眠っている時間以外は、ぴったりポリーチャンと。
「レイコサン、どこか行きたい所はありますか?」
「ううん、ない。あなたが傍にいてくれたら」
「恋人みた~~い!」(2人笑)
12時間のフライト。我が父が眠るシベリアを越えて、北欧からヒースロー空港へ。
時差は、ぴったり9時間。
入国書類に滞在地を書く欄があって、ロンドンの友人宅って、書いたのよ。
住所はわからなかったから。それだけ。そうしたら、入管で、しつこく色々聞いてきて、
挙句、そこの椅子で待ってなさいよ。パスポートを持ってどこかへ。
10分くらいで、無罪放免。失礼な!
いました、いましたポリーチャンが。私の名前を書いたプラカードをもって。
「キャー、ポリーちゃ~~ん!会いたかったわ~~!」
「ようこそ、イギリスへ」
もう、いつものハグは嫌いなんて言葉は飛んでって、しっかり抱きしめちゃった。
地下鉄に乗って、彼女の実家へ。
日本の「スイカ」と同じようなカード「オイスター」を用意してくれてて。
Subway ではない Underground が地下鉄のイギリス名称。
Sports Center はアメリカ語、イギリスではCentre, 結構違う英語たちです。
Living roomは、Sitting room が普通だそうで。
思わず、間違ってるって、言いそうになって、彼女も
「イギリス人に教えたくなった?」
って、笑っちゃったり。
ご実家では、お母様が ご自慢お魚料理をご馳走してくださったのよ。
チャンと、食堂でね。150年以上経っているお家は3階建て。
食堂では、背もたれは高い椅子。テーブルにはキャンドルが灯されて、まさに
ディナーって雰囲気の中で、ワインのグラスを傾けました。
翌日は、ご実家から徒歩1時間弱位の所にある"王立Kew公園”までピクニック。
彼女が持ってきてくれたピクニックグッズ。グッグググ・・クワクワククク・・
人を恐れない野鳥、カモの仲間達が、近寄ってくる。
広大な公園は、1日歩いても回りきれない。日本庭園もあって、「う~ん、なんか
違うわねえ」でも、それはそれ。
日本では、毎日、マリリンのお散歩に、足首に巻く500gずつのダンベルのお陰
でしょうか、7時間も歩いたのに、なんの疲れも無し。継続は力なりを実感よ。
翌日から帰国まで、次の滞在地は、テラスがテムズ川にせりだしている、お父様の
セカンドハウスに招待されて、テムズ川に面してるお部屋は、6階。
LDKだけでも30畳以上はある。バスルーム3つのアパートは、200年前の建物。
イギリスで一番安い建物は、新築だそうで、どこもかしこも古い建物が現役。
日本で言うところのマンションなんてなく、集合住宅はすべてアパート。
マンションは?本当の豪邸だそうで、そうそうないそうよ。
日本から持ち込んだ、調味料、食材、和食器。
アパートの近くにある市場で、アジア食材店ですし米を、お魚屋さんで、マグロと
ヤリイカ、アサリを買って、作りました和食を。ホウレンソウの胡麻和えまでね。
日帰りで、アムステルダムの会議に出席されたポリーちゃんのお父様。
66カ国の国々へお仕事や観光でいらっしゃって、日本と中国は英語がつかえない
のが困るって。ええ、日本は植民地にはならなかった国ですからねえ、と心の中で。
中国も、香港は渡したけれどね。
英語が話せるって、中身がなければ、どうにもならないでしょう?
