暗闇検校の埼玉県の城館跡

このブログは、主に、私が1980年代に探訪した中近世城館跡について、当時の写真を交えながらお話しするブログです。

肥塚氏館跡(熊谷市)

2017-11-19 18:57:33 | 城館跡探訪
本日は肥塚氏館跡について紹介いたします。

肥塚は熊谷市中央付近を北に向かう「妻沼街道」を北上し、右側に日高屋というラーメン屋

ガソリンスタンドがある十字路を右折し直進し、次の十字路を左折して直進すると

肥塚伊奈利神社が左側に見えてきます。

肥塚氏館のあった「堀ノ内」はこの神社裏の路地に入った地域です。

中学生時代のわたしは、『埼玉の館城跡』とゼンリンの住宅地図を参照して、この場所を探し出しました。

写真は昭和57年のものです。





当時から遺構はありませんでした。というか、正確に言えば、屋敷地に重なっており、

確認することができませんでした。

この地域には、肥塚氏ゆかりの古墳と言われるものがあり、「肥塚殿」と呼ばれていたそうです。

また、「肥塚殿」には板碑があったと伝えられます。

肥塚伊奈利神社の隣には、成就院という古い寺があり肥塚氏の墓所があります。

境内には、当地にあった古墳から掘り出された石棺があるのですが、「肥塚殿」と関係があるものなのでしょうか。


成就院の東方200mほどの場所にある成就院墓地には、肥塚氏の供養のために建立された2基の板碑が

残っています。この板碑は「肥塚殿」にあったものとは違う物のようです。


当地は、利根川の氾濫によってできた自然堤防と思われる微高地にあります。

恐らく、館跡推定地から成就院にかけての一帯が、肥塚氏館跡であったというのが、私の理解です。

追加すべき資料を見つけた際には、アップする予定です。