花と山を友として

何よりも山の花が好き、山の景色が好き、山で出逢う動物が好き、そして山に登る人が好き。
写真と紀行文で綴る山親父日記

節分草も寒さに震えて・花之江と星野

2010年02月11日 | 写真
花之江の郷
のホームページを見ていたら、節分草が咲いたという開花情報が載っていた。
生憎の天気であったが、祝日なので出かけて行った。
10月から3月までは、入園料が500円なのだが、天気が悪いからと300円にしてくれた。

ここの節分草は植栽したものなので、自生の物より例年開花が早い。
それでも何ともはや、寒々しい花の写真となった。
他には

バイカオウレンの花


アカバナネコヤナギ


マンサク


紅花マンサクやザゼンソウも咲き始めている。

節分草の自生地として有名な栃木市の星野は、都賀町から近い。
ついでに星野に廻ってみた。

まだ咲いていないだろうと思っていたのだが、行ってよく見るとあちらこちらに数輪ずつ
咲いている。
が見頃にはほど遠く、綺麗なモデルが無い。

仕方なしに撮ったのがこの写真。なにやら籾殻のような物がまかれている。


こんな汚い写真で申し訳ないが、とりあえずレポートとして載せます。

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サッカー日本対香港戦

何ともつまらん試合であった。
いったい日本代表はどんな試合をしたかったのか、形が見えてこない試合だったと思う。
どんなチームにも、得意な攻撃パターンというものがある。
日本代表の得意な攻撃パターンは何なのか、よく判らないまま終わってしまった。


(この写真は今日の試合とは関係有りません)

海外組がいないと言うこともあるが、岡田監督の選手起用にも迷いが有るのか、ちぐはぐな
試合運びであった。
思うに試合をリード出来る司令塔がいないのか、それとも船頭多くして舟進まずのたとえ通り
まとまりがないのか、この時期にきて一挙に不安が高まった感がある。

さて、次の韓国戦はいかに

立松和平さんが亡くなったと聞いて

2010年02月10日 | 日記
立松和平さんが62歳で亡くなったという。
私よりも遙かに若いのに。

立松さんの著作は、ほとんど読んでいないのだが、一つだけ忘れられない物がある。
それは「原風景文集・山の篇」に書かれている「狂暴なふたつの太陽」というエッセイ
なのだが、読む度に戦慄するのである。

これは幕末の戊辰戦争で、三斗小屋宿が幕軍と官軍の激戦地となり、三斗小屋宿の人々が
今日は幕軍、明日は官軍という具合に、軍役に使われた事が発端であった。

そのことを明治44年に、田代音吉が「三斗小屋誌」という本を書き、その資料を立松が読み
それを引用して書いたのがこのエッセイである。

その本にはどんなことか書いてあったのかを要約して引用する

高根沢文五郎
氏は三斗小屋大黒屋の人、初め幕軍の当地に至るや厳命の下に幕兵のため 軍夫に使役せらる
ところが、後に官軍が三斗小屋宿に来たために、幕軍に協力した罪で、黒羽藩士掴まり
畑の中で一斉射撃の的撃ちにされて無惨な死をとげたのである。

また
月井源左エ門は百村の人だったが、同じく幕軍に服従したとして、百村より三斗小屋宿まで縛られたまま連れてこられ、
民家の柱に繋ぎ、炉に火をたき黒羽藩士など串をこしらえて
源左衛門の皮をはぎ、股の肉を削り取り、串に刺して炙りて食したうえ、源左衛門の口にも
その一片を押し込み、我が身を食らへと言ったという。

源左衛門はあまりの激痛に悲泣の声をあげ、その声が山や谷に響き渡り
当時逃げ遅れた老人等は、これを見て恐怖慄然きわまりなかりしと 無惨と言うも愚かなり

立松氏は言う、この無惨と言うも愚かなりと言う言葉が深い響きを伴って私の胸に迫ってきた。と

このエッセイを知って以来、三斗小屋宿周辺は、私にとって恐い場所になったのである。
いかにも源左衛門の声が山や谷にこだまして、聞こえてきそうではないか。

しかしながら、那須の山々は美しい花々を咲かせ、そのような歴史が有ったことも包み込んで
人々を迎えてくれるのである。

以下の写真は立松和平氏に捧げる。(氏が愛した那須の山々) 合掌

ひょうたん池から那須の紅葉

ひょうたん池の近くから朝日岳方面

中の大倉尾根から笹原の紅葉

三斗小屋温泉の近くに咲くノビネチドリ


赤面山で見た光彩、右下に赤面山の標柱が写っている
 

那須・朝日岳の山頂まで押し寄せた雲海、まるでひょいと乗れそうな感じだった。

思い出の山旅・北秋田の太平湖

2010年02月09日 | 登山
田舎の姉夫婦と花の百名山に選ばれている秋田の駒ヶ岳と森吉山を歩き、義兄がどうしても
行って見たいと言うので、森吉山の北にある太平湖に行った。
2008年の7月の事である。

