西川口に中国人が住み始めた当初は単身者が多かった。
商売が軌道に乗り収入が増えだすと家族を呼び寄せる。
基本的に移住は出来ない筈なのにどうやったのかは解らない。
多くの妻子や両親が西川口目指して来日する。
しかし日本語は全く解らず、また日本の習慣も知らない中国の田舎の老人達には非常に居心地が悪かっただろう。
誰とも話をせずに日がな一日公園のベンチにポツンと座る姿は可哀そうな気がした。
また中国生まれの子供達も同様で初期に来た老人や子供は中国に引き返した人もいる。
市内の中学校で中国人子弟を受け入れる所が出てきた辺りから状況が変わりだす。
教育問題は大きな課題だった。
日本での成功を夢見てやって来る中国人はハングリー精神が旺盛で当然教育にも熱心だったのである。
初等教育を受けられる地域として川口市が知れ渡りその為に移り住む人が一気に増えた。
子供と商売を軸にした中国人コミュニティーが形造られたのである。
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