術後の抗がん剤治療を終え、あばら骨が痛いと朝風呂治療に専念している頃から、
両方の乳が少しずつ膨らみ始め、それはまるで思春期時代に身体が変化していく
様子とよく似ていた。触ると3cm位のしこりのように固くなっており、軽くつまむだけで
も痛い。手術の関係でそうなっているのだろうと、気にかけないでいたら段々と膨らみ
は大きくなり、横から見ると痩せて売れない女性モデルのような貧乳。しこりは円錐の
ような形をしており、遂には肌着が擦れる程度でも、その存在を感じるようになった。
両方の乳だから乳がんになったとは考え難いし、ネットで調べてみるものの、そんな
事例も説明も出てこない。悩んでいてもらちは明かないので先生に相談すると意外
な返事『今頃は男性の乳がんも増えていますから安心はできません。念のために乳
がんの検査をしておきましょう』と検査の手配をされ、その検査を受診することになっ
た。指定された日に出掛けてみると『マンモグラフィー検査』ではないか。乳がん検診
だから当然こうなるのは一般的なことではあるが、私はれっきとした男性だから、何か
別の検査方法でされるとばかり思っていたから完全に不意打ちを受けた形になった。
放射線科の指定された番号の部屋に行くと若い女性患者らしい人が待っていた。女
の園に迷い込んだ爺さんは困り顔をしながら、これから何が起こるのか心配顔も交じり
複雑な顔になっていたに違いない。その時はきたxxさんとフルネームで呼ばれた。
『はーい』と小さな声で応え、痩せた小柄な爺さんが椅子から立ち『マンモグラフィー』
の部屋に入っていくのを、その女性患者らしい人は訝しげに眺めていた。
対応の医師は男性で、プラスチックのような板がついたスタンドの前に私を立たせ、小
さく膨らんでいる乳を上下からプラスチック板で挟もうとした。これが有名なマンモグラ
フィー検査というものなのか。挟んでからレントゲン写真かなんかを撮るらしい。その医
師は自分の思う状態になっていないから『胸をもっと前に出して』とギューギュー身体を
押す。こちらは痛いから来ているのに、乳を板で挟まれおまけに後ろから押されるから、
余計に下がろうとする。せめぎ合いの結果、いい場所に収まったと思ったら、再び板の
ネジを締めて調整を始めた。痛いのに板で挟まれおまけに板のギャップはネジで狭く
なる、つまり私の乳のしこりは拷問を受けているのだ。
私がいくら抵抗しても、医師は納得のいく形で検査するのだろうからと、心底から観念し
痛みに耐えに耐える、まるで『おしん』のように。バトルを終えて部屋から出る時にも要
注意だ。変な爺さんが出ていくのだから、そそくさと慌てた様子だと格好悪いから、何も
なかったように堂々と出ていった。
先生の軽い『乳がん検査』に軽く『はい』はとても重い検査だった。もう二度と受けたくな
いものだ。検査結果は予想通り異常は見当たらず、原因としては手術でホルモンバラン
スに変化が生じたものだろうと言うことだった。この検査を受けた後から腫れは徐々に引
き、しこりの痛みもなくなり元の身体に戻った。先生には『この年になって、まさかオネー
になることはないでしょうね』と冗談交じりの話をして済んだが、とんでもない経験をした
ものだ。この話を女性にすると、女性は事情がよく分かっているから、そこに私が行き腰
引けで検査を受けている姿を想像してか、大盛り上がりになる。大いに受けた後、『この
話は面白いから、本にして出したら』なんて冗談が出る始末。