年がバレるかもしれませんが、タツノコプロのアニメ「
新造人間キャシャーン」を、私はリアルタイムで見ています。
「キャシャーンがやらねば誰がやる!」の名ナレーションとともに、あの孤独なヒーローの姿は子ども心に少なからず衝撃を与えました。
だから、当然ながら「CASSHERN」には劇場公開時から興味があったんです(残念ながら出産直後で行けませんでした)。
いろいろな評判からサイテー映画の匂いがプンプン漂ってくるのですが、せっかく地上波放映するのだから自分の目で確かめてみようと録画までして観ましたよ。
確認した結果は、そうですね…。
テーマを絞って、プロットを整理して、台詞をすっきりさせて(長台詞もいいが人物ごとにメリハリをつけて)、
「キャシャーン」の名を外せば、もう少し見られる映画になったと思います。
アニメと比べてどうこう言うわけじゃないんですよ(比べる気にもならないが…)。
人物設定だけ使ってオリジナルのストーリーを作るやり方もあるでしょう。それを否定する気はないんですよ。
しかし、そのストーリーに「キャシャーン」が存在する必要がないというのは、むしろ
ジャマだというのは、リメイクとして致命的だろう。
結局、一番のプロットはアジア帝国と新造人間ブライキング・ボスの対立でしょう。
キャシャーンが入り組む余地がないんですよ。
何しろ、
キャシャーンがやらなくてもアジア帝国はアンドロ軍団に対抗できるだけの軍事力を持っているしな。
サブプロットの人間ドラマも、例えば、宮追の新造人間とルナは迫害された異形と純真な少女のふれあいとして描けるし、ブライキング・ボスと東博士の奥さんミドリの関係もオディプスの悲劇的なドラマとして描けたかもしれない。
しかし、どっちにしてもキャシャーンを絡ませることで、すべてが中途半端になってるんだよね~。
これだったら、全くオリジナルの映画を撮った方がよっぽど良かったろうに。
何で「キャシャーン」のリメイクにしようと思ったかなぁ?
映像は、カット割りが多すぎるとか、エフェクトがうるさいとかあるけれど、これは、まあ好き嫌いがあるからなぁ。
でも、それほど新味はなかったよ。
さてさて、2004年の映画といえば、「デビルマン」があるんだよな。
これも地上波でやるかなぁ。