現在、国会で議論され、ニュースでもたびたび取り上げられている「共謀罪」。なんでも強行採決されるとかいう噂も立っています。大変ですね。
与党は「共謀罪って言い方は印象悪いので『テロ等準備罪』と言ってくれ」みたいなことを言っています。
では、そもそもこの法律はどういった法律なのでしょうか? また実際に、私たちの生活にどのように関わるのでしょうか? ここでは、共謀罪とは何かについて解説してみたいと思います。
「共謀罪」の歴史
まず、そもそも「共謀罪」はどこから始まった話なのか、見てみたいと思います。
きっかけは、2000年に国連で、パレルモ条約とも呼ばれる国際組織防止犯罪条約が採択されたことです。この条約は、ざっくりいうと、国境を越えて発生する組織犯罪をあらかじめ防ぐことを目的とした条約です。具体的には、マフィアなどの、金銭的利益、物質的利益を目的としたものを対象としています。
この条約では、重大犯罪の実行を複数人で合意することを犯罪化する共謀罪の、どちらかを設けることを義務付けています。
この条約にするため、日本政府は、「共謀罪」法案を過去三度国会に提出しました。しかし、人権侵害や法案に歯止めがきかないことを市民や各政党から指摘され、いずれも廃案になりました。共謀罪が最後に廃案になってから10年以上たちます。つまり、「共謀罪」という名でこれまでも法案があらわれ、その度に潰えているということです。
今回、現政権は「共謀罪」の名称を「テロ等準備罪」に改めることによって、今国会での成立を目指しています。それは、これまで「共謀罪」の名で多くの反対を受け頓挫してきた歴史があるからなのです。
一方、ニュースや新聞でこの法案について取り上げられるとき、「共謀罪」や「テロ等準備罪」など異なる呼ばれ方をされています。後述するように、「共謀罪」も「テロ等準備罪」も法の内容自体に大きな違いはないため、法の目的や問題点も大きな違いはありません。
法の内容
さて、次に共謀罪の内容についてみてみましょう。
共謀罪とは、複数人で犯罪計画の合意があった際、その合意自体を処罰できるようにするものです。って、分かりにくいですね。ちょっと細かく見てみましょう。
そもそも、複数人で犯罪を遂行するまでには5つの段階があります。
このとき、②を犯罪として指定しようというのが「共謀罪」です。全く新しい一つの法律ができるというわけでは無く、既存の法律を改正し、今ある様々な犯罪のもとに共謀罪という罪が加わります。
一見すると、「共謀」を取り締まることは、犯罪を事前に防ぐために効果的に見えるかもしれません。では、このような「共謀罪」ですが、何が問題となっているのでしょうか。また私たちの生活にどのような影響があるのでしょうか。
共謀罪の問題点
ここでは、共謀罪の問題点として、二つ、あげてみたいと思います。
問題点の一つは、この法案が通ることによって、ありとあらゆる団体・組織の行動に規制がかかる可能性があることです。
そもそも近代の刑法の原則では、具体的な行為が社会に損害を与えた段階(前章(図)でいう⑤)、つまり既遂の段階で初めて犯罪とすることが出来るという原則を取っています(これを行為原理といいます)。その前の段階で取り締まれるという事になれば国家の刑罰を科する権利が大きくなり、国民の自由も制限されます。また、あまりにもその権利が大きくなると恣意的な逮捕も可能になります。実際には未遂や予備の段階で取り締まる法律も存在していますが、予備罪に関しては極めて重大な犯罪に限定するかたちで定められており、国家の権力に歯止めをかけています。
ようするに、「やったこと」に対して「それは犯罪ですね」と言うことはできても、「やるつもりだったこと」に対し「それは犯罪ですね」とすることはできない、ということです。そしてもし「やるつもり」を取り締まるのなら、本当の本当に慎重にならなければならないので、そのための仕組みをセットしているのです。
しかし、この「共謀罪」は予備よりもさらに前の段階を取り締まるものです。つまり、日常的な会話やその会話を経た行為を、捜査する側がこれから犯罪を実行しそうと判断された場合、共謀罪と指定される可能性があります。また、その対象にはありとあらゆる組織、団体が当てはまる可能性があります。
実際にこの法案が通ってすぐこのようなことが起こるというのは大袈裟かもしれませんが、権力を持つ人によって、恣意的に利用されないとは言い切れません。また、この法があるというだけで社会運動や団体としての活動が自主的に規制されていくという点も懸念されます。
また、日常的な会話やSNSまでもが監視対象となる可能性があります。
自分はどこかの団体に所属して犯罪を計画したり、「過激な運動」をしたりすることはないから、この法律は自分とは関係のないものだと思う人もいるかもしれません。しかし、一般の人の会話も捜査の対象となる事が考えられます。電話やLINE等のSNSでの会話も捜査対象となる事が可能性として考えられます。