国道とは名ばかりの山道を延々と走って着いた太平湖は、廻りの山の緑と空の青さを写して
深い緑色に染まって、静まりかえっていた。

午後遅く着いたので、遊覧船は私たち3人が最後の客だった。
おかげで、船員の方から太平湖にまつわる色々な話を聞くことが出来た。

この写真に写っている立ち枯れの木は、戦争で男が少ない戦後まもなくに始まったのと
現在のような便利な機械が無かったから、ダムを作る際に湖底に沈む立木を伐採しなかった
名残りなのだそうです。
こんな所にも戦争の爪痕が残っているのですね。



この写真の奥に柱の様に見える物が有りますが、昔、この山奥で林業を営んでいた方達が
材木の運搬に使っていたトロッコの名残です。
このダムを作る際に追われるようにして姿を消したとか。
追記・補足
追われるようにと書いたので、誤解されるそうなので追記します。
この地域が県の名勝・及び天然記念物に指定されて、伐採が出来なくなったからです。

悲しい歴史を秘めた人造湖です。
今にもローレライの歌声が響き、水面に引き込まれるような錯覚さえ覚えます。

しかしひとたび湖の奥の小又峡につくと、素晴らしい峡谷が待っています。





義兄は病気で片足が不自由なので、あまり奥まで行けませんでしたが、こんな峡谷がずっと
続くそうです。
特に秋の紅葉は絶品で、ものすごい混み様だとか。
義兄が是非見たいと言ったわけが判る湖でした。



本日の花の写真は、森吉山で見たイワイチョウ。



こちらはキスゲの咲く登山道から見た森吉山です。
開放的な明るい山です。
義兄を中腹に待たせて、急ぎ足で登ったので、ヒイヒイ言いました。

補足、森吉山や太平湖について詳しく知りたい方は、ブログのサイドバーにあります
ブックマークに、パンフNaviを入れてありますので、そこから北秋田市の「花の百名山 森吉山」の
パンフを開いてご覧下さい。PDFファイルのパンフです。2ページ目に入っています

(パンフナビを開きましたら、下側の地域から秋田県を選び、左のサイドに表示される市町村
から、北秋田市を選択してください。
クマゲラや花を見たら絶対行きたくなりますよ。)

水戸・偕楽園の梅の開花状況

2010年02月08日 | 写真

東門近くの紅梅


土手の下側の白梅


梅ごしに見る千波湖

寒波が続いたせいか、開花が遅いですね。
途中で写真を撮る意欲がなくなった程です。

でこんな鳥の写真を撮って気分転換して帰りました。

黒鳥です。他の人がエサをまいたので、近くに寄って来ました。
ちょっと恐いかも


たぶんオオバンという水鳥だと思いますが、同じ水戸でも大塚池のオオバンは、警戒心が
強くて、そばに寄って来ませんが、千波湖のオオバンは人慣れしすぎですね。


ちょっと気になったのはこれ、足にビニールひもが絡まった鳩を見かけました。
ごみでもあさって 絡まってしまったのでしょうか。
木の上ではとってやるわけにもいかず 困った。

これだけでは寂しいので、昨年の偕楽園の様子を少し。
2009年の2月15日の撮影です。




おなじみ水戸黄門様のお出ましです。
観光客と一緒に写真に収まってくれます。私たちも一緒にとりました。
どうやら観光協会でやっているみたいで、数組の黄門主従がおりました。
右後ろに別な黄門様も写っていますね。

今年は、水戸藩開藩400年という事で、去年よりイベントが面白いかも。
しかし土日の駐車場の混雑は、半端では有りません。
電車で行った方が賢明かも。無料で利用出来るのは歴史館の駐車場ですが、混むだろうな。

ところで2月中旬以降に行かれる方は、これに注目ですよ




私はこのとき、望遠を持っていなかったのですが、桜川で雛をつれた黒鳥夫婦を見かけました。
雛はチョウ可愛いですよ。(笑)



