見つけて、これは
読みましょう、よ。バチカン辺りからクレームが出たっていうシロモノらしいじゃ
ない。あのキリスト教は、いっつもいつの時代も胡散臭い話はつきまとってるも
のだから、驚くこともないとは思うけど、スケール、緻密さ、ミステリアス、
どれをとってもうならされるって。
これでまた、わたしの楽しみが増えたって事。ククク・・
お財布と相談して、次回に出来るものはそれにして、ほどほどのお買い物でやめ~~~!
ミサコサンのお家へお邪魔して、浮世と関係のないお話をじっくりたっぷり。
フォトンベルト(ベルトやサッシュではない)のお話なんかもして、彼女は
「覚悟はできてる」って。ええ、私もね。そして、偶然はない、必然なのよ、
身の回りに起こるさまざまな現象は。
彼女のお話は、「方丈記」を思い出させる。
そうなのよね、一瞬にもならない私達の人生は。
「レイコサンはどうお思いになる?」
「ええ、昔から、生物の一つでしかないのよ人間もって、ずうっと思ってきた
人間で、私達が手にしているものや知識は先人や多くの人達から頂いた、ある
いはお借りしたものでしかないって、思ってるし、断言できるのよ。そして、
なぜか、今の話題に関係のない事だけど、オレンジを切る時、いっつも私は感
動するの。この滴り落ちる果汁の一滴ですら私には作れない、自然て凄いって」
「そうなのよねぇ、全てお借りしているものでしかないって、私も思うの」
「ええ、あなたのおっしゃるとおりだと思うわ。だから、形あるものをひけら
かす人を尊敬しない出来ないなのよね」
「ええ、オオイヌノフグリに出遭うと、ああ、春がきたのねぇって」
「その名前は悲しい。空が映った青色なのに、ひどい命名よねえ」
こんな話が続きます。
彼女は、今いることに使命を感じるって。
彼女もガンで一命を取り留めた方ですから、人生を深く味わうのです。
お互いに、
「無駄なことはないって本当ねえ」
こんな友人が私を磨いてくれます。磨き甲斐のない私かもしれないけれど。感謝!
クリスマス・ローズ。 大きな花瓶に活けて。乾隆帝の時代に作られた、
中国人の義兄の家から貰ってきてた花瓶。
「すっごい!乾隆帝だなんて、清朝を代表する皇帝じゃない。その時代の
物?いいのかしら?もらっちゃって」
「いいんだよ、本物かどうか怪しいものだよ」
という花瓶。
クリスマス・ローズは、洒落た名前と違って、地味な色合いのお花。実家は
ヨーロッパのアルプス。そんな地味な色合いのお花たちは、小ぶりの備前焼
の花瓶にさしてお玄関へ。
ミサコサンから頂いたお花達。
大きな広いサンルームに、聳え立つような極楽鳥花が幾株も。お玄関周りに咲く
クリスマス・ローズ。それをバッサリ切って下さったのよ、白とピンク。
彼女の町にある大きな大きな、昔ならハタキが飛び出す立ち読みの困った人達へ
どうぞ、おかけになってお読みくださいな、の椅子がしつらえてあるコーナーも
あって、そこで、買うかどうかわからない来店者達へサービス。
鷹揚な「た・い・じ・ん」本屋。
「ミサコサン、私このお店に住所変更したい」
「ねぇ」
「ああ、誰か私を止めて~~~!」
最早、抱えきれなくなりそうな。そんな私は、カードは家に置いてきて、現金も
最少携帯にしたの。よ~くわかってるからねぇ、自分のことは。
その本屋へ行く。ミサコサンへお電話。予定行事がキャンセルになって、
「どうぞ、どうぞ、ご一緒させていただくわ」
ド忘れは今に始まったことじゃないけれど、これが鬱陶しい。
50才になったら公文。こう思ってた私が買ってきた大人のためのドリルは、
認知症の人々をも回復させ、考案者の先生ご自身がビックリされたという、
その脳科学者が考案された中身で、出版はくもん出版社だったのよ。それは
全国の書店で販売されているものだから、そのお店でなくても良かったのだ
けどね。ものはついで、と言うこと。
世界で500万部は出たという「ダ・ビンチ・コード」
ある友人がしつこく読めって。面白いんだからってね。上・中・下の3巻も
ハードカバーで読むのはしんどくて、平積みになってる文庫を見つけて、これは
読みましょう、よ。バチカン辺りからクレームが出たっていうシロモノらしいじゃ
ない。あのキリスト教は、いっつもいつの時代も胡散臭い話はつきまとってるも
のだから、驚くこともないとは思うけど、スケール、緻密さ、ミステリアス、
どれをとってもうならされるって。
これでまた、わたしの楽しみが増えたって事。ククク・・
お財布と相談して、次回に出来るものはそれにして、ほどほどのお買い物でやめ~~~!
ミサコサンのお家へお邪魔して、浮世と関係のないお話をじっくりたっぷり。
フォトンベルト(ベルトやサッシュではない)のお話なんかもして、彼女は
「覚悟はできてる」って。ええ、私もね。そして、偶然はない、必然なのよ、
身の回りに起こるさまざまな現象は。
彼女のお話は、「方丈記」を思い出させる。
そうなのよね、一瞬にもならない私達の人生は。
「レイコサンはどうお思いになる?」
「ええ、昔から、生物の一つでしかないのよ人間もって、ずうっと思ってきた
人間で、私達が手にしているものや知識は先人や多くの人達から頂いた、ある
いはお借りしたものでしかないって、思ってるし、断言できるのよ。そして、
なぜか、今の話題に関係のない事だけど、オレンジを切る時、いっつも私は感
動するの。この滴り落ちる果汁の一滴ですら私には作れない、自然て凄いって」
「そうなのよねぇ、全てお借りしているものでしかないって、私も思うの」
「ええ、あなたのおっしゃるとおりだと思うわ。だから、形あるものをひけら
かす人を尊敬しない出来ないなのよね」
「ええ、オオイヌノフグリに出遭うと、ああ、春がきたのねぇって」
「その名前は悲しい。空が映った青色なのに、ひどい命名よねえ」
こんな話が続きます。
彼女は、今いることに使命を感じるって。
彼女もガンで一命を取り留めた方ですから、人生を深く味わうのです。
お互いに、
「無駄なことはないって本当ねえ」
こんな友人が私を磨いてくれます。磨き甲斐のない私かもしれないけれど。感謝!