というのも、「共謀罪」は予備行為の前の段階が捜査対象となるためです。このため、日常会話やお金を下したり、何かを買うという日常的な行動が捜査対象となります。これは、私たちの自由と引き換えに、「安全のために」私たちの社会が国家の監視下に置かれることを意味しています。
本当に必要なのか
では、このような問題が指摘される「共謀罪」ですが本当に必要なのでしょうか。
政府は国際条約に批准するうえで「共謀罪」、「テロ等準備罪」が必要だと説明していますが、日本弁護士連合会や刑事法研究者などは、共謀罪を導入しなくても国際条約の批准は可能だと主張しています。これは条約の律法ガイドで参加罪や共謀罪を導入しなくても組織犯罪に必要な措置を取ることが認められていることを根拠としています。
また、政府はテロ対策のために必要だと説明しています。しかし、テロの準備段階を取り締まるハイジャック防止法、サリン防止法、爆発物使用共謀罪など多くの法律がすでに定められています。政府が共謀罪の必要な理由として挙げているハイジャックなどの事例に対しても、既存の法律で対応可能だと野党から指摘されています。加えて、与党内で示された法案の中に「テロ」の文言はなく、本当にテロ対策のための法案となっているのか与党内からも疑問の声が上がっています。
そもそも、国際組織防止条約は金銭や物質的利益を求める犯罪を防ぐための条約であり、思想信条を理由となる事が多いテロを防ぐことはこの条約の目的ではありません。条約に批准するための法整備の議論と、テロを防ぐための法整備の議論は本来別のものです。
このような点からテロ対策、条約批准のために政府が説明しているような「共謀罪」「テロ等準備罪」は不要であると考えられます。
おわりに
今回は、共謀罪とは何かについて書きました。
先進諸国をみても、こうした治安にかかわる法律についての支持は、近年のテロの多さなどをふまえて、かなり伸びている印象があります。
こうした「治安」や「安全」の論理のために個人の自由を制限していいのかどうかは、大いに議論がなされるべき、そして慎重な決定がなされるべき事柄です。しかし今回の共謀罪をめぐる議論をみると、「名前が嫌な印象だからこう呼んでくれ」とか「これがないとオリンピックを開けない」とか「一般人が対象になることはありえない」とかいった言葉が目立ちます。ようするに、「我々に任せて下さい」というトーンが一貫してはいるものの、ではどのように権力に制限をかけるのかという仕組みの話は非常に曖昧なまま、「これがないと」といった極端な二択を迫っているという状況です。
補足:共謀罪とテロ等準備罪は違う?
政府は「テロ等準備罪」は「共謀罪」と異なるものであり、過去に出された「共謀罪」法案よりも歯止めがかかっているものになっていると説明しています。
政府が説明している変更点は大きく三つですが、このそれぞれに問題があります。見てみましょう。
1対象が「団体」から「組織的犯罪集団」になります。過去に出された「共謀罪」の適用対象は「団体」となっており、どのような団体であっても対象となってしまうことが指摘されていました。しかし、今回の政府案では4年以上の懲役・禁固の 犯罪を実行することを目的とした団体が対象となっています。一般の団体であっても、捜査側から犯罪を計画していると認められれば、団体設立の目的とは関係なく「組織的犯罪集団」と判断される可能性は否定できません。このように、今回の政府案も適用の対象は捜査側の判断によって過去の案と同様、すべての団体が対象となる可能性があります。
2犯罪の成立要件に「準備行為を行う」ことが追加されます。過去の政府案では、犯罪の遂行について話し合ったり同意をとったりするだけで共謀罪が成立するとなっていました。しかし、今回の政府案は犯罪の遂行を合意したうえで、犯罪の遂行のために資金を調達したり、物資を準備したりするという「準備行為」がなければ犯罪は成立しないと説明されています。しかし、その「準備行為」について具体的な説明はなく。銀行でお金を下したり、何かを買ったりする行為までもが「準備行為」に当る可能性は否定できません。このように犯罪の成立要件も「共謀罪」と同様曖昧なものとなっています。
3対象の犯罪が600から300弱になります。政府は今回犯罪の対象を以前検討されていた600から277に絞り込むことを検討しています。以前の政府案では懲役4年以上の犯罪全てを対象としていたためテロと関係あると考えにくい公職選挙法や業務上過失致死傷なども対象となっていました。そのため、今回は277まで絞ることが検討されています。しかし、犯罪対象を絞り込む検討は以前も国会で審議され、2007年の自民党法務部会の案では123~155程度まで絞り込んでいた修正案も出ていました。
このように、政府は歯止めがかかっているという説明をしていますが、それぞれの定義は曖昧であり、捜査側の判断によって恣意的に運用される可能性は大きなものとなっています。今回の政府案である「テロ等準備罪」は過去に出された「共謀罪」と本質的な違いはないというわけです。
またこれらの変更は、過去にも国会議論の中で具体的な案として検討されたものであり、今回新たに政府が変更したものとは言えません。