座禅草が一輪、雪の中・栃木大田原市北金丸

2010年02月07日 | 写真


栃木県大田原市北金丸の座禅草群生地で今年最初の一輪が、雪の中で咲いていました。
残念ながら、木道に背を向けているので、後ろ姿です。

反対側の木道に廻って、200ミリで撮ってみましたが、遠すぎてだめでした。

トリミングして中心部分を拡大しても、こんな状態で失敗でした。

それで栃木県の那須郡那珂川町小川の「なす風土記の丘」に行って見ました。
こちらの「梅曽公園」では、4~5株ほど咲き始めてました。
しかしまだまだ花は小さいです。


駐車場の近くには福寿草も咲いてました。


こちらの「なす風土記の丘」の駐車場の脇にも座禅草が咲きます。
それも「緑色」の座禅草が咲くので楽しみです。
今年も緑色の花が芽を出していました。


花の色が白い座禅草が咲くのは、那珂川町の「カタクリ山公園」が知られていますが、時期は中旬過ぎ。
カタクリ山は、カタクリの群生地で有名なのですが、座禅草も咲きます。

ところで風土記の丘に行くと、毎回写真を撮ってしまうのが、古い民家を復元して造った
「匠の館」と「民俗資料館」、茅葺きの屋根がなんとも良いですね。

幼い頃住んだ岩手の実家を思い出します。

帰りにさくら市を通ったとき、昨日の雪で輝く山が見えました。
雪山は良いですね。ただ東北道は、白河と郡山の間は通行止めだそうです。



帰り道は 危機一髪

とある上り坂で、私の車の前を走っていた軽乗用車の直前に、いきなり反対車線の山から
杉の木が倒れて来たのです。
軽も私もあまりにも突然だったのと、予想も出来ない事だったので、ブレーキも何も間に合いません。
軽乗用車は、本当の目の前ですから、そのまま杉の木の先端部を乗り越えて行きました。
私もブレーキが間に合わないので、そのまま一番細い先端部を乗り越えました。

軽乗用車は杉の木の枝にもろに当たって乗り越えましたが、そのおかげで私の車が乗り越えるとき
枝が折れていて、助かったわけです。
軽は先で止まっていましたが、私は後続車が来ていたので止まりませんでした。

あの時、反対車線なら、太い幹の部分にぶち当たって、どうなっていたか判りません。

それにしても何で杉の木が倒れてきたのか、止まって確認すべきだったと後で思ったのですが
思いがけない事故で、気が動転していたのでしょうね。
そのまま帰ってきてしまいました。
まだまだ未熟者です。





寒風の中、草刈りボランティア

2010年02月06日 | ボランティア
本日は、寒風の中、朝9時から草刈りボランティアに参加して来ました。

ここは、筑波山の麓にある、元の段々畑なのですが、永年耕作放棄されたため、荒れ放題に
なってました。
そこを地元の方々と一緒に、昨年から草刈りを始め、少しずつ整地を進めています。
地元の方は、枝垂れ桜なども植えたい希望があるようです。




草刈りが終わった後は、重機で整地をしていましたが、やっぱり機械には敵いませんね。



そこからは筑波山がよく見えるのですが「あっ ロープウェイが途中で止まっている」
と言う声で見上げたら、強風の為でしょうか、ロープウェイが途中でしばらく止まってました。
中に乗っていた人は、恐かったでしょうね。
写真を撮るときには、ゆっくり動き出した後でした。

ところで、今夜はサッカーの日本代表の試合があるので、楽しみです。
今夜はテレビ観戦で応援します。

福寿草が見頃になりました・茨城県フラワーパーク

2010年02月04日 | 写真
茨城県フラワーパーク

石岡市の八郷にある茨城県フラワーパークで福寿草が見頃になりました。





2月4日午後撮影




また同園ではベゴニア展も開かれていますので、花好きの方はどうぞ。

現在同園は、冬期間なので入園料は370円(大人一人)と安くなっております。
ふれあいの森の山頂に有る展望台からは、筑波山を初めとする廻りの山々が展望出来ます。

山頂の広場では、桜(たぶん河津桜)が数輪咲き出したました。



桜と筑波山のコラボをねらって見ましたが、見事失敗 !