慰安婦問題をどう思いますか?って。
来た~~!って思ったわね。イギリス人が試す、いつもの外人に対する小手調べよ。
ええ、日本人は、日本女性は「恥じ」を知ってますから(ホントかなあ?だけど)、
あのような発言は絶対しません。
全部、ポリーちゃんに通訳してもらって、日本語で堂々とよ。
あなたのお嬢さんが知り合った日本の女は、ちゃんと日本を背負ってますってね。
ポリーちゃんが言ってくれてたのでしょう。ご家族は誰も握手は求めなかったわ。
私も心からのお辞儀をして、ご挨拶よ。それでいいって思う私です。
気持ち悪いのよ、手を触るのは。彼女に日本でそんなことを言ってたし、彼女も
そう思うって。握手はなくても、英語が話せなくても、気持ちは通じるものです。
問われるのは生き方。
どこに行っても、誰と話しても、私は臆しません。媚びません。無意味な笑いも
しません。観光名所を貪ったりもしません。
テムズ川の手すりに寄りかかって、シェークスピア劇場の外観を眺めながら、
高校時代の英語の時間に、日本語の古典みたいな古語英語を習った事などを思い
出したりして、な~んにも覚えていないけど、独り、イギリスの空気を味わって、
どこもかしこも土の上には緑の絨緞が敷き詰められ、伝統と歴史の物語の中にいる
イギリスを感じていました。
「日本人はケンブリッジが大好きみたいですよ」
彼女の、青春の日々を過ごした、学んだケンブリッジに行きました。
向こうから、東洋人が! 耳に入るのは中国語。日本人は見当たりません。
手入れの行き届いた、大学構内だかなんだか、どこも美しいのです。
突然、
「写真とってくれますか?」
「いいですよ。ハイ、チーズ!」
頼んだ人は、日本で学ぶ台湾人留学生。
ハイ、チーズって言ったのはポリーちゃん、イギリス人。
「写真とってくれますか?ではなく、写真をとって頂けますか?」
って、訂正する日本人女性。そこはケンブリッジ。
彼女が学んだ哲学舎、彼女が住んだコレッジ(多分、寮)、独り住まいしたお部屋。
言葉を飲むほどに美しい弟ジョージ君。
オックスフォード大学に入学が決まっている秀才。専攻は哲学・ロシア語だそうな。
それなのに、彼の蔵書の中にある中国語関係本。
「なぜ、中国語をお勉強したいの?」
「難しそうだから」
ポリーちゃんが脱帽すると言う頭のいい子は、オーケストラにも参加するドラマー。
お母様は、カウンセラー。抜群のスタイル。
「いけないのよ~~~、なにもかも持ってるなんて!」
ポリーちゃんとの蜜月は終わりました。
「お正月に行ってもいい?」
「ええ、いつでもいらっしゃい。でも、なぜお正月?」
「レイコサンのおせち料理を食べたいから」
お父様は、
「このまま、イギリスに居て、レストランを開きましょう」
ですって。
まあ、イギリス人がどんなに頑張っても、やっぱり和食を作る日本人の主婦の
腕と舌には叶わないでしょう。お世辞だってちゃんと受け取った私でも、ポリー
ちゃんが、
「レイコサン、本当に美味しかったわよ~、嬉しかった~」
って言ってくれた、それだけで私は大満足だったのです。彼女に食べさせたくて、
正気の沙汰とは思えないほどの荷物を持って行ったのですから。
青空マーケットで、彼女が選んでくれた子供向け本。7~8才くらい?対象は。
3才あたりは卒業したのかなあ~~~私の英語は?ハハハ、いつまでたってもこの
程度。それを読みながら、彼女をしのんでいます。
けれども、過ぎ去る時間を反芻しない私なので、過ぎたことには思いは寄せない。
最早、遠い昔の物語になりそうなイギリス。信じられないほど無関心になります。
写真をとっても、シャッターを押す瞬間が至福の時で、現像したそれは、たいした
意味を持たないのです。思い出は、脳裏の中に住みます。
The memory lives in my brain forever.
See you again Polly! bye bye UK !
