国の出してくる統計や、市場の株価や評価は、実際の社会を反映したものではなくて、ギャンブル場にはよく居る予想屋や賑やかし屋と同じで、彩りとして存在しているということくらい理解していなければ、いちいちグルのメディアやお馬鹿なメディアに感情が振り回されて、不健康な日常だけでクタクタになるだろう。
メディアのやってることは政府や大企業、似非権力者ゴッコに加担してる、自作自演や創作詐欺、そんなことくらいそろそろ自覚しなさいよ。
そんな作られた景気の高揚感なんざ、自爆真珠湾攻撃で騙されていた国民だとしても、すぐに醒めてしまうがな。
癌医療の最先端の病院で、外科医としての現場の手術一筋に黙々とこなして、その腕前は世界に響いている外科医でも、最近、郊外の公共の大病院の診療科トップとして勤務地を移られた俺の主治医とお話をさせてもらってると、日本の腐りきった守銭奴医療というものを、嘲笑すら湧かない冷ややかな想いで考えさせられる。
お元気そうだった。
40年以上も不動産の世界で激しく生きて来て、自営を始めて30年を超えてくると、顧客の皆様も高齢化は止められず、とくに癌医療については皆様真剣に考えておられるようになり、俺の経験話を聞きたいと仰る方々も毎日のように増えている。
この怪しいコロナとワクチン騒動で、相当に右往左往させられて、病院不信、医者不信に陥られている人が多い。
そうして現場の最前線でまだまだ切磋琢磨を繰り返しておられる有能な外科医の先生たちも多いんだが、金儲けに走る病院構造と腑抜けの我欲に走る政府・国家では、長くは在籍されることもなく、メス1本を持って仕事場を変えて行かれるケースも多い。
金には困ってなくとも仕事で報われないのは俺なんかの自営とおなじで、報いよりも目の前の人を助ける、これだけを貫いて生きて居られる姿は、ニヤリと笑えてしまうのも、、俺が老いて来たせいでもあるんだろう。
酒なんぞ飲んで自分へのご褒美だなんて、甘ったれた者はいないだろう。
どこぞの作られた昭和の英雄話に染まってるだけのタコ野郎だ。
寝る時間も惜しんで、生きて居るうちは徹底的に生きる、これが本当の話だ。
メディアなんざ、関わり合いもしない、その方が自分のやりたいことを進めて行ける、おなじだな。
馬鹿たれどもは、騙し騙されの猿芝居の日々に、愚かに老いてボケて逝ってしまえばエエのんさ。
なぜ生きるのか? どう生きるのか? それだけの話さ。
国連や赤十字、ユニセフやWHOにしても、世界中の弱者を食い物にして、丸々とだらしなく太った豚みたいな管理職たちが、好き放題にその立場を謳歌してきたのは、はるか昔からの常識ではあった。
日本の専門家珍獣委員会を率いている尾身なんざ、その最たる珍獣だ。
そんなことも知らず、信じて感動してワクチン接種して、貧しい財布からでも寄付をしてきた人たちは、そんなことはないと余計に入れ込んでゆくんだろうが、それがまた新しい詐欺の原資になっているわけで、現場の真摯な姿はその為の目隠し、飴とムチの使い方も古典的。
年金がどうたらと阿呆面並べてほざいてる大人たちがいるが、餌を与えられることに慣れた家畜は、ガタガタ抜かすと餌をとりあげるぞ!の一言で、借りてきた猫のように見ざる聞かざる言わざるの哀れな姿、そんな腑抜けた国民が八割もいれば、島国のお里は知れてしまってる。
そんな大人社会をガキの頃から嫌というほど眺めて来た俺なんざ、いままで自分の人生の岐路では誰にも相談なんざしたことがない。
頭の上がらない先輩や師匠や、先生や尊敬する人なんて、ひとりもいたことがない。
俺は年金なんて、まるでアテにはしていない。
生きてる間は自分で食い扶持は作り、それが出来なくなれば終わるつもりだ。
なんで珍獣ばかりの厭らしい国家や自治体に遠慮・忖度などするのか、不思議なマゾ社会だこと。
哀れなもんだね。
やってもらって当たり前、親や爺婆や仲間や上司に後輩、他人や社会や国家にすら、そんな甘ったれた気分の大人社会が肥大してしまって、なんでも自分の力で稼いで切り拓いて行くという人間は随分と減ってしまった。
俺なんざ自分ですべて稼いでやり繰りして、それ以外の余禄も多いが、それは単なる余禄、ばら撒いて終わり。
あくまでも自分の食い扶持は自分以外には求めない。
それで半世紀を超えて生きて居る。
借金も負債も貸し借りすらナニも無い状況で、言いたい放題、大笑いして生きて居る。
親や家の借金すら、完済してやっている。
誰にも頼らないし、アテにもしないし、助言・アドバイスすら求めない。
これで女房ひとり子供1~2人の普通の家庭の何倍もの扶養家族を抱えている訳だから、大笑いだろう。
おいおい、そこのヒヨッコ、自画自賛ばかりで自惚れてんじゃ~ね~よ。