コブシや木蓮のつぼみも少し大きくなりました。


マンサクは、開き始めで、まだまだですね。

ふれあいの森には、椿が沢山有りますが、その花の蜜を吸いにメジロが沢山 来ていました。









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筑波山梅林の開花状況











上部の東屋の近くに駐車場が有りますが、その廻りにマンサクが咲いていました。


花の近くにたくさんの枯れ葉が付いているので、もしかしたらシナマンサクかもしれません。

筑波山の道路状況


写真は風返峠を越えた八郷側に下る道の状況です。

南側の筑波山神社の大鳥居付近までは、雪がなく問題なく走れます。
しかし、それから上の風返峠までの道路と、風返峠を越えた道路は、残雪も有りますが
雪が溶けて朝晩は凍結しています。

急ブレーキ、急ハンドルは無謀です。ゆっくり走りましょう。
ノーマルタイヤの方は、迂回した方が賢明かも知れません。


筑波山麓自然学校の参加者募集が始まります

2010年02月03日 | ボランティア

(2月2日の朝、雪化粧の筑波山が見えた)

毎年人気の「筑波山麓自然学校」の参加者申し込みが、今日 (2月3日) 午前9時から 始まります

申し込み先 筑波ふれあいの里 029-866-1519

まず20組限定という狭き門の
地元産の材料で手作りの味噌づくり
2月21日(日) 100キロの味噌づくり

地元産の材料で手作りの味噌づくりをします。
また、昨年仕込んだ味噌を開封して、五平餅、田楽、味噌汁のお昼も作ります。
参加費は一人900円、材料費は一組2500円
約4キロの味噌を持ち帰りできます。
20組限定です。

水車のそばひき、そば打ち
3月7日(日) 水車のそばひき、そば打ち
水車で地元 小田産の玄そばを石臼でひいて、ひきたて、うちたて、ゆでたての 3たてそばを
味わいます。
参加費は一人900円

詳しくはこちらをご覧下さい。
筑波山麓自然学校

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また「つくば環境フォーラム」では、森づくりボランティァの参加者も募集しています。

筑波山麓森づくり
雑木林の手入れと薪割り体験

期日 2月27日(土) 9時30分 集合
作業時間は 10時~15時
参加費 700円 (豚汁付き)
集合場所 筑波山麓のすそみの田
持ち物 おにぎり、軍手、作業中の飲み物、マイカップ(暖かい飲み物用)

詳しくはつくば環境フォーラム
にお問い合わせ下さい。




雪だるまが沢山並んでいるように見せたかったが、雪が少なくて

この角度で雪が有ればナー。

足尾の備前楯山に登る、その二

2010年02月02日 | 登山
駐車場の方を見ると、先ほどのオレンジ色の防寒着を着た猟師が、山を見上げているのが見えた。
知り合いの猟師が発砲したのであろうか。ちょっと不安になってきた。
「やばいなー」そう言えば、登山道にやたらと犬の足跡が有る。
猟の為に放たれた犬におそわれるシーンが頭をよぎった。


不安になると、余計な想像をしてしまうものだ。二つ目の案内標柱が有った。
その先は尾根のすぐ下をまいて歩く、気になって尾根によじ登ってみたら、やはり舟石峠の
駐車場方面が見えた。


やがて笹原のやや平坦な尾根にさしかかると、ビニール袋をかぶせた標柱が有った。


ビニールを持ちあげて見ると、案内標柱であった。誰かが拾ってかぶせたのだろうか。


日当たりが悪いのか、残雪が残っている道も有ったが、アイゼン無しでも充分歩ける道である。
ただ霜柱で持ち上がった雪を踏むと、ジャリッと踏み抜いて少し滑るが、注意して歩けば転ぶ事は無い。


再び平坦な笹道になり


軽快に歩いていくと、ベンチが有り一休みしたい所であるが、今日は時間の為 パス。


その先に4つめの案内標柱が有った。山頂まで後1キロである。
確か登山口の案内標柱に、1.4キロと出ていたから、まだ400メートルしか歩いてないのか


体調の悪さのせいか、時々オナラが出る。
誰も聞いていないだろうな と思わず辺りを見てしまった。
気分直しに「バッハ、ヘーデル、ハイドン」などと音楽家の名前をもじった馬鹿を言いつつ
階段道を上がる。


