変わり果てたす姿。
父が交通事故に会ったのだ。
言葉は知っていても、実際には
知らなかった。それがどういう
姿なのか。でもその日、わたし
はこの目で見てしまった。
この世でたったひとりのわたし
の父の、変わり果てた姿。
集中治療室の酸素テントの中で、
父はいくつもの器機に取り囲ま
れ、頭を白い包帯でぐるぐる巻
きにされて、横たわっていた。
その姿にまるで生気というもの
がなく、もう死んでいるのだと
言われても、不思議はないほど
だった。
「お父さん」
呼びかけて、手を握っても、父
は握り返してこなかった。ぶあつ
い手のひら。中指の爪の下に盛
り上がったペンだこ。冷たく硬
い父の手を、わたしは両手で挟
み込むようにして、一生懸命撫
でさすった。こんな風に、
父の手に触れるなんて、もしか
したら初めてなのかもしないと
思いながら。
さすっても、さすっても、父の
手は温かくならなかった。
どうしたの、お父さん。
どうしたの、こんなになってしま
って。
お父さん、死なないで。お願いだ
から、死なないで。
物言わぬ父の手を握りしめ、わた
しただただ、哀願した。
生きてて。生きてさえいてくれた
ら、わたしがずっとそばにいて、
面倒を見てあげるから。
そして天国の弟に、祈った。
まーちゃん、お父さんを守って。
お願いよ。
願いは叶わなかった。父はひと晩
中意識を取り戻さないまま眠り
続け、翌朝、夜明けとともに、息
を引き取った。父はわたしたちよ
りも先に、ひとりで、昌幸のとこ
ろへ行ってしまったのだ。
声を上げて泣きながら、べっトの
そばで崩れ落ちる母の躰を支えつ
つ、わたしは「しっかりしなくて
は。わたしがしっかりしなくては」
と、自分に言い聞かせていた。
父が逝った朝、わたしは母と一緒
に実家へ戻った。
母は憔悴しきって、まるで亡霊の
ように、今にもふっと消えてしま
いそうだったから、わたしは母の
寝室に布団を敷いて、とりあえず
母を横にならせた。
壁の時計は、十一時十分を示して
いた。
あのひとの時間は今、夜の十時十
分だと思った。そうだ、あのひとに、
知らせなくてなならない。父が死ん
だこと。そして、アメリカへ、旅
立つことはできなくなったという
ことも。
それは決していい知らせではない
のに、それでもわたしはその時
「あのひとにかけるべき電話」に、
ひとつの救いを求めていた。世界
のそこだけ、希望の光が辛うじて、
灯っているような気がした。
のろのろとべっトから出て、階段
を下り、台所の冷蔵庫の前に立ち、
受話器を取り上げたとき、
その瞬間、耳に飛び込んできた声
があった。
「あ、もしもし?」
あまりの驚きに息を呑み、気持ち
が音速で宙を彷徨った。
「はい・・・・・?」
「もしもし、もしもし、そちら
桜木さんのお宅ですか?」
ああ、これは、あのひとの、声。
「もしもし、、快晴なの?」
「詩音ちゃん?」
「快晴!」