そうそう、ロンドンのお天気は、私が行く前日まで悪天候。
滞在期間は、毎日快晴。日本は寒の戻りだったみたいね。
そして、昨日の彼女からのメールでは、又悪天候に戻って、
雪もちらつく寒さですって。
「何、それ?」って彼女が聞いた、「日頃」という表現。
「日頃の行いがいいのよねえ。誰が?あなたと私、でしょ?」
ホント、幸運な私です。どこに、たった3ヶ月のお付き合いで、
招待される人がいるでしょう?しかも、日本語でコミュニケーションが
とれて、専属ガイド付きの旅を満喫できたなんて。幸せな女です。
感謝
「レイコサン、どこか行きたい所はありますか?」
「ううん、ない。あなたが傍にいてくれたら」
「恋人みた~~い!」(2人笑)
12時間のフライト。我が父が眠るシベリアを越えて、北欧からヒースロー空港へ。
時差は、ぴったり9時間。
入国書類に滞在地を書く欄があって、ロンドンの友人宅って、書いたのよ。
住所はわからなかったから。それだけ。そうしたら、入管で、しつこく色々聞いてきて、
挙句、そこの椅子で待ってなさいよ。パスポートを持ってどこかへ。
10分くらいで、無罪放免。失礼な!
いました、いましたポリーチャンが。私の名前を書いたプラカードをもって。
「キャー、ポリーちゃ~~ん!会いたかったわ~~!」
「ようこそ、イギリスへ」
もう、いつものハグは嫌いなんて言葉は飛んでって、しっかり抱きしめちゃった。
地下鉄に乗って、彼女の実家へ。
日本の「スイカ」と同じようなカード「オイスター」を用意してくれてて。
Subway ではない Underground が地下鉄のイギリス名称。
Sports Center はアメリカ語、イギリスではCentre, 結構違う英語たちです。
Living roomは、Sitting room が普通だそうで。
思わず、間違ってるって、言いそうになって、彼女も
「イギリス人に教えたくなった?」
って、笑っちゃったり。
ご実家では、お母様が ご自慢お魚料理をご馳走してくださったのよ。
チャンと、食堂でね。150年以上経っているお家は3階建て。
食堂では、背もたれは高い椅子。テーブルにはキャンドルが灯されて、まさに
ディナーって雰囲気の中で、ワインのグラスを傾けました。
翌日は、ご実家から徒歩1時間弱位の所にある"王立Kew公園”までピクニック。
彼女が持ってきてくれたピクニックグッズ。グッグググ・・クワクワククク・・
人を恐れない野鳥、カモの仲間達が、近寄ってくる。
広大な公園は、1日歩いても回りきれない。日本庭園もあって、「う~ん、なんか
違うわねえ」でも、それはそれ。
日本では、毎日、マリリンのお散歩に、足首に巻く500gずつのダンベルのお陰
でしょうか、7時間も歩いたのに、なんの疲れも無し。継続は力なりを実感よ。
翌日から帰国まで、次の滞在地は、テラスがテムズ川にせりだしている、お父様の
セカンドハウスに招待されて、テムズ川に面してるお部屋は、6階。
LDKだけでも30畳以上はある。バスルーム3つのアパートは、200年前の建物。
イギリスで一番安い建物は、新築だそうで、どこもかしこも古い建物が現役。
日本で言うところのマンションなんてなく、集合住宅はすべてアパート。
マンションは?本当の豪邸だそうで、そうそうないそうよ。
日本から持ち込んだ、調味料、食材、和食器。
アパートの近くにある市場で、アジア食材店ですし米を、お魚屋さんで、マグロと
ヤリイカ、アサリを買って、作りました和食を。ホウレンソウの胡麻和えまでね。
日帰りで、アムステルダムの会議に出席されたポリーちゃんのお父様。
66カ国の国々へお仕事や観光でいらっしゃって、日本と中国は英語がつかえない
のが困るって。ええ、日本は植民地にはならなかった国ですからねえ、と心の中で。
中国も、香港は渡したけれどね。
英語が話せるって、中身がなければ、どうにもならないでしょう?