ようやく5つめの案内標柱に着いた。
この辺が中間点なのだろうか。ガイドブックには、あのベンチの辺りが中間であると書いて有ったが。


まるでデベソのような木や


こんな尾根道も有り、何ツツジなのか判らないが、ツツジの木も沢山有る。


ようやく6つめの標柱に着いた。


その先の尾根から急峻な山腹を見下ろしたが、猟師も猟犬も見あたらず、静まりかえっている。


またもや残雪がわずかに残る階段を上り


7つめの案内標柱を見ると、後300メートルで山頂の様である。
だがそこから先は、かなりの急登で岩の道をジグザグに登っていく。





この辺は、踏み跡の不明確な場所も有るが、要所に赤いビニールデープがまいてあるから
赤いテープを目印にすれば、迷わず山頂に行ける。


ようやく山頂の見える尾根に出た。


山頂は岩の多い尾根状の上で、かなり狭い場所であるが、展望は抜群である。


これは奥から三角点のある山頂の様子を撮ったもの。
脇は断崖絶壁だと思う。何しろ高所恐怖症なので下を覗かなかった。(苦笑)


日光男体山が相変わらず見えているが、右肩に雲がかかり女峰山は見えないようだ。


半月山から右方向の写真です。

これには写っていませんが、一昨年から明智平から茶の木平を通り、写真右側に写っている
薬師岳、夕日岳、地蔵岳をへて古峰神社に至る「禅頂行者道(ぜんちょうぎょうじゃどう)」
と呼ばれる修験道のコースを歩いて、昨年、細尾峠から地蔵岳まで歩きました。
後残すは、地蔵岳から古峰神社までとなりました。
今年は、その残りのコースを古峰神社から地蔵岳まで歩く予定です。
車山行の場合、どうしても出発点に戻らなければならないので、通しで歩けないのが残念です。

今度は社山から左方向の写真です。

あとで写真を超拡大して見ると、ほんのちょっぴり山頂が写ってました。
双眼鏡でも無いと確認は無理ですね。私は老眼だし


さらに中倉山より左方向は


皇海山よりさらに左方向です。


さらに左方向は、木がジャマでうまく撮れませんでした。

さて誰もいないし、登っても来ないので、山頂の記念写真を撮りました。



これは山頂の先端部分から下を見たもの、踏み跡があるが、確実性が無いので踏み込まない方が良い。
写真も撮ったし、天気も良いのでコーヒータイムにした。
こんな絶景で飲むコーヒーは何物にも替えがたい。

午後2時を廻ったので、下山することにした。
今度はツツジの季節に登ってみたい山である。

下山の途中でコンコン木をたたくような音がするので、キツツキでもいるのかと立ち止まって
辺りを見回すと、木の幹をくるくる移動している小鳥を発見。
ズーム一杯の85ミリにして撮った写真をトリミングして、中心部分を拡大した写真

なかなか可愛い鳥ですが、名前はわかりません。

もう一つ途中で見つけたもの。

どうやら爪痕のようです。
こんな爪痕を残すのは、そうあの動物しかいませんよね。

14時45分過ぎに駐車場に無事下山。
猟師さんが二人、話をしていたので、挨拶して松木渓谷の事を尋ねました。
足尾町の観光協会で「日本のグランドキャニオン」として紹介されていたので
いつか行って見ようかなと思ったからです。

「赤倉からこっちに曲がらないで、そのまままっすぐ行けば、ゲートがあるから、その手前の
駐車場に車を止めて歩けば良い」と赤倉の方を指さしながら教えてくれました。

一人の猟師さんが、先に帰ったので、残りの猟師さんに聞いてみました。
「今日は獲物は捕れました?」
「いやーぜんぜん。」と笑っています。
何が捕れるですかと聞いたら、鹿とか熊とか言ってました。

帰り道、赤倉から松木渓谷の駐車場を確認しに立ち寄って見た、足尾の様子は後日紹介したいと思います。

補足、舟石峠の駐車場にはトイレが有りません。赤倉の周辺で探した方がいいです。
又は銀山平のキャンプ場のトイレが使えればそちらで。
松木渓谷入り口の銅親水公園のトイレは、閉鎖されてました(冬季のためかな)。

舟石峠の駐車場のGPS位置
N 36°39′36.86″
E 139°25′08.81″
柱 駐車場の奥の自分の車を駐めた付近の位置です。

終わり。




足尾の備前楯山に登る

2010年02月01日 | 登山
1月31日(日) 家事(台所の後片付け・洗濯など)を済ませて家を出たのは10時頃だった。
昨夜は体調不良で寝不足気味である。
悪い物を食べた記憶が無いのに、酷い下痢だった。

そのおり、私が栃木の山のガイドブックとして愛読している「栃木の山140」を読んでいたら
足尾町の展望台として「備前楯山(びぜんたてやま)標高1272メートル」が紹介されていた。

