格付け会社のムーディーズ・インベスターズ・サービスは日本の政府債務格付けをAa3からA1に1ノッチ格下げした。格付の見通しは「安定的」(見通しの期間は今後1年~1年半の間)。格下げは2011年8月24日にそれまでのAa2からAa3に下げて以来、3年3カ月ぶり。G7先進7カ国のなかではBaa2をつけているイタリアに次いで低い。
格下げ理由としては、第1に「財政赤字削減目標の達成可能性に関する不確実性の高まり」、第2に「デフレ圧力の下での成長促進策のタイミングと有効性に対する不確実性」、第3に「それに伴う中期的な日本国債の利回り上昇リスクの高まりと債務負担能力の低下」を上げた。長期的な財政再建目標の達成の可能性、長期的な成長の可能性などのバランスを考えて見直したもの、としている。
以下、同社のシニア・バイスプレジデントでソブリン格付けの担当アナリストのトーマス.J.バーン氏に聞いた。
消費増税に耐えられない日本経済の弱さ
――なぜ今のタイミングで格下げしたのか。
消費再増税が延期されたということ、これが第1のポイントだ。日本政府は2015年度に基礎的財政収支の赤字の半減、2020年度に基礎的財政収支の均衡を目標としている。消費増税はその実現を図る重要な手段であるが、これが具体化されない状況があるということを注視している。
第2に潜在成長率が依然として低く、消費税率の引き上げの後、GDP(国内総生産)成長率は実質、名目とも縮小し、世界金融危機後、3度目の景気後退に入っている。政府の成長見通しにはダウンサイドリスクがある。そして、小泉(純一郎)政権下と違って、世界的に景気が冴えず、輸出に対する海外需要の弱さという環境の厳しさがある。政府が現在0.8%としている潜在成長率を引き上げるためには、まさに国内のサプライサイドの政策が必要になっている。しかし、その達成に関する政府の能力にも不確実性が高まっている。
また、物価変動を示す総合指数であるGDPデフレーターも第3四半期にマイナスとなり、これは、10年以上に及んだデフレを終息させることが困難であることを示している。
――つまり、歳入を上げるためには消費再増税が必要だが、それに耐えられるだけの経済の強さが日本にない、潜在成長率が下がりすぎており、それを引き上げる政策もできていないということを問題にしているのか。
その通りだ。今回の格下げの骨子はそういうことだ。
成長のための戦略がまだ具体性に欠ける
2014年の日本の政府債務は、GDP比で245%に達しており、税制・社会保障制度改革と成長率の引き上げと両方ができなければ、財政の健全化はできない。
内閣府が出している資料で、財政再建目標を達成するためには、名目GDP成長率が3.5%かそれ以上でなくてはならないが、それを達成する道筋がハッキリしていない。2013年度でも名目成長率は2%を切っていたし、今期も見通しは下方修正しなければならない状況だ。
物価変動を示す総合指数であるGDPデフレーターが今年第3四半期にマイナスとなったことは、10年以上に及ぶデフレを終息させることが困難であることを示している。
安倍晋三首相が推進するアベノミクスの政策が、効果を上げているのかどうかが問われている。財政出動による景気刺激策で成長率を押し上げ続けることは出来ない。
サプライサイドの政策、構造改革によって、人口減少の影響を一部相殺し、就労参加率を引き上げ、生産性を向上することが可能だ。ただ、成長に必要なサプライサイドの政策の立案、実施、成果を上げるには時間がかかる。これも不確実性の一環をなしている。米国の場合は、歳出削減をし、増税もし、そして、景気も回復してきている。経済が好循環になればそうしたことが可能になる。しかし、日本の場合は、そうなっていない。
――2020年度の基礎的財政収支均衡の目標は遠のいたとみているということか。
不確実性が高まったということだ。
――安倍政権の成長戦略への取り組みをどうみるか。
成長戦略、再興戦略はまだ具体性に欠ける。法人減税については2015年度の予算が発表されるまで確認できない。
TPP(環太平洋経済連携協定)については、締結されれば日本経済全体にとってはプラスと考えている。日本は、輸出先へのアクセスに関して、韓国に対して不利な条件となっており、これを解消していくことはプラスだ。また、貿易の自由化促進は非効率な分野、過剰に保護された分野を改革する点でもメリットがある。ところが、米国との交渉はとん挫し、後ずさりして、今年の年末に成立する見通しは非常に低くなっている。これは格下げの決定にもつながっている。
――日本銀行の10月31日の追加緩和はどう見ているか。
信用力にはポジティブと見ている。企業の設備投資の抑制の大きな理由は、デフレだと考えているからだ。ただし、金融緩和による景気刺激策は一時的だという見方は変えていない。余りにも金融緩和が長く続いていることによって経済にマイナスの影響を与えるということも考えなくてはならない。米国が金融緩和策の縮減に踏み切り、出口に向かっているのはそのためだ。重要なのは成長のための構造改革、サプライサイドの政策だ。
――期待成長率が低いので、期待インフレ率を上げることも難しいのではないか。
黒田東彦総裁もそう言っているし、デフレの脱却は非常に難しいと思う。今後を見届けたい。
財政健全化へ向け新たに作成される計画を注視
――消費再増税を先送りした分、中期財政目標達成の時期をこれまで通りとするには、何らかの追加的なコミットメントがないと評価できないと思われるが。
2016年度の予算では税収増の不足分を何らかの補てんをしなければならない。15年度も一部不足が発生することになる。時間の経過とともに、埋め合わせしなければならない額は大きくなる。政府が15年夏に作成するとしている財政健全化へ向けた計画を見極めなければならない。信用力の判断上重要なアナウンスだ。それまでの間に、何らかのショックがある可能性は見ていない。
――先進国中で相対的に低い格付けとなっているが。
小泉改革以来、日本の金融システムが強化され、健全であるということはイタリアとの大きな違いだ。ソブリン(政府債務信認)危機は銀行システムの危機に端を発することが多い。また、日本の場合は国内投資家が国債に強固な資金基盤を提供していることもA1格付けを支えている。