慰安婦問題をどう思いますか?って。
来た~~!って思ったわね。イギリス人が試す、いつもの外人に対する小手調べよ。
ええ、日本人は、日本女性は「恥じ」を知ってますから(ホントかなあ?だけど)、
あのような発言は絶対しません。
全部、ポリーちゃんに通訳してもらって、日本語で堂々とよ。
あなたのお嬢さんが知り合った日本の女は、ちゃんと日本を背負ってますってね。
ポリーちゃんが言ってくれてたのでしょう。ご家族は誰も握手は求めなかったわ。
私も心からのお辞儀をして、ご挨拶よ。それでいいって思う私です。
気持ち悪いのよ、手を触るのは。彼女に日本でそんなことを言ってたし、彼女も
そう思うって。握手はなくても、英語が話せなくても、気持ちは通じるものです。
問われるのは生き方。
どこに行っても、誰と話しても、私は臆しません。媚びません。無意味な笑いも
しません。観光名所を貪ったりもしません。
テムズ川の手すりに寄りかかって、シェークスピア劇場の外観を眺めながら、
高校時代の英語の時間に、日本語の古典みたいな古語英語を習った事などを思い
出したりして、な~んにも覚えていないけど、独り、イギリスの空気を味わって、
どこもかしこも土の上には緑の絨緞が敷き詰められ、伝統と歴史の物語の中にいる
イギリスを感じていました。
「日本人はケンブリッジが大好きみたいですよ」
彼女の、青春の日々を過ごした、学んだケンブリッジに行きました。
向こうから、東洋人が! 耳に入るのは中国語。日本人は見当たりません。
手入れの行き届いた、大学構内だかなんだか、どこも美しいのです。
突然、
「写真とってくれますか?」
「いいですよ。ハイ、チーズ!」
頼んだ人は、日本で学ぶ台湾人留学生。
ハイ、チーズって言ったのはポリーちゃん、イギリス人。
「写真とってくれますか?ではなく、写真をとって頂けますか?」
って、訂正する日本人女性。そこはケンブリッジ。
彼女が学んだ哲学舎、彼女が住んだコレッジ(多分、寮)、独り住まいしたお部屋。
言葉を飲むほどに美しい弟ジョージ君。
オックスフォード大学に入学が決まっている秀才。専攻は哲学・ロシア語だそうな。
それなのに、彼の蔵書の中にある中国語関係本。
「なぜ、中国語をお勉強したいの?」
「難しそうだから」
ポリーちゃんが脱帽すると言う頭のいい子は、オーケストラにも参加するドラマー。
お母様は、カウンセラー。抜群のスタイル。
「いけないのよ~~~、なにもかも持ってるなんて!」
ポリーちゃんとの蜜月は終わりました。
「お正月に行ってもいい?」
「ええ、いつでもいらっしゃい。でも、なぜお正月?」
「レイコサンのおせち料理を食べたいから」
お父様は、
「このまま、イギリスに居て、レストランを開きましょう」
ですって。
まあ、イギリス人がどんなに頑張っても、やっぱり和食を作る日本人の主婦の
腕と舌には叶わないでしょう。お世辞だってちゃんと受け取った私でも、ポリー
ちゃんが、
「レイコサン、本当に美味しかったわよ~、嬉しかった~」
って言ってくれた、それだけで私は大満足だったのです。彼女に食べさせたくて、
正気の沙汰とは思えないほどの荷物を持って行ったのですから。
青空マーケットで、彼女が選んでくれた子供向け本。7~8才くらい?対象は。
3才あたりは卒業したのかなあ~~~私の英語は?ハハハ、いつまでたってもこの
程度。それを読みながら、彼女をしのんでいます。
けれども、過ぎ去る時間を反芻しない私なので、過ぎたことには思いは寄せない。
最早、遠い昔の物語になりそうなイギリス。信じられないほど無関心になります。
写真をとっても、シャッターを押す瞬間が至福の時で、現像したそれは、たいした
意味を持たないのです。思い出は、脳裏の中に住みます。
The memory lives in my brain forever.
See you again Polly! bye bye UK !
そうそう、ロンドンのお天気は、私が行く前日まで悪天候。
滞在期間は、毎日快晴。日本は寒の戻りだったみたいね。
そして、昨日の彼女からのメールでは、又悪天候に戻って、
雪もちらつく寒さですって。
「何、それ?」って彼女が聞いた、「日頃」という表現。
「日頃の行いがいいのよねえ。誰が?あなたと私、でしょ?」
ホント、幸運な私です。どこに、たった3ヶ月のお付き合いで、
招待される人がいるでしょう?しかも、日本語でコミュニケーションが
とれて、専属ガイド付きの旅を満喫できたなんて。幸せな女です。
感謝