時間も時間だし、舟石峠に有るという駐車場の位置と、雪の状態を確認して帰るつもりだった。

日光宇都宮道路の清滝ICでおりて、細尾入口の信号で左折して122号線に入る。
旧道の「細尾峠」に入る道を左に見ると、すぐ長い長い「日足トンネル」に入る。
長い下り坂を神子内川に沿って走ると、やがて「田元」という交差点にさしかかる。
左は大間々、右は間藤駅という案内が出ているので、ここで右折して、「間藤駅」方向に走る。

「まとう」の駅前を過ぎると、前方に雪を頂いた山々が見えてきた。
「まずいじゃないか、雪があるよ。」
やがて「赤倉」の辺りにさしかかると、荒涼とした足尾の山に抱かれて、廃屋の様な町並みになる。

急に道が広くなったら、そこが「赤倉」の交差点で、そこから左折して「銀山平」方向に入ると
それが舟石林道である。
痛々しい程の山並みと、足尾精錬所の廃屋を見ながら細い山道を登って行く。

すれ違いが困難な林道ほど嫌な物はない。対向車が来ないことを祈りながら走る。
しかも路上に、つい最近落ちたと思える落石が沢山落ちているのだ。
岩の割れ目に入った水が凍って、落石が起こるのは、雪解けのシーズンに多い。

落石注意の看板が有るけれど、「どうやって注意するんだ?」といつも疑問に思う。
ぶつくさ心のなかでつぶやいていたら

左側に「舟石峠 駐車場」というでかい案内看板が出ていた。
そこが入り口で、中に入ると数十台は駐められる立派な駐車場だった。


北を振り向くと、日光の男体山が見えていた。
時間は12時41分であった。

駐車場の林道側にモニュメントが飾ってあり、舟石峠の由来が書かれている。

これがたぶん「舟石」なのだろう。その脇には


という舟石のいわれが書かれている。

GPSで場所を記録したら、帰るつもりだったのだが、日光の男体山の展望を見たら
「えーい登ってやろうかな」という欲が湧いてきた。
それに天気も良くなっている。
午後は曇りの予報だったのだが、神様がご褒美をくれたのかな。

地図のコース時間を見ると、登り50分、下り35分と書いてある。
充分3時までには帰ってこれる。これじゃ登るしかないでしょう。

体調不良も忘れて、はや頂上の展望に心が飛んでいた。
トランクに積んであるザックに、食料と雨具と緊急医療セットを入れて、出発準備完了!!

他に3~4台の先客の車が有ったから、登山客だと思っていたのだが。
いきなり「バーン、バーン」と猟銃の音がする。
「えーつ、鉄砲打ちがきているのかよ。」
それに続いて大きな意味不明なかけ声が聞こえてきた。

あんな大声を掛け合っているのだから、鳥撃ちではないな、獣狙いかな。
誤射されないように、遠くから見える色の白いジャンパーにした。

軽く腹ごしらえをして、駐車場の奥にある登山口に向かう。

ここが登山口、手製の杖がおいてあった。


傍らには「熊出没」と「ハチに注意」の看板が有った。
やっぱり熊がいるのか。
でも、今は鉄砲の音がしているから、どこかへ逃げているだろう。


登山口のすぐ上に立っている案内板、時間は12時53分だった。

登山道を登りかけたとき、上からオレンジ色の防寒着を着て、猟銃を肩に掛けた男性かおりてきた。
「こんにちは、上には雪が有りますか?」と尋ねると「雪はほとんど無いよ」と言う。
「ただ鉄砲撃ちが沢山着ているから、気をつけて」注意してくれた。

備前楯山という名前の起こりは、足尾観光協会のホームページによれば、元々は「岩山」
と言われていたらしい。
それが1610年に農民二人が、露頭の銅鉱を発見した功績をたたえて、二人の生国である
備前の名前をとり、備前楯山と名付けました と出ている。
すなわち、ここが足尾鉱山発祥の地なのである。

赤倉周辺の山が、鉱毒によって木が無いのに、発祥の地であるここ備前楯山の登山道には
結構な林が有り、狩猟まで行われている。
元々の自生なのか、植林なのかは知らないが、やっぱり山には木が似合う。


登り始めの登山道はこんな感じである。


開けた右の山を見ると、雪がまだ残っている。


明るく開けた登山道を登って


振り返ってみると、銀山平に向かう林道と駐車場が見える。
その時またもや「バーン、バーン」と発砲音とかけ声が響いた。

その二に続く

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花情報 菜の花咲く伊良湖崎
詳しくは田原市の観光ガイドをご覧下さい。

田原市観光ガイド